第49話「森のラスボス」
「さて、回収の仕方を説明するわね」
「ん?回収の仕方?普通に引き抜くだけじゃないのか?」
「それじゃ森ドラに怪我をさせたままになるでしょ?野生に返すんだし、少しくらいは治癒の手助けをしないとね」
「……?え、てことはこの森ドラゴンは捕まえて売らないのか?」
「そんなことする訳ないじゃない。この森の生態系の頂点に立つ森ドラを理由なく大量に駆逐すると、生態系が大きく乱れるわ。しかも、この森ドラは全部メスだし」
「理由が分からない訳じゃないんだが……。だって一匹3億エドロだぞ!?6匹合計で18億エドロッ!!そんな簡単にあきらめて良いお金じゃないと思うんだが!!」
「ん?3億エドロなんて手術録画の代金1回分にも満たないじゃない。ヤル気出せばそのくらいのお金なんてすぐに稼げるし」
「なんだそれ!?だったら入口をぶっ壊しても問題ないじゃねえか!手術二回で元通りだろ!!」
ちくしょう……酷い詐欺にあった気分だ。
完全にカミナさんの掌の上である。
確かに修繕費は7億エドロかかるのだろう。
その7億エドロというのは普通簡単には用意できないお金で、色々な物を犠牲にしなければならないということも知っているはずだ。
だが、7億エドロという金額はカミナさんにとって手術2回分という、お手頃なお値段だったらしい。
しかも、それをあえて伏せたまま、俺を恫喝しやがった訳だ。
……なるほどね。
リリンは確かに常識がなく、自分の価値観は間違っていないと思っているタイプだ。
だが、カミナさんは違う。
確かな金銭価値や物の値段、常識を全部理解している。
全部理解した上で、無理難題を吹っ掛けて遊んでいやがるのだ。
……悪魔か。
「……一匹ぐらい腹いせに、売り飛ばしてやろうか……」
「売ろうと思っても買う人がいないわよ?だって森ドラの引き取り先、私の病院だもの」
「こんちくしょう!!成す術がねえ!!」
「もー観念しなさい!森ドラの背中は弱い動物の繁殖場所にもなってるからダメなのよ!」
「……じゃあせめて、ゲロ鳥だけでも……ゲロ鳥は弱いし良いよな?」
「それもだめよ」
「何で!?」
「鳶色鳥システムはレジェが考えた貴族の制御装置。変に介入するとレジェの迷惑になるわ」
「……。あぁ、宝の山が……億万長者の夢が……」
「ま、お金には変えられない価値もあるのよ。今は鳶色鳥が住みついているけど、鳶色鳥の渡りの季節が過ぎた冬になると別の生物が住みつくようになるわ。よく住みついているのは……タヌキね」
「森ドラの背中にタヌキだとッ!!想像を絶する緊急事態なんだがッッ!?」
いや待て、ダメだろそれはッ!
魔法を放つ森ドラゴンの背中にタヌキ。それってつまり、要塞だ。
タヌキ・要塞。
その要塞自身が凄まじい攻撃力を備え、他の生物の追随を許さない。
しかし、真なる脅威は背中に魔獣が潜伏しているという事だろう。
タヌキ要塞が大規模な魔法で戦場を支配し、細かな生物はタヌキが蹂躙する。
冬になると、そんな想像を絶する生物が森の深部をうろつく様になるらしい。
俺は冬になったら絶対に森に入らないと、ここに誓う。
何があっても絶対にだ。
**********
「んで、短剣の抜き方なんだが……」
「あぁ特に難しくないわよ。短剣の根元にダイヤルがあるわよね?そのダイヤルを0に合わせてから引き抜けばいいだけ」
「0に?手順は分ったが、それで何の意味があるんだ?」
「そのナイフはね、様々な生物の能力を擬似的に再現しているの。0が三頭熊の回復の爪、今合わせてある2番が破滅鹿の意識剥奪の角の効果があるわ」
「という事は、引き抜く前に回復魔法をかけるってことか?……その短剣、凄く便利そう……」
「ん、特別に売ってあげてもいいわよ?一本12億エドロでどうかしら?」
「買えるかッ!!」
再び非常識を体験しながら、俺達は森ドラゴンに近づいて行く。
カミナさんは森ドラの鼻先、俺は短剣の刺さっている場所へ着き、カミナさんの指示を仰ぐ。
「今、森ドラゴンは仮死状態にあるわ。言うならば、脳死状態というべきかしら。短剣の効果で生命維持以外の機能を妨害しているの。だから短剣を抜いたらすぐに意識を取り戻して暴れ出すわ」
「地味に危険だな!」
「なので、予め睡眠薬を注射で投与するの。ただ、睡眠薬の効果とその短剣の効果が重複すると心停止を招く事がある。だからタイミングを合わせて同時に行くわよ」
「あぁ分かった」
「3,2,1、0!」
「せえい!」
……。
よし、何も起きない。
森ドラゴンの喉に手を当ててみると、微かに膨らんだり萎んだりしてちゃんと呼吸をしている。
無事成功したらしい。
要領を掴んだ後はスイスイ事が進んでいく。
俺が短剣を突き刺した森ドラは5匹。
その内の4匹を終え、問題の最後、口の中にぶっ刺した奴のみが残った。
「確かこの子は口の中に短剣を刺したのよね?」
「……あぁ。なんか流れでそうなった」
「私がこじ開けるから、ユニクルフィンくんが引き抜いてくれるかな?」
「……ですよねー。まぁ、しょうがねぇか」
グパリと森ドラの口が開かれ、隠れていた短剣が露わになった。
俺は上半身を潜り込ませ、口の中の様子を窺う。
……うわ。
俺が想像していた通り、血やら唾液やらで凄くドロドロしてるな。
ちょっと触れたくない感じだが、自分でやった事だし、しょうがない。
指先だけでダイヤルを回し、0にセット。
覚悟を決めて短剣の持ち手を握り、ふと、感じた違和感。
あれ?今ってカミナさんが森ドラゴンの口をこじ開けているんだよな?
じゃあ、誰が睡眠薬を投与すんの?
………。
「うわぁぁあああああああああああああああああ!!」
ばくん!
「危ぶねえええええええ!!喰われる所だったッ!!」
「あはは、気付いちゃた?まぁ、防御魔法あるし、怪我しないなら良い経験かなって。あ、キミは眠っててね、森ドラちゃん」
ドガァ!と堅い何かを殴りつける音を聞きながら、俺は抗議の視線をカミナさんに向ける。
いくら防御魔法があると言っても、誰が好き好んで喰われたいと思うんだよ!
流石のリリンでも、そこまでスパルタじゃなかったんですけど!!
「良い経験!?トラウマの間違いだろ!!」
「人は失敗を積み重ねることで強くなっていくの。何事も経験よ?ユニクルフィンくん」
「じゃあ今すぐ、ドラゴンに喰われた事がある冒険者連れて来てくれよ!いねぇだろそんな奴!!」
ホントに、カミナさんは何を考えているんだ?
俺を森に連れだした理由もそうだが、色々と強引すぎる気がする。
森ドラの相手を俺がしたのだって、必ずしも俺がやらなければならない訳じゃなかったはずだ。
というか、森ヒュドラ瞬殺だったじゃねえか。俺が時間を稼ぐ必要あった?ないだろ。
「なぁ。カミナさんって何か思惑があるんじゃないのか?色々と不自然だぞ?」
「あら、意外と鋭いのね。もっと鈍感かと思ってたわ」
「これでも、リリンの前に立つ、前衛職のスピードタイプで売り出しをしようと思っているからな。鈍くちゃダメだろうよ」
「ふーん。それじゃ、テストしてあげるわ」
「テスト?」
「そうよ、あなたはリリンにとって、私達、心無き魔人達の統括者の代わりとなるべき人。必然的に相応でなくちゃいけないわ」
「俺が、心無き魔人達の統括者の代わり?」
「それくらい出来なきゃ、リリンは任せられないわ。覚悟しなさい!」
え、ちょっと待て、俺にも心の準備があるんだが!?
心の中で狼狽しつつ、必死になって身構える。
なんてこった、ラスボスは森ドラから発射されたゲロ鳥かと思ったが、大悪魔だったなんて!
「まずは知略よ。この森で起こっていた謎の症状の原因はアレルギーだった。未知のアレルギー症状が起こりうるこの環境で、私が取った対策を答えなさい!」
「そんなもん知るかぁぁぁ!!してなかっただろ!対策なんて」
「そうね、ユニクルフィンくんの前ではしてないわ。だからそれを解き明かして?」
何その無理難題。
いくらなんでも、見ていないもんを答えられるはずが……。
ヒントすらないんだし。
いや待てよ。本当にヒントが無いのか?
俺の見ている所では何もしていないとカミナさんは言っている。
それってつまり、対策は持続性のある事だということ。
そもそもが、カミナさんが取った行動を答えろという問題だ。
”今は何もしていなくて、症状が出たら何かする”という事ではあるまい。
じゃあ、その持続性のある対策というのは何かって話になるな。
とすると、浮かび上がってくる可能性は二つ。
俺同様、体調を整える系の魔道具を使用している可能性。
もう一つは、アレルギーを抑える系の薬を使用している可能性だ。
今ある情報じゃ、どっちなのか確定できないんだが……
「カミナさんは薬を飲んでるんじゃないのか?抗アレルギー薬的な奴だ」
「どうしてそう思ったのかな?」
「魔道具で対策という可能性も考えたが、魔道具は壊されたらその効果が消える。近接戦闘職のカミナさんとは相性が良くない」
「ふむ、それで?」
「それと、魔道具は数を用意できないが、薬なら用意できる。だから、自分の体を使って実験をしているかもしれないと思った。これから冒険者に配る常備薬を作る為に」
「……正解よ!まさか私が実験をしている事まで良い当てられるとは思っていなかったわ。やるじゃない」
おっと。どうやら正解だったらしい。
割とあてずっぽうな回答だっただけに、正解してホッとした。
「そうよ。私が森に直接来たのは、この二つのお薬で効果があるか確かめるため。この、『魔王湯』と『魔王武士砕身湯』のね」
……魔王湯?魔王武士砕身湯?
何その物騒な薬。
ちょっと気を抜くとすぐこれだよ!
「そんな怪しげな薬、誰も飲まないと思うんだが?」
「怪しげ?いやいや、古くから伝わる確りとした生薬なのよ?基本的に風邪などに対して処方するわ」
「風邪薬かよ!!」
風邪で体が弱っている時にそんな薬飲んだら、そのまま天に召されそうな気がする。
いや、天に召されるんじゃなくて、地獄に引きずり込まれて悪魔になるのか?
どっちにしろ、俺は飲みたくはない。
「じゃ、知略はクリア―って事で、第2問。私と近接戦闘訓練、しよ?」
「……え?……え。」
「拒否権は無いわ。ユニクルフィンくんにその気がなくても、殴るもの」
「横暴も大概にしろよッ!?」
「リリンを守りたいんでしょう?あなたは自分よりも強い敵と出会った時、リリンを置いて逃げるの?」
「……それだけは無ぇよ。絶対に」
「あらそう?でも、敵の暗劇部員は強く、賢いわよ?この私でも成す術がなかったほど。私程度に尻込みするようで、ホントにリリンを守れるの?」
「あぁ……言われてみれば、その通りだな。俺は強くならなくちゃならねぇんだ。リリンを守ると誓ってるからな」
「じゃあ、そういうことで胸を貸してあげるわ。全力で来なさい」
「……手加減も躊躇も無しで本気で行く。怪我しねえように、ちゃんと防御しろよ!」
そして、唐突に戦闘が始まった。
名実ともに、この森での最後の戦闘になるだろう。
……ラスボス。再生輪廻・カミナ・ガンデ。
レベルは70296。
俺の、7倍だ。