第14話「過去の追想・英雄見習い」
……えいゆう?
英雄って、おとぎ話の中のすっごい人だよね。
そっかぁ。
助かるんだ。神様の代わりに英雄さんが助けてくれるんだ。
……パパと、お別れしなくてもいいんだ。
「おっめぇ……英雄って言ったのか?英雄って言やぁ……あの……」
「そう。誠に不本意ながらも、あの全裸英雄・ユルドルードの息子といえば、俺の事だ!」
「あの英雄様に息子がいたのか……」
「……英雄、様?あれ?いつもと反応が違うんだけど、普段はもっとこう……馬鹿にされるような……」
「とんでもねぇ!英雄ユルドルード様の事を悪く言う奴はここには一人もいやしねえよ!ここにいる奴ら一人残らず大恩を感じてる!」
「え?なんでそんなに?」
「キミ、ユニクルフィン様と言ったかな? キミが気にしている全裸事件と言うのは、ここの地域で起こった事件の事だからね」
「あ、医者の人。へぇ、ここがそうなのか……」
「そうさ。だから風説で歪められている話なんか誰も信用しない。なにせ、この目で全部見た訳だからね。特に女性人気は凄まじいものがあるよ」
「つまりここが本拠地って事か。……よくよく考えたら、それってやべぇな!恥ずかしいってレベルじゃねえぞ!?」
パパやお医者さんがすごく楽しそうにお話してる。
さっきまでずっと泣いていたのに、よかったね……パパ。
「ま、無駄話は後にしようぜ?とりあえずは命を救うのが先だ」
「そうだ!ミナチル!いや、ここにいる全員の命がかかっている!そ、それならまず重症な……俺の妻から……ほかにもヤバい状態の奴がもっと……」
「いや、その子が一番先だ」
「あぁ。いや、俺の個人的な意見ならそれでいいんだけどよ。娘は虫に一か所しか刺されていないし、幸い苦しんでいる素振りもない。どうしたって順番は後になっちまう……」
「それじゃ間に合わないな。言っただろ?その子は後2時間も保たないって」
「……え?」
「その子が一番深刻なんだ。だから先。おじさん、悪いんだけどその子の服を脱がしてくれる?」
「ミナチルが一番深刻……なんで……一か所しか刺されていないのに……」
「それは後で説明するから!早く!」
「あ、あぁ」
え?こんな所で何するの?パパ。
……やだ。服脱がせちゃ、やだ……。
あ、う。
やめてよぉ……。見られちゃってるよぉ……恥ずかしいよぉ……。
「おい、スマンが下着は勘弁してくれるか?いくら全裸が大好きなユルドルード様の息子でも、大事な箱入り娘の裸を見せるのはちょっとな……」
「やっぱり、親父にロクなイメージが付いてねぇじゃねえか!これは医療行為だから!断じて邪な気持ちなんてないから!まったく!!」
「彼に見られてしまうのは仕方がないにせよ、周りの目も有ります。健康な女性に協力して貰いましょう。それと患者さんを一か所に集めてきます!」
「お、流石は医者の人!気が効くね。じゃ、俺も期待に答えるとしますか。《生命樹の技法・停滞淘汰の胚胞》」
あれ?なんだか温かいね。
身体かフワフワして、ポカポカしてお風呂上がりみたい。
その後、身体の中の冷たい何かが、すぅ―っておへその下、刺された太ももに集まっていくよ。
でも他の所は、ゆっくり、じんわり温かくて。
朝ごはんを食べた後の、一日が始まる時みたい。
「……ぱぱ……?」
「!!あぁ!ミナチルッ!ミナチルぅ!!パパの事が分かるか!?ミナチル!」
「わかるよ。ずっと聞いていたもん。泣かせてごめんね。パパ」
「ミナ……ミナチル……俺が悪かった、ごめん、ごめんな……」
「パパは悪くないよ。虫が悪いんだもん。今度来たら、えいやーって叩いてあげるね!」
「いや、そんな事はしなくていい。しなくていいんだが……おい、ガキ様よ。これは元気になり過ぎじゃねえのか?どういうこった?」
「その子が受けた、というかここいら辺に大量発生している”蟲”の毒は特殊で、命の働き、つまり生命の維持機関を浸食するんだ。それに対しては薬や対処療法なんかじゃまるで効果がないんだってさ」
「薬も効かねえし、針や灸、その他の治療も効かねえってのか……?」
「そう。でもその毒に効く物が二つだけある。魔法と、その毒と対になる別の毒だ」
「魔法と毒……?」
パパと英雄さんが難しいお話をしているよ。
私にはさっぱり分からないけど、きっと大事なお話だから覚えておかなくちゃ。
ゆっくり体を動かしてみたらもう動く。
英雄さんは私と同じ歳くらいの、かっこいい男の子だった。
「そうだよ。同じ強さの毒なら効果を及ぼせる。それがこの子が一番危険な状態だった理由で、そもそも、この毒は一種類でも受けたら死ぬものだ」
「っ!じゃ、じゃあ、色んな毒を受けた妻は助からねえんじゃ……?」
「確かに、複数の毒が相乗効果を及ぼしたのならば、受けた人は直ぐに死ぬ。ほぼ即死みたいな人がいたはずだよ?」
「……そうだな、虫に刺されて一瞬で死んだ奴もいた」
「だけど、おじさんの奥さんは死んでいない。なら複数の毒同士が相殺しあって、中和されているってこと」
「なんだって!?」
「だから、毒を複数受けている人は、生き残る可能性がちょっとだけある。理論上はね。でも、一種類しか受けていない人は確実に死ぬ。皇種由来の毒はそんなに甘くないから」
「皇種?皇種だと!?……また奴が……」
「ショックを受けている所悪いんだけど、実はまだ、その子の治療は残っているんだよね」
「な、なんだと!もったいぶってねぇで早くやってくれねえか!」
「あ、うん。そうなんだけどね。一応、許可取ってからにしようかと……。俺としても言いにくいんだけどさ、その傷口に、口付けしてもいいか?」
「あ”ぁ”!??」
ふぇっ!?なんで!?
やだよぉ!ふとももにチューなんてしないでよ!
恥ずかしいよぉ!!
「これだけ効果があるんだ、必要な事だと分かっちゃいるんだが、なにぶん、俺の感情の部分で納得できねえ。分かるように説明してくれるか?」
「……魔法の効果を強める為、かな?」
「そういや、魔法で治療していたんだったな。だが、回復魔法ってのはそんな劇的な効果を及ぼすもんじゃねえ筈だ。もっとこう、補助的なもんだろ?」
「いや、本気の回復魔法はもっと凄いけど……。ま、俺がさっきから使っているのは、封印魔法でさ。分類はんー、たぶん虚無魔法に類するものだね」
「虚無魔法っていやぁ………すげえ魔法使いが使うっていう奴か。だが、なんで封印魔法なんだ?」
「あぁ、この毒を打ち消す治療薬はない。だから、毒そのものを取り除くために、一か所に集めて封印するんだ」
「なるほどな。要は毒を身体から隔離するってわけだ」
「そ。でその封印魔法なんだけど………。長く効果を持たすためには、魔法紋を刻まなくちゃいけない。だけど、いちいち書いてる暇なんてないし、魔法紋を声に乗せて転写をしたいんだ」
「それはよく分からねぇ。なんでそれが口付けにすることに繋がる?」
「声には『声紋』っていうものがあって、それを組み合わせて世界に示すことで、魔法は発動される。要するに、唇が触れるくらい近くで呪文を唱えると、魔法紋とか魔方陣とかを書かなくて良くなるってこと。しかも、魔法紋の場所は毒の発生源、つまり傷口じゃないといけないから手の甲とかで代用も出来ないんだ」
「………まったく分からん!分からんが、やましいことはなさそうだ。やってくれ」
パパ!?
やめて、足をぎゅっとしないで!
やだ、はずかしいよぉ!
「こら暴れるな、ミナチル!」
「すまん。キミも恥ずかしいと思うけど、俺も恥ずかしいしお互いさまって事で!」
「やだ!やだ!やめて!変態!!この、ド変態!!!」
「うぐぅ!今日一番のダメージだな」
「すまん……押さえとくんでやっちゃってくれ」
やだやだやだ!
あん!
……パパの馬鹿ぁ!
**********
「これで全員の治療が終わりだな。うー。色んな意味でつらかったぜ!」
「……信じられん。本当に全員治しちまった……」
「ママ。あの子がね、私に変態したの……。もうお嫁にいけないの……」
「あら、ミナチルは汚されちゃったのね。困ったわぁ」
「ママにもしてたよ!」
「そうなの?でも、私はパパに汚されてるから大丈夫よ」
「他の人、男の人にもしてた!」
「うわっ!それは、ばっちぃわね……」
あの子が私にチューしたすぐ後、他の人にも同じようにして回っていた。
あろうことか、ママにも同じことをして、そしてすぐにママは目を覚ましたの。
その事をママにお話したら、すっごく嫌な顔をして、その後パパの所に歩いて行ったの。
私もママについて行きながら、周りの人を見てみたよ。
そしたら、相変わらずみんな泣いてた。
でも、その中から少しだけ笑い声が聞こえてきて、私達は助かったんだって思った。
「あなた、これはどういう……?私は虫に何か所も刺されて死んだと思ったんですけど」
「意味分かんねえよな。だが、大丈夫だ。俺も分かんねぇ。何が起こったのか理解している奴ぁ、そこの意味わかんねぇガキ様しかいねぇから」
「どうも。意味の分からないガキです。というか、大体は説明したんだけど、どうしてかみんな理解してくれない……」
「あの極限状態で理解できる奴なんかいねえと思うんだが。俺はぶっちゃけ、ミナチルと『フワリ』の事しか頭になかったしな」
「……この子、見たことない子ね。ボク、状況をお話してくれるかな?」
「あぁ、いいけど、これで最後にしてくれよ……。何度も話す時間なんてないからさ」
はい分かりました。って、ママは返事をして、その子に視線を合わせた。
ママ腕の中にいる私もせっかくだし、その子の話を聞いてみる。
一応は聞いていたけど、後で他の人に教えてあげるためにも、ちゃんと聞いておかなくちゃ!
「……なるほど、それじゃ、ユニクルフィン君はユルドルード様の息子なのね?」
「そう。ここに来たのも親父の指示だよ。「俺は一身上の都合があるから、お前、ちょっと救って来い」ってさ」
「……きゃー!凄いわ!ユルドルード様がまた私達を助けてくれたのね!」
あれ?ママすっごく嬉しそう。
この、ユニクルフィンくんってどんな人なんだろう。
英雄の息子って言ってたよね。
少なくとも、みんなを救ってくれたし、良い人ではあると思う。
……変態だけど。
「あんまりはしゃぐな、フワリ。殆どの奴が助かったが、死んじまった奴もいる。しかも、未だ危険の真っただ中だ。虫に囲まれている事に変わりはねぇ」
「あ、そうね。ごめんなさい。私の魔法が不甲斐無いばっかりにこんなことになってしまったんだったわ……」
「ちょっと俺から質問良いかな?おじさんたちの状況を整理したくて」
「あぁ、俺達に出来る事は何でもするぞ?」
「じゃ、おじさんたちがどういう風にして、ここに来たかの説明をしてくれ。そもそも、ここは森の中、何処かに向かう途中だったんだろ?」
「俺達の村はここから東にちょっと進んだ所にある。そこから逃げてきた」
「ねぇ、私が説明してもいい?パパ?」
「ミナチル?」
「ママと一緒に説明できるか?」
「できるよ!」
うんとね。私達は逃げてきたんだ。
最初は大人たちが騒がしく走って来たの。
誰かが毒虫に刺されたって。
私の村は、すごくのどかな所で、農業や林業をして暮らしていたんだ。
山の中腹を切り開いて作った村で、そういった変な虫なんかはたまに出るんだけど、その日はいつもより騒ぎが大きかった。
自治会員のパパの所にもすぐに話が来て、みんなで集まって、そして、逃げようって事になったの。
誰も、そんな虫見た事がないからだって。
私も、よく森で遊んでいたけど、そんな虫知らなかったよ。
大人の話ではいつの間にか大きな巣が出来ていて、不思議に思った人が近づいたら、たちまちいっぱい出てきて殺されちゃったって。
それを遠目で見てた人が教えてくれたんだけど、その虫の大きさが20センチもあって、まるで虫の化け物みたいだって言ってた。
最初はみんな、半信半疑だった。
私も、そうだった。
でも、避難する途中、曲がり角の大きなクスの木の上に変なものが付いていたのを見つけたの。
なんだあれ?って誰かが指差したら、そこから大きな蜂みたいなものがいっぱい出てきた。
近くにいた人たちはみんな刺されてその場で動かなくなったの。
誰かが、「死んだ」って言った。
それを聞いたみんなは、一斉に走り出して逃げようとしたんだよ。
ママとパパはそれでも落ち着いていて、ママが先頭、パパは後尾に分かれてみんなを避難させていった。
でも、その巣はいっぱいあって、足元に巣があるのに気が付かないまま、ママは曲がり角を曲がってしまったの。
そしたら、虫がいっぱい出てきた。
ママの近くにいたのは、私も含めて20人くらい。
みんな刺されて。
それでも、必死になって抵抗して。
後ろからパパ達が着た時にはもう、みんな倒れてた。
でも、虫も全部、退治した。
私も、一匹だけ踏みつけてやったんだ。
褒めてよ。パパ!
「そういう訳で、状況が分からねえまま俺達は逃げてきた。今もとりあえず近くの大きな街に向かって街道を下ってたってわけだ」
「えぇ、山間にある街「バレーリナ」なら衛兵も冒険者もいるし、避難できるだろうって思って」
「……おじさんたちのその判断は一番の最善手だね。もっとも、一番マシってだけで、結局どうにもならないけど」
「どういうこった?ガキ様よ?」
「どうもこうも無いよ。その、バレーリナまでここからまだ10kmもある。そして、バレーリナを中心として、円形に40kmの全ての森が”蟲”で汚染されているんだ。到底辿り着けないね」
「……こんな地獄みてえな状態が40kmも?うっそだろ?おい!」
「残念だけど、本当。死者もトンデモナイ数出ている。バレーリナには、そこそこのレベルの不安定機構の職員が常駐していて、まだ汚染されていないから、辿り着けさえすれば一応の安全が確保できるよ」
「話を聞いている限り、どうにもなんねえ事は良く分かった……第一、そんな状態ならお前はどっから来たんだ?どこを歩いても虫だらけなんだろ?」
「いや、普通に外側からだよ。こんな蟲程度、俺の敵じゃないし」
パパとママが困った顔をしている。
あのヘンテコ虫はすごく速かったし堅かったし、ママの魔法でも生き残る奴もいた。
レベルは、どれも500とか800とかであんまり高くないけど、見くびっちゃダメって近くの大人が言ってたし。
それに……。
「あの……ゆにゅくり……。ゆにくりゅ……」
……噛んじゃった。
なんていいにくい名前なんだろう。
「ゆにくりゅふん、くん……」
「……言いやすい呼びかたで呼んでいいよ」
「……ゆにふぃー、あのね、すごい虫がいたよ?」
「ゆにふぃー……ずいぶん可愛くなったな。うん。それで?」
「その虫ね、レベルが80000を超えてたの」
「「は、80000!?」」
あれ??パパとママが驚いちゃった。
森の奥でじっとこっちを見てたあの虫に、気が付かなかったのかな?
「ミナチル!そんな虫なんてどこで見たんですか!?」
「あぁ、そうだぞ?ミナチル。パパとママに教えてくれ」
「ずっとこっちを見てたの。ほら見て、今も、あそこにいるよ」
少し見渡したらやっぱりいて、こっちを見てた。
大きな木の上に、灰色の丸い虫がくっついている、角の無いカブトムシみたい。
あ、こっちに向かって羽ばたき始めたよ。
「で、でかい!なんだあれは!!」
「2mはあります!あんなもの虫と呼べません!」
「アレは虫じゃなくて、”蟲”だからなぁ……。『統率蟲』っていうんだぜ?」
ぶーん!ってすごい音がするよ。
近づいてきたから、レベルがはっきり見えてきた。
―レベル84102―
「あ、あぶない!下がって」
「大丈夫だよ!《サモンウエポン=神壊戦刃グラム》」
ズパァン!「ギジィ……。」
「ほら、大丈夫だっただろ?」
「な……。」
わっ!すごい!
一発で切っちゃったよ!
私も、パパもママも、周りの人も、みぃんなビックリしちゃってるね!
「き、キミは一体……レベル80000なんて、正真正銘の化け物だぞ?」
「だから言ってるだろ?英雄見習いだって!だから、こんな蟲、俺の敵じゃないんだよ!」