第21話「森の異変」
「なぁ、リリン。どうして不安定機構に来たんだ?暫くは依頼を受け無いって言っていただろ?」
俺達は不安定機構の支部にやって来ていた。
次、ワルトナさんのところだっけ?と確認した俺にリリンは少し寄り道すると言ってきたのだ。
「カミナとの作戦会議の末、定期的に依頼は受けた方が良いという事になった。基本的に森に入っての狩猟任務とかがメインになってくると思う」
「森がメイン?何か意味があるのか?」
「……。森の中には多種多様な生物が生息していて、レベル上げの効率が良い。当然、身に付けた経験は戦闘を有利に進めるのに大いに役立つ。ユニクのレベル上げは速やかに行うべきとカミナと相談した」
「なんか俺の知らない所で、面倒なことになってる……。一応聞くけどさ、命の危険は無いよな?ほら、リリンの訓練は少しだけハードだからさ」
「その点については、お詫びを申し上げたい。実は、カミナにもやり過ぎだと叱責された。怖い思いをさせて、ごめん」
「……え?あ、いや!いいんだけどな!!普通のやり方じゃレベル上げって何年もかかるんだろ?たった1ヵ月でレベル1万目前ってのはハイペースだと思うし!」
そう、実は俺のレベルはかなりの速さで上昇しているのだ。
そもそも、リリンの話では冒険者のレベルの平均は2万という話だった。
だが、実際に不安定機構に訪れてみて分かったんだが、レベルが2万を超えている冒険者なんて、そうそういない。
基本的には1万前後の冒険者が一番多く、その冒険者達の年齢も20代から30代といった、いわゆる熟練冒険者と呼ばれる年齢の人ばかりだ。
その中で壮年に差し掛かろうかというくらいの冒険者がちらほら2万レベルを超え出すといった具合。
だから、俺の現在のレベルは、冒険者の中でも平均値。
別段、焦る事もないように思える。
「確かにユニクのレベルは急激に伸びている。だけど、想定の半分程度しか上がっていないのも事実。急ぐことに越した事は無い」
「まぁ、レベルが高い事は良い事だしな。お手柔らかに頼むぜ?」
「それは了承しかねる」
「は?」
「ユニクには今までよりも、もっと過酷で強烈な訓練を施したいと思う!」
「ちょっと待てッ!?今さっき、やり過ぎだったって言ったばかりだろッ!?」
「そう、私の訓練メニューは常人には耐えられないレベルだった。だけど、ユニクは常人ではない」
「!?」
「ミナチルの過去話を聞く限り、ユニクは凄まじいポテンシャルを秘めている。一刻も早くその能力を取り戻して貰う為に、全力で取り組みたい」
「……せめて命の保証だけはしてくれ!死んだら意味無いから!!」
ちくしょうッ!!こんな所まで、大悪魔さんが影響を及ぼしてくるとはな。
俺はリリンのやる気に満ちた平均的な表情に戦慄しつつ、不安定機構の扉を開いた。
そして、聞こえてくるのは貴族達の阿鼻叫喚。
「誰かっ!!誰か鳶色鳥を捕まえてくれぇぇぇぇ」
「金ならいくらでも出す!あの鳥を捕まえてくれるのならばな!」
「おい!そこの冒険者!そんな依頼なんかよりワシの鳶色鳥を探せ!」
「鳥が必要なんです!どうか……どうか……」
「くはは!もうおしまいだぁ!みんな仲良く、ぐるぐるげっげーされるのだぁ!!」
「……。昨日も思ったけど、すげぇ光景だよな、リリン」
「これは間違いなくレジェが仕組んだ事。ここから上手く立ち直れるかどうかが、貴族の腕の見せ所」
うわぁ……。ざっと目に付くだけで10人以上がゲロ鳥を探し求めている。
中には半分おかしくなってしまった人もいるようで、ぐるぐるげっげ―と言いながら室内を駆け巡っている人すらいる。
この恐れられ具合は尋常じゃない。
ほんとに「ぐるぐるげっげーの刑」とやらは何をされるのか気になってくるな。
「んで、リリン。またゲロ鳥を探すのか?」
「面倒なので探さない。他の手ごろな依頼を受けて、ユニクの訓練の一環としよう」
そう言いながらリリンは、依頼掲示板の前に行き依頼の選定に取りかかった。
俺も後に続き、張り出された依頼を眺める。
『鉄製蛇の討伐』
・ポイゾネ鉱山に住みついた鉄製蛇の討伐。
鉱山内部に鉄製蛇が住みついちまったんで、駆除の依頼をしたい。
少なくともレベル4万が1体、レベル6万が2体居るんで、注意されたし。
討伐報酬300万エドロ~
『森林伐採時の護衛』
・森林開拓の作業現場での護衛作業です。
私どもの作業中に現れる野生動物を追い払って欲しいのです。
報酬・10万エドロ /日
『森の生態調査』
・最近、森に入った冒険者が謎の症状を発症し病院に送られてくると言ったケースが急増しています。
依頼内容は、入場制限を超えた森の奥深くまで侵入して貰い、原因になっていそうな物の収集。
報酬は貢献具合によって応相談とさせていただきますが、原因特定の際には特別報酬として500万エドロをお支払いいたします。
※森の最奥に入るにはレベル4万以上の冒険者の同行が不可欠となります。
不測の事態に考慮し、大人数での受注をお勧めします。
とりあえず目に付いたのはこの三つだな。
掲示板は依頼で埋め尽くされているが殆どがゲロ鳥捕獲依頼ばっかり。
他にも”なんとか草”の収穫を手伝って欲しいとか、隣町に手紙を届けて欲しいとかのレベル上げに向かなそうのものを除いていくと意外と残らなかったのだ。
……やけに古そうな依頼で『エンシェント・森・ドラゴンの捕獲』ってのがあるが、死亡フラグを感じるので放置。
「リリンどれにする?」
「この森ドラゴンがいい!」
「……却下で」
「レベル8万くらいだと思う。ユニクのレベル上げにはぴったり!」
「却下で!!そんなもん瞬殺だわ。俺がなッ!!」
リリンは、むぅ。と唸りながらしぶしぶ依頼を掲示板に戻した。
あのな、リリン。
そんなものどうやって倒すんだよ。リリンとホロビノならなんとかなるのかもしれないが、俺にやらせようとしてるだろ?
ぺっきゃ。とかいって押しつぶさせるな、間違いなく。
「リリン、一応俺のレベルを考慮してくれ。ドラゴンは無理だろうが、例えばこの鉄製蛇ならどうだ?これなら俺にも勝機があるんじゃないか」
「……この鉄製蛇は倒すと有毒な毒ガスを発生させるけど、良い?なお、私は怖いので近づきたくない」
「……この護衛ってのは?」
「この依頼は恐らく森ドラゴンよりも危険。普通、森林開拓をする時には相応の人数の冒険者を雇う。なのに追加で募集を掛けているということは、何らかの原因で護衛がいなくなったという事。野生動物に殺された可能性が非常に高い」
「……ほんとロクな依頼がねぇ!」
「じゃあこれにしよう、ユニク。この『森の生態調査』なら危険は少ないと思う」
「これ……大丈夫なのか?レベル4万以上の冒険者必須とか書いてあるんだが?」
「私はレベル4万を超えている。何も問題ない」
確かにリリンはレベル4万を超えている。
けど、不測の事態を考慮して大人数で挑むのが好ましいみたいな事が書いてあるけど?
この事をリリンに尋ねたら、「私とホロビノそれにユニクで、通常の冒険者10パーティー分の戦力があるから大丈夫」と自身たっぷりに言われてしまった。
不測の事態ってのは、戦力がいくら高くても起こると思うんだけど。
まぁ、あまり否定的な事を言ってもしょうがない。
ここで出し渋ると"森ドラゴン"ルートに進んでしまうからな。ここはこの『森の調査依頼』でいいか。
「じゃ、これにするか」
「うん。そうしよう。森の奥深まで行けば、きっと会えると思うし」
「……何にだよッ!?」
なんだッ!?今、他にも思惑がありそうな事を言ったよな?
反射的に聞き返してみたは良いものの、リリンは「ふふふ、隠さなくても良い。私とカミナには全部分かっている」と何かよからぬ事を考えている様子。
さらに詳しく話を聞いたら「もちろんタヌキの事に決まっている。照れなくても良い!」と自慢げに答えてくれた。
……リリン、いつ俺がタヌキに会いたいって言った?
どうしてこんなことになっているのか、俺には到底理解が出来ない。
が、心当たりならある。
そう、昨日から今日の深夜まで行われていた悪魔会談。
そこで何かとんでもない事が起きて勘違いされたに違いない。
……そう言えば、リリンはタヌキパジャマを着ていたっけな。
絶対にロクでもない事になっている気がする。
「タヌキに会いたいかはともかく、依頼は受けるか。この紙をカウンターに持っていくんだよな?」
「そう、詳しい話は受付の人が話してくれる。行こう、ユニク」
**********
リリンに促され、俺達は受付窓口に向かう。
幸いにして受付は空いていて、幸先がいいなと思ったのだが、現実はそんなに甘くなかった。
なにせ、その過程で貴族の連中が群がって来やがったのだ。
そんな依頼を受けるのなら、鳶色鳥を!!と近づき、俺を押しのけリリンに詰め寄る貴族達。
大変に面倒そうな顔をしながらも、それなりに真っ当に対応していたリリンだったが、結局依頼を受ける気は無い。
あーあ。めんどうな事になったなぁと思いながら、どうにか貴族をかき分けてリリンの所に辿り着く。
後は上手く切り抜ける算段を考えないと。と俺が考え始めた瞬間、時すでに遅し。
その事に苛立ちを覚え始めた貴族の放ったひと言が、リリンの逆鱗に触れてしまったのだ。
「どうして分かってくれないのです!このままでは、あのクソったれな奴隷女王に良いようにこき使われることになってしまうんですよ!」
「あのクソったれな奴隷女王?」
「あぁそうだ!元奴隷のくせして女王を気取ってるあのレジェリクエのことだよ!生粋の貴族の俺達に偉そうにしやがって!胸のねぇ小娘のくせによ」
「くふふ。違いありませんね。アレは女性と呼ぶにはいささか貧相です」
「そうだ!」
「そうでしょう!!」
それからは貴族の大合唱。
常日頃から据えかねていたんだろう暴言が、出てくるわ出てくるわ。
つーか、貴族ってのはもう少しお上品な感じなんじゃないのかよ?
野次を飛ばすにしても、もうちょっと知的な言いようがあるような気がするんだが。
まぁ、そんな事を俺が考えてもどうにもならないか。
リリンは女王レジェリクエの暴言を聞くたびに、うんうん。と平均的な顔で頷き、キッチリとメモを取っている。
さりげなく興味のある振りして、その貴族の領地の事とかもちゃっかり聞いているし、貴族も馬鹿なのか、どいつもこいつも名前を名乗っちまった。
そして、リリンは屈託のない暗黒微笑を貴族に向けると、反撃を開始した。
「あなた達の意思は良く分かった。その上で言いたい事がある。……全員まとめて『ぐるぐるげっげー』されてしまえ」
「「「な!!」」」
「というか、すごく不愉快。今ここで断罪を始めてあげようか」
「あなた、何のつもりです?いっぱしの冒険者風情が、貴族の我らに立てつくと?」
「左から順に 男爵、男爵、子爵、男爵、伯爵。その程度の貴族風情が国王たる女王レジェリクエを馬鹿にする。それは許されざる事」
「あなたは……、いえ、もういいでしょう。衛兵を呼びなさい。不安定機構の職員!衛兵を呼べと言っている!!」
シーンと静まり返る冒険者と職員達。
そりゃそうだろ。リリンのレベルを見て敵対しようとする奴なんていねぇもん。
「所詮は小物か。レジェの功績を知らないなど、将来性が無いと切り捨てられているに等しい」
「ぐ!言わせておけば……お前は!どんな権限があって!私に!そんな口を叩いている!!」
「ズァーコ伯爵。その言葉、取り消し謝るのなら、聞かなったことにしても良い」
「何を馬鹿な!お前みたいな未発達の小娘が何をほざく!!」
お、おい!やめろ!!
胸を指差しながらそんな事を言うんじゃない!!
あぁ、その行動がどうやら引き金になってしまったようだ。
リリンは空中から何かを取り出し、高々と掲げた。
黄金に輝く、荘厳な紋章だ。
「そ、それは……そんな、あ、あ、あ。あなた様は……。」
「……くす。あなた達の顔と名前は覚えた。いいの?ここにいて。いいの?逃げなくて」
「「「「「ひぃぃぃぃぃ!!」」」」」
リリンのよく透き通る声での恐喝。
その手の中にある紋章を見て恐れおののいた貴族たちは、それぞれ散り散りになりながら競うように建屋から出て行った。
この光景は、小説なんかでよく見る情景にそっくりだな。
悪事を働いた貴族に自分の正体を明かし、悔い改めさせる。
王道と言ってもいいストーリー展開だが、なにぶん現実と小説は違う。
なにせリリンは心無き魔人達の統括者。
どう考えたって、悪役なのだ。
現に、
「なぁ、リリン。その紋章って何だ?」
「これは、レジェンダリア国・侵略掌握軍総指揮官のみが持つ事を許される紋章。……これがあれば、レジェリクエの名の下にどんな事をしても許されるという凄い紋章。いざとなったら、タダでご飯も食べ放題!!」
「嬉々として無銭飲食を自慢するんじゃねぇよ!」
「普段はちゃんとお金を払っている。問題ない」
ほら言わんこっちゃない。
どうせ、その紋章を持っている奴に逆らうと奴隷行きとかなんだろ?
まったく、恐ろしい。恐ろしすぎるぜ、女王レジェリクエ。
最近、その仲間の心無き魔人達の統括者に仲間が一人増えたらしいが、きっとそいつもロクな奴じゃないと噂が立つのも時間の問題だろうな。
……。どうしてこうなったッ!