第46話「訓練の評価」
え?……え?
マジで言ってるのか?
……タヌキだぞ?
タヌキといえば、俺を幾度となく恐怖に陥れている謎の小動物だ。
牙は鋭いし、何よりも素早い。
そんでもって隙あらば殺意むき出して襲いかかってくる危険極まりない奴だ。
それを飼いたいとか、正気の沙汰じゃない。
間違いなく寝込みを襲われ……あ。襲われても、カミナさんなら対処できるのか。
それもそうだよな。
なにせコイツはカミナさんが捕まえてきた訳だし、対処は容易なのだろう。
……でもなぁ。
「えっと、本気で言ってます?」
「えぇ、割と本気ね。良い研究材料になりそうだし」
やっぱり研究に使うのかよッ!
タヌキで研究とか、一体何をするつもりだ?
もしかして、凄まじい効果を秘めた魔道具と融合させて、メカタヌキでも作るのだろうか?
……なにそれ、ヤバい。
ただでさえタヌキというのは強力な生物なのに、俺の鎧並みの性能を持った魔道具とかを装備する訳だろ?
心無き魔獣達の統括者。いや、心無き機械獣の統括者か。
病院で患者が大量発生しそうだ。
「いや、あの、カミナさん?それはやめた方が良いと思うぞ……?危険すぎる……」
「んー大丈夫よ、躾はしっかりするし、私に逆らえないようにするわ」
「何をするつもりだよ!?」
ちくしょう!カミナさんが結構ノリノリだ。
そして、タヌキは俺達の話なんてまったく聞こえていないようで、自分の獲物が何になるのかとても楽しみな様子。
今も張り切って、シャドウボクシングみたいに前足をブンブン振り回している。
……のん気な奴め。
「ま、とりあえず、あの子の戦闘力を見てからにしましょ。森ドラゴンにトドメを刺したって言うくらいだし、かなり期待できるわね!」
「……おう」
はぁ。期待までしてるってよ。
これはもう、どうにもならなそうだぞ?タヌキ。
お前の未来は心無きなものへと決定した。ご愁傷様だ。
俺にとってもタヌキにとっても、恐ろしい未来が訪れようとしている。
そんな事とは露知らず、鼻をヒクつかせながら獲物を探しているコイツは、最後の幸せを謳歌しているんだろうな。
いっそのこと、トンデモナイ奴が出てきて無茶苦茶にしてくれたら良いのに。
そしてついに、獲物を見つけたとカミナさんが口を開いてしまった。
「ん?その茂みの裏にいるわね……」
「!ヴィギルア!!」
「……やる気十分そうだな、タヌキ」
「んーでも……」
「ヴィギ?」
「どうしたんだ?」
「これは、お友達かな?」
……は?お友達?
文脈からして俺やカミナさんの友達ってことはないだろう。
ということは……?
そんな俺の疑問を肯定するように、その茂みはガサガサと音を立て始めた。
その動きが大きくなるにつれて、タヌキ将軍の顔色はドンドン悪くなり、小刻みに震えだす。
……やがて、茂みからは一匹のタヌキが姿を現した。
ただ普通にタヌキ。
体が大きいタヌキ将軍どころか、普通のタヌキに比べても小振りなその姿は、どこからどう見ても見慣れたタヌキそのものだ。
ただ、そいつの事をタヌキと呼んでいいのか、俺には分からない。
煌々と額に輝く、純白の『星』マーク。
ただ真っ直ぐに歩いてくるだけだというのに、その存在感は森ドラゴンなんて比べ物にならないほど、圧倒的すぎて。
噴き出す汗を気にする間もなく、俺は事実を確かめるため、レベル目視を起動させた。
―レベル99999―
……なんということだ。
レベルがカンストしてるじゃねぇか。
「ユニクルフィンくん、後ろに下がって」
カミナさんが俺の前に割って入り、軽く俺の胸を押して後ろに下がれと命令する。
その手はやはり、俺と同じく汗で湿っていた。
「カミナさん……この星タヌキは普通じゃないぞ」
「星タヌキなんて始めてみるわ。けど、コイツ、かなりヤバそうね……」
カミナさんをもってしても、警戒に値するらしいこの星タヌキ。
正体こそ不明だが、一抹の不安が思考を過る。
ゆにクラブカードに記された俺の嫌いなもの。
『タヌキ(カイゼル)』
あぁ、お前が昔の俺が嫌いだったとか言う『タヌキ・帝王』なのか?
……流れ出る圧倒的なオーラを見るに、現状、まったく勝てる気がしねぇ。
「ヴィギアヨ。ヴィギ、ヴィギルギア?」
「ヴィギ……ルア!ヴィギーヴィギー!!」
「ヴィ?ヴィギルルヴィーギルアギギロギア」
「ヒィ!!」
「ヴィギッル、ヴィギル!!」
そして、タヌキ帝王は俺達に目もくれず、タヌキ将軍に説教を始めた。
その覇気たるや、熊と遊んでいた時のリリンを軽々と凌駕している。
ここは、穏便に済ますのが吉だろう。
だが、怒られてションボリしてしまったタヌキ将軍の後ろ姿に、ふと、感情が込み上げる。
……あの姿は、リリンの理不尽を目の当たりにした時の俺だ。
どうしてだかそう思い、そして、無意識の内に声が出てしまった。
「なぁ、そこのタヌキ帝王。説教もいいけどさ、お手柔らかにしてやってくれよ」
「ア”ア”?」
「ちょっと、ユニクルフィンくん!?」
「ソイツは女の子なんだろ?だったら優しくしてやるべきだぜ?」
「ヴィギルルーヴィ、ノ、ヴィギヴィヨ……」
「ん?」
「ヴィギルアヴィギーオギギルギア。ヴィギルハギルギ、ヴィギルギア。ヴィギルルヴィ、ヴヴィギアヨ」
うっわ!すごい長文で話しかけられたんだけど!?
明らかに、俺に何か言いたそうなタヌキ帝王。
普通に俺の事を知っていそうな雰囲気でまくし立ててくる。
……だが残念なことに、俺にはタヌキ語は分らねぇんだよ。
「すまんな。何言ってるかさっぱり分からねぇ!」
「……ヴィギィア?ヴィ、ヴィギル」
再び意味の分からない言葉を残し、タヌキ帝王と思しきタヌキは、石のように固まってしまったタヌキ将軍を小突いてから茂みに消えて行った。
タヌキ将軍も名残惜しそうにひと鳴きして、その後に続く。
そして、辺りには静寂が訪れた。
どうやら、心無きな未来は回避されたようだ。
「……ホント良く分からないけど、逃げられたってことは分かるわ。あー凄く残念!」
カミナさんは悔しそうに茂みを眺めている。
だが、俺は安心したよ。
世界の平和は守られた!
**********
「それにしても、ホント変なタヌキだったわ、ね!」
「あぁ、レベルカンストのタヌキなんて、いるんだなっと!」
「いや、そんなタヌキ聞いたことも無いわ。……ホントはさっきのも捕まえて研究したかったけど、ちょっとリスクが高すぎるかな。うりゃ!!」
「リスク?おらッ!何のリスクだ?」
「タヌキのカンストなんて規格外過ぎて、実力の判断が付かないのっと!もしかしたら、私でも負けちゃうかも。あ、最後そっち行ったわ」
「《重力破壊刃!》……ふぅ、終わったか」
タヌキを見送った後、俺の訓練は続いていた。
交互に生物を倒すというルールの為、次の番は俺カミナさんだ。
悠長に構えていた俺の目の前に、歪かつ複雑に広がった角を称えた四足獣が姿を現したのが2時間前。
破滅鹿という、如何にもな名前の鹿についての説明をしながら、カミナさんは戦闘を始めた。
「破滅鹿の持つこの角は、触れた生物の意識を奪う魔法紋が刻まれているわ。その効果はとても強力。一瞬でも触れたら意識を奪われ、そのまま串刺しにされて命を落とす事になる」
そう言いつつ、カミナさんは角をへし折った。……素手で。
「あの……信憑性に欠けるんで、そういった行動は慎んで貰えます?」
「……私みたいに対策をしていれば大丈夫という実演をしてるのよ?」
「取って付けた事言っても、誤魔化されねぇからなッ!?」
そんなやり取りを何度かこなし、ついには真頭熊の群れに遭遇。
もう面倒だという事で、俺とカミナさんでさっさと殲滅し、今に至る。
「さて、ここまでユニクルフィンくんの動きを見てきて、一つアドバイスをしようと思うわ」
「アドバイス?」
真頭熊の群れだったものを一匹残らず転送陣で何処かに送りながら、カミナさんはアドバイスをすると良い出した。
状況的に、クマの皮の剥ぎ方とかを教えられるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「そ、一応戦闘訓練という名目なんだし、それっぽい事しなくちゃね!」
「……これ訓練だったんだっけな。お仕置きが怖くて、必死だったから忘れてたぜ」
「……ということで、アドバイスなんだけど……『特に言うことが無い!』わ」
「アドバイスになってねぇぞ!?」
「ううん、私が言いたいのは、ユニクルフィンくんは『既に真っ当な戦い方をしている』ということよ。特に言う事が見つからないというのは、すごくいい事なんだから」
アドバイスをすると言いながら、まったくアドバイスになっていない。
この常識がずれていく感じは、リリンに近しい感じがする。
「俺としてみれば、何か為になることの一つでも教わりたいけど……」
「そうね。しいて言うなら、グラムで斬り付ける時に重力操作に頼り過ぎね。強力な効果でゴリ押ししているせいで、体に負担が掛ってるわ。ちょっと背中、触るわね?」
「え?何を……?」
「えい。」
「ぎゃあぁぁぁ!!痛ぇぇぇぇぇ!!」
カミナさんにアドバイスを要求したら、攻撃された!
つーか、今、第九守護天使中なんだけど!?
物理攻撃など無効のはずの第九守護天使を完全無視。
一体どうなってやがる!?
「ちょ、痛い!痛いですってば!!」
「ここか?ここがいいのかー?ほれほれー」
「く、うぐう!マジで痛ぇ!ちょっと待ってホントに無理!!」
「はい、施術完了。これで肩甲骨の動きが良くなって剣が振りやすくなったはずよ?」
「……え?あ。なんか肩周りが軽くなったような?」
どうやら正体不明の攻撃は整体マッサージだったようである。
第九守護天使越しでも苦痛を感じたのは、凝り固まった筋肉を解きほぐした時に痛みが発していたためで、外部からの攻撃とみなされていないらしい。
……なるほど、理屈は分った。
再生輪廻さんの前では防御魔法が役に立たないということも、良く分かった。
マジ恐い。
「ユニクルフィンくんは上から下に剣を振る時に、力を入れすぎる癖があるわ。グラムの切れ味なら滑らかに刃を動かすことに筋力を使うべきよ」
「上から下に……たぶん、切れ味の悪い斧で薪割りを続けてたからだろうな」
「今のユニクルフィンくんはひたすらに速度を追求するべきね。手数の多さはリリンとも相性が良いし、何よりカッコよく見えるわ!」
そう言って、カミナさんは微笑んだ。
実力が不確かな俺としてはカッコ良さは二の次で良いのだが、まぁ、有るに越したことは無いか。
拳一つで熊を爆裂させるカミナさんのアドバイス。
『速度重視』
俺も幾度となく速度を気にかけながらグラムを振っていたし、その意見には大いに賛成だ。
これからはもっと剣速を上げる事を考えながら戦ってみるか。
さて、これからの方向性も見えてきた所で、気になる事が一つあるんだが。
「カミナさん、普通こういうアドバイスって訓練が終わったにするもんだと思うんだが?」
「残念なことにさっきの真頭熊の群れで訓練は終わりなのよ。目的地たる森ドラ繁殖地はもうすぐそこ、だから」
「いつのまに……」
「あんまり長くユニクルフィンくんを借りてると、リリンが拗ねちゃうからね。さっさと森ヒュドラを倒して帰りましょう」
「そう言えば疑問だったんだが、森ヒュドラの周りには森ドラゴンがいっぱい居るんだろ?一人でどうにかなるのか?」
「ん。どうにかできないことも無いけど、時間がかかるし、今回は別の方法を取るわ」
「別の方法?」
「私が森ヒュドラを倒す5分の間、森ドラの足止めをしててね。ユニクルフィンくん?」
「……は?」
「つまりは、本番ってことよ。本気で挑まないと命の危険があるから覚悟してね?」
……は?




