第38話「原因の解明」
「ホロビノ、緊急事態だ、背中に乗せろ。リリンを病院に連れていくぞ」
「きゅあらららら!!」
あわてふためくホロビノを落ち着かせ、俺達を病院に運ぶように指示をした。
流石にホロビノも空気を呼んだらしく、素直に言う事を聞く。
だが、ちょっとやりすぎだ。
ホロビノの野郎は俺だけを乗せた時と違い、一切ふざけること無く本気を見せやがったのだ。
まずは空高く舞い上がりバッファの魔法を使った。
輝く竜麟。
いつもどっしりとした姿では無く製錬された流麗なボディへの変化。
……どう見てもスピードタイプです。
つーか午前中の防御形態といい、バッファの魔法って何種類もあるんだな。
……。
だとすると、『水陸両用タヌキ』とか、『未確認飛行タヌキ』とかいても不思議じゃない。
おっと、今はそんな珍獣の事などどうでもいい。それ所じゃねぇ。
ホロビノは細長くなった体をうねらせ、俺達の前に降り立つ。
フワリと優しい風を纏わせ、頭を垂れた。
「リリン、背負ったままだとホロビノに乗れない。抱きかかえるけど、勘弁な!」
「ん。大丈夫、ちゃんと大人しくしているから、しっかり抱きしめて欲しい」
背中に背負っていたリリンを先にホロビノに乗せ、俺も勢いよく飛び乗る。
胸の前にリリンを抱きかかえ、ホロビノの毛にしがみ付いた。
「病院はあっちの方角だ、行ってくれ、ホロビノ!」
「キュアルーン!」
若干いつもより甲高くなったホロビノの声が響く。
そして高らかに空へと舞い上がり、なぜか魔法陣を複数展開した。
「は?」
「キュグラァッ!!」
カッっと、爆音と共に弾ける空。
その放たれた熱と風により、俺の指差した方向にあった雲や鳥といた障害物は全て消滅した。
きっちり進路の確保をするとは、なんという安全管理。
鳥の群れに嬉々として突っ込んでいったドラゴンと同じ奴とは、とても思えない。
そしてホロビノは羽ばたいた。
魔法を使っての全力加速。
まさしく、あっという間に病院に着いたのだった。
「ホロビノあそこだ。降りてくれ」
「キュアラ!」
こうして俺達は窮地を脱した。
ここまでくれば、後は普通に診察をして貰えばいい。
「リリン、病院に着いたぞ。これでもう大丈夫だ」
「もう少しゆっくりでもよかった、残念」
未だ言動におかしさが残るリリン。
さっさと診せた方が良さそうだ。
リリンを危険に晒したことをカミナさんに怒られそうだなぁとか思いつつ、病院のドアを押す。
……だが、ドアは開いてくれなかった。
「あ、あれ?閉ってるんだけど!?」
「ん?それは変。受付は6時まで開いてるはず……」
どうやら、診察時間外ということでもないらしい。
確かに昨日は5時過ぎでも開いてたしな。
しかし、何度ドアを押しても、ビクともしない。
完全に施錠がされてしまっている。
ガラス越しに中を覗いてみても、人が見当たらないので中から開けて貰う事も出来ない。
さて、どうしたもんか……
「……。なぁ、リリン。今って緊急事態だよな?」
「ユニクの胸に抱かれているなんて、超が付くほどの緊急事態。ドキドキもどんどん強くなっていく」
「あぁ、そうだよな。緊急事態だからしょうがねぇんだ。……《重力破壊刃!》」
俺はグラムを片手に振りかぶり、機能全開でドアに叩きつけた。
バキャアァ!と、音を立ててぶっ飛んでいくドア。
きゃぁぁぁ!と、どこからか聞こえてくる悲鳴。
うん、今は緊急事態だし。
機能美に溢れたドアを破壊してもしょうがないよな。
……心無き魔人ななカミナさんに怒られても仕方がないんだ。
「うおりゃあ!」
俺はバラバラになったガラスを追加で蹴破ると、病院の中に侵入を果たした。
キョロキョロとあたりを見て、病院の関係者を探す。
そしたら、意外と近くにいた。
蹴破ったドアの脇にあったカウンター。
その下で頭を抱えながら丸くなっている人物がいたのだ。
やっべぇ!犯行の瞬間を見られた!!
そんな気まずさを感じつつ、しっかりと視線を向けると……。
涙目で、必死に俺の事を睨んでくる、大悪魔。
……まさかの、ミナチルさんだった。
「ちょっとぉ……なんなんですか!ビックリするじゃないですか!!死んじゃうかと思ったじゃないですか!!!」
「いや、その、緊急事態だったもんで、つい……」
「緊急事態ぃ!?それならこっちだってそうで……リリンさん?」
「ミナチル。森に行ったら気分が……悪くなった。診て欲しい」
「っつ!!次から次にっ!!すぐにカミナ先生を呼んできます!!」
ミナチルさんは声を荒げて走って行った。
連絡用の電話機が机の上にあるのに何処かに行ってしまうとは、相当慌てていたようだな。
**********
「なるほど、リリンとユニクルフィンくんは私の出した依頼を受けて、森の奥に行ったのね?」
「まさかこんなことになるとは思ってなかったけどな……」
「私、依頼内容と一緒に注意要項をまとめた紙も書いたはずだけど、見なかったのかな?」
「……見ました」
「見たのに何で二人だけで行っちゃったのかな?」
「……返す言葉も有りません……」
俺は今、優しい笑顔な大悪魔さんに怒られている。
そして、冷房の効いた冷やかな空気とカミナさんから放たれる凍てつく言葉で、俺の背筋も凍りついている。
ミナチルさんが走り去ってから数分後、約20人のスタッフを引きつれてカミナさんは現れた。
そのあまりにも大仰な姿にリリンですら面食らい固まっている。
「リリン、意識はしっかりしているのね?話せる?」
「大丈夫。ちょっと動悸がして、力が抜けたりした……だけ」
カミナさんはいくつかリリンに質問をして、個室に運ぶようにミナチルさんに指示を出した。
そしてそのまま俺にも、脈拍を計ったり聴診をしたりして問診をしてゆく。
その後リリンとは別室で待機するように言われ、待っていたのだが……
30分ぐらいして現れたカミナさんは朗らかな笑顔と凍てつくオーラ。
天使と悪魔が混ざり合い、まさに心無き堕天使といったところだろう。
……森ドラゴンの100倍は怖い。
そんなカミナさんは俺に視線を向けると、リリンの容体を説明してきた。
特に命の関わるような状態では無く、今は安心したのか寝むってしまったとのこと。
それを聞いて、俺もほっと胸をなで下ろした。
「あぁ、良かった。リリンに大事が無くて」
「本当にそうね、んで、ユニクルフィンくんは、かなり危険な事をしたという自覚はあるのかな?」
「正直、認識が甘かったように思ってる。リリンが大丈夫だっていうから大丈夫かなって、勝手に思っていた」
「……リリンだって判断ミスをするわ。特に今はね」
「特に今はって?」
「今、リリンは舞い上がっているの。精神的に落ち着きが無いと言ってもいいわ。それはユニクルフィンくん、あなたと出会ったから」
「……俺と?」
「そう、リリンは私達と離れてからは一人で旅をしていた。その時はずっと気を張っていたはずだわ。だけど、再び、心を許せる人が出来た。だからこその安堵と安心が傲慢と無謀になってしまったのよ」
カミナさんは真っ直ぐ視線を俺に向け、淡々と言葉を並べた。
リリンは俺に心を許していた。
対して強くもない俺と一緒にいるだけで、安堵と安心をしていたはずだと。
それなのに俺はリリンに任せきりで、依存していたように思う。
あぁ、なんて俺は馬鹿なんだ。
俺のせいで危険にさらしたも同然じゃないか。
「すみません……俺が馬鹿だった事が良く分かりました」
「これからはちゃんとリリンの事を見ててあげてね?リリンは思い込みが激しい事があるから、いざとなったら実力行使でも何でもして止めてあげるのよ?」
「実力行使……。止まるかな、俺で」
「……そうね、戦闘じゃ厳しいかも。でも、後ろからぎゅっと抱きしめてあげれば止まると思うわ」
後ろからぎゅっと?
羽交い締めにでもしろってか?
身長差を考えれば出来なくもないが、凄く命がけな作業になりそうだ。
「さて、現状把握をしましょうか。まずはリリンを襲った症状の正体についてね」
「リリンは突然、言動がおかしくなって倒れたんだ。当然怪我もしていなかったし、何か悪いものを食った訳でもないんだが……正直、原因は分からない」
「ん、でも、大体の見当はついてるんでしょ?だからその枝を持ってきたんじゃない?」
「枝?あぁこの枝か」
そう言えば、タヌキから謎の枝をプレゼントされていたんだったな。
俺は腰に差していた枝を引きぬくと、まじまじと眺めた。
……どっからどうみても、唯の枝です。
「一応の医療知識はあるってことなのね。これはなかなか良い人をリリンはパートナーにしたものね」
「……。悲しいお知らせがあります……」
「悲しいお知らせ?」
「この枝は……貰いものなんだ」
「……。誰に貰ったの?怒らないから正直に言ってくれるかな?」
「…………タヌキ」
「は?」
「……尻尾の毛がいい感じに焦げた、タヌキ将軍に、です」
カミナさんは無言で立ちあがると、すっと俺のおでこに手を当てた。
そのまま下まぶたに指を当てて、眼球の動きを確認している。
その流れで手を取って脈を測り、口の中を観察したりして一通りの簡易検査を終えた。
「熱がある訳でも、脳の病気で幻覚を見ている訳でもないわね。……精神疾患?正気なの?」
「正気だよッ!」
「いくらタヌキが好きでも、妄想は良くないわよ?」
「好きでもねぇし妄想でもねぇよ!!」
あぁ!ちくしょう!
タヌキの野郎のせいで病人扱いじゃねぇか!!
今度会ったら、お礼に一発ブン殴ってやる!
「じゃあなに?ホントにタヌキに貰ったっていうの?」
「あぁそうなんだよ。ちなみに俺はその枝の事は何にも知らん。唯の枝にしか見えねぇし」
「……うっわ!一体どういうこと!?意味分かんないんだけど!!」
「残念だが、俺にもよく分からねぇ!!」
「タヌキに懐かれてるってレベルじゃないんだけど!あっ、だから性癖が……」
「ん?性癖?」
「ううん、その話は後でにしましょう。話を進めるわよ」
カミナさんが何かを納得したように呟いたが、聞き返したら話を濁されてしまった。
今、確かに性癖と言ったな。
タヌキの話をしているのに、いきなり性癖とか。
絶ッッッ対に碌でもない事になっているだろう。
「この枝はね、抗アレルギー薬になるのよ」
「アレルギー薬?鼻炎とかの?」
「そう。アレルギー性の免疫過剰に効く薬の原材料の一つね。この葉っぱだけでも煎じてお茶にすればそこそこの効果があるわよ」
「ということは、リリンの症状はアレルギーって事か?」
「正解。そして納得もしたわ。診察に来た冒険者の病気の特定が出来なかったのは、時間が経ってアレルギー症状が治まっていたからだったのよ」
「なるほど。森の奥からここに来るまで普通は半日とかかかるしな。手負いの人を抱えたままじゃ尚更か」
謎の奇病の正体はアレルギーでの免疫異常だった。
そして、症状を訴えた冒険者が病院に来る頃にはもう、問題のアレルギー物質は無い訳で、症状が治まってしまっていたんだろう。
さらに、アレルギー疾患は人によって程度の差が大きく、症状もバラバラになる時があるのだそうだ。
リリンの言動がおかしかったのも、症状の一環として『不安感』なんていうものもあるらしく、言動に影響が出ても不思議じゃないらしい。
……。
という事は、タヌキは的確に薬を処方してきたってことだよな?
バッファの魔法と攻撃魔法に続いて、医療知識まで。
お前は一体、何もんだよ。タヌキ。
第一、タヌキがお茶っ葉を持ってても、茶釜がねぇだろ。自分で化けたら『ぶんぶく茶釜』って、妖怪じゃねぇか!!
……飲んでるのか?お茶をたてて、飲んでるのか?
俺がタヌキの考察をしている間に、カミナさんは別の考察をしていたらしい。
困ったような声を上げて、メモ用紙に何かを書き始めた。
「うーん。だとすると発生源がある訳ね。しかも、移動するタイプの」
「あ、それなら見たぞ?紫色の竜だ」
「え、ホントに!?」
「あぁ、リリンを担いで移動している途中に見かけたんだよ。そいつに近づいたらリリンの症状が悪化したからたぶん間違いない」
「でかしたわ!ユニクルフィンくん!!さっそく明日、一緒に行きましょう」
「……え?」
「どこら辺で見たか案内して欲しいの。私が直接、狩りに行くわ」
え?えぇ!?
一体どうしてそうなったッッ!?
リリンに次いで二人目の心無き魔人達の統括者、再生輪廻・カミナ・ガンデ。
朗らかな笑顔の下から、有無を言わさない圧倒的な威圧感が放たれ、俺はその提案に頷くしかできなかった。