第39話「真実の強さ」
「さて、そろそろ病棟の方に戻らなくちゃね。何か質問とかあるかな?」
「二つだけ……いいか?」
カミナさんは席を立ち、ふと思い出したかのように質問は無いかと聞いてきた。
先ほどの『一緒に森へ行こう』という提案。そのあと詳しく話が進んで行ったんだが……
・明日の出発は朝7時。
・時間短縮の為、ホロビノに乗って森に行く。
・探すのは謎の紫色のドラゴン。コイツの正体についてはカミナさんに心当たりがあるものの、確証を取るために調べるらしい。
といったことぐらいで、後はぶっつけ本番でやるそうだ。
……リリンの話では、近接戦闘においてはリリンよりも強いというカミナさん。
その言葉の真偽をもう一度確かめるために、レベル目視を起動してみる。
―レベル70214―
……。
ここはちゃんと事実確認をしておいた方が良さそうだな。
心の平穏の為に。
「カミナさんって、リリンよりも強いって聞いたんですけど、本当なのか?」
「……んー。戦闘でって事なのかな?」
「あぁ、戦闘で強いのかって事だ。ほら、森には色んな生物がいたし!」
ここはあえて、明るく何でもないように話す。
何も無いけど心配してますよ?的な。
「リリンって、嬉々として前に出たがるでしょ?」
「ん、そうだな」
「それは私のせいなの。あの戦闘スタイルは私の戦闘スタイルをリリン用に最適化したものだから」
「……え」
「リリンの昔の近接戦闘は無茶苦茶でね、全然、体に合って無かったから無駄も多くて。だからこういう風に体を使うのよって教えてあげたら楽しくなっちゃったみたい」
リリンの愛情あふれる鉄拳は、カミナさんが原因だった!!
そりゃそうだよな。
魔導師どこ行った!?って感じだし。
「えっと……リリンのあの動きはカミナさんが教えた、と?……魔導師なのに嬉々として、三頭熊を杖でブン殴ってたんですけど……?」
「そうよ。良いじゃない、魔導師が殴ったって。『見た目から騙す』は|心無き魔人達の統括者の基本方針なんだし」
「基本方針が悪意に満ちてる!!つーか、だとするとカミナさんはリリンよりも強いってのは……」
「近接戦闘なら私の方が強いはずよ。ちなみに、私の中じゃ半径100m以内は近接戦闘の範囲内だから」
「そんな近接戦闘、聞いた事もねぇよッ!!カミナさんは攻撃魔法使わないって話だっただろ!?」
「そうね、使わないわ。走って行って殴った方が速いもの」
「ダメだッ!!この人にも常識が通用しないッッ!!」
ちくしょう、やっぱり天使の皮をかぶっていたか!
流石は心無き魔人達の統括者。
基本方針まで真っ黒だぜ!!
「ま、そこら辺の戦闘については明日教えてあげるわ。たぶんリリンは効率の良い体の使い方を教えてないだろうし」
「……楽しみなような、不安なような」
「ふふ、楽しみにしてていいわ。さて、次の質問は何かな?」
「あ……、それは、その、なんと言うか……凄く言いにくいんだけど……」
「職業柄、言いにくい事を聞くのは慣れてるわ。話してみて?」
「……病院の入口を盛大にぶっ壊しちゃったけど、弁償額って、いくらぐらいになります……?」
そう、俺は今更になって後悔していた。
いくら知り合いの人が勤める病院だからといって、入口を盛大にぶっ壊したら普通は怒られるだけじゃ済まない。
当たり前に弁償。
それが出来なきゃ、裁判沙汰になるのだ。
……しかも、今俺の目の前でニコニコしているのは、心無き魔人達の統括者の再生輪廻さん。
法律に訴えかけない責任の取り方とか、いくらでも知っていそうな雰囲気満載である。
俺は恐る恐る質問をして、判決が下るのを待った。
「……そうねぇ。アレだけ盛大にぶち壊されていると、2億エドロは欲しいかな」
「ひッ!2億ッ!?」
「そりゃそうよ、病院だって接客業。入口にお金をかけるのは当然だってワルトナの講義で習ったし」
「2億……2億……」
「それに普通はビクともしないくらいに強固に魔法を張り巡らせてるのよ?リリンの雷人王の掌じゃ、一撃では突破が不可能なくらいには。それを破壊しちゃった訳だからねー」
「そんな!どうか、どうかご慈悲をッ!今どうあがいても手持ちは2000万エドロぐらいしかないですッ!!」
「ん?2000万?リリンと一緒にいるのにずいぶん少ないわね?ま、明日素材集めを手伝ってくれたらそれで良いわ。2億エドロなんて森ドラ一匹で十分お釣りがくるんだし」
「………………え?」
「何言ってるの?森ドラは素材の宝庫。捨てる所なんてほとんどないじゃない。損傷の少ない状態で売れば当然、3億くらいは手に入るわ」
「……なんてこったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
森ドラ、高ぇぇぇぇ!!
俺はなんて、なんてもったいない事を……
爪や牙は綺麗に洗った後、リリンの異空間ポケットに仕舞ったが、その他は放置してきた。
リリンは「異空間ポケットが汚れるので、肉は入れたくない。転移陣で送るにも小分けにしなくちゃならなくて面倒」とか言ってたけど、やるべきだっただろ!!
つーか、森ドラ一匹で3億って。
倒すのに大体1時間くらいだったか?
時給3億エドロってマジで意味が分からなすぎる。
第一、森ドラゴンって、新人冒険者の俺とタヌキ一匹で攻略できたんだぞ?
そんだけ高価なら、狩りつくされてそうなもんだけどな。
「森ドラゴンってそんなに高く売れるのか?ほとんど捨てちゃったんだけど……」
「あちゃーっもったいないわねー。ちゃんと売れるのに」
「なんでそんなに高いんだ?正直、俺だけでもなんとかなりそうだったけど」
「……え?そうなの?」
「あぁ、その森ドラはリリン抜きで、俺とタヌキの二人(?)で協力して倒したんだ」
「……ごめん!何言ってるかまったく分からないんだけど!?」
カミナさんが再び困惑している。
まぁ、そうだろうな。
タヌキと共闘とか、俺ですら未だに意味が分からないし。
「状況を説明すると――」
「――なるほど、詳しく聞いても分からなかったわ。とりあえず、話が進まないからタヌキは置いておいて、森ドラなんだけどね。……普通の冒険者に森ドラを倒す事は出来ないから」
「普通の冒険者じゃ倒せない?なんでだ?」
「森ドラの圧倒的な攻撃力の前には第九守護天使クラスの防御魔法が無いと近づくことすら出来ないわ。近づけたとしても、あの堅い鱗と触手が攻撃を阻む。両方の条件を満たすのは、超ベテランの冒険者の中でも一握り。それはもう、普通の冒険者とは呼ばないわ」
「いや、何度も言うけど、リリン抜きで倒せたんだよ!……最後のトドメ、タヌキに持ってかれたけど」
「それは、あなたがおかしいのよ、ユニクルフィンくん。普通アナタくらいのレベルじゃ、森ドラどころか連鎖猪単体ですら勝てないわ」
「そう……なのか?伝説のグラムを持ってる俺はともかく、ロイやシフィーも連鎖猪くらいなら倒せるぞ?」
「……その人たちはどちら様かな?」
「俺と一緒に新人試験を受けた人だ。一ヵ月ぐらい一緒にいてレベルは最終的に1万後半になったんだけど、連鎖猪くらいなら一人で倒せるようになってたぞ?」
「あー。これは、間違いなくアレね」
「アレ?」
「リリン・インフレーションよ!」
「なんだそれッ!?」
なんか唐突に聞き慣れない言葉が出てきた。
リリン・インフレーション?
リリンで上昇中?
……きっとロクな意味じゃなさそうだ。
「リリン・インフレーションって言うのはね、私達、心無き魔人達の統括者の中で密かに使われているリリンにまつわる言葉の一つよ。意味は……」
「意味は?」
「『常識壊して、強くなる!』ね」
「うわッ!なんか一瞬で理解出来た!」
カミナさんが言った、「リリン・インフレーション」とは、つまり、リリンに教えを請うと非常識に強くなり過ぎてしまうという事を指しているらしい。
今現在、各個人がリリン並みの戦闘力を持つ心無き魔人達の統括者のメンバーは、全員が最初から強かった訳ではないそうだ。
リリンと出会ってその戦闘力を受け継ぎ、リリンもまた仲間となったメンバーから特殊スキルを受け継ぐ。
そしてその過程は通常では考えられないほど高速で行われたらしい。
……つーことは、全員がリリン並みの魔法が使える可能性があるって事か。
何それ、怖い。
「話が戻っちゃうけど、その時に私はリリンに近接戦闘を教え、リリンから防御魔法と攻撃魔法の一部を教わったの」
「なるほど……。つまり俺やロイもその『リリン・インフレーション』に巻き込まれて強くなり過ぎていると」
「そうね。リリンって何だかんだ天才なのよ。一見、無茶ぶりに見えて凄く効率的。……ただし感情は度外視だけど」
「そこ、一番重要なとこなんだけど!?」
「それに知識や経験が偏ってるから、時々とんでもない事を言い出すわ」
「時々?基本的にの間違いだろ!?」
「そんなわけで、森ドラゴンを単騎……もとい、タヌキと一緒に倒すなんて事が出来る人は殆どいないわよ。普通はベテラン冒険者30人くらいで挑むわ」
「……ベテラン30人とか。それで報酬を分配すると、一人1000万エドロか。何日かけるか知らんが、それだと普通に思えるな」
「そういうこと。一人で出来る私やリリンが異常なの。もちろんユニクルフィンくんもね!」
カミナさんは言葉尻をあげて会話を区切ると、「そろそろホントに行かないと。ユニクルフィンくん、明日の朝6時にリリンの病棟に来てくれるかな?伝えなくちゃいけない事もあるの」とだけ言い残し、部屋を後にした。
一人になった部屋。
誰もいないことを確認して、俺は小さく言葉を漏らす。
「リリン……。これからはちゃんと、ツッコミを入れるからな……」
**********
「おはよう、リリン、ユニクルフィンくん。ゆっくり休めたかな?」
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんとベットで寝たしな!」
「私も大丈夫。もう普通に動き回れる」
翌日。
俺とカミナさんらしき人はリリンの病室に集合した。
そして、部屋の中にこそいないが、俺達の仲間がもう一匹来ている。
そう、ホロビノだ。
昨日、俺達を乗せてきたホロビノは、そのまま何処かに行くこと無く病院の周りを飛び回り外からリリンを探していたらしい。
そして、リリンのいる病室を発見した後は、べったりと窓に張り付いてずっと離れていない。
……いつもはわがまま三昧に振舞っているホロビノ。
意外な忠義心を見せたもんで、俺の中で評価がぐっと上がった。
「さて、三人と一匹が集まった事だし、これからの打ち合わせをしましょうか」
カミナさんらしき人は話し合いの開始を宣言しながら、手近な椅子に座った。
……。
俺は、この聞き覚えのある声の医師の事をカミナさんだと思っている。
思っているんだが、確証が無い。
なんでってそりゃあ……。
この人はなぜか、暗劇部員の証の認識阻害の仮面をかぶっている。
「あの、カミナさん?なんでその仮面かぶっているんですか?」
「それはね、ホロビノが逃げるからよ」
「ん?ホロビノが逃げる?」
「ユニク、ホロビノはカミナの事を物凄く怖がる。顔を見せたら間違いなく、泣きながら逃げ出すと思う」
「……え、泣きながら?」
「ま、その話は後でね。今からものすごーく重要な話をするから。まだリリンにも話していないわよ?」
「「重要な話?」」
いや、俺的にはホロビノの案件も、凄く重要なんですが。
リリン以外のメンバーにいじめられていたという、ホロビノ。
その立ち位置は、今の俺の立ち位置と同じな気がするのだ。
だが、どうやらカミナさんの話も凄く重要らしい。
仮面越しに凛として伝わってくる雰囲気はこの部屋の空気を一変させ、意識を強制的にカミナさんの声に向けさせた。
「昨日、暗劇部員にこの病院が襲撃を受けたわ」
「……え?」
「恐らく、リリンとユニクルフィンくんを狙っているという奴らね」
「……それで、捕らえたの?カミナ」
切り出された話は、俺が思っていた以上に重要な内容だった。
そしてカミナさんは、小さな声で「ごめん」と謝り、力無く言葉を発する。
「私は駆け引きに負けたわ。そして、認識を阻害されてしまったの。……ただ、敵は思ってた以上に強大だったわ」
俺もリリンも、カミナさんが負けたという事実に、目を丸くするしかなかった。