第43話「心の中の決意」
悲報!タヌキ将軍、女の子だった!!
……。何かの間違いだろ!?
この世のどこに、雄叫びを上げながらドラゴンをブン殴るメスがいるんだよッ!!
普通そういうのってオスの役割じゃないのかよ!?
「カミナさん。コイツ、ホントにメスなのか?タマ隠してるんじゃねぇの?」
「どう見ても間違いなく、メスね」
「でも、普通の奴よりも体がでかい気がするんだけど?」
「タヌキはメスの方が少しだけ大きくなるわ。そういう動物、結構いるのよ」
「マジか……。お前、メスだったらもう少しお淑やかに出来ないのか?」
「ヴィギルア!」
なんだこの、何とも言えない気持ちは。
一方的に裏切られたかのような、そうでもないような。
カミナさんの話によると、タヌキの男女の能力差は殆どなく、メスであっても狩りなどをするという。
でも、なんか納得できない。
俺を恐怖のどん底に陥れ、あまつさえ、森ドラゴン相手に共闘したコイツが……メス。
勝手に百戦錬磨のおっさん狸だと思っていただけに、そのショックは計り知れない。
俺はやりきれない思いを込めて、諦めの表情でカミナさんに抱かれているコイツの鼻先を指で連打した。
「お・前・が・メ・ス・だ・っ・て・聞・い・て・な、ぎゃぁぁぁぁ!指噛まれた!!」
コイツ、指、噛みやがった!!
当然、第九守護天使中だから痛く痒くもないが、あからさまに反抗されると腹が立つ。
もう、オスとかメスとか関係ねぇ!!
コイツはタヌキ。そう、まごうこと無き悪魔の獣、タヌキ将軍なのだ。
俺はスッと両手を構え、タヌキの鼻先に狙いを定める。
くらえ!!鼻先百連突き!!!!
「ねぇ、なにアホな事して遊んでるの?やっぱりタヌキが性癖なの?ケモナーなの?」
だが、俺の鼻先百連突きが繰り出される事は無かった。
タヌキの頭のすぐ上で、じっとりとした目で悪魔が視線を送って来たのだ。
やばい、悪魔とタヌキ、この組み合わせは超絶危険だ!!
しかも、悪魔の方は聞き捨てならない事を言っている。
タヌキが性癖?ケモナー?
……誰が?
「ちょっと待ってくれ、何かがおかしい。……誰がケモナーだって?」
「あなたに決まってるじゃない。ユニクルフィンくん」
「……え?」
「え……?」
「いやほんと、何の話?」
「だから、ユニクルフィンくんは『ロリコンで』『ケモナーで』『巨乳好き』なんでしょ?」
「…………誰だそんな事言った奴ッ!!!!」
ふざけんな!
俺はそんな特殊性癖なんか持ってない!
ケモナーというか、タヌキに関しては文句無しに嫌いな動物ナンバーワンだぞッ!?
「そんな話にいつなったんだよ?俺はそんなん事一言も言ってないぞッ!」
「え、だってリリンが「ユニクはタヌキが大好き」って」
「そんな訳あるか!俺がタヌキに何度、殺されかけたと思う!?」
「隠さなくてもいのよ?証拠は上がってるんだから」
「何の証拠だよッ!ねぇだろ証拠なんて!!」
あぁ、やっぱりロクでもない事になってた!!
そもそも、カミナさんがタヌキを捕まえてきた時、「凄くいい事してます!」みたいな朗らかな笑顔だったのが気になっていた訳だが、こんなことになっていたとはな。
つーかリリンもどこをどう勘違いしたら、俺がタヌキ好きだと思ったんだよ!
……あ、そのせいか。
執拗にタヌキを飼わないかと食い下がってきたのは。
俺は妙に納得し、少しだけ気持ちに落ち着きを取り戻した。
落ち着いてきていたから、カミナさんの声も良く聞こえる。
「あるわよ、証拠。……リリンにタヌキの恰好をさせて襲おうとしたんでしょ?」
「なんでそうなったッ!!事実と完全に食い違っているんだけど!!」
なんでそう判断したんだリリン!?
何が嬉しくてタヌキの恰好をさせて襲わなけりゃなんねぇんだよ!!
そんな特殊な性癖持ってねぇけど!
俺の必死の説明に、段々事実が見えてきた様子のカミナさん。
すっかり顎に手を当て、何やら考え込んでしまった。
どうやら、俺の良い分を信じて貰えたようだ。
だからな、タヌキ。
そっと股を閉じないでくれ。
「それじゃ、ユニクルフィンくんは間違ってもリリンに手を出さないように、嫌いなタヌキの恰好をさせて自己抑制していたと?」
「あぁ、そうだよ。なにせ無防備な姿のリリンはヤバい。三割増しに可愛く見えるからな」
「その言い分は凄く分かるわ。私も寝起きのリリンを何度、抱きしめた事か」
「ホントにな。……実力差から行って襲いかかったら返り討ちにされるからやらないけど」
「確かに……。あ、じゃあロリコンってのは?」
「なぜロリコン扱いなのかまったく理解に苦しむし、俺は断じてロリコンなんかでは無い」
「だとすると、巨乳好きってのも?」
「……。え、えっと……嫌いじゃない、かな」
「……。」
「……。」
「……ヴィァ。」
「殆どは勘違いって、そういう事なのね……。これは……」
「……まだ、何か有るのか?」
「……これは苦労しそうね、って」
あぁ、まったくだよ。
現状、自己統制の方は上手くいっているが、時々、タヌキリリンに襲われるからな。
深夜に何度、無防備な腹を押されたことか。
「なんか、思ってたよりも複雑な関係性なのね。もう率直に聞いてみたいんだけど……」
「ん?」
「ユニクルフィンくんにとって、リリンってどんな存在なの?」
打って変わってカミナさんはすごく真面目な声で、疑問を口にした。
今さっきまでのゆるい雰囲気では無く、真剣な空気が張り詰めていく。
俺はその空気感に押され、こくりと唾を飲み込んだ。
そんな俺の事を、真っ直ぐ見返してくる四つの瞳。
カミナさんとタヌキだ。
「俺にとってのリリン、か……そりゃあ、色々思う事はあるな」
「……そう。その中で一番想いが強い事を教えてくれるかな?重要な事なの」
「……笑わないでくれよ?」
「人の真摯な気持ちを笑ったりなんてしないわ」
「俺は――」
俺は、リリンと出会ってから、人生が180度変わったと思う。
毎日をただ無意味に繰り返すだけだった日々が終わりを告げ、さまざまな感動や感情、喜怒哀楽の連続だった。
初めの頃はただ、我武者羅に強くなろうとして無茶もした。
冒険者になるための試験の時なんか、連鎖猪と戦って死ぬかと思ったっけな。
そして、危ない目に会う度にリリンに助けられ、事無きを得てきた。
だが、いつの時からか、ふと、思うようになったことがある。
きっかけは良く分からないけれど、三頭熊の群れを前にリリンが涙を目に溜めた時には、もう、この想いは決まっていたと思う。
俺は――
「俺は、リリンを守りたい。俺が守ってやらなくちゃって、そう思うんだ」
「…………。」
「…………。」
「…………なんか言えよッ!!無言って一番傷つくんだぞッ!?」
「あはは、ごめんごめん!なんていうかさ……」
「?」
「……私が思ってたよりも、ずっと良い答えだったわ。やるじゃない!ユニクルフィンくん!!」
「ヴィギルア!」
カミナさんは笑っていた。
その笑顔は一片の曇りもなく優しいもので、悪魔な感じは一切しない。
なんだかしらんが、カミナさんには俺の答えは好印象だったらしい。
……そしてなぜかタヌキもニッコリ微笑んでいる。
何か悪いものでも食ったのか?気味が悪いんだけど。
「いやー。私的には大満足かな!ほら、ユニクルフィンくんって私達、『心無き魔人達の統括者』のこと怖がっているじゃない?だとすると、リリンの事も怖いのかなって」
「え?怖いけど?」
「……は?」
「うん、フツ―に怖い。だって一撃で地面を抉り飛ばす魔法を連打するんだぞ?怖くないはずがあるか?」
「え、でも、今さっきリリンの事を守りたいって……」
「それはそれ、これはこれ。怖いもんは怖いんだよ!」
「なによそれっ!?もしかしてリリンの無茶な訓練のせいなの?」
「訓練?確かに怖かったが、一時的なものだしな。それよりも、リリンを見てるとふと感情が込み上げてくることがあってさ……」
「?」
「リリンに逆らうと、酷い目に遭うって本能的に悟るような……」
「どういう事よそれ!?生理的に受け付けないって事!?」
「ん、違うぞ。そうじゃなくて、こう、昔のトラウマが掘り起こされるような……」
そう、なぜかリリンを見ていると、異常に恐怖を感じる事が多々あった。
まるで昔、無くした記憶の中で似たような出来事を経験したかのように。
「はは、変だよな!トラウマも何も、そもそも記憶が無いってのに」
「……。ねぇ、今のユニクルフィンくんに聞くのも、間違っているとは思うんだけどね」
「なんだ?」
「ユニクルフィンくんは昔、リリンに会ったことがあるんじゃないのかな?」
「……え?」
「なんてね!流石にそれはあり得ないわ。ユニクルフィンくんはともかく、リリンだって「会ったこと無い」っていつも言ってたもの」
カミナさんはそう言って、悪戯っぽく笑った。
どきり心臓が脈打った俺の内心など、まったく知らぬというばかりに。
そう、なぜかその言葉には心動かされたのだ。
見ず知らずの英雄の息子として、俺をずっと探していたというリリン。
知らぬが故に憧れや羨望といった感情が多分にあったと、リリン本人も言っている。
そして、俺にはその言葉を否定する記憶が無い。
だが、カミナさんのさっきの言葉に、妙に真実めいた直感を感じたような気がするのだ。
後少し。後少しで、辿り着けそうな……。
「ヴィギルア!」
あぁ、確かに有ったはずなんだ。無くした記憶の中に確たる真実が……たしか……
「ヴィーヴィーヴィギルア!」
思い出せ!俺。
そこは重要な所だぞ!!
「ヴィギュリオォーン!」
「うるせぇよッッッ!!タヌキッッッ!!!!!!!!」
あぁ、このタヌキ野郎!って。……そうか、野郎じゃなかったな。
あぁ、このタヌキ女郎!……なんか違うな。
やっぱり、タヌキはタヌキと呼ぶのが良いだろう。
このアホタヌキ!!少し黙ってろ!
俺は心の中でタヌキの呼び方をさりげなく変更し、もう一度思考の海に潜る。
しかし、さっきの間の抜けた鳴き声のせいで、そんな空気じゃ無くなってしまったらしい。
「それにしても、ユニクルフィンくんの気持ちは「リリンを守りたい」かぁ……。そんなこと、一度は誰かに言われてみたいものね」
「……。それはどうにも無理がある気がする……強さ的に」
「あ、ひっどーい!そんな事、言う子には……」
「そんな事、言う子には?」
「カミナ式、限界突破肉体訓練で地獄を見せちゃうゾ!」
「で、限界突破肉体訓練ッ!?!?」
「そうよー。リリンを守りたいっていうのなら、それ相応にはならなくちゃ。幸い、この森なら相手にも困らないわ」
「相手には困らなくても、俺が困るわ!!」
「……大丈夫よ。骨はちゃんと拾って供養もするわ」
「死んでるじゃねぇか!つーか治療失敗してるんじゃねえよ!!」
「あはは、冗談よ、冗談!……半分くらいは」
「もう半分はなんなのッ!?」
ちくしょう!考え事なんかしている場合じゃなくなった。
今は目の前の臨死体験をどう切り抜けるのか、それに全力を尽くさなければいけないようだ。
カミナさんは、ふふん!と鼻を鳴らし凄くやる気な様子。
そして、カミナさんに抱かれているタヌキも、凄く興味ありげに俺に視線を向けてきている。
……悪魔と魔獣。
正真正銘、最悪の組み合わせは、一体俺に何をもたらすというのか。