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第45話「条件付き訓練」

「ヴィギ……」



 ほら言わんこっちゃない。

 やっぱりカミナさんも間違うこと無き、理不尽極まる心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)だった。


 常識講習を終え正体を現してからは、防御魔法が掛けられて剣すらもまともに通さないっていう甲殻を、拳一つで爆裂させている。

 ……爆裂。

 そう、爆裂っていえば、爆発の凄そうな奴の事だ。

 砕けた甲殻に混じって謎の汁とか巻き込まれた地面とかが吹き飛んでいく怪奇現象が、19回も目の前で起こったのだ。


 割とそういった非常識な経験をしている俺ですら、ちょっと困惑気味。

 となればもちろん、俺の腕の中で大人しくしているコイツにとっては凄まじい光景だっただろうな。


 どうれ、コイツの驚いた顔を見てやるか。

 俺は胸を期待でいっぱいに膨らませ、視線をタヌキに落とした。



「ヴィギィ……ヴィギルア!ヴィギルルヴィギ―!!」



 ……なんだと!コイツ、喜んでやがるッッ!!


 俺の腕の中で興奮のあまり鼻息が荒くなっている、タヌキ。

 あろうことか、コイツは目をキラキラ輝かせ、カミナさんに熱い視線を送っていやがったのだ。


 くそう、どいつもこいつも、常識が無さ過ぎる!



「さーて、次はユニクルフィンくんの番ね。進路方向20m先に獲物がいるから、よろしく」

「えっ!?そんな急に……」


「戦闘なんて、急に始まって急に終わるものよ。ほら、構えて?」

「……タヌキ、じゃーな。おらぁ!!」



 ちくしょう!こうなったらやけだ。とことんまでやってやるぜ!

 俺は想いの全てを込めてタヌキを放り投げる。

 いつまでも抱かれて楽してるんじゃねぇよ!自分で歩けッ!!


 完全に八つ当たりだが、コイツはタヌキだ。そういう扱いをしていいと思う。

 ……なお、タヌキは空中を綺麗に滑空した後、完璧なフォームで着地を果たした。


 おい、新体操でもやってたのか?



「さて、やるか。どんな奴か知らないが、今の俺なら大丈夫だろ」

「そうね。では、グラムは預かりまーす」


「……は?」

「忘れたの?唯の戦闘だと面白くないから条件を付けるって言ったじゃない。今回の条件は、『武器を吹き飛ばされて、絶体絶命!』ね」


「いやいやいや!無理だろッ!?俺、グラム以外に武器を持ってないんだぞ!?」

「だからいいんじゃない。たった一つ、攻撃手段を失ったからってもう戦えませんなんて、お話にならないわ。リリンを守りたいなんて言うのなら、素手であっても、リリンが魔法を唱える時間ぐらいは稼いで見せなさい」


「……くっ。まったくその通りで言い返せない……」

「という事で、グラムは預かるわね。でも、それだと決定打を与えられないから、一回だけ使う事を許すわ」


「カミナさんに預けてあるのに、どうやって使えと?」

「……あなたの胸にある召喚陣は、何のために付いているのかな?」



 あ。フツ―に忘れてた。

 そうか。そう言えばそうだった。俺の鎧にグラムの召喚陣を付けたんだったな。


 後になって考えてみれば、ずっと手にしているグラムに召喚陣なんていらないよなって思ってたけど、なるほど、戦闘中にグラムを手放すこともあるのか。

 意外と考えられているこの鎧に感心しつつも、やってやると意気込みながら、カミナさんにグラムを手渡した。



「よっし!いつでもどんとこい!!」

「それでは、滅びのお仕置きルーレット、スタート!」


「え?」

「結果は……じゃじゃん!!『お薬・治験!』。私が調合したお薬飲んで貰いまーす」


「ちょっと待って!?事態についていけないんだけど!!」



 カミナさんがグラムを受け取った手の反対側、左手にはいつの間にか謎の魔道具が握られていた。

 機械的な四角い箱。

 その箱の蓋の部分にはいくつかのボタンと、文字が表示されている。


 いや、あの。

 そんなに楽しそうな声でお仕置きは『治験』とか言わないで欲しいんだが。

 本来ならばホロビノ用に調整されたお仕置き。だからこれは、ドラゴンで治験を行うってことだ。


 治験と言うのは、効果が不確かな薬を服用し、効果を確かめる行為の事だったはず。

 ということは、これはつまり……人体実験?



「いやもうそれ、お仕置きじゃねえだろ!!ヘタしたら死ぬ奴じゃねえかッ!?」

「そんな不確かなお薬を飲ませる訳ないじゃない。人間で試す前に、ネズミで一回実験してるわ」


「ネズミの次が俺ッ!?ふざっけんな!」

「ふふふ、嫌だったらお仕置きされないように頑張らないと……ね?」


「ちくしょう!この……」

「はいはい、悪魔デヴィル悪魔デヴィル。何を言っても無駄ですよー」


「せめてツッコミぐらいは入れさせてくれよッ!!」



 ……この悔しさは、目の前にいるらしい獲物にぶつけよう。

 俺は、まだ見ぬ敵めがけ、走り出した。



 *********



「うおりゃぁぁ!!」



 俺はひた走る。

 カミナさんは、獲物は20m先だと言っていた。

 そろそろ姿が見えるははずだ。


 俺は寂しい手元を隠す為、叫びながら茂みを掻き分けていく。



「……いたか。ん、なんだ……連鎖猪(チェインボア)?」



 茂みの先にいたのは、見たことのある背格好の、一匹の獣。

 体高は1mほど。今まで戦ったことある中じゃ、小ぶりな連鎖猪だった。


 ……なんだよ、連載猪か。

 俺は安堵半分、ガッカリ半分にそいつに近づく。

 コイツとは何度も戦い、何度も吹き飛ばされた。

 そしてもう、慣れてしまったのだ。


 コイツなら、素手でもなんとかなると思う。

 バッファの魔法全開で蹴り飛ばせば、それなりにダメージを与えられるからだ。

 まぁ、どんな生物が出てくるか分からないこの訓練、弱い生物を引けたのは幸運だったな。


 さっさと片付けてやろう。

 そう思いながら《瞬界加速(スピーディー)》を唱え、ふと、疑問がわく。


 ……こいつ、なんで一匹しかいないんだ?



「ぴぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」



 近づいていると言っても、未だその距離は5m以上有ったはず。

 しかし、いつの間にかその巨体が目の前まで迫ってきている。


 ギリギリのタイミングで体を翻し、なんとか擦るだけに留めながら、思考を切り替える。



「何しやがるんだよッ!」



 すれ違いざまに連鎖猪を殴りつけた。


 手元にグラムの無い今は一撃で倒すのは難しい。

 確実に体力を削ぎ消耗した所でグラムで倒すべく、続けざまに何度か拳は放つ。


 想像していたのは堅い筋肉を殴りつけた手堅い感触。

 しかし、返って来たのは、あり得ないブヨリとした気持ち悪い感触だった。


 ……こいつ、連鎖猪じゃない?



「なんだ……お前?唯の連鎖猪じゃねえな」

「ユニクルフィンくん、気を付けて!ソイツは『人形兎バニードール』よ!」



 困惑していた俺に届く、カミナさんの声。

 ……いや、どう見てもウサギじゃねぇんだけど。


 カミナさんの助言で逆に困惑が広がっていく。

 だが思い出してみれば、人形兎は確か、他の生物に擬態するとリリンが言っていた。

 しかし、同時に体長50cmくらいだとも言っていたはずだが、どういう事だ?


 どう見ても1m以上あるイノシシなコイツ。

 何をしてくるのかまったく分から無いので様子見をしていると、いきなりブルブルと震え出し、ボシュウと息を吐き出して急速に萎んだ。



「……え?」

「何してるの!攻撃が来るわよっ!!」



 なに……?

 俺は慌てて視線を向ける。

 だが、弾けた地面の後には何もいなかった。


 ……そのかわり、俺の腕に現れる異常。

 重さで言うならば、10kgにも満たない何かが纏わりついていたのだ。



「なんだこいつ!」



 それは、ブヨブヨとした皮ばかりの、灰色の何かだった。


 まったくと言っていいほど、可愛げが無い。

 というか、醜く余りまくった皮が垂れ下がり、ちょっと見るに耐えない。

 どこら辺が、”人形”兎なんだよ!?


 あまりの気持ち悪さに、俺は腕を大ぶりに振って人形兎を振りまわす。

 無意識に鎧のバッファを起動させ、高速で振り抜いた結果、人形兎は吹っ飛んで行った。



「カミナさん!?なに今の?すっげえ気持ち悪かったんだけど!!」

「人形兎は、皮を膨らませて別の生物に擬態するわ。仲間だと思って近づいた所を捕食するの!」


「……なんでそれで人形兎?人形って言う程可愛くなかったんだが!?」

「人の形にも擬態するからよ。……アレを見れば納得してくれると思うわ」


「ぴぎっぃぃぃ!」



 見れば納得する?

 てことは、今度は人間の姿に擬態したってことか?

 どれどれ、では拝見させていただきますか……ね?


 そこにいたのは、四つん這いの、何か。

 灰色で手足がやけに長く、当然服も着ていない。

 肌には紫色の血管を浮き上がらせ、あからさまに無理をしているだろうその姿。


 どうにか人間っぽい顔をあしらえただけの、怪物がそこにいた。



「……怖ッッッ!!」

「ぴぎるるうるるるッ」



 ひぃぃぃぃ!なんだそりゃゾンビかよッ!?人間はそんな風に手足は折り曲がらねぇぞ!?

 灰色の不気味すぎるそれは、俺を餌にするべく一直線に突進してきた。


 ひぃぃぃぃ!!生理的に受け付けない!!

 一刻も早く視界の外に追い出そう。


 俺は鎧のバッファを全開にして、口でも《瞬界加速スピーディー》と《飛翔脚フライトステップ》を唱えてから、人形兎を迎え打つ。

 放ったのは手当たり次第の殴打。

 そのほとんどがブニョンとした手ごたえのものだったが、何回かは堅い感触に触れた。


 本体があるようだな。

 ……そこか?


 接近してしまえば大したことなない速さの人形兎は、俺にされるがまま殴打を受けている。

 本体を探り出す為に慎重に殴打の範囲を狭め、大体の位置を特定。

 見つけ出した本体は腰の辺り50cm四方、人間で言えば骨盤にあたるであろう場所にいるようだった。


 そこに必殺の一撃を叩きこむ為、繰り出していた拳の代わりに蹴りを入れて、人形兎の体を浮かせる。



「《来い!グラム!!》」



 グラムの召喚陣の起動方法は至って簡単。

 ただ、名前を呼ぶだけで良い。


 俺の問いかけに答えるように胸の召喚陣が光り、目の前にグラムが現れた。

 初めて召喚したというのに、まるでそこに現れるのを知っていたように、無意識のうちにグラムを手に取る。


 そして、流れるようになめらかな動作で、人形兎の腰を切り捨てた。

 ドサリと音を立てて地に落ちた人形兎。


 見事に両断されているので、どうやら俺の予想は合っていたようだ。



「……色んな意味でグロい!!人形は人形でも呪いの人形だったってオチか?」

「んー名前の由来は諸説あるけど、『異形の詐欺』が転じて『人形兎』になったという説が有力ね」


「……兎っぽさ、無かったもんな」



 あー心臓に悪い。

 あの人間もどきとも呼ぶべき気持ち悪さは、二度と出会いたくないと思う。

 というか、今が昼で良かった。


 暗闇であんなのに出くわしたら、たぶん、漏らすと思う。



「それにしても、ユニクルフィンくんの動きは悪くなかったわ。これはもう普通の冒険者は余裕で超えているわね。ランク4~5は手堅いわ」

「え?そうなのか?」


「そうよ。信じられないかもしれないけど、事実。ユニクルフィンくんぐらいの実力なら、大きい冒険者のパーティーのリーダーを名乗っても問題ないわ」

「そんなにか……。ちなみに、本気のリリンと比べたらどのくらいの差になるんだ?」



 意外と高評価をカミナさんから貰ったので、調子に乗ってこんなことを聞いてみた。

 未だ手が届かない事は分かっているが、目標を明確にするためにも知っておきたい。



「リリンと比べて?……カエルとヘビって所かしら?もちろん、ユニクルフィンくんがカエルね」

「勝ち目がないどころか、食われちゃうのか……」



 ちくしょう。未だ目標は高そうだ。

 せめてカエルではなく、ネズミぐらいにはなりたい。


 そんな些細な目標を密かに立て、カミナさんの補足を聞く。



「ユニクルフィンくん、機会があれば他の冒険者と合同で依頼を受けることをお勧めするわ。実際の冒険者ってどんな事をしているのか知っておいた方がいいと思うの」

「そうだな。リリンが復活したらやってみるか。リリンの理不尽に耐えられるくらいのパーティーを探すの大変そうだけど」


「確かにそうだけど、リリンだって意外と空気を読むわよ?ただ、ちょっとズレているけど」



 あぁ、そうなんだろうな。リリンには一切、悪気が無さそうだし。

 そのズレこそが大問題だけれども。



「さーて、俺の次はお前だな、タヌキ。準備は良いか?」

「ヴィギルア!」



 なんだか話の方向性が不穏になりそうだった為、適当に話題を切り替えた。

 そういえば、落ち着いてタヌキの戦闘を見るのは初めてだな。


 森ドラゴンの時は、見ることには見たけど結局一緒になって戦った。

 俺の中で純粋な好奇心が育っていく。

 それはどうやらカミナさんも同じなようで、俺に体を寄せ、ひそひそと耳打ちをしてきた。



「ねぇ、このタヌキ、ホントに人の言葉が分かるのね」

「あぁ、そうみたいだな。信じたくねぇけど」


「そういえばホロビノもいつの間にか人の言葉を理解するようになったけど、たまにそういう話を聞く事があるのよね……」

「その話ってのはなんだ?」


「動物は人間の言葉を全部理解しているっていう噂話。ただ、言葉は分かっても、それを処理する知能が無い。逆に言えばそれを処理する知能があれば、意思の疎通が可能になるっていうのよ」

「へぇ、それは夢のある話だな。いつも一緒にいるペットと意思の疎通ができる。文字通りのパートナーとなるってわけだ」


「……ねぇ、ユニクルフィンくんはあのタヌキ、飼うつもりは無いのよね?」

「断じて、無い」


「……じゃあさ、私が飼っても良いかな?」



 ……え?


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― 新着の感想 ―
[一言]  え?  飼う?  再生輪廻が?
2021/02/11 21:04 退会済み
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