第35話「化物竜とタヌキ将軍~ユニク風味~」
「おらッ!」
迫りくる触手を一文字に切り捨てると、目の前にわずかに空間が開いた。
その隙間をこじ開けるようにしてグラムを差し込み、さらに大ぶりに薙ぐ。
一度グラムを振ると、その度に数十本の触手が音も無く切断された。
二度振えばその倍の触手が地に落ち、三度四度と繰り返すたびに目の前の視野が広がってゆく。
ある程度視野が開けた所で、俺は体をねじこませるようにして、触手の森に飛び込んだ。
「リリン、ちょっと行ってくるぜ!!」
「うん、頑張ってユニク。私も陰ながら《雷人王の掌》を発動しつつ、見守っている」
……そこは普通に見守っていて欲しいんだが。
いざとなったら雷で焼き払うつもりだとか、怖すぎる。
これは色んな意味で失敗できない。
俺は一層気を引き締めつつ、まずは行方不明になっているタヌキを探した。
「……いた。一応生きているみたいだが、めっちゃ絡まってるじゃねぇか。タヌキin触手プレイ。誰得だよ!」
思わず声に出してツッコミをいれちまった。
あまり見慣れない光景なので、少し観察をしてみたが、タヌキは必死に脱出を試みようともがいている。
触手をちぎっては投げ、ちぎっては投げしているが、後からどんどん追加されているため一向に状況が改善していない。
……なんか愛くるしさを感じる。あざとい。
ふと、「今ならコイツを倒せるな……」と邪な気持ちが湧く。
うん、なにせこいつは危険極まりないタヌキを統べるタヌキ将軍。
その内、人類に仇をなすかもしれないし。
……やっちまうか?
俺はタヌキめがけて走り出した。
「ヴィア!ヴィギィ!ヴィギ―!!」
「おい、タヌキ。楽しそうじゃねぇか」
「ヴィギ!ヴィギィィギア!!」
「は、何言ってるかわかんねぇよ!!」
俺はタヌキの言葉をさえぎると、無言でグラムを振りあげ、そして。
一番太い触手の束に向かって振り降ろした。
「ヴィギ!?」
「……貸し一つだぜ?」
「……ヴィギア!」
……一応、今は共に闘う戦友だしな。
むやみに戦力を減らしても良いこと無いし。
俺の意思は伝わったようで、タヌキは律儀に返事を返すと、体を乱回転させ残りの触手を引きちぎった。
そして地面に降り立つとブルルと体を震わせ、スッとポーズを決める。
どうやら、やる気十分のようである。
じゃあ、行くか。
「タヌキ、道は俺が切り開いといてやる。だけど、後からゆっくり来ても良いんだぜ?」
「ヴィギィギィギィ!ヴィギルルヴィギィ!」
良く分からんが、何かを決意したような表情でタヌキは頷いた。
……いや、何を言ってるんだよ俺は。タヌキの決意とか。
俺はフッっと短く息を吐き出し、再び触手に向け走り出す。
実は、森ドラゴンの大体の位置は把握している。
というのも、あいつは全然移動していない。
移動しないのか、それとも出来ないのか。
そんな事はどうでもいいか。
要は、近くに行って叩き斬ればいいってことだしな。
そして、俺の目の前に迫る、触手触手触手。
だがグラムを振えば視界が開けるのだ、立ち止まる必要はない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
俺は、幾度となく繰り返す。
グラムで道を切り開くため、ただただ真っ直ぐに刃を振う。
太い触手も、細い触手も、トゲ付きの触手も、花が咲いている触手も、堅い触手も、湯気の出ている触手も、汁っぽい触手も……って、触手の種類、多過ぎだろ!
とりあえず、手当たり次第にぶった切る!!
ぶった切って繰り返して繰り返して、そしてついに、森ドラゴンに辿り着いた。
「よう森ドラゴン。そんなに怒ってどうしたんだ?」
「ドッュルルルルル……」
「ほら、こっちこいよ」
「ドラァッ!!」
あぁ、俺、ずいずん強くなったな。
ちょっと前のナユタ村にいた頃からじゃ、まったく考えらんねぇよ。
良く分からん化け物ドラゴン相手に戦いを挑むどころか、挑発して攻撃させるなんてな。
俺の中に燻ぶる、様々な想い。
その想いや感情が力になる。
そんな事があるのかどうか分からねぇけど、少なくとも今は……。
……負ける気がしねぇ。
「……グラム、《惑星重力操作》+《絶対破壊付与》」
「ドラドラドラドラドラ……」
触手を突破された森ドラゴンは、怒りと力に任せて俺目がけて突撃し、逞しい腕を振りあげた。
「必殺技だし、名前でも付けるか?」
「ドルルルルルル……」
俺は体を引き絞り、グラムを両手持ちに代えながら、大ぶりに後ろに振りかぶって。
「適当に混ぜて、そうだな……これにしよう」
「ドギィラ!!」
森ドラゴンの腕が振り降ろされ、地面が爆ぜる。
だが、鎧のバッファと魔法のバッファの重ねがけ、それにグラムの重力制御があれば回避するのは容易かった。
土煙舞う中残ったのは、無防備に突きだされた森ドラゴンの腕。
俺にはそれが「どうぞ」と差し出しているように見えた。
「……《重力破壊刃!》」
引き締めた筋肉を解放するようにして横薙ぎに、森ドラゴンの腕へ刃を通す。
目に映ったのは、輝くグラムの刀身と尾を引く軌道。
右側から左側へと抵抗感なく刃は進み、グラムが通り抜けるのと同時に、その進路方向へ何かが吹き飛ばされた。
それは、森ドラゴンの切断された右腕。
俺はグラムが森ドラゴンの腕に触れた瞬間、惑星重力操作を全開にし、その質量を限りなくゼロに近づけて振り抜いたのだ。
そして、勢いよく飛んで行った腕はグラムの重力操作の効果が切れ、派手な激突音を伴いながら森の中に消えてゆく。
一時の沈黙。
森ドラゴンは唖然とし、そして数秒の後、聞くに堪えない断末魔を上げた。
痛みにのたうちまわり、暴れ、最早正気だとはとても呼べない。
……勝負あったな。あの状態じゃまともに戦えないだろう。
俺はとどめを刺そうとグラムを構え直す。
一歩二歩とゆっくり森ドラゴンに近づき、そして、
タヌキの鳴き声が響いた。
「《ヴィギュリィ・ヴィメット!》」
……おい、いいところで邪魔をするんじゃねぇよッ!
ここ、俺の見せ場だからッ!
いいとこ見せないと雷人王の掌飛んできちゃうからッッ!!
だがタヌキに俺の心の声は届かなかった。
仕方がない、いったん仕切り直そうかとタヌキに視線を向ける。
「……え?」
そこにいたのは、圧倒的な存在感を放つ、一匹の将軍。
もう、気安くタヌキとは呼べない何かがそこにはいた。
ジュウゥゥゥゥと唸る将軍の腕。
その両手は、どこまでも赤く焼けた大岩を一つずつ掴んでいて。
降り注いだばかりの隕石を彷彿とされるそれを両手に、将軍は走り出した。
「ヴィァ!」
「ちょッ!!」
俺が切り開いてきた道をかける、二つの炎光。
明らかに、ただ拾ってきただけとは違う灼熱の光を放つその岩は、迫る触手をもろともせず、全てを燃やし尽くていく。
どこからどう見ても、魔法にしか見えない。
タヌキのくせに、攻撃魔法も使えるってのか……!!
やがて俺の横を華麗にすり抜け、将軍は森ドラゴンに迫った。
え?ちょっと待て。待ってくれ、いやほんと待って下さいお願いします!!
俺が未練がましく差し出した手の先で、天と地を震わせる爆砕の音が響いた。
「《ヴィギュリア・ヴィメット・ヴィルヴィッッ!!》」
「ドラァアアアアアアアアアアアアアアアアァッッ!!」
将軍は空中で一回転すると、両手で持っていた岩を森ドラゴンの頭に叩きつけた。
それはまるで、本当に隕石が降って来たかのようで。
そして森ドラゴンはその後一言もあげること無く倒れ伏し、戦いに幕が引かれた事を体で表現した。
……。
…………。
………………え?これで終わり?
は?え?……嘘だろ?森ドラさん?
俺が諦めきれすに森ドラゴンに視線を送ると、ちょっと直視したくない感じの光景が目に映る。
……あぁちくしょうッ!タヌキの野郎!!
完全に良いとこ持っていきやがったッッッ!!!
これは一言文句を言ってやらなきゃ気がすまねぇ!!
「おい、タヌキ。テメェ、最後の良いとこだけ持ってくとか、いい度胸してるじゃねぇか!」
「ヴィギア?ヴィギーヴィギー!」
「あぁ!?何言ってんのかわっかんねぇよ!!」
この野郎!
言葉はまったく分からないが、きっとロクでもない事を言っているに違いない!
少なくとも嬉しげに笑っていやがるからな。コイツは!!
「……ユニク、凄くかっこよかった。まさかタヌキと本当に連係プレイをするなんて思ってもいなかったけど、とてもいいと思う」
「ん?聞き捨てならない言葉が混じった気がするが、とりあえず、ありがとうと言っておく」
俺とタヌキがにらみ合いを続けていると、リリンが空から降りてきた。
……なるほど。そう言えばリリンは飛行脚で空を踏めるんだったな。
空から狙撃し放題か。
ちょっと反則だよなとか思いつつも、俺は再びタヌキを睨みつけた。
「おいタヌキ……この借りは必ず返すからな。首を洗って待ってろよ?」
「ヴィ!ギ!ア!ヴィギルギア!」
それだけ言い残すと、タヌキは足早に走り出し、茂みの中に消えた。
……絶対に仕返ししてやるからな。
今度会ったら、グラムの空飛ぶ斬撃を受けてチリチリになったであろう尻尾の毛を全部むしってやると、俺は心に決めた。
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「んで、リリン。ノリで森ドラゴン倒したけど、これどうするんだ?」
「ん、流石に20m近いサイズだと転移陣に入らない。高く売れる爪と牙だけ切り取って町で売ろう」
「ちなみにいくらぐらいで売れるんだ?」
「ん。森ドラの爪や牙は煎じると薬の材料になるとカミナが言っていた。おそらく爪一本で100万エドロくらいで、牙はもっとすると思う」
「爪……16本もあるな。牙なんてもっと沢山だ」
「良い小遣い稼ぎになった」
「小遣いってレベルじゃねえだろ!!」
普通の感覚で行くと、軽くひと財産な気がするんだけど!?
……というか、森ドラゴンの爪も一本100万エドロなんだな。
確か連鎖猪の時も、角一本100万エドロとか言ってなかったか?
「あぁでも、これ全部で2000万エドロくらい行くのか?……ごくり」
「うん。これは全てユニクの物。売ったお金は好きに使うと良い」
「え?」
「この戦闘は私は何もしていない。だからこれはユニクのもの」
「……これが……2000万エドロが全部……俺の物……」
なんてこった。
一瞬で、大金持ちじゃないか!!
冒険者という職業はなんてちょろいんだろうか。
事実上、戦闘を行っていたのは1時間弱。
たったの1時間で2000万エドロ。
時給2000万だぜ!!いやふぉぉおい!!
……さて。
「うん。この稼ぎは二人で山分けな。キッチリ半分こだ」
「……?なぜ?」
「二人で一緒の依頼を受けたんだから当然そうだろ?ま、いつも奢ってもらってばっかりだし、俺の見栄ってのもあるけどな!」
「そう……そういうことなら……貰って大切に貯金しておく。いつか必要になる教育費にしたい」
いつか必要になる教育費って、何かを育てるつもりがあるのだろうか?
……まさか、タヌキか?
「リリン、何を育てるんだ?」
「育てる?あっ、それは……」
「……。」
「……もしかしてユニク、ペットでも買いたいの?」
「ん?いや俺は別に……」
「遠慮しなくてもいい、私には分かっている。さっきの連携は本当に見事だった」
「え?」
「アレだけの事が出来るのなら、私とホロビノのような親密な関係になれると思う」
「ちょっと待て、何の話……」
「まだ近くにいるかもしれない。すぐに捕まえに行こう。……あのタヌキを!」
「なんでそうなるんだよッ!!タヌキとか欠片も飼いたくねえよ!!」
タヌキに立場を取られるのかと思ったが、何をどう間違ったら、俺のペットにどうだという話になるんだよ!?
第一、リリンとホロビノの関係とか言うが、タヌキのサイズ感的に絶対に無理だろ。
タヌキの背中に乗るどころか、俺の頭の上に載せることになりそうなんだが。
そうすると、やっぱり肩書きとかにも影響を与えるわけだろ?
リリンとホロビノ、それぞれ青い髪と白い体毛だから、白蒼の竜魔道師。
だったら俺の場合は……?
『茶赤の狸剣士』
ははは。小物臭が半端ねぇ。




