第36話「異常」
「タヌキを飼ってもいい。きっと仲良くなれると思う」
俺の安寧と平和を崩壊させるリリンの提案を丁重にお断りし、森ドラゴンの爪や牙の回収作業を始めた。
リリンは「本当にタヌキを飼わなくていいの?」と結構な粘り強さを見せたが、最後には諦めてくれたようだ。
……どうしてそんなにタヌキを勧めてくるのか、その理由を追求するのはやめた方が良さそうだと、心からそう思う。
「これで爪と牙は全部だな。他には売れそうな所は無いのか?」
「……うーん。正直私だと詳しく分からないというのが本音。カミナなら余すところなく有効的に採取するんだけど」
「さすが再生輪廻さん。解剖はお手の物ってか……」
「お手の物と言うか、凄く楽しそうにやる。そうやって収集した標本がカミナの研究室の地下にはいっぱいあるはず」
「……そっか。ま、その辺は深く考えないようにして、このまま捨てとくのも勿体無いよな。せめて食ってみるか?というかそもそも、ドラゴンの肉って食えるのか?」
「それは……分からない。食べたこと無いから」
え?
食べキャラのリリンさんが食ったこと無いだと!?
絶対あると思ったのに、予想外すぎる!
何か理由でもあるんだろうか?
「なんで食ったこと無いんだ?」
「私個人というよりも、ホロビノが怖がるから食べない」
「……なるほど。確かにそりゃあって思うが、”嫌がる”じゃなくて”怖がる”なんだな」
「それは、ワルトナとレジェの悪ノリのせい」
「は?」
「ワルトナとレジェはホロビノの事を『非常食』と呼んでからかっていた。寝ているホロビノの周りに調味料や香辛料を入れた壺を置いたり、『男のドラゴン料理』なる本を読み聞かせたり」
「いじめじゃねぇか!!」
「ワルトナ曰く「上下関係はきちんと躾けておくべき」、レジェ曰く「実際、ドラゴンのお肉はそれなりに美味しいものぉ」だそう。そんなこんなでホロビノはすっかり怯えてしまった」
なんてこった!
傍若無人に振る舞っているホロビノがいじめられっ子だったなんて!
つーか、ちょっと可哀そう。
確か、リリンのパーティーで拾って育てたって話しだが、よく考えなくても、全員、心無き魔人達の統括者。
ひどい仕打ちをされ、リリンに慰められるホロビノの姿が目に浮かぶ。
女王レジェリクエとなんか悪そうなワルトナさんはいじめる側だとして、カミナさんはどっちだろうか?
なんだかんだ良い人だったし、たぶん、リリンと同じ慰める側かな。
……大悪魔を従えているという懸念材料があるけども。
「理由があるんじゃしょうがねぇか。ほっといても他の野生動物とかが綺麗にしてくれるだろうし、このままでいいか」
「そうだね。破滅鹿とか人形兎とかタヌキとかが食べに来ると思う」
「タヌキ……。ドラゴン食うんだ……」
**********
「さてやる事やったし、帰るか?」
「ユニクの強化は出来たけど、依頼内容についてはまったくの成果が無い。まだ夕暮れまで2時間くらいあるし、もう少し森を探索しよう」
俺は森の中を歩きながら、リリンに声をかけた。
何を隠そう、当初の予定はしっかり達成されているのだ。
目的である俺の強化はまずまずの結果に終わり、ついに大台のレベル一万も超えて、レベル11073となった。
流石はランク8の森ドラゴン。
たった一度の戦闘でレベルが1000以上も上がるとは、ずいぶんおいしい敵だった。
……ただ残念なことに、最後の良い所をタヌキに持っていかれたけど。
「森の異変調査だっけか?確か、森の奥に行った冒険者が謎の症状を訴えるとかいう」
「そう。一応ここも森の中心部に入るけど、まだ外側に近い。もっと奥深くに行こう」
……ん?
なんかリリン、目をキラキラ輝かせていないか?
バレないように視線を切り替えてじっくり見てみると、やはり、何処か楽しげに微笑んでいる。
この平均的な頬笑みは何かを企んでいる時の顔だな。
やはり、タヌキを諦めきれないのだろうか。
「……リリン、依頼以外にも、なにか狙いがあるだろ?」
「ん、今日のユニクは感も鋭い。もちろん森の中をただ歩くだけではない」
ほらな!やっぱり有ったよ、思惑。
しょうがないので、ちゃんと聞いて対策を練ろう。
いくらタヌキに思い入れがある俺と言えど、四六時中一緒には居たくない。
というか、夜10時を超えると現れるタヌキで十分です。
俺は密かに断固拒否の意見をまとめ、リリンの言葉に身構えて、盛大に肩透かしを食らった。
「きっと森の奥には他の森ドラがいるはず。見つけて狩ろう」
「は?森ドラゴン?なんで?」
「だって、さっきユニクとタヌキは凄く楽しそうだった。なので今度は私もユニクとドラゴン狩りがしたい。一緒に剣で斬りつけたり魔法をぶつけたりして遊びたい!」
「遊びたいという所は置いといて、わざわざ一緒にやらなくても、リリン一人で森ドラゴン狩れるだろ?」
「確かに、一匹だと少し物足りないかもしれない。だけど大丈夫、私が狙うのは森ドラの住処。そこならたぶん10匹くらい固まっているはず」
「藪をつついて蛇を出すってレベルじゃねぇ!!」
どうやらタヌキルートからは外れたものの、森ドラゴン大量発生イベントに突入しそうである。
というかこの流れ、三頭熊の時とまんま一緒じゃねえか。
調子に乗って探したら、100匹単位で出てきましたなんてオチじゃねえだろうな?
「リリン。森ドラゴンと戦うのは良いが、一匹ずつにしような。同時に相手にするのはもう少し俺のレベルが上がってからにしてくれ」
「ん、ユニクがそう言うなら、了解。一匹ずつじっくり丁寧にやろう。……私が飽きるか、森ドラゴンが絶滅するまで」
「遊び半分で絶滅させようとするんじゃねぇよ!!」
リリンの心無きボケに尽かさずツッコミを入れつつ、森の奥を目指す。
草を掻き分けたり岩をよじ登ったりしながら、どんどん進み、やがて獣道すら見当たらなくなっていく。
特に躊躇なくリリンは進んでいるが、俺にはまったく現在位置が分からない。
というか、リリンも分かっているのか?
地図とか一切、見てねえけど。
「リリン?今どこら辺に居るとか分かるのか?」
「ふふ、そんなの分かる訳ない」
「え?」
「こぉーんな森で、目印も無く適当に歩いて、分かる方がおかしいと思う!」
「は?それじゃマズいだろ!?」
「えへへ、大丈夫!この森は四角い。真っ直ぐ進めばその内何処かに着くから!!」
……えへへ?
リリンが声を出して笑った?
そんな風に笑ったことなんて、過去に一度でもあったか?
明らかにリリンの言葉が異常だ。
何かが、おかしい。
俺が状況を確かめようと足早に前に出ると、リリンは「どうしたの?」と首をかしげて、そして。
……そのまま地面に向けて倒れた。
「リリンッ!!」
「……あ……れ?」
ギリギリのタイミング。
リリンが地面に激突する前に腕をすべり込ませて、なんとかキャッチすることが出来た。
そのまま胸に抱きかかえるようにして地面に座り、安定した姿勢を取る。
なんだ?一体何が起こっている!?
「リリン、いきなりどうしたんだ?体調が悪いのか?」
「ん、今、すごくドキドキしている」
「ドキドキ?動悸がするのか?」
「……。そういえば、そう。この体勢になる前から動悸がしている気がする。きっと楽しいからしているのだと思ったけど、どうやら違うみたい」
俺の胸の中にすっぽり収まっているリリンは、何処か口元が緩み、ソワソワとして妙なテンションになっている。
うっすら汗ばんでいるようだし、顔色も悪い。どう見ても体調が悪そうだ。
「何か薬とか持ってないのか?」
「風邪薬と胃薬なら……」
「胃薬じゃ動悸は治らねぇだろ!」
あぁ!まったく対抗手段がねぇんだけど!!
今更もう遅いが、カミナさんの注意事項に『医療の知識がある人』って項目があったのにガン無視した事が悔やまれる。
俺は胸元に視線を落とし、リリンの状態を再度確認した。
今もリリンは胸が苦しいのか、俺に身を寄せて縮こまっている。
心なしか息も荒い気がするな。
ちくしょう、なにか手を打たないと……
とりあえず、リリンの異空間ポケットから風邪薬を取り出して貰い、それを飲ませた。
……。
病気の専門家たる医師のカミナさんでさえ正体を掴みあぐねている謎の奇病。
風邪薬なんかが効く訳も無く、一向に症状が改善しない。
「リリン、動けそうにないよな?……このままここに居てもしょうがないし、背中に担ぐぞ?いいな?」
「……それはとても魅力的な提案。是非そうして欲しいけど、その前にやらなければいけない事がある」
「やらなければいけない事?」
「その茂みの裏からこっちをじっと見ている真頭熊、倒してきて」
「へ?」
リリンに促された視線の先。
もそもそと動く茂みの浮くに茶色い塊がいた。
塊の大きさはざっと5m。しゃがんでいるんだとしたら相等大きいという事になる。
……こんな時にでてくるんじゃねぇよ。この野郎。