第2話「ウマミタヌキ、再臨」
「足運び…………○」
「剣の構え………○」
「剣速……………◎」
「知の……。戦略…………×」
リリンサは駆け出したユニクルフィンを一点に見つめ、始まった戦闘の評価を呟いた。
異次元ポケットから紙を取り出し、つかさずメモを録りながら、ふむ、と鼻を鳴らす。
「……やっぱり動き自体は良い。レベルと実力に大きな解離が有ることは間違いないっぽい。それなら、多少の無理をしても大丈夫?」
リリンサの言う多少の無理と言うのは、一人前の冒険者が、3~4人のパーティーで行う依頼の事だ。
もっともそれは、安全に討伐を行うための人数であり、一人前の冒険者が一人きりで戦ったならば勝率は5割という所だろう。
自身の命を賭けて戦うような敵に戦いを挑ませられる事が内定したことなど、ユニクルフィンには知る由もなかった。
**********
「ヴギ、ギ、ギ、ギッ!!」
「ずいぶん楽しそうにしてるじゃねぇか、なぁ、タヌキ!」
タヌキは俺の顔を凝視し、笑っているように鳴いた。
この前のタヌキとは、あまりにも違う態度。
剣を構えた俺を見ても、逃げるどころか余裕たっぷりに平然としていやがる。
コイツ……。出来る!
俺はタヌキの強さを肌で感じ取り、すぐにレベル目視を起動した。
―レベル826―
……。
うわッ、タヌキってこんなにレベル高くなんのかよッ!?
俺の4倍以上じゃねぇかッ!!
一瞬だけ逃げ出したい気持ちに駆られたが、ここは戦闘継続だ。
お前を狩って、記念すべき一匹にしてやるぜ!
そして、コイツも、俺の事を餌だと思っているらしい。
今も俺を凝視し、油断なく隙を窺っている。
……ついでに言うと舌舐めずりまでしている。完全に格下の獲物だと思われているな。
「俺が美味そうに見えるのか?奇遇だな、俺もだぜ」
「ヴィーギィー!」
まぁ、いいさ。
これは命のやり取りだ。
相手も俺を獲物だと思っていてくれた方が、逃げられなくて楽かもしれない。
前向きに思考を切り替え、俺は手に持つグラムに力を入れ直した。
戦いの開始。
タヌキと俺が動き出したのは、ほぼ同時だ。
「行くぞッ!!」
「ヴィギィィ!」
俺は足の爪先に力を込めて踏み込みながら、グラムを振り上げる。
そして、タヌキは地を蹴って走り出した。
小刻みにかつ、弧を描くように地を駆けるタヌキに視線を合わせ、奴がこちらに突進を仕掛けてくるのを待つ。
狙いは一撃必殺のカウンター。
奴が俺に飛びかかって来た瞬間に、返り討ちにしてやるぜ。
そして、ジリジリと焦がれるような刹那の時間の果て、タヌキは俺に視線を向けた。
「ヴィィィィ……、ギルアッ!!」
ボッ!という音を立て、5m先の地面が爆ぜた。
空を奔る風切り音と共に、タヌキの体が向かって来る。
鋭い爪を前のめりに突き出しながら、タヌキが空を飛んでいる。
俺は迫りくるタヌキにタイミングを合わせ、グラムを振りかぶった。
狙い通りにタヌキはグラムに吸い込まれるよう、一直線に飛んできている。
所詮、タヌキは野生の動物だってことだな。
ちゃんとした準備さえすれば、獲る事など難しくはないッ!!
「うおぉらぁッッ!!」
「…………。」
俺はタヌキめがけ、渾身の力を込めてグラムを振った。
タイミングは完璧。
どう考えても、タヌキにグラムから逃れる術は無い。
そして、グラムの刃先にタヌキの前足が触れた瞬間、タヌキは俺に視線を合わせ、小さく「ヴギィ」と嗤った。
「なッ……!?」
ガキィィン!という、グラムが弾ける甲高い金属音。
それが響き、俺の腕が地面に向かって引っ張られていく。
そして、俺の視線の先では、タヌキが華麗に空中を舞っていた。
コイツ、グラムの側面を踏み台にして方向転換しやがったッ!?
そして、その勢いのまま、俺の頭へと一直線に向かって来る……タヌキ。
命を賭けた攻防の果て。
グパリと開いた奴の口の中、綺麗に並んだ歯の隙間に残る何者かの肉片が、俺に敗北を告げていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「《幽玄の衝盾》」
や、殺られるッッ!!
目を逸らす事すらできなかった俺は、その瞬間が訪れるのを待つしかなかった。
だが、迫りくるタヌキの牙は俺の鼻先ギリギリの所で何かに弾かれ、そのまま後方に飛んでいく。
どうやらリリンが、防御の魔法を発動してくれたらしい。
……。
…………。
………………何だコイツッ!?
戦い慣れてるってレベルじゃねぇんだけどッ!!
つーか、今、コイツもカウンター狙いだったよなッ!?
人間の戦略を真似してるんじゃねぇよ!
タヌキのくせにッ!!
「おい、お前、ホントにタヌキかッ!?」
「ヴギィ!」
「返事されただとッッ!?!?」
理解が追い付かず、思わずタヌキにツッコミを入れた。
そんな俺の背後から草を踏みしめ歩いてくるのは、薄蒼の髪の少女リリン。
……あ。
この戦い、見られてるんだったっけ……。
リリンは少しだけ不満があるような表情をしている。
どう考えても、見間違いじゃ無さそうだ。
「ユニク。奇襲を仕掛けるのに雄叫びをあげてしまっては意味がない」
そして、リリン先生のダメ出しコーナーが始まってしまった。
リリン先生によると、並みの冒険者と同じくらいの運動能力が俺にはある。
だが、良かったのは岩に向かって駆け出した所までで、その後の対応はダメダメだったらしい。
「技術が必要なスピードタイプの獲物は、ユニクには早かったかもしれない。最初は木から始めるべきだった」
「獲物とは言わないよな、それ」
「そして、あのタヌキは恐らく人との戦いを経験済み。タヌキにしてはレベルが高い」
そっか、あんな怖ぇタヌキはあんまり居ないんだな。良かった。
後方に吹き飛んでったタヌキだが、未だに俺の事を諦めていない。
リリンの魔法に弾かれた後もこちらを凝視し、油断なく隙を伺っている。
フワフワな毛並みの尻をフリフリさせて、今にも、もう一度俺に飛びかかろうと身構えるタヌキ。
……上等だよ、タヌキ。
今度こそ、お前を死留めてやるからなッ!
だが、俺が決意を新にした瞬間、森の奥から雄叫びが聞こえた。
「ヴィィッギルアーーッ!!」
「ヴィギィ!?」
「えっ?」
森の奥深くから響く、重低音なタヌキの遠吠え。
その声は森林を揺らし、目の前にいたタヌキに衝撃を与えたらしい。
今まで殺意剥き出しだったタヌキが、一目散に逃げ出した。
突然の幕引きに、俺もリリンも様子を窺う事しかできない。
「なんだ……?一体、何が……?」
「たぶん、森のボスタヌキが止めに入った。私達との力量差を理解してるっぽい」
「ボスタヌキ……だと……?」
「残念だけど、勝負はお終い」
突然の唐突な幕引きに、もやもやした感情が残る。
だが、ボスタヌキに参戦されるのはもっと困るから良しとしよう。
だってレベル800以上って事だろ?
それはもう、準備運動とは呼ばない。普通にボス戦だ。
「しょうがないか。まぁ、ちょっとレベルが高くて戦いが長引きそうだったし丁度いい」
「そうだね。ドラゴンの方が効率良くレベル上げが出来るから、私もこれで良いと思う!」
「……?ドラ、ゴン?」
そう言ってリリンは顔を空へと向ける。
そして、続けて視線を上げた俺の顔に、空に羽ばたく5匹の影が落とされた。
「んな……」
「あれは、ここら辺に生息する黒土竜の群れ」
「いきなりドラゴンの群れ……だと……ッ!?」
「ユニクには、あの中の一匹と戦って貰う」
「そして、俺に戦え……だとッ!?!?」
リリンに黒土竜と呼ばれたドラゴンの見た目は2m~3mの四足歩行。
鱗の色は黒褐色なドラゴンだ。
ザラザラしていてすごく硬そうだ。あっ、鋭い牙と爪も持っている。
そんな黒土竜は、次々と草原に降り立ってきた。
俺から見て前方に陣取り、こちらに敵視の眼差しを送っている。
「ははは、冗談だろ?」
「冗談ではない。それに、タヌキより勝ち目がありそう。黒土竜は動きが読みやすい」
リリン的には、ドラゴンよりもタヌキの方が手強いって事か?
いや、そんなはずは無いと思うが……。
そうだ、まずはレベルの確認をするべきだな。
―レベル1010―
―レベル1040―
―レベル2109―
―レベル829―
―レベル1089―
……あ、はい。一匹残らずタヌキより強いですね……。
だが、リリンは「うん。お手頃」と納得している様子。
無違いなく戦いを強要されるだろう。
「リリン、俺に勝機なんて有るのか?無いだろ。どう考えても。ドラゴンだぞ、ドラゴン」
「黒土竜はドラゴン界で最弱と言われている。レベルも1000代だし」
「……ちなみに他のドラゴンはどんな感じ?」
「最低でも、一匹で村を焦土にする。レベルも40000を超える」
け、桁が違う……。
それを聞くと、確かに戦いやすいと言える。
でもさ、獲り方を聞いていたタヌキでさえ苦戦は必至だった。
なのに、タヌキより強いドラゴンが5体もいやがる。
あのたくましい顎に噛みつかれたらどうなってしまうのか、想像するだけでゾッとするぜ!
俺が恐ろしくて硬直していると、リリン先生から作戦のご指導があった。
「ユニク、まず私が奴らの口減らしをする。そして、残った黒土竜と一騎討ちをして欲しい。もちろん絶対にユニクに怪我が無いように防御の魔法も使用する。狙うは中央左、コードネーム・ハンジュク!」
これだけ言い終えると、リリンはハンジュクと呼ばれたレベル829の黒土竜を指差し「アレ以外は落とす」と言って杖を構えた。
「《四重奏魔法連・雷光槍》」
「うん?」
パシュっと空気が弾け、閃光が走る。
突然の光に驚いて振り返れば、リリンの横には光で出来た三本の槍と、消えゆく魔法陣が一つ。
あ、右側の黒土竜が悲鳴を上げた。
リリンが打ち出した光の槍が見事に黒土竜に刺さり、その体を傾けさせている。
続いて、隣の中央右の黒土竜にも光の槍が落ちた。
さらに、左端の黒土竜にもだ。
コイツは身をよじる仕草を見せたが、間に合わなかったらしい。
そして、最後に残った中央の奴にリリンが杖を向けた瞬間、信じられないことが起った。
中央に居たデカイ黒土竜が俺の目標の『ハンジュク』の首を加え上げ、前方に放り投げやがった。
同時に発射されたリリンの光の槍は、そのままハンジュクに着弾。
こうして、黒土竜4匹は地に伏せた。
だけどさ、一番レベルの高い奴が残っちゃったんだけど?
……なんか、良くない流れだよな、これ。
「あっ、失敗」
「……どうする、リリン?目標、ノビちまったぞ!?」
「ん、しかたがない。アレで練習しよう」
ん、アレって?
あの残ったレベル2109のことかな?
さっきから「オンギュラララァ、ギュァッギュァッ、ギィュアラァァ!!」とか雄叫びをあげて怒りまくっているアイツのことかな?
ちらりと視線をリリンに向けると、「大丈夫、あんな奴に私の防御魔法は突破できない」と拒否の意見に先手を打たれた。
この場に、俺の仲間が居なくて心細い。
「ユニク。相手がタヌキでもドラゴンでもやることは同じ、自分と相手の勝敗が何処に有るのかを考え、戦局を読み取る。そうすれば、勝ち筋が見えてくるから」
「あぁ、分かった。行ってくる」
俺は再びグラムを握り直し、草原を踏みしめた。
まぁ、コイツは空を飛ぶとはいえ、でかいトカゲみたいなもんだろ?
意外とノロそうだし、やってやれない事は無いんじゃないか?
「あ、奴は火を吐く。注意した方がいい」
……火、吐くのかよ。
それでも、踏み出した足を止めることはしない。
「《結晶球結界》」
この魔法が、リリンが、俺を守ってくれると信じているからだ。




