第41話「ホロビノの過去」
「《飛行脚!》……よっと!」
二階から飛び降りた俺は、リリンの真似事として飛行脚を唱え、空中に足場を作れないか試してみた。
その結果……出来ませんでした。
流石に、勢いだけでどうにかなるもんじゃないらしい。
しょうがないのでグラムの惑星重力操作を起動して、普通に着地。
心地よい程度の衝撃が足に伝わってくる。
うん、グラムの汎用性が半端じゃないな。
そのうち、『伝説の便利グッズ』と呼ばれるようになるだろう。
「さて、ホロビノとカミナさんはどこいった……?」
窓から落っこちて行ったんだし、そんな遠くに行っていないはず。
ホロビノは白いし結構目立……お、謎の白い毛玉があるな。
ぶるぶる震えてるし、ホロビノで間違いなさそうだ。
「おーい、カミナさーん!」
「ほら、ホロビノ。今日は何もしないからこっち向きなさい」
「きゅあーんきゅあーん、きゅあ……」
どうやら声をかけるタイミングが悪かったみたいだ。
カミナさんはホロビノの腰の辺りを優しく撫でながら、声を掛けている。
普通に微笑ましい光景だ。……ホロビノの怯えようを見なければ。
そう、ホロビノは怯えていた。というか、怯えきってぶるぶる震えだし、丸くなって一匹ドラゴン団子を形成している。
そして白玉団子となって、自分の世界に閉じこもっているみたいだ。
……いや、いくらなんでも怯え過ぎだろ!
俺を恐怖のどん底に叩きつけた、あの気高き壊滅竜さんの面影もない。
弱々しく鳴き声を発し、飼い主たるリリンを呼んでいるのだ。
つーか、ホロビノの周りの地面が湿ってるんだけど。
汗だよな?……冷や汗、だよな?
カミナさんが立っている腰の辺りとかやけに濡れているけど、おもらしじゃないよな?
どんな状況かも分からないので、丁寧な言葉で質問してみる。
「カミナさん、ホロビノが物凄く怯えているように見えるんですが、何したんですか?」
「何したかって、あはは、それはね」
流石にこの状況は放って置けない。
なにせ、ホロビノの過去は、俺の未来になるかもしれないのだ。
どう見ても心無き悪魔な仕打ちを受けているだろうし、この情報は命に関わる。
結構、常識ありそうで優しそうなカミナさんでさえこの有様だからな。
俺は気を引き締めて、カミナさんの話を聞くことにした。
第一、当の本人のカミナさんでさえ、少しだけ気まずそうにしているのだ。
かなりの出来事が飛び出すと見て間違いないだろう。
そしてカミナさんは、重々しく口を開いた。
「……白いドラゴンってさ、本当にすごく珍しいの」
「ん?そんな事、リリンも言っていたな」
「そう。大昔に滅んだとされる『白天竜』。もしかしたらホロビノはその生き残りかもしれなくて、医学的にも大発見なのよ」
「確かにそりゃ、本物だったら凄いことだな」
「するとほら、色々欲しくなるじゃない?検体が、ね?」
「……血でも取ったのか?もしかして、ドでかい注射針を刺したとか?」
「それもしたけど……ほら、もっと直接的に遺伝子が欲しくなっちゃって……」
それもしたのかよッ!
というか、ドでかい注射針を刺すなんて大概に酷いのにそれ以上があるのか?
チラリとホロビノに視線を向ける。
……こいつ、すすり泣きしてやがるッッ!!
完全にトラウマじゃねえか!
「それで、何したんだ?ホロビノがすすり泣くとか一体、どんな……?」
「えっとね、うん、ちょっとホロビノの『男の子な部分』を優しく撫でてあげて、ね……」
「……は?」
「強力スポイト差し込んで……採精を……」
「……。思ってたより、10倍は酷いッッッ!!!」
なんて事をしやがるッ!!
身体機能を調べるとかいって肉弾戦でもしたのかと思ったが、もっと直接的に心無き悪魔だったッ!!
流石にこれは嫌すぎる!
ドラゴンというか、男としてのプライドがズッタズタだ。
ほら、見ろ!
「きゅあらああああああああん、……きゅ、きゅあらあああああああああああん、きゅあらあああああああああああん、」
ついに我慢が出来なくなったホロビノが号泣し出したじゃねぇか!
体の震えも一層激しくなり、地面が抉れてきている。
このまま穴を掘って潜り、3年ぐらい眠りについても不思議じゃない。
……流石は心無き魔人達の統括者・再生輪廻カミナガンデさん。
その無慈悲な研究意欲は、一匹のドラゴンを色んな意味で再起不能にしたようだ。
……ホロビノの心が、壊滅竜。
「いや、なんていうか、流石に可哀想だろ?ホロビノって、まだ子供なんだし」
「私だってちゃんと反省はしているわよ。次はもっと上手くやるわ」
「そういう意味の反省ッ!?だめだッ、成す術が見つからねぇ!!」
カミナさんは「もう!冗談だってば」と言っているが、瞳の奥が笑っていない。
しかも、なんとか誤魔化そうとして、「レジェとワルトナも色々してるわ。あ、メナファスも」と聞きたくない事実を吐きだした。
……もしかして、さ。
ホロビノが俺に必要以上の嫌がらせをしてきたのって、警戒していたからなのか?
リリンの四人の仲間、心無き魔人統括者に受けた非情な仕打ち。
そこに、第五の仲間として俺が現れた。
誰だって警戒するだろう。俺だってそうする。
ついに明かされたホロビノの過去。
知ってしまった今となっては、ホロビノに対する感情が180度入れ替わってしまった。
俺はそっと、ホロビノの頭のある辺りに近寄り、優しく撫でた。
「ホロビノ……お前、相当苦労したんだな……」
「きゅあ、ぐす。きゅああん……」
「何があっても、俺だけはお前の味方でいてやるからな、ホロビノ……」
「きゅあ……」
ホロビノは俺の問いかけに反応を見せた。
ゆっくりと頭をこちらに向け、涙をいっぱいに溜めた眼で俺を見てすり寄ろうとしてくる。
え、あ、ちょっと……その鼻水なんとかして欲しいんだけど!
やめ、ちょ……あ。
もういいや。
お前の想いは俺が全力で受け止めてやるぜ!
「辛かったな、ホロビノ……」
「きゅあああん」
「俺達は仲良くしような……?」
「きゅあああああん!」
「ホロビノッ!!」
「きゅあらっ!!」
そして俺はホロビノのちょっと粘り気のある顔をきつく抱きしめ、想いを分かち合った。
「……そろそろ、その茶番やめて貰えるかな?それともスポイトされたいの?」
「「ひぃ!!」」
想いが通じ合った俺達は、悲鳴すらもシンクロした。
**********
「……きゅあら?きゅあらっ?」
「ちゃんと真っ直ぐ前見て飛びなさい、ホロビノ。言う事聞かないとおしおきするわよ?」
あの後なんとかホロビノを説得し、無事に俺達二人と一匹は森に向かう事が出来た。
今は大空の上、ホロビノの背に乗って森を目指している。
「さて、この後のスケジュ―ルを説明しておくわ」
「確か、最初は俺とリリンが紫のドラゴンを見かけた場所からスタートだよな?」
「そうね。その場所から、ここ、森の中心より西側、森ドラ繁殖地に向かうわ」
カミナさんはそう言いながら、取り出した地図を指し示した。
あぁ、うん。……いきなりヤバそうな単語が出てきたんだけど。
森ドラの繁殖地って、要は巣ってことだろ?
「あの、カミナさん。一応聞いとくけど、そんな危なそうな場所に行って大丈夫なのか?」
「あら、大丈夫よ?良く行くし」
「良く行く?何しに?」
「ストレス発散を兼ねて、お薬の材料採集をしに行くのよ。ほら、私ぐらいになると相手になる動物も少なくてね。最近じゃすこし欲求不満気味だし」
いや、待て。欲求不満だとッ!?
普通カミナさんほど綺麗な人に欲求不満とか言われたらときめく所だが、その外道極まる本性を知った今では逆に縮こまる。
魂とか、男の子の大事な部分とかが。
「……戦力的にはまったく問題がない事が分かった。んで、例の紫色のドラゴンの正体は分かったのか?」
「その紫色のドラゴンは、おそらく、『タイラント・森・ヒュドラ』ね。ホロビノほどではないにしろ、かなり珍しいわ」
「うわ、明らかに森ドラゴンの上位固体っぽい……」
「えぇ、その解釈で間違っていないわ。多頭の森ドラゴンと言えばイメージできるかしら?魔法もガンガン使うし、動きも速い。何より大きいわ。もし発見されて不安定機構に報告が行ったのならば、私個人宛に緊急依頼が届くことになるはずよ。要は、滅茶苦茶危険って事!」
「なにそれ、凄くヤバそう……」
「んーヤバいわよ―、そもそもレベルが99999していたんでしょう?」
「そう言えば気になっていたんだが、レベルの上限って99999なんだよな?数字上はあんまり変わらないけど結構違うものなのか?」
「何言ってるの、全然違うわよ!」
「え?そんなに?」
「そうね、確かに数字上ではそんない差がないように思えるけど……実際その強さはレベル8万台の森ドラなんかとは比べ物にならないことが大半ね」
「なぜそうなる?確かにレベルは高くなるほど上がりづらくなるらしいけど……」
「そう、レベルは高くなるにつれ上がりづらくなり、そして、レベル99999に到達してしまったら一切上がらなくなるわ」
「……!」
「気付いた?そう、レベルというのは強さを分かりやすく示したもので、強さそのものではないの。たとえレベルが99999から上がらないとしても、その生物の強さまで上がらない訳じゃない。だからこそ、レベル99999に達した生物は、戦闘力が未知数ということになる」
……なんてこった。
神が作ったレベルシステム、ガバガバじゃねえか。
そこはもっとちゃんと作り込んで欲しいんだが。
「えぇと、今から俺達はそんな未知の化け物に戦いを挑む訳か?」
「もちろんよ!あぁ、久しぶりに全力戦闘できそうで、楽しみだわ」
うっ!カミナさんってもしかして脳筋の方?
いや、それもおかしいだろ。
医者ってのは馬鹿じゃ勤まらないはずだし、ただの脳筋ってこともあるまい。
だとすると、超高性能な脳筋?
……考えない方が良さそうだ。
「あの、万が一にも負けるってことは無いよな?」
「それはないわ。野生動物如きじゃ、ロクな防御魔法が無いじゃない?生物である以上私の敵じゃないわ」
「いや、ロクなもんじゃなくても、防御魔法は防御魔法だろ。突破できるのか?」
「問題ないわ。さっきリリンに使った防御魔法を打ち消す魔道具もあるし、それが使えないなら、力づくで、ね?」
「うっわ、滅茶苦茶頼もしいッ!!けど、別の意味で不安が込み上げてくるッ!!」
カミナさんの説明では、リリンに使った魔道具は人間が良く使う防御魔法を無効化するためのものらしい。
なんでも、防御魔法は重ね掛けすると効果が混ざりあい、基本的に強力になるらしい。
そこで、ワザと耐久値を下げた防御魔法を発動し混ぜ込むことで、効果を弱めて打ち消すという魔道具なんだとか。
この魔道具は使い方次第では絶大な効果を発揮するため、万が一にも流通させないために数を用意していないとの事。
そうだな是非、流通しないで欲しいと思う。
この世には第九守護天使で戦争を耐え凌ごうとしている奴もいるしな。
俺の脳裏に、懐かしい騎士の顔が浮かぶ。
今頃、何をしているんだろうかと想いにふけようとした瞬間、それどころじゃなくなった。
「ふふ、ユニクルフィンくん……私と、体で語り合おう」
「断るッ!断固拒否だッ!!」
「えー、興味あるのよー。大丈夫、私は医師だし、有事の際にも対応できるわ!」
「全然大丈夫じゃねぇよ!!なんだよ有事の際って!?文字通り死んでるじゃねえかッ!!」
ふざけんな!!一度死ぬレベルの訓練とか嫌だッ!!
つーか、俺達の話を聞いていたであろうホロビノが再びブルブル震えだしているんだけど!
一体何を思い出しているんだ?ホロビノ。
言葉を交わせないのが凄く残念だ。
「お?そうこうしているうちに俺達とホロビノが合流した場所が見えてきたな」
「よっし!じゃ、飛び降りましょう」
「は?」
「ほら、いくわよ?《飛行脚!》」
「え、ちょっとま……うわぁああああああああああ」
空高く、おおよそ天空とか呼ばれる高度からのダイブ。
カミナさんに手を引かれ空に身を投げ出した俺の視線は、とあるものを捉えた。
空で立ち止まり、何とも言えない神妙な顔つきで手を振ってくるホロビノの姿。
……そんな顔するくらいなら、一緒に来てくれてもいいんだぜ?同士よ。
こんばんわ青色の鮫です!
先日、twitterを始めたと報告させていただきましたが、さっそく何人かの方がフォロワーになってくださいまして、感謝感激です!
そして、このアカウントのアイコン画像はなんと、僕自身が自筆した『タヌキ将軍アルカ』となっております!(露骨なステマ!)
これからは更新時にツイート致しますので、フォロワーになっておくと便利だと思います!(露骨な二度目のステマ!!)




