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第50話「撃滅手套」

 

「飛翔脚ッ!」



 まずは小手調べだな。移動速度を上げて翻弄を仕掛けてみるか。

 近接戦闘が得意というカミナさんにどこまで通じるか分からないが、ひとまず8割くらいの速さで走り出し様子を見る。


 カミナさんと俺との距離は2m。

 この至近距離なら、懐に潜り込むこともそう難しくないはずだ。

 接近してからのグラムの柄で一撃、そして離脱。

 ……計画は完璧である!


 俺の思惑を知ってか知らずか、カミナさんも俺の出方を探るように、視線を合わせたままバックステップを踏んでいる。

 これは早速、攻撃のチャンス。

 そんな不安定な移動方法じゃ、大した速度は出ないだろ?すぐに追い付ついてやるぜ!


 先制攻撃は貰った!



「……いくぞ!」

「えぇ、いつでもどうぞ」


「……行くからな!」

「楽しみにしてるわ」


「……そろそろ本気出すッ!」

「もう、早くしてよね」


「ちっくしょう!全然追い付けねぇッッ!?」



 なんでだよッ!カミナさんバックステップだぞッ!?

 なんで追い付けねぇんだ!?



「後ろ歩きで、なんでそんなに早いんだよ!」

「そりゃ、私は体の可動域を把握しているもの。その上で効率のいい動かし方をしているから、素早く動けるのよ」


「なんだそれ!悪魔の特殊能力!?」

「もう!ホントそればっかりね。そんなに悪魔な動きが見たいのなら……見せてあげるわ《失墜翼フラスト・レーション》」



 カミナさんは大ぶりに芝居がかった動きで右手を俺に向けると、何かの魔法を唱えた。

 とっさに腕を体の前に出して防御の姿勢を取るが、どうやら俺は致命的なミスをしたらしい。


 カミナさんを中心として発生した黒い球体空間。

 それに俺たちは触れ、そして、その空間が弾けてお互いの右腕に吸いこまれていく。

 俺の腕とカミナさんの腕には、それぞれ同じ『逆さまの黒い羽根』の刻印が刻まれた。

 明らかによろしくない兆候だろう。


 一体何の効果があるんだ?



「ちっ。魔法を受けちまったか」

「……効果を教えてあげるわ。さっきの魔法はバッファ魔法の無効化。これから一定時間、お互いにバッファの魔法は使えないわよ」


「なん、だと……?」

「せっかくだし、無粋な魔法なしで体で語りましょ(ボディランしましょ)?」



 いや、まるで対等な条件で勝負をしたいみたいな雰囲気を出しているが、実際のところ、まったく対等じゃない。

 バッファの魔法は使えば使う程、体がバッファ状態に慣れて、魔法を唱えなくてもそれに近しい能力を発揮することが出来るようになる。


 つまり、バッファの魔法をずっと使いながら戦ってきたカミナさんは、当然、魔法を唱えなくてもそれなりの動きが出来るのだ。

 かたや俺は、バッファの魔法の補助なしじゃ最高速度が出せないまま。


 ほら、全然対等じゃない。

 ワザと魔法の能力をバラしたのも、教えて絶望感を煽る為だろう。

 ……これが悪魔な動きか。納得だ。



「なるほど、それで俺をたこ殴りにするってことか?」

「あら、よく分かったわね。それじゃ、いっきまーす!!」



 フォン!っと風を切らしながら、今度はカミナさんが突撃を仕掛けてきた。

 ……まずい!俺がバックステップを踏んだ所ですぐに追いつかれちまう!


 俺は、苦し紛れに後方に飛び退き、距離を取る。

 カミナさんは今現在、何も武器を装備していない。

 素手であるあらば、射程距離はせいぜい1mくらいだろうか。


 だが、俺の手にはグラムがある。

 腕を突きだせば射程距離は2mを超えるし、倍のリーチ差があるのならばそう簡単には突破されないはず。


 戦いの方向性を決め、後は行動に移すばかり。


 俺はグラムの惑星重力操作を起動させ、カミナさんの動きに視線を集中。

 カミナさんは前傾姿勢で腕を前に構えたまま、小刻みに体を左右に揺らしながら接近を狙っている。

 近づかせまいとグラムを前に構え、拳の動きに注意を払う。


 やがて、体を絞るようにしてカミナさんは拳に力を貯めた。

 ……攻めに来るか。

 攻撃の備えるためにグラムを引きもどし、そして……



 俺の腹にカミナさんのかかとが食い込んだ。



「くっはぁ……ッ!!たこ殴りにするんじゃなかったのかよ!」

「あら?戦闘中に約束を守る人なんていないわ。少なくとも、私達心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)の中には、ね」



 うっわぁ。まさに心無き(アンハート)

 相手をいたぶることに一切の躊躇がねえ!

 今も会話しながら軽いジャブを放って牽制してきているし。


 さて、どうしたもんか。

 放たれたジャブをグラムでいなしながら、考えを纏める。


 蹴りを喰らったと言えども、防御魔法越しなのでそれほどダメージにはなっていない。

 このまま攻撃の応酬をやってもいいが、ふと、別の名案が浮かんだ。


 この腕の刻印、グラムで破壊出来るんじゃね?


 ……やってみる価値はありそうだ。

 グラムは何でも破壊できる。そう、魔法であっても例外では無くだ。

 形として腕に刻印がある以上、グラムの絶対破壊で斬れば破壊できるはず。


 まぁ、失敗したら腕ごとポロンといくけど。

 今ならカミナさんがいる事だし、失敗してもなんとかなりそうだな。


 よし!



「《絶対破壊付与!》」



 俺は腕の刻印にグラムの剣先を押し当て、絶対破壊付与を発動させた。

 願うのは、『失墜翼』の破壊。


 グラムの刃先数mmの位置に魔力を循環させ、薄皮一枚を切るような感覚で引き斬る。

 瞬時に、何かが弾けるような音が鳴り腕から黒いモヤが噴き出して、そして、俺の体の中に再びバッファ魔法の感覚が押し寄せた。

 どうやら成功したらしい。



「……へぇ。絶対破壊付与って、そんな事も出来るのね」

「俺も今初めてやったんだが、どうやら出来るらしいな」


「ふぅん。戦闘中に新しい事を試すのね。向上心があって素敵だわ。けれど……」

「……けれど?」


「私を相手にしているのに思考錯誤をするなんて、ずいぶん、余裕があるのね」



 確かに、カミナさんのアンチバッファの魔法を破壊する事が出来た。

 ……出来たんだが、どうやら破壊してはいけないカミナさんの逆鱗まで破壊してしまったらしい。


 俺の視界の先3m。そこに魔法陣が出現し、カミナさんはその魔法陣を勢いよく殴りつけた。

 響く破砕の音。

 俺同様、カミナさんも失墜翼を破壊し、これでお互いにバッファの魔法を使えるようになったみたいだ。

 これからが本番だろう。


 警戒する俺を他所に、そのまま流れるようにカミナさんは再び魔法の呪文を唱えた。



「《多層魔法連・《飢餓での覚醒(ハングリーメンタル)》・《怒りの衝動(アンガーマネジメント)》・《重い一撃(ウェイトアップ)》》」



 つっ!

 聞いたこと無いバッファの魔法ばっかりなんだけど!


 咄嗟に左へ重心をずらしながら、全力でグラムを前に振り抜く。

 通常ならば大した力が込められていない、速さだけの斬撃。こんなもの、有る程度の技能があれば簡単に受け流されてしまうだろう。


 だが、グラムは自在に重量を変更することができる。

 俺はグラムがカミナさんに着弾する瞬間、可能な限り重量を増大させた。

 不完全な体勢を演出し、予想外に極大の威力を秘めた一撃。


 カミナさんといえども、流石にこれは――



「《骨を砕き割る(ファクチャー)》」



 ごきん。

 何かの鈍い音がして、俺の目の前で動いていた物がすべて停止した。

 つぅ、と冷や汗が流れ、恐る恐る事態を確認する。


 そこでは、バッファの魔法を使ったカミナさんも、俺が振り抜いたグラムも停止していた。

 ……いや、カミナさんの右肘と右膝によってグラムは挟み込まれ、無理やり停止させられていたのだ。


 俺は慌ててグラムを引き戻そうとするが、ビクともしない。



「あは。せっかくバッファの魔法無しでの戦いで、怖い思いをさせないようにしようと思ったのに」

「……お気づかい、ありがとうございます……」


「でも、やーめた。ユニクルフィンくん、覚悟してね」



 ひぃいいいい!地雷を踏みぬいちまったッ!?!?

 だが、後悔しても、もう遅い。


 ビクともしなかったグラムが突然に引かれ、俺は前方にバランスを崩した。

 反射的にグラムの重量を増やし抵抗してみるも、まったく影響を与えられずに、体ごとカミナさんに引き寄せられて。

 同時にカミナさんからは高速で拳が射出された。



「くっ!させるか!!」



 両手持ちだったグラムから右手を外し、無理やりに拳で迎え撃つ。

 しかし、相対したカミナさんの拳は……重すぎた。


 ゴッ。っと鈍い衝突音だけを残し、俺だけが後ろに吹き飛ばされていく。

 それでも視線はカミナさんから離さないようにして。


 それゆえに、俺は見てしまったのだ。

 不敵に嗤うカミナさんの、黒い笑顔を。



伝説の剣(グラム)なんて物騒なもの、素手で触るのは良くないわよねぇ……だったら私も」



 何処かいい訳でもするかのように。誰かに許可を求めるように。



「本気の装備、使ってもいいわよね……」



 その言葉を言い終えると同時に、カミナさんは両手を広げて……。

 ……召喚魔法を呟いた。



「《サモンウエポン=撃滅手套げきめつしゅとう弾捨離だんしゃり》」



 その呪文は、不確かな変化をもたらした。

 俺やリリンが武器を召喚した時のような派手な光景は見られず、一見して何かが召喚された様子もない。


 ……だが、何かが違う。

 この場には確かに、新たな脅威が出現しているのだ。

 グラムや星丈―ルナと同じ、圧倒的な力を持つ”何か”が。


 やがて、その”何か”の正体が判明した。

 5m先で構えを取るカミナさんの拳。

 先程まで肌色の素手だった手は暗黒に染まり、黒い粒子を空気に混ぜ込んでいて。


 どこまでも黒い、漆黒の手袋。

 その手袋の甲の部分には、存在を反転させたような、どこまでも白い三重の魔法陣が浮かび上がっていた。



「魔導戒律陣と魔法陣を組み合わせた私の最高傑作よ。これで殴られるとちょーっと痛いから、覚悟してね?」



 あぁ、ヤバい。

 間違いなく、あの手袋はヤバい代物だ。


 カミナさんの両腕から漏れ出る黒い粒子。

 炭を砕いた粉末のような何かは、不思議なことに空気に触れると消えてなくなっている。


 すぅー、と軌跡を描く様にゆっくりと拳を正面に構えて、カミナさんは俺を見据えた。



「今から、あなたを倒すわ。気絶しなかったら合格にしてあげる」

「……気絶しなかったら?ずいぶんと目標が低いんだな。俺は勝つつもりでいるんだぜ?」



 すいません。ハッタリです。

 正直全然勝てる気がしていません。なにその黒い粒子?なんなの?とか思っています。


 だけどさ、逃げないって決めてるんだよ。



「その威勢だけは買ってあげる。でもね、虚勢と無謀は身を滅ぼすわ」



 正真正銘、最後の駆け引き。

 カミナさんは軽くその場で飛び、重力に任せるようにして頭が地面スレスレになるまで体を折りたたんで行く。

 両の足と片方の腕を地面に付け、飛びかかる前の猫のような姿勢から一気に……俺の喉元めがけて体をネジこんだ。



「させるか!《空盾エアロシール》」



 目の前30cm程の所に、見えない障壁を作る防御魔法。

 強度こそ不安なものの、俺の狙いはカミナさんの拳の威力を少しでも下げることだ。


 一瞬の時間さえ稼げれば、勝機が見いだせる。

 しかし……



「《迷走脊髄反応ニューロンショック》」



 眩い閃光がカミナさんから放たれ、俺の四肢が痙攣を起こした。

 地に立つ足も、反撃をする腕にも力が入らない。


 しまっ……



「反撃手段除去……」



 無防備に突きだした腕に痛みが走る。

 感じた事のない、第九守護天使を貫通した直接的な痛み。


 俺は予想していなかった痛みに反射的に体を引っ込めてしまった。

 仰け反るような不安定な格好。腕に力が入らず、足元もおぼつかない。



「攻撃進路確保よし……、実行」



 四肢には思ったように力が入らず、逆に体を引き戻す力には加減が出来ず、さらに体勢が悪化していく。

 

 それでも俺は、視線だけは外してやるものかと、カミナさんを睨みつけた。

 しかし、それも所詮、意味のない虚勢。


 現実は、予想だにしない光景を伴って訪れた。



落ちうる意識と迫る終(ラスト・コール)



 俺が最後に見たのは、カミナさんの手袋から漏れ出ていた粒子が虹色に輝く光景と、破壊された第九守護天使セラフィムの残滓。



 ……右腕が吹き飛ばされた。


 右肩が吹き飛ばされた。

 左足の爪先が吹き飛ばされた。

 右膝が吹き飛ばされた。

 左肘が吹き飛ばされた。

 左くるぶしが吹き飛ばされた。

 左の手の甲が吹き飛ばされた。

 左肩が吹き飛ばされた。

 右太ももが吹き飛ばされた。

 右わき腹が吹き飛ばされた。

 首から上が吹き飛ばされた。



「ぐをぉおおおおおお!」



 体が、四肢が、殴打によって後ろに吹き飛ばされていく。

 カミナさんの拳が着弾する度、まるでちぎり取られてゆくような痛みが押し寄せ、体の損壊を悟る。

 しかし、それは錯覚だった。


 体を失っていくと感じてしまう程の、鮮烈な衝撃。

 五体全てが未だ繋がっているものの、四肢はもう、カミナさんとは反対方向に吹き飛ばされ、使いものにならなくなっていた。


 たったの一瞬。

 言葉で表せられない程の短い時間。

 その一瞬が過ぎ去った結果、外さないと誓っていた視界さえも、霹靂した空へと捻じ曲げられて。


 やがてカミナさんの前には、俺の胴体……心臓のみが残った。



「……終わりよ。《心停止カルディオ・アレスト》」



 どこからか声が聞こえた。

 終わりを告げる、無慈悲な声だ。


 ……いいのか?

 こんな幕引きでいいのか?

 俺はまだ死んでいない。終わっていないんだ。


 だったらさ。

 諦めていい訳ねぇだろうがッ!!!


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