第33話「化物竜とタヌキ将軍~ユニクを添えて~」
はぁ、まったく。
どうしてこんな状況になったのだろうか。
俺の目の前にはレベルが88100な化物ドラゴンがいる。
……そして、タヌキ。
ただし普通のタヌキでは無く、1000匹のタヌキを統べるタヌキ将軍だ。
通常ならば絶体絶命のピンチ!となり、そうそうに逃亡を図る所だが、状況がそれを許してくれない。
俺はリリンに促され、しぶしぶドラゴン退治に参戦しようと走り出してきたのだ。
非常に危険極まりない戦場へ、単身での突入。
そして、「どうしたもんか」と考えながら走っていたら、予期せぬ出来事が目の前で起こった。
……タヌキの野郎、盛大にこけやがった!
タヌキが岩を足場にしようした瞬間、突然に植物が生い茂り、そのまま足をからめ取ってしまったのだ。
無理やり脱出をしたものの、勢いを殺せずそのまま地面に落下。
ブベッ!と変な音を出して、タヌキは地面に伏した。
その光景を見て、森ドラゴンは笑っている。
そして俺は、笑っている場合じゃないッ!!
どう見てもタヌキの敗北は決まっている。
普通ならタヌキざまぁ!といって笑う所だが、今回ばかりはそうも言っていられない。
このままじゃ、森ドラゴン相手に一人で戦う事になってしまうのだ。
立て!立つんだッ!!タヌキッ!!!
お前はそんな弱い動物じゃないだろ!?これまで幾度となく俺を恐怖のどん底に陥れてきたタヌキ達のボスなんだろ?
こんな所で挫けてるんじゃねぇよ!!
そんな俺の熱い想い虚しく、タヌキは尻尾を力なく投げ出し、そっと目を閉じた。
ちょっ!なんでこういう時ばっかり諦めが早いんだよッッ!!
まったく、しょうがねぇなぁ!!
俺は嫌々、不本意ながらも……大ッ変に不本意ながらも、森ドラゴンとタヌキの間に割って入った。
そして、グラムを大ぶりに振り回して森ドラゴンを牽制し、戦闘を一時中断させる。
「よう、タヌキ。元気してるか?俺はまぁまぁだな。ドラゴン退治、俺も混ぜてくれよ!」
「…………。」
……一応声を掛けてみたんだが返事が無いな。
ちらりと視線を送ると、目を見開いて固まっているタヌキ。
おい、しっかりしろよ!
お前がまともに働かないと、あの森ドラゴンは俺一人で相手しなくちゃいけないんだぞ!?
俺は再び強い口調で話しかけると、タヌキはしっかりと反応を見せた。
「おい!ボケッとしてねぇで動きだせよ、このタヌキ野郎!」
「ヴィギ……」
「う”ぎぃ……じゃねぇよ!何言ってるわかんねぇから行動で示せ、この、ポンコツタヌキ!!」
「ヴィギアァ!?」
お?正気に戻ったみたいだな。
鋭い牙をむき出しにして、全力の威嚇を俺にして来ている。
……うん、何度見ても、慣れねぇ怖さ。
歯並びが綺麗過ぎるんだよ!ちくしょうめ!!
「ドゥルルルルルルルル……」
「ん?」
「ヴィギ!」
「ドュラァァァァァッ!!」
いきなり怒声をあげだした森ドラゴン。
どうやら、俺達の漫才が気に入らなかったらしい。
その表情はもの凄い剣幕で、怒号を撒き散らしながら突撃してきている。
ん、このままじゃタヌキが轢かれるな。
さすがにそれは可哀そうだし、一応、拾ってやろうか。
…………。
って、もういねぇし!
「ドュラァァッ!」
「おっと」
全長15m軽く超える森ドラゴンの突撃。
それは言うまでも無く凄まじい破壊力で、あっという間に森の木々を薙ぎ倒していった。
木はへし折られ、花は潰されて、蔓は引きちぎられていく。
だがその攻撃は、たったのそれだけしか効果を及ぼしていない。
視界が塗りつぶされる程の雷撃が飛んでくるとか、地面が抉られて天然の落とし穴が大量に発生するとかがある訳じゃない。
……だったら、特に怖くもないな。
俺は努めて冷静に森ドラゴンを見据えると、グラムの惑星重力制御を起動させた。
「……なぁ、森ドラゴン」
「ドユルルルルッ!」
「俺、ついさっき新しい力を手に入れたばかりでさ」
「ルルルッルルッッッ!!」
「お前で試してみても、良いか?」
「ドゥラァァァァァッッ!!!」
早く、速く、疾く。
空気を置き去りにするイメージで何度かグラムを振う。
あぁ、いい感じだ。グラムだけでなく腕の重さも調整している為、今までよりも格段に剣速が速くなっている。
ふむ、ならもう少し工夫をしてみるか。
俺はグラムの隅々まで魔力を通わし重量を操作した。……剣先にいくほど、重くなるように。
そして、腕をしならせるようにして大ぶりにグラムを振りかぶって。
音も無く、森ドラゴンの鼻先にグラムを叩きつけた。
「ドュラァァァァゲァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「うおぉ!うるせぇよッ!!」
バキィッ!!と遅れて鱗の砕ける音が響き、森ドラゴンが絶叫を放つ。
ひぃ!こりゃ、たまんねぇ!!
リリンの肉体訓練ベリーハードモードほどじゃないとはいえ、十分に恐い!
俺の目の前にいるのはランク8の化物だからな。
心無き大悪魔とはまた違った怖さがあるのだ。
俺は絶叫しながら身悶える森ドラゴンの顎先を、挨拶がわりに追加で軽く切りつけてから、その場を離脱。
経験上、傷を負った野生動物は超怖いのだ。
一時撤退しながら、姿が見えない戦友を探すとしよう。
「……おーいタヌキー。どこいっ……いた」
「…………。」
タヌキは、意外とすぐ近くにいた。
特に隠れている様子も無く普通に歩いている。
なのに何で見失っていたかというと、この野郎は全力で気配を消して忍び歩きをしてやがったのだ。
そろーり、そろり。
抜き足、差し足、タヌキ足。
完全に逃亡を図ろうとしてやがる。
「おい、タヌキ。どこ行くんだ?」
「…………。」
俺の問いかけ、ガン無視。
タヌキはまるで何事も無かったかのように、ゆっくりと歩いてその場を後にしようとしている。
俺の事なんか欠片も眼中になさそうだ。
……逃げるが勝ちか。まぁ、逆の立場だったら俺もそうするしな。
実にタヌキらしい薄情な行動。
そして俺に声を掛けられたからか、ちょっとだけ足早になりながら、いそいそと茂みの中に入っていく。
……だが!
「ヴィギュリオォォォン!」
「ヴ!?」
ケツしか見えなくなっていたタヌキの動きがピタリと止んだ。
というよりも、固まったという表現が正しいか。
暫くの沈黙の後、もう一度遠くから別のタヌキの鳴き声が聞こえ、そしてタヌキは、華麗なバックステップで茂みから出てきた。
そして、物凄く悲しそうな顔をしながら、俺に近づいてきた。
……なんか、この光景、知ってる気がする。
というか、身に覚えがあるんだが。
「……ヴィァァ…………。」
「おい。タヌキ。お前まさか……脅されたのか?」
「ヴィィィ……」
「……お互い大変だな。だったらさ、あの怒り狂ってる森ドラゴン、さっさと倒しちまおうぜ?」
「ヴィギィ!」
なんか、タヌキと会話が成立したんだけど。
まさかとは言ったが、どうやら本当にこのタヌキは脅されているらしい。
今も、チラチラと森の奥の方に視線を送っているタヌキ。
俺も負けじとリリンに視線を送ってみた。
親指を立てて、ぐっ!とされた後、とても良い頬笑みが帰って来た。
俺の相方は可愛らしいな、ははは。
さて、さっさとやる事をやっちまうか。
俺はタヌキに視線を戻し、ふと、疑問が湧く
……コイツ、なんで人間の言葉が分かるんだ?
「お前、俺の言葉、理解してるよな?」
「ヴィア!」
「なんでだ?」
「ヴィギアヴィギルル、ギギロギア!ヴギーヴギー!!」
だめだ!タヌキは俺の言葉を理解しているようだが、俺の方が全く分からねぇ!!
なんだか凄く負けた気分。
タヌキの野郎は賢いとは思っていたが、まさかここまでとはな。
「まぁいいや、俺はお前の言葉が分からねぇから一方的に話すぞ?俺は森ドラゴンを倒したい。お前も森ドラゴンを倒したい。あってるよな?」
「ヴギィ!」
「じゃあ、俺が前に出る。お前は隙を見て遊撃に回ってくれ。それで良いな?」
「ヴギィル!」
謎の作戦会議、終了。
世界広しといえど、タヌキと作戦会議をした事ある人間なんて、そうそういないんじゃないだろうか?
というか、これって凄く珍しい経験だよな?
だとすると、もしかして……
俺は自分の腕に視線を落として、レベル目視を起動させた。
―レベル10203―
うは!ついにレベルが一万を超えたぜ!
なんだか全く嬉しくねぇけどッ!!
一応ランク1なったという節目のはずなのに、まったく喜べない。
気持ち的にもそうだが、状況的にもだ。
つい先ほどから森ドラゴンが目を血走らせて俺を睨んでいるのだ。
「ドラドラドラァッッ!!」
「ヴギ!!」
「ん!!」
お?さすがにふざけ過ぎたか。森ドラゴンの鼻息は荒く、明らかに殺意がむき出しだ。
次は確実に本気で来るだろう。
俺の予想は的中し、森ドラゴンの鱗が煌々と輝きだす。
「《ドラゴギュル!》」
パウッ!っと短い音を立てて、光の粒子線が放出された。
それらの光は無差別に撒き散らされ、衝突した木々を枯れ果てさせる。
何年、成長し続けていたか分からないほどの大樹でさえ、一瞬のうちに枯れ、木屑のようになって崩れ落ちた。
どう見てもヤバそうな攻撃。
恐らく森ドラゴンの必殺技なのかもしれない。
音を立てて崩落していく景色の中、俺は、森ドラゴンの右側に向かって走り出した。
ザクリと木片を踏みしめながら、鎧に魔力を通していく。
最軽強化・速度上昇・硬度上昇。
リリンの説明どうりに魔力を流しただけで、重量に変化が現れた。
体が軽く、視界があっという間に流れていく。
なるほど、これはすごい。いちいち呪文を唱えなくても速度の切り替えや重量の調整が出来るとなれば、バッファの魔法を唱えながら効率よく戦闘準備を進められる。
俺は鎧の効果を高めつつ、《瞬界加速》も併用し、森ドラゴンに迫る。
いくら必殺の攻撃でも、当たらなければ意味が無ぇんだよッ!!
「よっこらせぇ!」
「ドッ……ッ!!」
俺はグラムを乱雑に横薙ぎにして森ドラゴンの前足を払った。
超重量の巨体が揺れるも、どうにか耐える森ドラゴン。
だが、俺にはこの先の運命が見えている。
森ドラゴンの頭上の木の枝。
そこには凶暴極まるタヌキ将軍と、その体とほとんど同じ大きさの岩があった。
おい、タヌキ。
良くそんな所まで、そんなデカイ岩を担いで登れたな。
俺は感心しながらも、森ドラゴンにバレないように視線を離す。
その瞬間、タヌキは岩を抱えて、森ドラゴンの頭めがけてダイブした。
ゴッッ!!
「グルゲッ!!」
あ。森ドラゴンがゲロ鳥みたいな声出したぞ?
どうやら相当に効いたようだな。
空からダイブしたタヌキの攻撃は正確に森ドラゴンの眉間を撃ち抜いている。
……想像するだけで超痛い。
いくら化物ドラゴンといえども、鳴きたくなるってもんだな!
今の所、森ドラゴン相手にも優位に立ちまわっている。
このまま、どうにか、押し切りたい。