第32話「化物竜VSタヌキ将軍」
「《ヴィギュリア・ヴィギュリオ!》」
タヌキ将軍・アルカディアは目の前の強大な敵を見据え、勝利への第一歩としてバッファの魔法を唱えた。
《ヴィギュリア・ヴィギュリオ》
当然タヌキの鳴き声として発せられたこの呪文は、多くの生物が使う類似するバッファの魔法とは一線を画すもの。
肉体強化や能力上昇ではなく、別の生命体への変化。
種として定められた身体能力どころか、筋肉や骨格までも一時的に変化させ、より戦闘に適した姿となる為の魔法だ。
この魔法を自然界で扱えるのは、ごく限られた強き者しかいない。
なぜなら、長き時を生きた竜や狐が恵まれた才能と幸運を賭して、命がけで覚えるような秘法とも呼ぶべきものなのだ。
だが、アルカディアはソドムからこの魔法を授かり、強き者の一員となった。
未だソドムのように完全変化は出来ないものの、他のタヌキよりも飛びぬけた強さを得たのだ。
しかし、それでもなお届かない領域というものは存在する。
例えば、今、目の前で雄叫びをあげている森ドラゴンがそうだ。
輝く鱗から発せられる、絶対的な攻撃力。
その光から発せられる魔法をまともに食らえば生き残る術は無いと教わり、戦闘前に事実を確かめるため、適当に捕まえた鳥を森ドラゴンぶつけてみた。
……一瞬の出来事だった。
鳥が森ドラゴンにぶつかった刹那、その鳥の体表に新緑が芽吹き、瞬く間に苗床となってしまったのだ。
この光景にアルカディアは戦慄を覚え、ソドムに抗議の視線を向ける。
だが、「それがどうした?喰らわなければいいのだ」と、まったく取り合って貰えることはなかった。
アルカディアは覚悟を決め、一歩を踏み出す。
木陰から隙を突いて尻に噛みつき、冷静さも奪った。
森ドラゴンには格下を相手にするという油断もあるだろう。
可能性としてゼロでは無いと、アルカディアは自身を鼓舞し、奮い立つ。
「ヴィギルァ……」
「ドウゥルルルルル……」
お互いに意味の無い名乗りを上げ、戦いは唐突に始まった。
先手を取ったのはアルカディアだった。
アルカディアは小刻みに地を蹴り、あえて不規則な緩急を付けた走りで森ドラゴンに近づく。
ユラユラと体を大きく揺らし、まるで手負いで正気で無いかのように。
その演技に乗った森ドラゴンは激昂のままに尾を振りあげ、雑に地面を薙ぎ払った。
響く爆音と衝撃。
周囲の木々が弧を描くように薙ぎ倒され、木の幹と樹液が舞う。
だが、その薙ぎ払いはアルカディアを捕らえる事は無かった。
アルカディアは、迫りくる尾を知覚し、あえて尾に向かい突撃をしたのだ。
タヌキの得意とする、接近する物体を足場にするカウンター術。
アルカディアほどの技能があれば、たとえ迫っているのが大質量を伴う絶死の攻撃だったとしても、関係が無い。
ゆるりと身をひるがえし、目的の弱点を見据えた。
ゴキゴキと腕の筋肉を唸らせ、まずは挨拶がわりの一撃。
「ヴィギァァッ!」
「ドュルッッ……ッ」
アルカディアが狙ったのは大質量を支える森ドラゴンの後ろ足。
それも、折れ曲がるように出来ているヒザの裏で、必然的に体表は薄く、堅い鱗を持つドラゴンであっても弱点となりうる場所だという事をアルカディアは経験上知っていたのだ。
鈍い音と共に、森ドラゴンの筋繊維がブチブチと数本、断裂する。
……しかし、それだけだった。
完全に技は決まったとはいえ、アルカディアと森ドラゴンとの間に存在する途方もない、体格差。
勢いを殺され、その場に立ち尽くすしかなかったアルカディアと、二度目の攻撃にますます激昂した森ドラゴン。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
**********
「うわぁ……あのタヌキ、森ドラゴンに一撃入れやがった。まるで効いて無さそうだけど」
「ユニク、感心している場合ではない。早くしないと戦いが終わってしまう」
「まぁ、そう焦るなって。まずは情報収集からだ。いくつか聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「あぁ、流石に無知のまま挑むのは無謀ってもんだ。まずは……」
リリンがもどかしそうに俺と森ドラゴンを交互に見ている。
早く戦わせたいんだろうけど、そうはいかねぇ。
いくら俺でも身の安全くらいは確保させて貰うぜ?
……だから、頑張れタヌキ。
俺の為に時間を稼いでくれ。
なんだったら、そのまま勝ってくれても良いぞ!
「率直に聞くぜ?森ドラゴンに第九守護天使を突破する手段はあるのか?」
「ん……一撃で第九守護天使を破壊し、ユニクに致命傷を与えるという事は出来ない。ただ、第九守護天使を破壊できないかと言われればそうじゃない」
「突破される可能性があるのか?」
「第九守護天使とて絶対ではない。魔法の耐久値を上回る攻撃を何度もされれば破壊されることがある。森ドラゴンは連続攻撃が得意だから」
なるほど、第九守護天使も破壊される可能性があるっと。
……というかさ、最近俺の中で第九守護天使の評価がだだ下がりなんだが?
リリンの扱える最高の防御魔法だって言うから信頼を置いていたが、あくまで保険的な意味で使った方が良いのかもしれない。
特殊な能力のあった三頭熊や高位竜の森ドラゴンはともかく、タヌキが対抗手段を用意してくるくらいだからな。
さて、質問二つ目に行くか。
「さっき見た竜魔法、アレの対抗手段はあるのか?」
「十分に機能している第九守護天使なら防げる。それに別の手段も用意している」
「別の手段?」
「カミナに刻印して貰った鎧の機能を覚えている?」
「ん?あぁ、覚えている事には覚えているが……ろくな機能が無かったような……?」
「そんなこと無い。あの機能は全て実用的なもので、森ドラの魔法を不発に終わらせる事も出来る」
「…………は?」
「『キラキラ・ラメ加工』 その効果によって鎧に直射された光線はすべて乱反射して意味をなさない。簡単に言うと光系統の魔法は無効化できる」
……え?
光系統の魔法が無効?
……何それ、超強いんだけど!!
つーか、そんな事聞いてないんだけどッ!!
「光系統、つまり雷光槍や主雷撃も無効ってことか?」
「うん。ただし、あくまで程度の低いランク5までの魔法に限る。高位の光魔法を完全無効化にするには澪の『白銀甲冑』みたいなのを着るしかない」
いや、リリン。
たぶんだけどさ、ランク5の魔法って程度が低いとは言わないんじゃないか?
ロイもシフィーも雷光槍を覚えただけで、涙を流して喜んでたし。
「それで森ドラゴンの魔法を防げるのは何でだ?」
「森ドラは鱗から光線を放ち、対象に何本も照射することで魔法を発動させている。照射された光線が乱反射してしまえば、当然、魔法は成立しない」
……。
『キラキラ・ラメ加工』が超使える能力だった件について。
なんだろうこの、納得できない感じ。
もしや、他の能力も使えるものだったりするんだろうか?
「リリン。そう言えば鎧の効果、ちゃんと聞いてなかったな。軽く説明してくれない?」
「……確かに忘れてた。ん、効果はこんな感じ」
『グラム召喚陣』
文字どおりグラムをいつでも召喚できるようにする魔法陣。
グラムを宿に忘れても安心。
『最軽強化』
『速度上昇』
『硬度上昇』
これは普通にバッファの魔法と同じ効果。
ただし、魔力を流すだけなので呪文を唱える必要性が無く、瞬時に発動する事が出来る。
ここまでは良い。凄く順調だ。
問題はここからのはずだが……
『キラキラ・ラメ加工』
光を乱反射する効果があり、光系統の魔法の無効化と視野妨害を引き起こす。
『ほっかほかカイロ機能』
体温調節機能があり、実は温めるだけでなく冷やす事も出来る。
周囲の温度と同化することで、熱源を感知する野生動物に対して優位に立てる。
『目覚ましアラーム機能』
特殊な波長の音で意識の覚醒を促す。毒や精神魔法などの対策にもなる。
『指から不意打ち主雷撃!』
指先から主雷撃と同等の閃光を放つ事が出来る。
殺傷能力は低いものの、目くらましや威嚇などに使える。人間相手に特に有効。
『自爆』
普通に自爆。
『12種アロマの癒しの香り』
12種類の薬草の香りを的確にブレンドすることで、動物避けや動物寄せ、興奮させる等の効果を発揮させる事が出来る。
また、完全防臭状態になる事もでき、匂いを頼りに戦う野生動物に対して優位に立てる。
…………。
「超絶・ガチ装備だったッッッ!!!」
「そりゃそう。ユニクに着せる鎧なんだから手堅いものばかりを選ぶに決まっている」
「それならそうとその場で説明してくれよッ!?ぶっちゃけ悪ノリしてると思ってたぞ!?」
「いくら私でも、命を預ける鎧に面白さを求めたりはしない」
「……ん?でも、ロケットパンチとか付けようとしてなかったか?」
「………………。」
「付けようとしてたよな?ロケットパン――」
「……ユニク」
「ん?」
「もしかして、時間稼ぎ、してない?」
あ、やべッ!
…………いやいや。そんなこと無いぞリリン!
今は大事な情報収集の時間だ。
前に情報は大事だと教えてくれたじゃないか。
あ、そんな獲物を見定めるような眼で見ないでくれッ!
分かったから!行くよ、行けばいいんだろッ!!
とりあえず、安全性はある程度保証されたし、ここはリリンのジト目に従おう。
このままここにいると、ドラゴンでは無く大悪魔と戦闘することになりそうだし!
**********
「ドラドラドラドラドラドラァァッッッ!!」
「ヴィギッ!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
不規則かつ連続して響く爆音。
これは、森ドラゴンが四肢を激しく上下させ、小さき外敵を潰してしまおうと大地を踏み荒らしている音だ。
体重が10トンを軽く超える森ドラゴンが繰り出す、暴威の舞踏。
その動きは並みの動物に引けを取らないほど高速であり、たったの一撃でも喰らっただけで、殆どの生物が原形をとどめること無く圧殺される。
アルカディアは持ち前の高速移動と空中移動を駆使し、なんとかかわし続けることに成功していたが、状況は好ましくないと判断していた。
……手数が、足りない!
バッファの魔法で多少、体が大きくなっているとはいえ、未だ1mにも満たない体躯のアルカディア。
通常ではスピードを生かし相手を翻弄するような戦闘スタイルが基本なのだが、この森ドラゴンに対しては小手先の攻撃は意味を無さないと先ほどの攻撃で理解したために、攻勢に出れずにいるのだ。
森ドラゴンにダメージを入れるには、威力重視の大ぶりな攻撃を当てるしかない。
しかし、そんな隙のある状態を見せれば瞬時に肉塊にされてしまう。
ブルリと身を震わせながらも、いつを訪れるか分からないチャンスを見逃さないためアルカディアはその身を宙に舞わせ続けた。
何か糸口は無いのかと注意深く観察しながらの回避行動を続けるが、しかし、知恵を絞り下剋上を狙う弱者の目論見はそうそう達成される事は無い。
……強き者は、強い。
当たり前の法則に従い、この戦いの決着も幕が引かれる事となりそうだ。
「《ドッウラ!》」
「ヴィギ!?」
いくら空中を足場に出来ようとも、いつかは地上に戻るだろう。
激昂しながらも卓越した戦闘経験を持つ森ドラゴンは、その瞬間を待ち構えていた。
そして、その瞬間がやってきてしまったのだ。
アルカディアが良い踏み台になりそうだと、足場にするべく目指した岩。
森ドラゴンはその岩めがけて植物の種子を発射し、『急速成長』の魔法をかけた。
そして、アルカディアの視線の先で急激に成長を遂げた植物は、着地の態勢に入っていた足をからめ取ってしまったのだ。
高速移動をしているがための、致命的なミス。
からめ取られた足を強引に振りあげ植物を引き千切ったアルカディアだったが、バランスを崩し、地面に叩きつけられてしまった。
「ヴィ……ギィイ……」
漏れ出た声は、精いっぱいの威嚇。
衝撃で足がしびれ、直ぐには動けそうにはない。
そして、森ドラゴンは満足げに呻くと、アルカディアの目の前まで迫り、分厚く堅い前足を高々と振りあげる。
アルカディアは、今度こそ死んだと思った。
思えば今までなんで生きているのかと不思議に思うくらいの出来事が山ほどあったものだが、ついにこの時が来たのかと弱々しく目を閉じる。
……せめて痛くありませんように!
よぎる思考は諦めを通り越し、安直な考えすら出していた。
目をつぶって、一秒。
二秒。
だが、その時は一向に訪れなかった。
アルカディアは不思議に思い、片方だけ目を開いて、恐る恐る現実を確かめてみる。
……そこには。
「よう、タヌキ。元気してるか?俺はまぁまぁだな。ドラゴン退治、俺も混ぜてくれよ!」
ついこの前に戦った、人間の男がいた。
……まさか、タヌキとドラゴンの戦いを書くことになるなんて……。
そして、丁度150話でタヌキ戦に突入していた事に、今、気が付きました……。