第42話「カミナの実力」
「ひぃぃぃぃぃぃい!!死ぬ死ぬ死ぬッッ!! 」
「ひゃっはぁ!風が気持ちいいわね!」
いや待て待て、おかしいッ!!
待てど暮らせど、カミナさんが飛翔脚で空を踏もうとしないんだけど!
このままじゃどう考えても地面に激突して、二人とも死ぬだろうがッ!
治す側のカミナさんまで死んだらまったく意味がねぇ!!
「うおぉぉぉぉぉぉ!!《惑星重力操作!》 《惑星重力操作!!》《惑星重力操作ォ!!!》 」
「ん?ユニクルフィンくんの体が軽くなったわね。さすが伝説の剣、そういうことも出来るんだ?」
「感心するのは後でにして!?今はこの状況をどうにかしねぇと!!」
「あら、スカイダイビングに慣れていないのね。それなら、受け止めてあげる」
「は?」
え?ちょ、何言ってんだ?
カミナさんはスッと俺の手を離すと、「先に行ってるわね」といって急降下を開始した。
マジで意味が分からない。
飛行脚は空中に足場を作り、あたかも空を飛んでいるかのように見せる魔法だ。
だから、空を自由に飛ぶことなんてできないし、一度加速してしまったら減速出来ないとリリンも言っていた。
なのにカミナさんは空を切り裂くように頭から地面に向かって急降下をしている。
今はもう、ゴマ粒ほどの大きさにしか見えない彼女は程なくして地面に激突するはずだ。
しかし、一向にその兆候が見られない。
激突した音も、ましてや土煙なども発生せず、地表は沈黙を保ち続けている。
そうこうしている内に、緑々とした地表が見えてきた。
まばらに木の生えた草原。
そこで当然のように無傷で手を広げて俺を待ち構えているのは、カミナさんだ。
……もう一度言おう。マジで意味が分からない。
「どういうことッ!?」
「そのままじっとしてて!受け止めるわ」
受け止める?そんな離れたところにいて、どうや……
わぷ!え?なにこれ、やわらかい!!
俺は地表に近づくにつれ、惑星重力操作で重量を減らして衝撃に備えた。
カミナさんは俺の着地点よりも少しずれている。あそこからだと到底間に合うまいと激突に身構えた瞬間、やわらかい何かが俺の顔を包み込んだのだ。
うわぁぁ……やわらかくて、すごく良い匂い。
うん、なんだろうこの、心の底から震え上がらせるような、至福と臨死の……恐怖?
「こら!胸に顔を埋めないの!そういうのはリリンに頼みなさい!!」
「え、リリンには……ってそうじゃねぇだろ!!なんなんだよッ、何が起こったッ!!」
「何が起こったって、ホロビノから飛び降りて着地して、ユニクルフィンくんを受け止めたんだけど?」
「説明が雑すぎる!もっと詳しく教えてくれ!!」
「んーそうね……」
そう言ってカミナさんは一連の動作に説明を入れてくれた。
結果だけで言うと、カミナさんはその持前の身体能力と飛翔脚だけでこの窮地を乗り切ったらしい。
一人で先に急降下をしたカミナさんは地面と衝突する前に飛翔脚で10個の足場を階段状に設置。
そして、その足場の上で受け身を取り、衝撃を殺したというのだ。
一度では殺し切れないので何度かに分けて衝撃を分散し、最後には本当に階段を下りる程度の衝撃で地表に降り立ったらしい。
そして、そこそこの速さで地面に迫っていた俺を見定めて、間に合わせるために普通に走り、受け止めたと。
……何度も言おう。マジで意味が分からない。
言葉の意味こそ分かるが、その行動が出来る原理も根拠もまったく理解が出来ない。
この人、人間か?
「カミナさん……流石に理解が出来ない。本当に飛翔脚だけで切り抜けたのか?バッファの魔法も無しに?」
「んー今、使ったのは飛翔脚だけね。まぁ、もともと私はバッファの魔法を主体にして戦う拳闘士。発動しなくても、基本的なバッファは体に染み込んでいて、身体能力には自身があるの」
あ、人間、辞めてた。
流石、心無き魔人達の統括者。
軽々と人間の限界を超えてやがったぜ。
「そういうもんなのか……心無き魔人達の統括者、マジ怖ぇぇぇ」
「ユニクルフィンくんも、もう私達の仲間じゃない。これくらいで驚いてもらっちゃ困るわ」
「まだ何かやらかす気なのかよッ!!」
いや、本当に思い知った。
正真正銘、大陸中から恐れられているという心無き魔人達の統括者の実力と、今更ながら、リリンは俺に対し一定の配慮をしていたという事実。
カミナさんはたぶん悪人では無い。
普通に医師だし、その言葉”は”ある程度、常識的だ。
ただ、恐らく俺はこれから人生経験上最も過酷な体験をするだろう。
結局カミナさんは心無きで悪魔な事には変わらない。
……助けて!リリン!!
「ねぇ、そんなに警戒しなくても採って食べたりしないわよ?私をなんだと思ってるの?」
「間違うこと無き、悪魔」
「やっぱ、採って食べようかしら……」
「ひぃ!」
「もう、冗談よ!リリンのものなのに手を出す訳ないでしょ!!」
え?リリンのもの?
ん?このままだとリリンに食べられちゃうの?俺。
って、流石にそれはないか。
食べるんだったら、是非、ベットの上で――――
一瞬だけ妄想して、そして、タヌキなリリンがイメージの中で、大きく口を開けた。
あ、やばい。
これ、本当の意味で食われる奴だ。
「ったく!リリンも大概だと思ったがカミナさんも大概だな。もしかしなくても、リリンの仲間ってこんなに規格外なのか?」
「そうよ?それぞれ得意分野の違いはあれど、身体能力も魔法能力も一定の水準を超えているわ」
事も無さげにカミナさんはそう言って、ふ。っと小さく息を吐いた。
そう、本当に他愛もない会話をしていただけだ。
この言葉は唯の会話の導入で、そろそろ本題の森の詮索を始めようかと切り出す為のものだったはずだ。
……なのに何故。
カミナさんは左腕だけを高速で動かし、裏拳を放ったのか。
そして、何故、その裏拳の先に真頭熊がいるのか。
「……え?」
「ユニクルフィンくん、ここはもう森の中心部で危険な動物も結構出るわ。気を引き締めてね?」
いや、そうなんだけどさ。
図体のでかい真頭熊がいきなり木の上から降ってくるなんて、誰が思うんだよ!!
しかも、カミナさんの対応が完璧すぎて、逆に不意を突かれた真頭熊が一発で伸びてるじゃねぇか!!
うわぁ、えげつない!と思いながらも、俺はグラムを手に真頭熊に近づく。
「……油断しない為にも、しっかりとトドメを差しておくか」
「もう死んでるわよ?その真頭熊。そういう殴り方したもの」
「……。裏拳で死んだ!?どうなってやがるッ!!」
嘘だろッ!?
そう思いレベルの確認をしてみたが、レベルが表示される事は無かった。
完全に死んでいます。ご臨終です。
つーか、裏拳って手の甲側で殴る技なのだが、そんなに威力の出る殴り方じゃないはずだ。
それなのに一撃で死んだだと……?
俺の困惑を感じ取ったのか、カミナさんは追加の説明をしてくれた。
「どうして裏拳打ちなんかで死んじゃったか不思議なのね。単的に言えば、死因はショック死に分類されるわ」
「ショック死?」
「そう。私の拳から放たれた衝撃が自律神経を過剰に刺激し、心不全を引き起こさせたの。心臓が止まれば意識を保つ事は出来ないし、この状態が続いて蘇生不可能となった時、分類的には死亡となるわ」
「つまりカミナさんは裏拳で真頭熊の心臓を止めたと?」
「そう。そして、まったく外傷の無い今なら、蘇生も出来るわ。こんな風に」
そう言いながら、カミナさんは真頭熊の胸に手を当てて、一つの魔法を唱えた。
「《迸る栄光の打手》」
そして光るカミナさんの右腕。
栄光を称えるような眩い光を散らし、ズドムッと鈍い音を立てて真頭熊の胸に衝撃を与える。
これも唯の打撃に見えた。
……まさか、嘘だろ?
「グマ”ァアァアアッ!」
「っと、簡単に蘇生も出来るわ。心停止から一分以内なら蘇生率は90%を超える。私がやればほぼ100%、成功するわ」
まさか、そんな……。
一瞬で真頭熊を殺したかと思ったら、一瞬で蘇生しただと?
ぞくりと、冷や汗が流れる。
これじゃまるで、本当に、悪魔―――――
「ふふ、私は『心無き魔人達の統括者・再生輪廻』。『命を弄ぶ悪魔』と人は呼ぶわ」
「自分で言うのかよッ!!」
「もう開き直ってますー。ワルトナやレジェに散々ネタにされましたー」
ちくしょう!!ツッコミまで先を越されただとッ!!
カミナさんは悪びれもせず、そう言って微笑んだ。
もう騙されないぞ。見るからに天使なその頬笑みの裏側は真っ黒だって知ってるんだからな!!
そして、その頬笑みに恐れを抱いたのは俺だけじゃ無かった。
訳も分からず成り行きを眺めていた真頭熊。
カミナさんがその頬笑みを向けると、声も漏らさず一目散に逃げ出したのだ。
なお、コイツのレベルは90108。
俺が出会った中じゃ普通に最強格だった。
「さて、良いデモンストレーションになったし、私が強いってことは理解して貰えたかな?」
「あぁ、理解したぜ。再生輪廻は熊を素手で殺す。なんて恐ろしいんだ……」
「本人を前にして、よくもまぁそこまで言えるわね……」
「ずいぶんリリンで鍛えられたからな。ツッコミスキルも上達したぜ!」
「意外と上手くやってるようで、なんか安心したわ。それじゃ、この後の訓練も遠慮とかしないから」
「調子に乗ってすみませんでした!お手柔らかにお願いしますッ!!」
そうして俺達は森の散策を開始した。
**********
「なぁ、さっきはどうして、真頭熊が上から降ってくるって分かったんだ?完全に死角だっただろ?」
「私は常時発動させている魔法があるの。その魔法で探知したわ」
森の散策を続けながら、俺は疑問をカミナさんに聞いてみる。
先ほどのような襲撃もないし、結構暇なのだ。
まぁ、野生動物も死にたくねぇだろうし、出てくることもあるまい。
「何の魔法だ?」
「《静かに脈打つ意識と兆候》。周囲に存在する全ての生物の生命基礎情報、心拍数、呼吸数、血圧、体温を見る魔法よ」
「なんだその魔法!?医者として物凄く重宝しそうだけど、戦闘に使えるのか?」
「あら、使えるわよ。周囲のバイタルサインが見えるという事は、その生物がどこにいて、何の種類なのか、どのくらいの大きさなのか分かるじゃない。それに医師の私には、それぞれの情報が何を意味するのか手に取るように分かるわ。相手が何をしようとしているのかが、だいたい分かるようになる。必死になって息を殺して隠れている生物も簡単に見つけられるわ」
なにそれすごい!
生物の行動が読めるという事は先手を取れるという事で、しかもカミナさんは一撃必殺の技も持っている。
そんでもって、隠れてもすぐに見つかると。
……そりゃ近接戦闘、リリンよりも強いはずだわ。
カミナさん相手には搦め手が使えない。真っ当に身体能力で勝つしかないのだ。
「なぁ、その魔法、俺も使えないかな?接近職の剣士としちゃ、凄く欲しい魔法なんだが」
「んーバイタルサインを読むにはそれなりの知識が必要だからね。ちょっと試してみようか《第九識天使》」
うお!?なんだこれ!?
俺の視界を埋め尽くす数字や記号。第九識天使によってカミナさんの視野が共有され、その凄さが良く分かる。
「これはまた……経験したこと無い光景だな」
「でしょ?この光景は慣れが必要で、常時発動するには相応の訓練が必要よ。森の中ならこの程度だけど、街中だともっと凄い事になるわ」
なるほど、これは俺には扱えそうにない。
そこかしこから脈打つ心音が聞こえ、体温が生物の形状に見える為にどこにいるか丸わかり。
だが、情報が増えた分視界が狭くなり、脳の処理が追い付いていないような感覚がする。
こんな状態で戦闘など出来る気がしない。
俺はもう一度、辺りを見渡し魔法の効果を確認してみる。
上手く使えれば凄く便利そうなのに残念だ。
……そして、おい、そこの茂みの中。
必死になって身を伏せて息を殺しているようだが、お前の正体はもうバレている。
「おい、タヌキ。そこにいるのは分かってるぞ?」
「……。ヴルヴル・ヴィッヴィーー」
「あれ?ゲロ鳥だったのか、はは。って騙されねぇけどッ!?」
この野郎!誤魔化し方ヘタクソすぎるだろ!!
よりにもよって俺相手に、ゲロ鳥の鳴きマネで騙そうとするとはな。
……片腹痛いわッ!!
「ねぇ、なにしてるの?」
「あぁ、そこの茂みにタヌキがいるんだけどな、たぶん俺に木の枝をくれた奴なんだよ。何故だか知らんが良く出くわすんだ」
「……実在していたことも衝撃的だけど、やっぱり、そういう趣味なのね」
「え?そういう趣味?」
「とりあえず捕まえるわ。えい」
「ヴィギルアッ!!ヴィギルアァァー!!」
カミナさんはふっと姿を消し、そして、何事も無かったかのように茂みから現れた。
一匹のタヌキを抱えて。
……え?あのタヌキ将軍がこうも簡単に捕まるなんて……。
今も逃亡を図るべくタヌキは必死にもがいているが、まったく脱出できそうにない。
カミナさんの絶妙な手捌きに成す術がないのだ。
「へぇ……この子がユニクルフィンくんのお気に入りのタヌキなのね」
「お気に入りじゃねぇんだけど!」
「せっかく捕まえたし、飼う?」
「俺の話聞いてたッ!?飼わねぇし、なんでみんな、そんなに勧めてくるんだよ!!」
「飼わないの?ふーん。あ、この子、女の子だわ」
「……は?」
……おいタヌキ。
お前メスだったのか。
今日一番の衝撃が俺を襲った。