第25話「正しいグラムの使い方」
あぁ、とりあえず良かった。
リリンはすっかり元気を取り戻し、「ちょっと予習をする。取り扱い説明書、貸して」と読書に勤しんでいる。
まぁ、グラムの性能については正直、まだ思う所があるが、幼い俺?が召喚していたらしいし、頑張って練習すれば使えないこともないだろ。……たぶん。
俺は、手に持つグラムに視線を落とす。
これは伝説の剣。
数々の英雄が数多の皇種を葬ってきたとされる剣で、親父も使っていたという。
うん?よく見ると、キズ一つないな。
結構、乱雑かつ、いい加減に使ってきたのに丈夫なもんだ。
今もリリンが召喚した時のまま、深紅のフレームが美しくも鮮やかに光っている。
なるほど、これが、絶対破壊不可の効果か。
改めて見ると、本当に神々しい。
恐らく、屈強な体躯の親父に、さぞかし似合っていただろう。
……色も、全裸によく映える。
……。
「リリン!そろそろ、いいか?」
「うん、ばっちり予習した!完璧といってもいい!」
「よし、じゃ練習するか!!………で、どうやるんだ?」
「まずは、今、公開されている三つの機能の復習から」
「このグラムには、『絶対破壊不可』『絶対破壊付与』『惑星重力制御』の3つ機能がある」
「おう」
「その中で、『絶対破壊不可』だけは常時発動している。なので、別段、何かをする必要はない」
「なるほど」
「問題は次の、『絶対破壊付与』これは取り扱い次第では、簡単に人を殺めることに繋がる」
リリンからもたらされた、絶対破壊付与に関する説明。
その機能については取り扱い説明書を見ることで大体把握できる。
しかし、俺にはその危険性や注意するべき所がまったく分からない。
例えば、説明書にあったこんな一文。
『絶対破壊付与を起動させるためには、刃先に向かってランク6程度の魔力を流し込むことで初期段階となり、流す魔力を高めることで、高負荷の掛かった完全状態の防御魔法ですら切断破壊出来るようになります。』
と、この有り様。
まず、俺にはランク6程度の魔力量が分からないし、完全状態の防御魔法なんてさっぱりだ。
「リリン、このランク6程度の魔力ってのが俺には分からないんだが、どうするんだ?」
「心配ない。取って置きの方法がある」
「取って置きの方法?」
「……ユニク。私と手を、繋いで欲しい」
ん?手を繋ぐ?
ええ、もちろん喜んで!といきたいところだが、意図が分からないな。
心無き魔人達の統括者の悪魔契約的な?
……なにそれ怖い。
「お、おう……。どうぞ」
「……折角だから、ユニクから繋いで欲しかった……」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもない。じゃあ始めるね。《第九識天使》」
なるほど、第九識天使か。
これって確か、ロイやシフィー達と訓練した時に使った魔法だな。
「これで、私達の感覚・視野は共有された。この触れあった状態で、私がランク6程度の魔力をグラムに注げば、ユニクにも感じられるはず」
そう言うとリリンは俺に身を寄せてきて、体を密着させてきた。
片方の手をグラムに伸ばし、もう片方の手はお互いに握り合っている。
……なんか、「ケーキ入刀」みたいな姿勢になった。
誰も見ていないとはいえ、ちょっと小恥ずかしい。
「じゃ、まずは私が魔力を注いでみるね」
「あぁ、頼む!」
リリンの中で高められていく魔力。
俺は確かにその流れを感じ、意識を集中させた。
身体中から集められた魔力は、心臓に灯り、導かれるようにグラムへと注がれていく。
リリンに「以外と時間掛かるんだな?」って聞いたら、「わざと遅くやってる。こういうのは焦らないのが大事」と。本来ならば一瞬で出来るらしい。
よし、大体コツは分かった。
これなら俺にも出来そうだぜ!
「……出来た。これでランク6に使う魔力分」
「なるほど、じゃ、こんな感じか?」
「あっ!待って!!今魔力を流すと、倍に……」
「ん?え?……あ」
ぐ、グラムがッ!すっげぇブルブルしだしたッッ!!
え、ちょ、ど、どうする、どうし――
俺達の手の中で異常震動を繰り返す、伝説の剣。
神々しい刀身部分がカラフルに点滅し、明らかにヤバそうな雰囲気だ。
俺達は手を離すことも出来ずにオロオロしていると、グラムの中で魔力が膨張するような感覚が来た。
なんだろうこの感じ、危機感が凄く込み上げてくる。
……と、とりあえず、そーと地面に降ろそう。
俺の提案にリリンが頷いた瞬間、それは起こった。
ブルブルブルブル………………フィンッ!
「「あ、なんか出た」」
チッ!チュドーーーーンッッ!!
ぐ、ぐるぐるげっげぇぇぇぇぇ!!!!
「………………」
「………………」
「……リリン……?なんだ今の?」
「……分からない。けど、斬撃?みたいのが飛んでいったことは確か」
「……それと、何かを巻き込んだな」
「ここは、本物の鳶色鳥であったと願うばかり……」
……。グラム、怖ッ!!!!
空飛ぶ斬撃とか、取り扱い説明書に書いてなかっただろッ!?
「色々と思うこともあるが……」
「……うん」
「あの茂みの中、確認しにいかないか?」
「そ、うだね。もしもの場合、目撃者が現れる前に片付けておきたい」
……おい。隠蔽する気満々なんだな。
というか、なんか、手慣れてない?
今もしれっと、《失楽園を覆う》を発動させて、目撃者を逃がさないようにしてるし。
恐らく、心無き魔人達の統括者時代によくやったのだろう。
あ、なんか鳴きたくなってきた。
……ぐるぐるげっげー!
「リリン、どうだった?」
「ぎりぎり、セーフ。どうやら普通の鳶色鳥だったらしい」
「あぁ。良かった……」
俺の目の前には無数に散らばった、ゲロ鳥の羽根。
本体は見当たらないので、上手くかわしたのか、はたまた、消滅したのか。
どちらにせよ、被害を被ったゲロ鳥が居たことは確か。
俺は心の中で謝った。
すまん!
……いや、ゲルゲ!
「ユニク、さっきの斬撃は恐らく、魔法に近しいもの。見て。触れた茂みや木々がこぞって損壊している」
「あぁ、どう考えたって剣でやったとは思えねぇ」
「もしかしたら、これはグラムの隠された機能の一つなのかも」
「だろうな。まったく、更に意味が分からなくなってきたな……」
俺は再びグラムに視線を落とした。
今ではすっかり通常の通常の状態に戻っており、危なげな感じはしない。
……だけど、一応、念の為。
俺はリリンにお願いして、新たに第九守護天使を掛けてもらい、訓練の方向性についての話を始めた。
「つーか。取り扱い説明書で公開されてなくても、条件さえ満たせば普通に使えるんだな」
「……。これは本当に予想外。今となってはユニクが怒った理由もよく分かる。ごめん」
「ん、それはもういいんだが……どうする?訓練続けるか?」
「……続けよう。というか、検証しよう。……ちょっとワクワクしてきた」
「……な、ん、で?」
「今まで隠されたグラムの機能は私には手の届かないものだと思っていた。だけど、魔力さえあれば発動できることが分かった今、好奇心が湧いてくる!」
……俺は、恐怖心しか湧かないんですが。
まぁ、知らないより知ってる方がいいに決まってるし、事故防止に繋がる。
尊いゲロ鳥の命も失わなくて済むのだ。
「じゃあまずは、限界まで魔力を注ぎ込んでみよう」
「いきなりすげぇ事言い出したッ!」
「大丈夫。取り扱いには十分、気を付ける。グラム、貸して」
「ホントに気を付けろよ?あ、あと周囲の確認な?」
「了解。失楽園を覆うの内部に人が居ないのは確認済み!」
「いつのまに……」
「じゃあいくよ!魔力、最大出力!!」
そして、リリンは自分の持つ魔力を限界まで練り上げ、グラムに注いでいった。
そのヤバさたるや、先程の比じゃない。
ヒシヒシと伝わってくるその膨大なエネルギーは、恐らく、ランク9の魔法を使うときに消費するものだ。
このエネルギーが解き放たれた瞬間、一体何が起こるのか。
俺は想像することさえできなかった。
……。
まぁ、それはそれとして。
離れてても魔力感じるじゃん。
さっきの『ケーキ入刀』ってなんの意味があったんだ?
「くぅっ!これは、すごい……」
「えっ!?ちょ、どうしたッッ!?」
「グラムに魔力を注ぐと、何故か、増幅される……もう、この中には私の限界以上の魔力が詰まっている」
「は?ちょ?うっそだろ?」
「ごめん……もう、ムリ」
「うぉぉぉぉッッ!!」
うぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!
リリンッ!!
ブルンッブルンッブルンッブルンッブルンッブルンッ。
カッ!
チュドーーーーン。
ぐるぐるげっげぇぇぇぇ!?
ヴィギルァァァァァァッッ!?
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「はぁ……はぁ。くっ!こんなはずでは……」
「……こんはずでは……。じゃねぇんだけどッ!!見ろ!茂みが吹き飛んで、茶色一色になってるじゃねぇか!」
「めんぼくない……」
「まったく。ホントに気を付けてくれよ?グラムは魔力を注ぐだけじゃダメだぞ?引かねぇと」
「………………は?」
「いや、だから、魔力の話だよ。魔力をって………………は?」
「なんで、ユニクがそんな事を知っている?」
「……なんでだ?俺は知らないはずだ。グラムの使い方なんて……いや……、確かに、俺は、この手で、グラム、を……?」
特に意識をしていたわけでなく、ふと、口から溢れた言葉。
……どうやら、今日最大の謎が幕を開けそうである。