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第37話「真頭熊」

「あの熊を倒せばいいのか?」

「……撤退するにしても、後ろを取られたままじゃ安心できない。懸念は取り除く……べき」



 ガッサガッサ。


 目の前の茂みの奥、その巨体は俺達に気が付いているようだが、中々近づいてこようともせず、逃げようともしない。

 その体の全容ははっきりと分からないが、一つだけはっきりしている事がある。



 ―レベル89396―



 レベル高えなぁ、おい。


 だけど、必殺技と鎧の使い方を覚えた訳だし、戦えなくは無いか。

 ……いや待てよ?確か三頭熊は第九守護天使を無効化してくるんじゃなかったか?



「リリン。あの熊は三頭熊の仲間だよな?だとすると魔法無効化の爪を持ってるのか?」

「あれは真頭熊ベアトリーチェと、いって、……似ているけど別種。……なので、魔法は無効化されない」


「そうか。他に特殊能力を持っていたりするのか?」

「そういうのは、…まったくない。あるのは、並みならぬ……身体能力だけ」


「あぁ、それを聞いて安心したぜ。俺でも対処できそうだ」

「油断……はしない、で。裏を返せば、真頭熊は身体能力だけで森ドラと対等に渡り合う。大きい、タヌキ、みたいな……もの……」



 それだけ言ってリリンははぁはぁと苦しそうに息を漏らした。

 だんだんと症状が悪化しているらしく、息も切れ切れになってきている。


 ……これは、遊んでいる場合じゃない。

 一刻も早くカミナさんの病院に連れて行った方が良いだろう。


 本来ならば「大きいタヌキみたいなもの」とか言われたら恐怖に刈られて逃げ出す所だが、今は大事な局面だ。

 俺の感情など、どうでもいい。



 俺は必要最低限の情報を確認した後、身近にあった布を適当に丸めて枕を作り、リリンを木陰で休ませた。


 今は、戦闘方法とか経験値とか細かい所は気にしない。

 速攻で近づいて、不意打ちで倒す。

 俺は真頭熊を一刀両断するべく、茂みに向かって走り出した。


 鎧のバッファを起動させながら、口でも呪文を唱え、グラムに魔力を循環させる。

 正真正銘、最速の布陣。

 一呼吸の内に目標位置まで移動し、惑星重力操作で重量を消失させながら、横に一閃して茂みを吹き飛ばす。


 ……しかし、手ごたえがまったく無く、グラムは無意味に茂みを吹き飛ばしただけだと悟る。



「なんだとッ!?」

「……。」



 その漆黒の双眸は、俺を見据えていた。

 乱雑に散らかった茂み先、10m。

 丸まっていた身体がゆっくりと花開くようにして、大きく展開されていく。

 全高5m。見上げる程の高さのそれは、たった一つの頭と鋭い巨木を連想させるほどの太い手足を見せびらかすように、二本の足で立ち上がった。


 魔法を無効化する三頭熊を魔導師と例えるなら、コイツは間違いなく、純然たる戦士だ。

 見ただけで分かる程に毛皮を隆起させている筋肉から、迸る、パワー


 そして、真頭熊との位置関係は、俺が動き出す前とまったく変わってはいなかった。

 コイツは俺の動きを知覚したばかりか、動きに合わせて回避行動を起こして難なく回避して見せたのだ。


 そう、動きだした俺を見てから後だしで行動をした。

 それはつまり、俺の速度を凌駕しているという事に他ならない。


 ……厄介な。



「ちっ!もっと余裕がある時に戦いたかったぜ!」

「……。」



 再びグラムを構えて、真頭熊に向かって突撃を繰り出す。

 俺には遠距離を攻撃する手段に乏しい。

 だったら肉弾戦に持ちこむまで。ならまずは、条件を整えるか。


 俺は高められた身体能力にものを言わせて、真頭熊めがけて飛びかかる。

 バッファ状態で勢いを付けての跳躍。

 空を飛びながら急接近をする俺を見て、真頭熊は迷わず腕を後ろに引き絞り、迎撃の判断を下した。


 空中にいる俺に逃げ場は無いと判断したんだろう。

 筋肉を軋ませて振り抜かれた腕は真っ直ぐに俺の頭めがけて打ち出された。


 ……その判断は、俺としても、とてもありがたい。



「《アロマの香り》最大発動ッ!」



 真頭熊の撃ち放たれた腕をグラムでいなしながら、アロマの香りを発動させた。

 この匂いはタヌキに効果抜群だった。だったらクマにも効くだろ。

 これで冷静さを奪えれば、あとはもう、肉弾戦をやるだけだ。


 そして俺の目論見は成功し、真頭熊は雄叫びをあげた後、怒りにまかせて腕を振り回した。



「グオォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」

「お前と遊ぶ時間はねぇんだ。かかってこいよ、真頭熊クマ!」



 腕の動きと風の動きが乖離するほど高速に動き回る打撃は、まさに強烈の一言だった。

 振われた腕をグラムで迎撃して、発生した衝撃で腕がしびれる。


 だが、きっちりグラムの刃は当てた。

 そして絶対破壊付与の効果は正常に発動し、真頭熊の手の甲を削ぎ落としたのだ。


 血が勢いよく吹き出し、真頭熊は一瞬だけ体を強張らせた。

 しかし、それ以上隙を見せてはくれない。

 怪我を負ったことなど瑣末だというように、一切気にすること無く、怒濤のように激打が繰り出される。



「ガァァアアアアアアアッッ!!」

「くっ、う!!一発が重いんだよ!こんちくしょうがぁぁぁぁぁぁああ!!」



 お互いに一撃必殺を秘めた、激打と激刀の応酬。

 俺は当然、第九守護天使を纏っている。

 だが、防御魔法越しに響いてくる衝撃は、まさしくリリンの肉弾戦訓練を思い出させた。


 そう、コイツが放つ一撃一撃すべてが、リリンの魔法に匹敵する威力なのだ。

 防御魔法を破壊され一発でもまともに食らえば、即、人生が終わりを告げる。

 そんな予想外の力に戸惑いながらも、立ち止まる事は無い。


 ……リリンが苦しんでいるんだ。

 体を動かせ、体を!!



「はっ!」



 小さく息を吐き、剣先に意識を集中する。

 超至近距離から離れ、短距離戦へと移行。

 かつて黒土竜相手にやった剣先で戦う戦闘法を仕掛けるためだ。


 速度と破壊力を手に入れた今ならば、距離を取るこの戦い方が有効的のはず。

 魔力を通わせて出来るだけグラムを軽くし、長いリーチを存分に使って、真頭熊に刃を当てつける。


 腕を。

 太ももを。足先を。首筋を。胴を。胸を。


 あえて深くは踏み込まない。

 ほんの数cm、刃を食いこませた所で引き戻し、再び追撃に回る。

 決定的な瞬間を作るため、今は機動力を削ぎ落す事に集中するのだ。


 だが、真頭熊も俺の動きに順応を見せた。

 最速状態のグラムに追い付き、爪で刃を叩き落とそうと足掻きを見せる。


 その度に甲高い激突音が森に響き爪の欠片が宙を舞う。

 状況は一進一退。だが消耗しない剣を持つ俺が有利だろう。

 このまま順当にいけば勝てる。


 しかし、今は時間が惜しい。さっさと倒してリリンの救護に回らなければならないのだ。

 何か良い方法は……。

 爪と刃を何度も叩きつけながらも、思考を巡らし、ある事を思い出す。

 人間相手に特に有効だと言われた鎧のあの機能の事を。


 発動の呪文はリリンから聞いている。

 ただ魔法名を唱えれば良いだけのはずだ。


 激しく続く爪撃に答えながら、真頭熊が俺の真正面に位置どるのを待つ。


 ガガガガガガガ、ガガッ、ガガガガガガッッッ!!

 ……来た!

 目の前で覆いかぶさるように陣取る真頭熊。

 俺はグラムを大ぶりに振って視線を誘導し、左腕だけをグラムから離して真頭熊の頭に掌を向けた。



「《主雷撃(プラズマコール)ッッ!》」

「グアアアッッ!!」



 放たれたのは、視界を埋め尽くす程の閃光。

 心無き魔人達の統括者、再生輪廻さん謹製の『指から不意打ち主雷撃!(目つぶし攻撃)』だ。


 今の今まで近接戦をしていた俺が唐突に放った魔法攻撃は真頭熊の不意を突いた。

 真頭熊はまともに閃光を受け、眩しさで体をのけぞらせている。


 5mもある巨体がさらに両手を頭の上に振りあげている体勢。

 見ようによっては荘厳に見えるかもしれないが、俺には、敗北のポーズにしか見えない。



「《重力破壊刃(ガル・ブレイド)ッ!!》」



 真頭熊の左腰の下から斜めに駆けあがるようにしてグラムを振り抜く。

『逆袈裟懸け』に刃を通し、その命を奪う。


 真頭熊は声を上げること無く二つに分かれ絶命し、戦いが終わった。



「……ふぅ。なんとかなったな。リリン大丈夫か?」

「ううん。ユニクがカッコよすぎて全然……大丈夫じゃない。さっきよりも……ドキドキが強くなってしまった……」


「今の俺じゃ、一撃とはいかなかった。いらん心配をかけたちまったな。すまん」



 リリンは「そういうこと……じゃ……」と何かを言いかけたが、その後に言葉が続いてこない。

 息も一目で分かるほどに荒くなり、どんどん悪化してきているのが明らかだ。

 だが、さっきの戦闘中に名案が浮かんできている。

 俺は自分の腕輪をリリンに見せ、外そうと手を掛けた。



「リリン、この腕輪を付ければ楽になるはずだ。待ってろ今――」

「ダメ!外してはいけない」



 名案だと思った意見を、リリンは一瞬で否定する。

 その声は焦りを多分に含んだものだった。



「……なんでだ?」

「それを外すと、ユニクまで私と同様の症状を発病する恐れがある。なので絶対にダメ。二人とも動けなくなってしまう」


「なるほど……迂闊な案だった」



 リリンの説明を聞き、俺の判断が間違っている事を思い知らされた。

 やはり、一刻も早くここを脱出するしかない。

 リリンの体に触れることになるが、許してくれ。



「リリン、緊急事態だ。背中に担ぐ。我慢してくれ」

「ん。だい……じょうぶ」



 俺は手短に荷物をまとめると背中にリリン、体の前面に荷物を背負い込み、グラムを片手に走り出した。


 そして再び鎧のバッファと魔法のバッファ、そしてグラムの惑星重力操作を全開で起動。

 俺自身の体の重さを、リリンの体重分だけ差し引いた状態にする。

 これにより、リリンを担いだ状態でも通常時と似たような状態で走る事が出来ようになった。


 リリンに病院はどっちの方角かを聞き、差された方向に一直線に進んでいく。

 流れていく風景の中には見たことの無い生物も混じっていたが、今は可能な限り無視して帰路を急ぐ。


 今こうしている間もリリンの呼吸はドンドンと荒くなってきているのだ。

 はぁはぁ、という呼吸音から、ふ、う。ふ、う。といった長いものへと変化し、俺をいっそう焦らせてゆく。

 何かがおかしい。

 まるで原因そのものに近づいて行っているような。


 わずかな疑問を覚えゆっくりと立ち止り、直観に任せて、辺りを見渡した。



「ゆ、にく……どうしたの?」

「奥に、何かがいる……」



 それはまさしく危険予知の本能だったのだろう。

 鬱蒼と茂る森の奥、大きな何かが視界の端を横切っていったのだ。


 今はもう日も落ちかけていて、薄暗く視界が良好とは言い難い。

 だがそいつは、どう見ても緑には見えないドス黒い紫色をしていた。


 そして目に映る、恐るべき事実。



 ―レベル99999―



 俺の危機感が最大限に警笛を鳴らし、汗となって地面に落ちる。

 それはリリンも同じのようで、「あれ……、きけん……逃げて」と撤退の意思を示した。


 俺の直観は告げている。

 あの、”竜”がリリンの症状の原因で、何かしらの情報を取得しに向かうべきだ、と。

 俺の危機感が告げている。

 近づくべきではない、失敗すれば失うものが多過ぎる、と。


 相対する意見を心の中でぶつけ合い、俺は――

 逃げる事を選択した。



 ゆっくりと後ずさり、相手の動きに変化が無い事を確認してから、全速力で離脱する。


 あぁちくしょう!

 せっかく病院に向かう最短ルートを走って来たのに引き返すことになるなんて!


 悔しさと不甲斐無さを身に感じながら、それでもなお足を動かし続けた。



 **********



「く、だいぶ戻っちまった。中々病院に着かなくて、悪い」

「いい、さっきよりもマシになっ……て、きている」


「そうなのか?じゃあやっぱり……」

「たぶん、さっきの紫のせい……で間違いなさそう」


「アイツが……。はは、一応それらしい情報を手に入れた事だし、依頼の報酬が増えるかもな」



 俺はそれっぽい言葉を並べながら、どうすれば現状を打破できるか考えていた。

 最短ルートは通る事が出来ない。

 大きく迂回するルートを取ることになるのだが、左右どっち周りがいいのか?


 再度リリンに問いかけをしようとして視線を向けた時、先を見越すようにしてリリンが口を開いた。



「ユニク、……流石の私もこの状況は危険と判断した。緊急離脱手段を使う」

「緊急離脱手段?」


「ホロビノ、……きて」



 ……そんな手が。


 流石、心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)。リスクアセスメントもしっかりしていらっしゃる。

 内心、もっと早く気付いて欲しかったような気もするが、今からでも遅くない。

 十分に有効な手段だ。


 すぴーーー。


 そしてリリンは、胸元から笛を取り出すと弱々しい呼吸で吹いた。

 だが、いまいち音が良く出てくれない。


 何回か繰り返すも、どんどん音は小さくなっていく。



「……。ユニク」

「…………あぁ」


「この笛……吹いてほしい……」

「…………。あぁ」



 ……。

 うん、なんだ。

 なんというか、その……。うん緊急事態だしな。


 背中側から差し出された笛。

 それを手に取り、無意識のうちに視線を向ける。


 ……。


 うっすらと湿っているこの笛に、口を付けろというのか。

 童貞だと明言されている俺には難しすぎると思う。

 だが、今はそんな事言っている場合じゃない。

 か、間接キスとか、言ってる場合じゃないんだ!


 俺はなんとなくの申し訳なさとか、ちょっとの高揚感とか色んな感情をごちゃ混ぜにして、無我の境地を目指した。


 …………。

 ……無理だろッッ!!


 えぇい!今は時間が無いって分かってんだろ!成せばなるんだよッ!!

 笛だしな!!!



 ピィィィィィィィィィィィィ!!



 俺の色んな感情と共に笛の音色は高らかに鳴り響き、森に反響した。

 これでホロビノがやってくるはずだ。

 そうすれば現状が打破できる。


 ……しかし、やって来たのはホロビノじゃなかったのだ。



「ヴィギルア!」



 ……おめぇは呼んでねぇよ、タヌキ。

 どっかいってろ。しっし。



「……ユニクが笛を吹いたらタヌキが現れた。これはやはり……飼った方がいいと思う」

「よくねぇよ!つーかおいタヌキ!お前もまぎらわしいタイミングで出てくるんじゃねえよ!!」

「ヴィギルアーン!」



 バサッ。



「ん?」



 おいタヌキ。なんだその、木の枝は?

 何の意味があるんだ?


 タヌキは突然、足元にあった木の枝をくわえて俺の前に投げてよこした。

 何か意味があるように思える。



「なんだこれ?」

「ヴィギル!」


「これでお前をぶっ叩けばいいのか?」

「ヴィギルルア!!」


「……違うのか」



 なに言ってるかさっぱりわからんが、どうやらタヌキはわざわざこの枝を届けに来たらしい。

 もしや、リリンに使えという事なのか?



「なぁタヌキ。これ、貰ってもいいか?」

「ヴィギル!」


「もしかして、借りを返しに来たってことなのか?はっ、律儀な奴め」



 タヌキは俺の言葉を聞くと満足げにひと鳴きし、森の中に消えていった。

 どうやら、タヌキという生物は、俺が思っている以上に恩義に厚いらしい。


 俺はその枝をそっと拾い上げ、腰のベルトに差す。

 お前の気持ちは素直に受け取っておくぜ、タヌキ。


 ……毒が無いか、カミナさんにしっかりと鑑定してもらうからな。

 恩返しに見せかけて、毒殺を狙う。

 心無き魔獣達の統括者(アンハートビースト)なタヌキならやりかねないと、ちょっと本気でそう思った。



 …………なお、ホロビノはその後20分くらいしてから現れた。

 リリンのぐったりした姿を見て今更慌てふためいているが、すぐに来なかった理由が俺には分かっている。


 口元によだれの跡が付いてるぞ。寝てただろ、お前。


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― 新着の感想 ―
[一言] ホロビノよりタヌキのほうが偉かった……。
2021/02/11 10:36 退会済み
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