第30話「調査と実践」
「うおりゃ!」
「ふむ!」
「そこだッ!」
「あまい!」
「これならどうだ!」
「お?そんな手が……えい!」
「ぐえッ!!」
ガキン!ガキン!と剣の音が連続して響き、その後、鈍い蹴りの音が一発。
そんなこんなで、今、盛大にリリンに転ばされたわけだが、惑星重力操作には簡単に慣れる事が出来た。
もともとグラムを振りまわしていた要領で、自分の体重を操作してみたらあっという間にコツを掴んでしまったのだ。
後はリリンから体重移動と重心移動のコツを教わって、ひたすら練習をかねてリリンと体で語り合った。
体で語り合った……。
うん、これは勿論、アダルトな比喩なんかでは無い。
なにせ、お互いに剣を持っているというのに、拳や蹴りが飛んでくる。
……総合格闘術というべきか、無法地帯というべきか。
不意打ち闇打ちなんでもござれ!のリリンの格闘訓練。
今まではその速さについて行く事が出来なかったが、グラムの補助のおかげでようやく同じ土俵に上がれたらしい。
いまだ戦闘のセンスではリリンに劣るものの、体の基本性能ではリリンと同じ事が出来るようになったのだ。
……今でこそ分かるが、俺は間違いなく強くなった。
もしこれがリリンの言うとおり、あらかじめ計画されていたというのなら、凄いと言う他ないな。
立案者がいないので心の中で言っておこう。
……戦略破綻さん、マジで何もんだよ。
……あ、心無き大悪魔だったな。
「リリンと同じ身体能力になってつくづく思うんだが、未だ技術面で凄い格差があるみたいだな!」
「私もユニクの成長の速さに驚いている。いくらグラムがあるとはいえ、一日やそこらで私と剣で打ち合えるようになるとは思ってもいなかった」
「あぁ、どれもこれも、リリンの教え方が上手いからだな!」
「そう?そう言って貰えると嬉しい……お願いも聞いて貰えるし、今日は良い事づくめだと思う!」
……くッ!褒めちぎって忘れさせる作戦、失敗!
今更になって、なんであんなことを言い出してしまったのかと、ちょっとだけすごく後悔している。
リリンのお願い……。
どんなことが要求されるのかまったくもって不安だし、予想も出来ないが、なんとなく、タヌキが絡んできそうな気がする。
今のうちに、鳴き真似でも練習しておくかな。
ぐるぐるげっげー!……おっと、間違えた。
ヴギィルア!ヴィギルア!
「さてユニク、いい感じに体が温まって来たし、少し森を探索しよう。そして手頃な獲物を見つけて実践を行いたい」
「実践か。それは良いんだけど、この森ってどんな生物が出るんだ?」
「どんな生物が生息しているか?……正直、結構なんでもいる。この森の生態系は広く、危険な動物も愛玩用の可愛い小動物も良く出会う。あ、もちろんタヌキもたくさんいるから安心していい!」
タヌキがいるんじゃ安心できないだろッ!?
一瞬たりとも、第九守護天使を解除できないレベルで、命の危険があるじゃねえかッ!!
というか、よく考えてみたら、危険な生物が生息してるのにタヌキも当たり前にいるって、タヌキにとって危険な生物は危険じゃないってことじゃないのか?
……これ、結構ヤバいんじゃないだろうか。
少なくとも、将軍が出てくる気しかしない。さっき鳴き声聞いたし。
「ま、いいか。出てきたら今度こそ返り討ちにしてやる!」
「?良く分からないけど、頑張って、ユニク」
「よし、それじゃあ行ってみるか。……とその前に」
俺は手早く荷物をまとめ、移動の準備を済ませた。
そして、さっき気になったことを検証するべく、リリンにある事をお願いする。
「リリン、ちょっと手をつないで欲しいんだけど」
「え?……えぇ!?」
ん?リリンが目を見開くなんて珍しい。
というか何回も手を握っているし、今さらな気もするんだが。
「ど、どうしたの?急に手をつなぎたい……なんて」
「気になる事があってな。嫌だったら日を改めるけど?」
「そんな事無い!さぁ、いつでも握ると良い!」
「おう、それじゃ遠慮無く……。魔力、循環っと」
「は?」
ん?今度は眉間にしわが寄っているな。
これはどう見ても悪魔な表情なのだが、そんなに魔力を流されるのが嫌だったのだろうか。
やべ、やる前に確認しとくべきだったか。
「あ、すまん!魔力を流されるの嫌だった?」
「ん、別に嫌では無いけど、意図が分からないので困惑している」
「ちょっとした実験だな。グラムの惑星重力操作って、どこまで効果の範囲内なのかと思って」
先ほどグラムを振りまわしている時に少し気になる事があった。
この惑星重力操作は、グラムで斬りつけた物にも効果を及ぼす事が出来たのだ。
例えば軽くなるように魔力を流しながら岩を切ると、切った破片の重量が軽くなり勢いよく飛散した。
当然、グラムから離れた後は重量が元に戻るのだが、擬似的な散弾みたいな事が出来る。
そこで気になったのが、俺が触れている物体にこの効果を及ぼす事が出来るのかという事だ。
もし、出来るのであれば、凄い事になる。
グラムを片手に、何十トン物重さの大岩を持ち上げたり出来てしまうのだ。
いや、片手に持たなくても背負う事で両手を使う事が出来るか。
そんなことになった日にゃ、剣士から格闘家に転職すること間違いなしだ。
伝説の剣を持っているのに、剣を使わない方が強い謎の冒険者。
……そんなの、嫌なんだけど。
「リリン、軽量化の魔力を流しているんだが、どうだ?体が軽くなったりしてないか?」
「うん、とくに……いや、自分では分からない」
「ん?」
「だから、ユニクが自分で確かめてみると良い」
そう言ってリリンは両手を上にあげて”バンザイ”のポーズを取った。
ん?
んん?
「……俺に何をしろと?」
「ユニクは私の重量が知りたいと言った。だから自分で持ちあげてみて確かめると良い」
「……。」
「……遠慮はいらない」
自分で持ちあげて確かめろってか。
うんまぁ、リリンは小柄だし、普通なら簡単に持ちあがるだろう。
……けど、ちょっと気になる事があるんだが。
リリンの履いているブーツって重量操作の機能があるんだよな?
持ちあげた瞬間、重量マシマシで俺の腰をぶっ壊しにかかるとかしないよな?
俺は心の中で、瞬時に検証した。
結果は……おそらく、大丈夫だろう。
70%くらいの確率で大丈夫なはずだ。
そして、俺は恐る恐る、リリンに手を伸ばした。
「じゃ、失礼して……」
「ん。」
……普通だ。
特に軽くもないし重くもない。そして、違和感もない。
「じゃ、今度は魔力を流すのやめてから……っと」
「ぅん……」
……これまた普通だ。
特に軽くもないし重くもない。リリンがくすぐったそうに身をよじっていること以外は変化が無いように思う。
拳が飛んでくる前に、地面に下ろそう。
「……なるほど、分かったぞ!」
「どうだった?感想を聞きたい」
「まったく重量は変わらねぇ!」
「……。」
検証の結果……。
グラムの惑星重力操作は別の物体を通して伝道しないという事が分かった。
これはつまり、服や防具を含む”俺個人”から能力の伝道は無く、あくまでもグラムに直接触れていることが条件のようだ。
これは恐らく、俺の技能が追い付いていないという事もあるんだろうな。
なにせ説明書には、『完全開放状態ならば、惑星重力の主導権を握ることも可能』とかいう物騒な説明文があったし。
まぁ、今はこの重量操作だけでいいや。
藪をつついて蛇を出す。
ヘタに暴走させて、惑星に多大な影響を与えましたなんて事になったら、流石に迷惑なんてもんじゃないしな。
そんなこんなで、俺の強化計画とやらは無事?に終了した。
そしてこのまま実践に移るらしい。
リリンから「じゃ、森の中に入ろう」と促され、俺達は森の奥へ歩みを進めた。
なぜか頬が膨らんでいるように見えたが、これも触れない方が良さそうだ。
藪ヘビ、藪ヘビ。
**********
「さて、いよいよ任務らしくなってきた」
「それでリリン、この森にはどんな奴が出るんだ?危険な奴もいるって話だったよな?」
「そう。私的には問題ない程度の生物しか出ないはず。まぁ、普通の冒険者10人だったら全滅するくらいの強さの”お手頃”の奴が多い」
「それは”お手頃”とは言わねぇんだけどッ!!」
「強さは大体、三頭熊と同じくらい。だけど、それぞれ特殊な技を持っていたりする。私のオススメはこの3匹」
「オススメがあるのか……一応聞いとこうか。うん、一応な。絶対に戦わないけど」
「最初のオススメは『人形兎』。体長50cmの大きさは普通のウサギで人形のように可愛らしいのでこの名がつけられた。だけど肉食で凶暴極まりない。特殊能力として色んな生物に擬態が出来る」
「騙す気満々だなッ!!」
「次に『破滅鹿』。体長2mの鹿。ただし、その角で獲物を突き刺し、天日干ししてから食するという奇妙な習性がある。頭の上に様々な生物の遺体をぶら下げていることから『破滅』を想像するとのことでこの名がつけられた。ちなみに角に刺されると魔法によって意識を奪われるので注意が必要」
「怖ぇぇぇよッ!!」
「そして、最後、『聖域蟻』森に飲み込まれた遺跡などで見かける事があるため、こう呼ばれるようになった。一応、蟻だと言われているけど、大きさは3m程もある。強靭な顎で鉱物を砕いて体にまぶしている為、防御魔法を掛けているのと同じくらいの強度の外殻を持つ」
「防御魔法並みの外殻とか、初見殺しも大概にしろよッ!?」
なんだこの、総じて殺意の塊みたいな危険動物達はッ!?
どうせ、どいつもこいつも出会った瞬間、人生が終わっちゃうレベルの奴なんだろ?
「ちなみに、レベルは?」
「普通ならランク6から7くらい。たまに8を超える大物もいるけど」
「勝ち目がねぇってレベルじゃねえぞッ!?」
「今のユニクなら勝ち目は十分にある。少なくとも、さっきのオススメは接近戦ができるから」
「なんだその、気になる言い方……まるで近寄らせてすら貰えない奴がいるみたいだな?」
「それはもちろん、エン……ん?奥に何かいるね。行ってみよう」
えッ!?ちょっと待ってリリン!
奥に何かいるって何がいるんだよッッ!!
……兎か?人形兎なのか?
いや、待て。茂みの奥は開けた平野みたいだな。良く分からないが結構大きい奴なのか?
だとすると、鹿か?破滅鹿なのか?
死体をぶら下げているとか、もう近寄りたくないんだが。
第一、人間ぶら下げてたらどうすんだよッ!!戦闘どころじゃねぇんだけどッ!!
だったら、蟻が良いな。
うん、そうしよう。聖域蟻にしよう。
普通の冒険者なら天然の防御魔法なんて絶対に御免こうむりたいだろうが、俺には絶対破壊付与のグラムがあるからな!
防御力無視でさくさく倒せるぜ!虫だけに!!
俺は、どうか蟻でありますようにと願いながら、先行して茂みの先に行っていたリリンに駆け寄る。
リリンは手頃な大きさの木の陰に隠れ、様子を窺っているようだ。
……?リリンが慎重になってる?
俺は茂みの先に視線を向けるのを本能的に避けながら、リリンの近くに木に隠れた。
やはり、リリンはじっくりと獲物を観察しているらしい。
視線を草原の先に向けたまま、俺に注意を促してきた。
「ユニク、静かに」
「リリン、何の獲物がいたんだ?」
「…………エンシェント・森・ドラゴン」
「は?」
「しかも、激怒している」
「はぁ!?」
「ついでに言うと、タヌキと戦っている」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッ!?!?!?!?」