第20話「悪魔に関係する誰か」
「それじゃリリン、私は急患を診察しに行くから今回の話はここまでね」
「うん、さすがにこればっかりはしょうがない。カミナもお仕事頑張って」
カミナさんとリリンはお互いに、別れの挨拶を済ませた。
二人とも少しだけ名残惜しそうにしているものの、事情が事情なだけに仕方がないと思う。
そしてカミナさんは部屋を後にしようと足早に歩き出す。
……あぁ、さようなら。心無き魔人達の統括者・カミナガンデさん。
俺としては今現在、大変にホッとしているが、思い起こせば別段危害を加えられていない事に今さら気がついたよ。
使い魔の方には散々好き放題やられたけど。
リリンからの風評被害が無ければ、もう少し仲良く慣れたのかもな。
そんな事をしみじみと思いながら、後ろ姿を見送る。
だが、扉まで数mという所でふと、カミナさんは振り返った。
「リリン!もし何か困った事があったら、遠慮しないで訪ねてくるのよ?」
「分かった。何か不測の事態に陥った時か、無事に目標を落とせた時、もう一度訪ねたいと思う」
「それと!ユニクルフィンくん!!」
「えッ!?は、はいッ!!」
「リリンを泣かすようなことしちゃダメだからね!私達、心無き魔人達の統括者はリリンの味方。リリンを悲しませたら……ね?」
「ひ、ひぃ!分かりましたッ!!肝に銘じますぅ!!」
どこまでも優しい声色で、朗らかな笑顔で、愛らしい仕草で、俺に五寸釘を撃ち込んでくるカミナさん。
どれをとっても一発で男を口説き落とせるような可愛らしさの組み合わせ。
……なのだが、俺は心底、恐怖を感じていた。
これは、ここ最近何度か経験した、威圧感
リリンが獲物を見定める時によく使うもので、一言で言えば、『暗黒微笑』という感じだろうか。
この瞬間、俺は理解した。
リリンが時折見せる腹黒さ。その原因の一端は間違いなくカミナさんなのだと。
「じゃ、二人とも、またね!」
「うん!カミナも」
「……あぁ。またな」
……またな。か
反射的にそう答えたが、しばらくは遠慮したい。
少なくとも、俺の戦闘力がリリンと同等くらいになるまでは接触したくないと思う。
今回は無事に乗り切ったが、何かの拍子に戦闘にでもなったら瞬殺されそうな気がするし。
そして今度こそ、カミナさんは部屋を後にした。
残されたのは俺とリリンと、大悪魔さん。
2対1か……。
「さて、私もカミナ先生のサポートに向かおうかと思いますので、使っていただく休憩室の案内を済ませちゃいますね」
ミナチルさんは前もってカミナさんから休憩室の案内をするように言われているらしく、俺達についてくるように指示を出した。
リリンは結構眠いようで、あくびをしながらぴったりと後をついてく。
ベットに着いたら、そのまま寝るだろうな。
「リリンさんに使っていただくのはこのリラクゼーション室です。カミナ先生が効率的に体を休める様にと考えた特別室ですよ」
「へぇ……。落ち着く雰囲気。ゆっくり眠れそう……」
そう言うなりベットに倒れ込み、素早い動きでシーツにくるまる、タヌキ・リリン。
なるほど、タヌキってこうやって寝るのか。へぇー。
「さて、俺も寝るか……ふぁーあ」
なんだかんだ、もう午前2時を回っている。
俺は堅い鎧をさっさと脱ぎ、リリンと同じベットに向かう。
そう、いつもと同じ行動。
俺はすっかりリリンと同じベットで寝る事に慣れてしまっていたのだ。
そして、この場にはもう一人、大悪魔がいることをすっかり失念していた。
「ほら、リリン。もうちょい奥に詰め――――いてぇ!!」
「何、ナチュラルに同じベットで寝ようとしてるんですか。その歳になってまでド変態のままなんですか?」
「あ、いや、つい……。それじゃ、俺はどこで寝ればいい?」
「あはは。そんなの決まっているじゃないですかぁ。2択ですよ、2択!!」
「2択?」
「はい、病院にはですね、心を安らかにして静かに眠る事を目的とした部屋があるんです。……霊安室って言うんですけどね」
「……もう一つの選択肢を聞こうか」
「もう1個の方は解剖室ですよ。まぁ、どちらにせよベット……もとい、ストレッチャーはありますのでお好きな方をどうぞ!」
「ふざけんなッ!!2択になって無いだろうがッ!!」
「えー。……もう、面倒になって来たので廊下でいいですか?半透明な女の人が寄り添ってくれると評判ですよ?」
「半透明な女ッ!?それって出会っちゃいけない奴だろうがッ!?」
「あはは、基本的に無害みたいです。ただ……。黒い髪の方を見かけたら、全力で逃げて下さいね?」
「何人もいるのかよッ!!怖すぎるだ――」
「ユニクッ!うるさい!!」
ひぃ!幽霊も怖いが、大悪魔はもっと怖い!!
こっちは物理的にも攻撃してくるからな。
結局俺は、そそくさとリラクゼーション室を後にし、カミナ研究室の隅っこで寝た。
**********
「ミナチル、世話になった。カミナにもよろしく伝えておいて欲しい」
「分かりました。リリンさんも冒険の際にはお気をつけて」
翌朝目覚めた俺達を出迎えてくれたのは、ミナチルさんだった。
カミナさんはあの後、急患の人の診察と処置を終えそのまま職務に戻ったそうだ。
なんでも、今日の午前3時から3日間ぶっ続けで仕事らしく、間にこまごまとした休憩をはさむ以外は休み無しだとか。
これは特別な事では無く、毎日手術をカミナさんが行うので仕方がない事だという。
流石は悪魔の巣食う病院。超絶ブラックである。
「さて、それじゃゆにふぃーもお元気で。変態行為は少しだけにしてくださいよ?」
「少しもしねーよッ!!……」
「私にも、ちょっとだけなら……してもいい」
「リリンにもしねーけどッ!!」
いや、リリンもそんな悪ノリしないでくれよ!
ほんのちょっとでも変態しようものなら、 心無き魔人達の統括者な目に合わされるだけだろ?
恐らく壊滅竜と無尽灰塵さんと俺とで死闘とかさせられるに違いない。
「俺の変態談義は置いといて、ミナチルさんは"お願い"を決めたのか?出来ない事も多いけど、なるべく善処するぜ?」
「あーお願いですか。……英雄様にお願いとか恐れ多いですよぅー」
「今さらそんな態度取るなよッ!?」
「あ、そうです?じゃ遠慮はしませんので」
「しまった!嵌められた!?」
「お願いはですねぇ……」
ちくしょう!騙された!
つい、いつものノリでツッコミを入れてしまったが、全てこの大悪魔さんの思惑どおりだったらしい。
どんな無茶ぶりをさせられるのかと身構える俺に、ミナチルさんは笑顔を向けた。
「そうですね。友達……になって欲しいです。助けた助けられたの関係じゃなく、普通の友人としての関係になりたい……かな」
「……はい?友達?」
「もう!聞き返さないでくださいよ。結構恥ずかしいんですからね」
「いや、何ていうか、そんな事でいいなら、是非……。ホントにそんなことでいいのか?」
「それがいいんです!……。というか、ゆにふぃーにはこの『友達になる』事の価値が分かっていないんですね」
「……ちょっと待て。くわしく頼む」
「だって私とゆにふぃーが友達になったら、色んな人に自慢できるじゃないですか。私はあのユルドルードの息子と友達なんだぞ!って」
……いやまぁ、言いたい事は十分に分かるんだけどさ。それはやめた方が良いんじゃないかなぁ。
通常の偉人なら「すげぇぇぇ!!」となる話だが、なにせ俺の親父は全裸英雄だからな。
そんな親父の『息子』と友達とか言っちゃうと、アレな意味で伝わっちゃう気がしてならない。
誠に不本意ながら、世間は世知辛いと思うぜ?
そんなつぶやきを必死に飲み込みながら、肯定の意味を込めて返事をする。
俺としても、友人は欲しい所だしな。
ナユタ村やリリンを除けば、友人候補はロイとシフィーのみ。
このままだと、友人候補の第三位にタヌキがランクインするという超展開が起こってしまうのだ。
「俺としても友達は欲しいしな!是非、よろしく頼むぜ」
「えぇ。こちらこそよろしく―――」
「ちょっと待って欲しい」
え?どうしたんだリリン?せっかく無事に事を収められそうだったのに。
俺達の友好関係に待ったをかけたリリンは、すごく真剣な顔で、ミナチルさんを見つめている。
なんだ?もしかして悪魔の決闘でもするのか?
もしそうなったら、全力で逃げよう。
ここは病院だけど、死んだら意味ないし。
「どうした?リリン。何か不満か」
「そう。少しだけ不満がある。このミナチルのカードはユニクと私に預けられた、つまり、ミナチルのお願いを二人だけで決めてしまうのは納得できない」
「あ、いや、その通りといえば、その通りだけど……」
「なので、ミナチル。私とも友達になって欲しい。私も一緒じゃダメ?」
「そんなの……もちろん良いに決まってるじゃないですか!願ったりですよ。リリンさんはカミナ先生の仲間でしょ?それなのにいいのかなぁなんて思っちゃうくらいです」
「それこそ、良いに決まってる。今度会った時はあなたとカミナ、私とユニクの4人でご飯でも食べよう。その席では上下関係の無い唯の友人同士として」
「……ありがとうございます。その時が来るのを、楽しみにしてますね」
そして、リリンとミナチルさんは熱い抱擁を交わしあっていた。
……うん。なんだろうな。さっきまで俺と友達になりたいとか言ってたのに、この疎外感。
だが、俺はその抱擁に加わりたいとも思わない。
俺は知っているぞ!
その抱擁は『悪魔の抱擁』って奴だ。加わったら最後、魂まで絞りつくされる!!
「じゃ、ゆにふぃーも。はい、握手」
「……おう」
そして、オマケな感じで俺とも別れを済ましたミナチルさんは、さっさと仕事に戻っていった。
彼女もこれから医師免許再取得に向けて、試験やら実技やらで何かと忙しいらしい。
なんだかんだ酷い目にあわされそうになりながらも、そこそこ友好的に接してくれたミナチルさん。
思えばそれも、照れ隠しだったのかもしれないな。
……過去の俺は色々やらかしたそうだし。
「ユニク、私達もそろそろ行こう?」
「あぁ、そうだな。行くか」
リリンに促され、俺達は病院を後にした。
悪魔の住む病院。
今度来るときは怖気づかなくて済むように、ちょっとでも強くなっておこう。
そう心に決め、俺達は街へと向かった。
**********
「なぁ、リリン。俺、すっごく気になっている事があるんだけどさ」
「何?」
「人間ドックはどうしたんだ?今日はリリンの番だったろ?」
「……。あーしまったー。すっかり忘れていた。けど、いちいちもどるのも面倒なので、次の機会にしよう」
「……。」
おい。言葉が棒読みなんだけど。
俺がこのことに気が付いたのは、不安定機構の支部に向かう途中の事。
リリンは人間ドックを回避するために俺を生贄に捧げ、まんまと脱出に成功していたのである。
……流石は心無き魔人達の統括者。やる事が汚い。
**********
「あ、カミナ先生が来ましたね。もう一度お話しできますか?」
「うん、大丈夫!ちょっと恥ずかしいけど……」
「こんにちは。私はここで医師をしてるカミナよ。お話聞かせて貰えるかな?」
ミナチルとユニク一同が別れを済ましている頃、カミナは病室に往診へ向かっていた。
その目的は2つ。
1つは医師として真っ当に診察をしようというもの。
もう一つは……その少女の正体についてだ。
昨夜。
急患として診察を受けるべく待っていたのは、純黒の髪を2つにまとめた幼い少女。
そして、年相応よりも大人びて見える顔立ちは、奇しくも、先ほどまで会っていた年相応よりも幼く見える友人によく似たもので。
その運命的な出会いは、また1つ、物語を加速させる。
「昨夜は処置が中心だったから、あまりお話を聞けなかったわ。まずはお名前教えて貰えるかな?」
「あ。うん、と……。私は暗劇部員だから、名乗ちゃダメなの……」
「暗劇部員……か。その歳で暗劇部員、しかも仮面無しなのね」
「あれ?暗劇部員を知ってるの?」
「安心して?私も暗劇部員なの。もちろん秘密は守るわ」
カミナは自分の懐から認識阻害の仮面を取り出すと、少女の前で振って見せた。
少女は「そうなんだ……。じゃ、私の恥ずかしい事、誰にも言わないでくれる?」と一瞬で警戒を解き、よく通る鈴のような声でカミナにお願いをした。
声やしぐさも、やはり似ている。
カミナは抱いていた疑惑を確信へと変化させながら、まずは医療行為を済ましてしまおうと、問診を開始した。
「ポイゾネ大森林に入ったっていう話だったけど、奥の方まで行ったのかな?」
「うん。そこそこ奥までいったよ?歩いて半日くらいは入口から進んだかなぁ」
「そんな奥へ何しに?森の奥は入場制限がかかっている。レベル的には十分にその資格があるとはいえ、気軽に立ち入っていい場所でも無いの」
「……鳥さんを探していました」
「鳥?何の鳥かな?」
「ぐーるぐるげげー!って鳴く鳥……です」
うわぁ……。
カミナは様々な意味で溜息を漏らしそうになった。
最も大きい理由は、鳶色鳥の名前が出てきた事。
医師として様々な人とのふれあいを持つカミナは、レジェリクエが仕掛けている『運命掌握術』についての情報もそれなりに聞き及んでいた。
当然、その悪辣な手段や方法も多く耳にはさみ、仲間として申し訳ない気持ちになる事もしばしばある事だ。
「鳶色鳥は関わるとロクなことにならないから、探すのはやめておいた方がいいわね。それで、森の奥に立ちいったら気分が悪くなってきて頑張って引きかえしてきたってところかな?」
「ううん。お腹すいたから普通に帰ってきただけだよ?」
「あ、あれ?」
あまりにも普通に否定されてしまい、驚きを隠せないカミナ。
カミナは、この少女が最近森に出入りしている冒険者特有の症例にかかっている可能性を警戒してた。
春先からチラチラと報告が上がり、今月になって爆発的に症例が増えた謎の奇病。
頭痛、めまい、発疹、吐き気、嘔吐、悪寒、炎症。
その一つ一つの症状の程度にバラツキが酷く、人によって重・軽度の程度も違う。
早急に原因を発見しなければ、危険な事になる。
そう経験から判断し動き出したカミナは森に出入りした冒険者で類似する症状を訴えた者全てに直接診察をし、対処に当たっていた。
それゆえに休息日を取る事が難しく、多忙に輪をかける結果となっている。
だが、今回はまったく関係ないようだ。
「それじゃ、どうしておなかが痛くなったのかな?心当たりはある?」
「……笑わない?」
「笑わないし驚いたりもしないわ。お医者さんをやってるとね、そういうのに慣れてくるから」
カミナはそう言いつつも、昨夜取り乱しまくっていた自分を恥じる。
あれは、うん。例外よ。……ロリコンで、ケモナーで、巨乳好きとか特殊すぎるもの。
納得のいく理由を自分の中で用意しつつ、その少女の話を聞いた。
「街でね。お弁当が8割引きだったの……唐揚げ弁当……安かったから、買って食べたの。そしたらお腹が痛くなっちゃって」
「セール品のお弁当。今の季節だし食当たりの可能性が強そうね。揚げもので当たるとは珍しいし、生モノでも入っていたのかな?」
「お弁当、一個じゃないの……」
「もう一つ食べたのかな?そっちは何弁当?」
「えっと…………。のり弁当……。と、ハンバーグ弁当と、釜めし弁当と、お寿司弁当」
「……は?」
「だって……。8割引きだったもん……。5個食べても、1個分だもん……」
「そういう問題じゃないわ!?」
流石にツッコミを我慢できなかったカミナ。
どこの世界に、値段が1個分だからといって弁当を5個も食べる奴がいると言うのか。
そんな奴…………。いたわ。
カミナはその心当たりに行きついたことで目眩を覚え、そして、自身の中で育ちつつあった疑惑が確信へと変った。
――この子は間違いなく、「リリンに関係する誰か」だ。と