第44話「限界突破肉体訓練」
「さてと!ユニクルフィンクンの運命も決まった事だし、森ドラ生息地を目指すとしますか」
「俺の運命がどう決まったのかは置いといて、ついに森ドラの生息地に乗り込むのか。……色んな意味で不安しかない」
「そうねぇ……森ドラが集まると魔法を連射させて弾幕を張るようになるけど、まぁなんとかなるでしょ」
「魔法で弾幕!?なんとかなるレベルなのか?それ……」
カミナさんは緩い空気のまま、「危険だと判断したら、ちょっと本気で潰しにかかるから大丈夫よ。生態系が崩れるからあんまりやりたくないけど」とその大きな胸をさらに大きく膨らませた。
……少しぐらい萎んでも良いと思う。
あ、胸じゃなくて、自信とかの話しだぜ?
「なぁ、森ヒュドラって森ドラの群れの中にいるのか?」
「たぶんね。森ヒュドラはオスの個体しかいなくて、森ドラのメスを侍らすの。狩りとかもメスにやらせて基本的に縄張りから出ないわ。ハーレムを作って引きこもるのよ」
「ハーレムで引きこもり!?野生動物のくせに俗物すぎるだろ!」
「ただし、一度戦闘になれば凄く手強いわ。ユニクルフィンくんだとまだ危険だから、今回は私が討伐するね」
「どうぞ。むしろやってくださいお願いします!」
手負いだったとはいえ、あのリリンですら危険と判断し、撤退しようと言ってきたぐらいだ。
いくら必殺技を身に付けたとはいえ、俺が相手をしていい動物じゃなさそう。
ここはカミナさんに譲ります。
心無き魔人達の統括者 VS タイラント・森・ヒュドラ。
良い対戦カートだと思う。
「でも、森ドラの巣に着くまではユニクルフィンくんにも戦って貰うわ。実力を見たいし」
「あぁ、それは良いけど……。危なそうなのが出てきたら助けてくれよ?」
「そうねぇ……この森で危険っていうと……『人形兎』『破滅鹿』『聖域蟻』ぐらいかしら?」
「全部聞いたことのある名前なんだけどッ!?」
嘘だろ!?名前が挙がった奴全部、リリンがオススメしてきた奴等じゃねぇか!
何をどう思ってそんな超危険生物と戦えと言ってきたのか、今すぐにリリンに問い詰めたいんだが!?
「どうしたの固まっちゃって。何か嫌いな生物でもいた?」
「嫌な生物なら、このタヌキがそうだけど。じゃなくて、その生物はリリンがオススメって言っていたなーと」
「……オススメ?リリンはずいぶんユニクルフィンくんのことを信頼しているのね」
「いや、そういう事じゃないと思う。たぶん良からぬことを考えたんじゃないか?」
「……あはは。あの子の非常識も困ったものね。ちなみに、ユニクルフィンくんと同じ、一万レベルの冒険者がさっきの生物に戦いを挑んだら、5秒で原形を留めていないくらいに惨殺されるって知ってた?」
「へぇ、そうなんだ。まったく知らないや!」
あぁ。リリンのスパルタもだんだん激しくなっていくな。
まぁ、それで強くなっているんだから文句は無いんだけど。
俺は気を引き締める為に頬を叩くと、歩き出したカミナさんに続いて森の奥へ歩を進めた。
……ちなみに。
あいかわらず、タヌキはカミナさんに抱かれている。
完全に逃げ出すタイミングを失ったようだ。ざまぁ!
**********
「見つけた……最初の獲物は聖域蟻ね」
「初っ端から危険生物か……。一体どんな奴なんだ……?」
「ヴィギルア!」
森の奥に向かいはじめて30分。
俺達一行は初めての獲物に出会った。
俺が今思い出しているのは、これからカミナさんが行う『限界突破肉体訓練』という、いかにも心無きな訓練の説明。
とてもありがたい事に、散策をしながら詳しく説明がされた。
そのルールは以下の通り。
俺とカミナさんは交互に、出会った生物と戦う。
基本は一人きりでの戦闘。
ただし、会話だけはしても良い。
そして、意外と普通だと思った俺の、「こんなので訓練なるのか?」という問いかけに、カミナさんはどこまでも優しい笑顔で「そんなわけ無いじゃない」と微笑む。
「戦闘を行う前に私が特別な条件を付けるわ。その条件を破ると、心無きなお仕置きが待っているわよ?」
「ちなみに、そのお仕置きとは、何でしょうか?」
「ワルトナ謹製、『滅びのお仕置きルーレット』。任務に失敗したホロビノの為に作成された、特別なお仕置きを受けて貰うわ」
「それドラゴン用だろうがッッ!?人間に使うんじゃねえよ!!」
そういうわけで、俺は絶対に失敗できない状況に身を置いてしまった。
しかし、ありがたい事に俺は一人では無く、仲間がいる。
「ヴィギルア!ヴィギルルア!ヴィギーヴィギー!!」
カミナさんの腕の中で必死に自己アピールする、タヌキ。
何故かコイツは俺達の訓練を一緒に受けたいらしい。
そのまま大人しくしていれば平和に過ごせるというのに馬鹿な奴め!
俺の後押しも有り、この訓練は三人?で行うことになった。
一番手はカミナさんからだ。
心無き魔人達の統括者、その実力とやらをしっかり見せて貰うぜ!
「まずは、ユニクルフィンくんのズレた常識を元に戻すわ。私が今から普通の冒険者を演じながら、聖域蟻と戦ってくるから良く見ててね?」
「お、それはありがたいな。いまいち普通の冒険者ってのが分からなったんだよな」
「少なくとも、リリンの言う『普通の冒険者』は全然普通じゃないわ」
「そんな気はしてた……」
「じゃ、このタヌキ持ってて。行ってくるね」
……なんで俺にタヌキを手渡した?
コイツなんてそこら辺にブン投げておけばいいだろ。
そう思いつつも、差し出された以上受け取らない訳にはいかない。
俺は恐る恐る、タヌキに手を伸ばした。
……うわぁ。すっげぇ、もっふもふ!
「あ、あれは……!!」
程なくして始まったカミナさんの小芝居。
一応、その場の雰囲気づくりから始めるらしい。
俺もその小芝居に乗っかって、質問を投げかけてみる。
「あのでかい蟻は一体何なんだ?」
「……聖域蟻よ。あの堅い外皮は通常の剣では傷つけられない。今有効なのは、私の絶対切断の能力を持つこの短剣『斬り開く朱』だけね」
おい、さらっとヤバそうな刃物が出てきたぞ?
つーか、カミナさんって拳闘士じゃなかったっけ?
「それで勝てるのか?」
「命を掛けて接近戦をするしかないわ。もう、囲まれてしまったから」
「へ?」
「今、私達の周りには20体の聖域蟻がいるわ。不運にも近くに巣があったみたいね」
なんだそれ!?
そんな状況ならふざけている場合じゃないだろ!?
俺も戦った方が良さそうだ。
しかし、俺が剣を握り締めたのを見てカミナさんは首を横に振った。
「私がなんとしてでも、退路を開くわ。だからユニクルフィンくんは逃亡の準備をしてて。その子だけは絶対に守らなくちゃ、ね?」
そう言いながら、カミナさんは俺の腕の中にいるタヌキをそっと撫でた。
……なにこのふざけた設定ッ!?
なんでヒロイン役がタヌキなんだよ!
おいタヌキ、お前もノリノリで「ヴィギルア!」って言ってんじゃねえよ!
「じゃ、始めるわ」
「おう、もう好きにやってくれ……」
**********
「なんてこと!聖域蟻が群れるなんて聞いていないわ!?」
冒険者カミナは、自分の不運を呪った。
今日は調子が良いといつもより深く森に入った途端に、圧倒的な危険生物に出会ってしまったからだ。
聖域蟻。
古い遺跡を住処とする肉食の大型昆虫。
この蟻は通常、一匹から二匹で行動する。
しかし、今はその通常から外れ、視界いっぱいの群れがそこにあった。
勝ち目はあるのか……?
一番近く、レベル79484の聖域蟻に視線を向けながら、少ない勝算を吟味する。
飛びきりに絶望的な、この状況を打破するために。
しかし、それは人間側の都合。
唯の野生動物には関係がなく、これはただの日常、食物連鎖に過ぎない。
「ギチ……」
「ッ!!」
カミナは聖域蟻の短い鳴き声に反応し、右側に飛びのいた。
その直後、聖域蟻から噴出された溶解液が地面をドロドロに溶かす。
その光景を見てカミナは引きつった笑顔をすると、一直線に聖域蟻に向かって突撃を繰り出した。
「やぁぁぁっ!」
ガァンッ!と鈍い音が響く。
カミナは手にした短剣を聖域蟻の頭に打ち付け、殺害を試みた。
しかし、その刃は聖域蟻の表層を抉ったにすぎず、まるで本物の鋼鉄を切り付けたかのような手ごたえに、今度は冷や汗が流れ落ちる。
「堅ったいわね……。つ!」
四つん這いだというのに体高がカミナと同程度の聖域蟻。
当然、2本足のカミナより6本足の聖域蟻の方が馬力が強く、頭を振っただけの頭突きですら、きちんとガードしなければ致命傷となる。
上手く短剣を当てて衝撃を殺したのにも関わらず吹き飛ばされたカミナは、その勢いを利用して近くの巨木に飛び移り姿を隠した。
そんな事をすれば当然、無防備なユニクルフィンの方に聖域蟻の意識が向く。
その瞬間をカミナは逃さなかった。
「……てぇい!」
獲物を見失い、新たな獲物へと歩み寄ろうとした聖域蟻を穿つ、一筋の閃光。
カミナは稼いだ一瞬の時間を上手く活用し、持ちうる最高のバッファの魔法を唱え、木の上から聖域蟻の首関節の切断を狙ったのだ。
隙を付いた完璧な一撃。カミナが放ったのは、刃を通す瞬間にかけ声も掛けた正真正銘、全力の攻撃。
その目論見は成功し、ゴトリと聖域蟻の頭が落ちる。
……敵はあと、19体。
**********
「……と、こんな風に、創意工夫をしながら戦うの。間違っても、魔法でドカーン!とかやらないわ」
その雰囲気を全くの別物にしながら、カミナさんは俺に先ほどの説明をしてきた。
あの緊迫した戦闘は、大体平均的からちょっと抜け出たランク2程度の冒険者を参考にしているらしい。
ちなみに、さっきの状況だとゆくゆくはジリ貧になって、生き残れる可能性はかなり低く、大体2割程度になるとのこと。
それが常識なのだと、カミナさんは語る。
……非常識にも、聖域蟻を拳で爆散させながら。
「ほい!」
ズバシャァァァ!!
「殴っただけで、なぜそうなるッ!?」
「んー。魔法を纏った拳で筋繊維を暴走させて、爆裂させているの。魔力を殆ど使っていない分、より性質が悪いとワルトナに褒められたわ」
「どこら辺が褒め言葉!?」
どうやらカミナ先生の初心者常識講習は終わってしまったようで、今はもう、ただの作業として聖域蟻を爆裂させている。
カミナさんが殴る。
ボンッ!と聖域蟻が爆ぜる。
また、カミナさんが殴る。
ボボン!と別の聖域蟻が再び爆ぜる。
そして1分もしないうちに、無残な死体のみが残った。
「……どう?少しは常識が分かったかな?」
「分かるかッッ!!」
「えー。結構丁寧に説明したと思うんだけど……」
「常識説明はいい感じだったよ!?ただその後の衝撃映像で全て台無しだけどな!!」
いやほんと、いい感じだったんだよ、最初の説明は。
なるほど、普通の冒険者は謎の溶解液を吐く昆虫相手にも苦労するんだなーってちゃんと理解出来たんだ。
しかし、せっかく出来上がりつつあった常識をカミナさん自身の手で、ぶっ壊した。
これは間違いようのない事実。
……なにせ、理不尽を押し付ける側のタヌキですら、意味が分からず絶句しているんだからな。




