第40話「敵の推察」
「……カミナが負けた?認識阻害を受けたという事は、手が触れるくらい至近距離まで近寄ったということ。近接戦闘でカミナが負けるなんて想像できない」
「いや、それがね。戦闘をしてないの。気が付いた時には、戦略で負けていたわ。相手の狡猾さはワルトナに引けを取らないくらいに悪辣よ」
カミナさんはそうに呟くと、はぁ。と短くため息を吐いた。
どうやら、リリンに言われて警戒はしていたのに、成す術が無かった事が相当、悔しいらしい。
しかし、リリン並み、いや、近接戦闘ではリリンを凌駕すると豪語しているカミナさんを下すなんてな。
……一体どんな奴だ?
「特徴とか、覚えている事は無いのか?」
「全ての記憶を阻害されている訳じゃないから、何があったかは理解しているわ……結局、直接的な手がかりは全て阻害されているんだけどね」
そしてカミナさんは語りだした。
俺とリリンが出会ってから初めて受けた敵意をたどる為の、重要な情報。
ほんの少しの手掛かりも見過ごせない。
**********
「―――――ちゃんは、暗劇部員だけど、今はどんな任務についているのかな?」
「今?今はね、―――――の―――――してるの!―――――は間違ってるもんね!」
私は、その暗劇部員に質問を繰り返していた。
同じ暗劇部員だと名乗ったおかげか、結構な情報を聞いたはずだし、当然カルテにも記録をしていたわ。
「へぇ、そうなの!じゃあ、その―――――て誰なのか教えてくれるかな?お名前は?」
「ん、誰にも言わない?あのね、私の大好きな―――――」
「これ以上はお話してはいけませんよ。―――――。任務に差し支えます」
「あ!―――――!こんなことになってごめんね」
そして確信に迫ろうかという矢先、いつの間にか私の背後に立っていた二人目の暗劇部員が話に割り込んで来たの。
「―――――。もうお体の方は大丈夫ですか?」
「うん!大丈夫だよ!!先生、お世話になりました!」
「まだ、安静にしていてもらわないと困ります。症状は腹痛という事ですが、大きな病気が隠れているかもしれませんので」
「いえ、結構ですよ。―――――はご覧のとおり、まだ―――――ですから」
「そんな事は病気に関係ありませんよ。医師の私の指示に従っていただきます」
「ふふ、それは御受けかねますね」
その人物を前にして、私は違和感を感じていたわ。
それが何かは今となっては分からないけど、何かしらの脅威を感じたのは確かね。
そして、私は力ずくで二人を捕らえることにしたの。
その部屋は狭い個室で入口のドアも閉まっていたし、一人は身動きの取りづらいベットの上。
正直、勝てると思ったわ。
だけど、相手の戦略の方が何枚も上手だった。
「仕方がないわ。少し、入院していただこうかしら」
「入院?御冗談を。あなたでは私には勝てませんよ」
「やってみなければわからないですよっ!」
言葉を言い終ると同時に着弾するように、狙いを付けて拳を放つ。
経験上、もっとも警戒が緩む瞬間を狙った一撃。
それを相手は難なく回避し、そして、手のひらサイズの魔道具を取り出してボタンを押した。
部屋を埋め尽くす閃光。
ワルトナが所持しているものと同じ、認識阻害の魔道具だったわ。
「残念だけど、その魔道具は見たことあってね。対策済みなのよ」
「あら、それは困りました。それではどうかお願いです。その対策とやらを解除していただけませんか?」
その暗劇部員はまったく悪びれもせず、私をからかうようにそう言ってのけた。
一瞬、牽制のつもりかと思ったけど、表情的にそうは思えない。
ならば、喧嘩を売っているのか。上等だと思ったわ。
「病室で乱闘なんて本来は規則違反なんだけど、一瞬で終わらせるからいいってことにするわ」
「いえ、一瞬でもルールを破るなど、あなたの肩書きに傷が付いてしまいます。ですから、ここは穏便に魔導具、いえ、認識阻害の魔法を受けて下さいませんか?」
「私に利点が無いわね。残念だけど私って結構、利益主義者なのよ。この病院は慈善事業じゃないしね」
「病院の名前の割には、博愛の志とかはないんですね」
「あいにく私は、一部の人からは悪魔なんて呼ばれているの。偽善じゃ命は助からないわ」
「凄く現実主義ですのね。その考えは嫌いではないのでお誘いの乗ってあげても良いのですが、残念なことに、あなたには他にやる事が御有りの様子」
「やること?」
「ええ。……ほら、患者さんがお呼びですわよ?」
「つっ!緊急アラームですって!?」
安い挑発の応酬を何度かして、拳に訴えかけようかと思った矢先、患者様の急変を知らせる緊急アラームが鳴り響いた。
しかもそれは一つでは無く、病棟全体のあちらこちらから聞こえてきて明らかに異常事態だったわ。
「407室の患者さんが胸が苦しいと言っています!」
「誰か来てくれ!患者さんが吐血している!」
「心停止!だれか、AEDを早く!!」
「食堂で集団嘔吐!?急いで隔離するんだ!!」
「っち!あなた、何をしたの!?」
「うふふ、あなたに認識阻害が効かないのは織り込み済みでした。……ですから、掛けさせて貰ったんですよ。あなた以外の医療スタッフ全てに、認識錯誤の魔法をね」
「なんて事……!」
「ふふ、これは少々危険な状態になってしまいましたね。なにせ異常が無いのに医療行為を行えば逆に体調を害しかねません。しかも、ここに来る途中に見かけましたよ?本当に具合が悪そうにしている患者さんをね。早く治療に当たらないと手遅れとなってしまいますね」
「卑怯な真似を……!」
「そうです、なにせ私達は暗劇部員。策を弄するのがお仕事なのです。さぁ、もう一度提案いたしましょう。認識阻害の魔法を受けて下さいますね?」
「約束しなさい!私が大人しくその魔法を受けたら、他人に掛けた認識阻害は解除すると」
「いいですよ。人の命を弄ぶのは、もっと高位なお仕事。それこそ世界の覇権をかけるべきなくらい大がかりな事ですから」
「そう、気休めでも安心したわ。さっさとやりなさい」
「それでは遠慮なく。《認識消滅・知らぬ疑惑》」
*********
「……あぁ、思い出すだけで屈辱的ね。患者様を人質に取られて言いなりになるなんて、ワルトナやレジェに笑われてしまうわ」
「こればっかりは仕方がない。安心してカミナ。私がきっちり捕まえてキツイおしおきをしておくから」
「そうだな。相手は場合によって、非道なことも簡単にやるという事が分かった。手加減とか必要なさそうだ」
カミナさんの話では、認識阻害を受けてしまったせいで、殆ど手がかりが残されていないという。
しかし、いくつか気になったことがある。
俺は「確認したいんだけど」と話を切り出し、皆の視線を集めた。
「その暗劇部員は、「―――――は間違っているもんね!」って言ったんだよな?」
「えぇそうね。確かに言ったわ」
「だとすると、その、「―――――」には人物名が入るってことだろ?そして、俺達を狙っているという事から、俺かリリンのどちらかの名前が入る可能性が高い」
「なるほど……そうすると、次の文に繋がるわね」
「どういうこと?」
「次の文は「私の大好きな―――――」。これは恐らく、狙っている俺かリリン、さっきの「間違っているもんね!」に入らなかった方が入るはずだ」
「よく分からない、もっと詳しくお願いしたい」
「つまり、こういう事よ、リリン。暗劇部員はこう言ったの。『今?今はね、リリンサ(ユニクルフィン)の―――――してるの!ユニクルフィン(リリンサ)は間違ってるもんね! 』」
「そして、その暗劇部員は俺たちどちらかに好意を抱いていて、片方を憎く思っているということだ」
「ということは、その暗劇部員はリリンとユニクルフィンくんの関係に不満を持っているという事ね」
「……。そう。もともと許す気は無かったけど、尚更、許したくなくなった。私の憧れの邪魔をするというのなら、消えて貰う」
ひぃ!リリンさんがお怒りになった!
何がそんなに逆鱗に触れたのか分からないが、これだけは言える。
……ご冥福をお祈りします、敵。
さて、議題はもう一個ある。
「それともう一つ。その暗劇部員は最初に認識阻害の魔道具を使おうとしたのに、結局最後は魔法を使ったのか?」
「そこは私も気になってたわ。そもそも、認識阻害の魔法は認識する段階で、認識させないように効果を及ぼす魔法。だから一度記憶したものを消去することは出来ないはずなのよ」
「……ん、それはつまり、ワルトナが持つ魔道具よりも高位の魔法を使われた可能性があるということ?」
「高位の魔法か……嫌な予感がするな」
「え?どういう事?ユニクルフィンくん?」
「実は、私達はライコウ古道具店でホーライの弟子『英雄・ローレライ』に出会っている。その時に『魔法次元乗』という超高位の魔法を見せて貰った」
「あぁ、つまりは、その暗劇部員は英雄と同等かもしれないってことだ」
「話が繋がってきているわね。そうすると、『ゆにクラブ会員証』も関わっているのかもしれない。だとすれば英雄ユルドルードとも繋がって、英雄が扱うっていう超高位魔法を知っていても不思議じゃないって事になる」
「英雄クラスが相手……。でも、絶対にユニクを譲る気は無い!」
認識阻害の魔法といえど、全ての情報を消せる訳じゃない。
こういった状況証拠みたいな事を検証していくことで、真実を推測していくことが出来るようだ。
俺達が辿り着いた結論に三者三様さまざまな反応をみせているが、リリンが一際、興奮している。
さっきも、俺を譲る気は無いとか良く分からん事を言っていたし、まだアレルギーの後遺症が残っているもかもしれない。
「とりあえず、暗劇部員が俺達のどちらかに密接に関わっているという事が分かった。そして、もう片方を憎く思っているという事もな。要警戒だ」
「私の対策として、職員に精神汚染対策を持たせるわ。さらに建物にも十分に仕掛けを施す」
「……怪しい奴は片っぱしから叩き潰す。まとめてホロビノのオモチャとなるがいい」
よし、俺達の方向性は決まった。
若干一名、殺る気に満ちている少女がいるが、平常運転だし、まぁいいか。
「さて、カミナさんの話も終わったし、森に行くか?」
「そうね。まず目の前の獲物を狩ってしまいましょう。ストレス発散もかねて」
「え?ちょっと待って欲しい。いつの間にそんな話に……?」
「ん?リリン知らなかったのか?リリンが受けた症状の原因をカミナさん自ら調査しに行くってさ」
「んーリリンには言ってないわよ?お留守番だし」
「えっ……。私だけ置いてけぼりなんて酷い!嫌でも付いて行く!!」
「だめよ、リリン。森にはまだアレルゲンが残っているわ。今は敏感に反応を示す可能性が高いし連れて行けないの。それにね……」
「……むぅ、まだ言いたい事があるの?」
「……人間ドック、受けなきゃね?」
なるほど、確かにリリンは連れて行けないよな。
最初こそ、変だな?くらいにしか思わなかったリリンの症状も、あっという間に酷くなって辛そうになった。
わざわざ苦しい思いをする事もない。
……。そういって俺は自分自身を納得させる。
カミナさんがさっき、ポロっと本音をこぼしたのを俺は聞き逃していないのだ。
「ストレス発散もかねて」
リリンがストレスを吐きだす時は、必ず何人かの犠牲者が出る。
ならば、リリンよりも肉体派だというカミナさんのストレス発散とはいかがなものか。
……あ、震てる。俺の魂が。
「カミナ……人間ドックは、その……注射……する?」
「あはは、もちろんよ。逃げ出した罰も含めて、スペシャルな奴をミナちーにお願いしておいたから覚悟してね!」
「……《第九守護天使!》《第九守護天使!!》《第九守護天使!!!》ふう、やれるものならやってみればいい 」
「はーい。ちょっと魔道具使いますねー《混ざり合い双滅》!」
ん?なにそれ?
カミナさんが取り出した魔道具のボタンを押したとたん、リリンの顔色がみるみる内に青ざめていくんだけど。
「カミナさん、それなんだ?」
「ふふ、これはね、防御魔法を壊す魔道具よ。私が作ったの」
「信じられない……第九守護天使がこんなにも簡単に……」
は?ちょっと待て。
ついに真っ向から第九守護天使をぶっ壊すとか言うとんでもない代物が出てきたんだが。
つーか、作ったってなんだよッ!?
本業、魔道具技師の方だっけ?
「リーリーン!観念しなさい!ミナちーにも同じものを持たせてあるわ。抵抗しても無駄よ!」
「ぐす。ひどい。一人ぼっちだし、お注射だし……」
「まぁ、そのなんだ、リリン。すぐに帰ってくるからさ!そうだ、お願い聞くって約束だったし何が良いか考えておいてくれよ!」
「……了解した。凄く飛びきりに大きなお願いを考えておく……」
くッ!自分から言ったこととはいえ、凄く飛びきりに大きなお願いときたか。
一体どんなことをお願いされるのだろうか。
どんなことでも頑張ってみようと思うが、ひそかに禁止ワードを設定させてもらおう。
『タヌキ』
よし、これで最悪の未来は訪れないはずだ!
「じゃ、リリンも納得した所で、森に行くとしましょうか」
カミナさんはそういうと、俺の横を通り過ぎ窓際に近づいて行く。
あ、そう言えばホロビノもそこにいたんだよな。
今も俺達、というか、カミナさんを見て睨みを聞かせている。
というか、唸り声も上げているっぽいが、まったく聞こえてこない。
リリンに聞いたら「その窓は完全防音。外の音も、部屋の音も両方遮断している」と解説してくれた。
そうこうしているうちに、カミナさんがホロビノの前に辿り着き、カラカラと窓を開けた。
その瞬間、何と恐ろしい事にホロビノはカミナさんにこれでもかと頭を近づけ、ガンを飛ばし始めたのだ。
おそらくさっきのやり取りを音声無しに見ていたせいで、カミナさんがリリンをいじめたと勘違いしたんだろう。
おい、分かっていないのかホロビノ!
その人は心無き魔人達の統括者の再生輪廻さんだぞ!?危険だッッ!!
「キュア"ァーンッ!?キュアッキュアッ!?」
「ひさしぶりね、ホロビノ」
「……?」
ん?見るからに首をかしげているな。
あ、そうか。カミナさんが付けている仮面って認識阻害の効果があるんだったっけ。
目以外の感覚も鋭いホロビノにも効くって事は、視野以外の声や匂いも妨害するんだなー。結構、高性能だ。
俺が感心している間にも、ホロビノはクンクンと鼻を鳴らしたり、じっと凝視したりしてカミナさんの正体を探っている。
そして、だんだんとホロビノの表情に焦りが表れてきた頃、カミナさんはゆっくりと、仮面を外した。
「ふふ、私よ。分かるでしょ?ホロビノ」
「きゅあらろらきっゆきゃらあらろろらえきゃあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」
おい、なんだ今の。
奇声ってレベルじゃねえんだが。どう聞いても断末魔の叫び声なんだが。
いきなりのカミナさんの出現に正気を失ったホロビノ。
必死に逃亡を図るも、カミナさんは逃がしはしなかった。
二人はそのまま揉みくちゃになりながら、窓の外へ落下していく。
明らかに怖がるとかそういう次元じゃない。
いきなり自分よりもレベルが2倍の生物が現れたらそうなるのも仕方がない気もするが、それでも顔見知り相手にしていい反応じゃないな。
「なぁ、リリン。なんであんなにホロビノは怖がっているんだ?」
「それは……私の口からはとても言えない。カミナに直接聞いて欲しい!」
なぜか頬を赤らめてリリンはそう言った。
……絶対にロクでもない事だと思う!
過去最大の心無き魔人達の統括者な事が待っていそうだ。
俺は「しょうがねぇ、行ってくるか。安静にしてろよ?」とリリンに言い残し、2階の窓から飛び降りた。