第13話「過去の追想・臨死での邂逅」
ぴろりん!
「あ。」
「どうしたのカミナ?」
「ユニクルフィンくんの検査が終わっちゃったみたい。そっか、もう2時間も経ったのね……」
「だとしたらもう時間がない。カミナ、まとめに入ろう」
ユニクルフィン攻略の糸口すら見つけられないまま、彼女たちの魔女子会は終わりを告げようとしていた。
結局、リリンサはユニクルフィンの情報を正確に伝える事が出来ず、いまいち性格を掴み切れなかったカミナは、的確なアドバイスが出来ないでいる。
かろうじて決まった事と言えば、以下のような内容だけだった。
・リリンは露出の多い服を避け、夜は出来るだけタヌキパジャマで過ごす。
・定期的に森へ出向き、動物成分を補う(タヌキを積極的に探す)
・頑張って胸を大きくする。
カミナは、なにこれ?と内心で呟き、刻一刻と近づいてきているユニクルフィンの帰還を待ち構えるしかなかった。
**********
「ただいま!って……。なんでタヌキパジャマなんか着ているんだ?リリン?」
「ユニクに選んで貰ったこのパジャマを自慢していた」
「……自慢されてました。ユニクルフィンくんがどんな気持ちでこれを選んだのか、後でゆっくり聞かせてね?」
うっわぁ……。なんか面倒なことになってる……。
俺の目の前にはタヌキなリリンと、なんだか少しだけ疲れているような顔のカミナさん。
俺が人間ドックに行く前まで元気ハツラツみたいな感じだったのに、一体何があったんだろうか。
……何があったかは定かではないが、これだけは言えるな。
絶対に、ロクな事じゃない。
「それでユニク、人間ドックどうだった?」
「……意外とどうにかなるもんだな。何度か叫んだくらいで命に別状はないぞ?」
「え?人間ドック受けて叫ぶっておかしくない?ミナちー。一体何をしたのかな?カルテ見せてくれる?」
「えっと、え、いえ、その……はい、カルテです……」
ミナちーさんからカミナさんへ仰々しく渡された簡素なつくりの小冊子。
表紙には大きく検査結果と書かれているし、これに人間ドックの結果が載っているのだろう。
カミナさんはその小冊子を受け取り、ぺらぺらとページをめくった後、ふむ。と頷いて、俺に視線を合わせてきた。
「うん、ユニクルフィンくんの検査結果についてお話するわね」
「あぁ、俺は健康だと思うが、一応念のためと言うしな。正確に教えてくれ」
「それじゃ、説明いたします。ユニクルフィンくんの健康状態は…………まさに健康そのものです。というか、一つも懸念事項がないわ。すこぶる健康。この状態が維持出来たら、余裕で100歳は超えるでしょう!」
「お、マジで?自分でも健康だと思っていたが、そういう風に太鼓判を押されると嬉しくなってくるな!」
あぁ、よかった、よかった。
一応、記憶にある限り病気になった事の無い俺だったが、身体の中では病気が進行していましたなんて事になっていても困るからな。
せっかくこうしての冒険者にもなった事だし、まだまだやりたい事がいっぱいあるし。
これでひとまず安心だ。
……後は無事に明日を迎える事が出来るかだな。
「とりあえず、俺は健康……と。そう言う訳でこの件は良いとして、ちょっと聞いて欲しい事があるんだが」
「待って。ユニクルフィンくんの健康状態はすこぶる良いんだけど、別件で気になる事があるわ」
ん?健康だっていうから話題を切り替えようと思ったんだが、カミナさんが割って入って来た。
カミナさんはじっくりともう一度検査結果を眺め、毅然な表情でミナちーさんに視線を合わせて質問をする。
「彼、ユニクルフィンくんの検査検体の採取量がどれもこれも通常の2倍になっているわ。どういう事か説明して貰えるかな?ミナちー」
「あ、いえ、その……」
「はっきり答えなさい」
「……私個人の研究に使おうと思って、多めに採取しました……」
なんだとッ!?
採取量がどれもこれも多過ぎると思っていたが、ミナちーさんが原因かよ!
俺はてっきり、カミナさんがリリンの許可を経てやっているのかと疑ってしまったじゃないか。
………疑ったのだし、一応、心の中で謝っておこう。
ごめん。俺の大事な仲間の、心無き魔人達の統括者達。
俺が思っていたほど、悪魔じゃなかったみたいです。
「ミナちー。あなたがした事は許される事ではないわ。決められた基準値以上の採取は健康を害する危険性がある。そんな事は医師だったあなたなら分かる事でしょう?」
「……。彼が良いって言いました」
はぁ?おい、俺はそんな事言っていないぞ?
言うに事欠いて嘘は良くないだろ。
「ミナちー。彼もそんな事は了承していないって顔をしているわ。嘘じゃないの?」
「……嘘じゃないです」
「いいえ、嘘だと思うわ。ユニクルフィンくん、どうなの?」
「あ、何ていうか、了承はしていない、かな」
いきなり俺に話を振られても困る。
まぁ、確かに俺は了承していない。それどころか打診すら受けていない訳だが、そこを追求するのはやめて欲しい。
なにせ、今からは俺の過去話しをするわけだ。
しかも、あまり好まれるような話じゃない可能性が高い。
ミナちーさんの機嫌を損ねると、トンデモナイ事が起こるような気がする。
唯でさえ雲行きが怪しい話なのに、そこに悪意が挟み込まれたら手の施しようが無くなっちゃうからな。
俺のそんな不安を他所に、沈黙を続けるミナちーさん。
その返答を待つカミナさんとリリンの視線はとても鋭く、まるで自然界の捕食者のそれと同じもの。
このままだと、ミナちーさんは捕って喰われてしまうだろう。
「嘘じゃない……です………」
「彼自身が嘘だと証言したし、もう言い逃れは出来ないわ」
「嘘、ではないんです。だって私は8年前に、ゆにふぃーと出会って、そしてその時に彼は約束してくれたんです。大きくなったら、いくらでもお医者さんごっこに付き合ってやるって」
「え?」
「は?」
「ちょ、このタイミングで言うのかよッ!!」
おい、いくら追い詰められたからって、こんなタイミングで言う事無いだろ!?
あまりの予想外の展開に、二人とも固まっちまってるじゃねぇかッ!
リリンはいつもの平均的な表情が崩れかかっているし、カミナさんなんて、口に手を当てながら目がこぼれおちそうなくらいに見開いちゃってる!
「「どどど、どういうことっ!?」」
「あはは、なんていうか彼と私は浅からぬ関係と言いますか……」
「え、ちょっと待ってミナちー。彼と知り合いなの?」
「私の方は知っていますが、彼の方が忘れているようなので何とも」
「くわしく!詳しく聞きたい!話して欲しい!!」
「えぇ、もちろんそうしたいのですが……あ、そういえば彼の検体の過剰採取についてまだ……」
「「それはもういいから!」」
「あ、そうですか。……だそうですよ、ゆにふぃー。採取した検体は有効に使わせて貰いますね!」
……心無き魔人達の統括者、敗北。
まさかの逆転勝利。この戦いを制したのは、大悪魔・ミナチルさんだった。
すっかりペースを握られ、完全に立場が逆転している。
ミナちーさんは、あははと笑い、それじゃ、彼との思い出を語っちゃいますね!と軽く調子に乗っている始末。
つーか、誰一人として検体の過剰採取問題で俺の意見を取り入れようとしていないよな。
……やはりこいつらは、悪魔だ。
「じゃ、お話しますけど、彼との思い出を語る前に何か聞きたい事とかありますか?」
「はい!聞きたい事がある」
「どうぞ、えっと、リリン……さん?」
「ありがと。彼と出会ったのはいつの事?」
「今から8年前です。彼が記憶をなくす前ですね」
「やはり、そう。ならば追加で聞きたい。彼の身近には英雄ユルドルードがいた?」
「えぇ、いたはずですよ。私は直接お会いできませんでしたが、昔の彼の話にはよく登場してました。圧倒的に強くて意味分かんないんだよ―!って」
「すごい……!ユニクは英雄に育だてられていた時期があるということになる。それはとてもすごい……」
リリンがいつもの3割増しに目を輝かせている。
この輝きは俺がどうのこうのではなく、英雄と言う存在が身近に感じられる事によるものだろうな。
英雄ローレライさんに会った時も妙なテンションになってたし。
だがな、リリン。
英雄に育てられたと言っても、結局、俺は、超弱いんだぜ?。
なにせタヌキにすら勝ったことがない。
盗賊たちなら一方的にボコれるけど。
「それじゃ、語るとしましょうか。あ、私の目線で語るので分かりづらかったら言ってください」
「すごく、わくわくする!」
「私はどっちかっていうとドキドキするわね。動悸を起こしているし急性ストレス障害だと思うわ」
三者三様。リリンとカミナさんはそれぞれの感情を表情に出しつつも、真剣にミナちーさんに耳を傾けた。
今から話されるのは、俺の過去。
普通なら俺が一番緊張して話を聞かなくちゃいけないはずなんだが、どうも、ミナちーさんが悪ふざけしないかが気になって仕方がない。
……どうか、穏便に昔話が済みますように。
前もって知らされていた情報を聞く限り絶望的な気がするが、せめて、変態的行為に理由があって欲しい。
希望的観測を抱きながら、俺達はミナちーさんの話に耳を傾けた。
「彼と出会ったのは、今から8年前の夏の事です。その時、私は……死んでしまうと思っていました」
**********
神様。
もしあなたがいるのであれば、どうしてこんな目にみんなをあわせるんですか。
誰も、悪いことなんてしてないじゃないですか。
みんなで仲良く暮らしていたし、喧嘩する事はあっても、直ぐに仲直りしたじゃないですか。
パパが泣いています。
私を抱きしめて泣いています。
もう身体は動かないのでよく分からないですが、周りのみんなも泣いていると思います。
でも、ママは泣いていません。
ママはもう、動かなくなりました。
ちょっとだけ揺れているので死んでいないと思いますけど、でももう、地面に寝そべったきりピクリともしません。
きっと私も、そんな感じなんだと思います。
身体は動かないし、声も出ません。
耳だって、耳鳴りが酷くて遠くの声が聞こえません。
かろうじて聞こえるのは、パパの悲しそうな声とそれに答える誰かの声くらい。
パパは、一際強く私を抱きしめると、とても大きな声を出しました。
その声は今まで聞いたこともないような、すごい、声でした。
「どうか、先生、ミナチルを助けてくださいっ!ミナチルは一か所しか刺されていません。妻はもうダメでしょうが、どうかミナチルだけでも、どうかっ、どうかっ!!」
「すまない。私にはどうする事も、出来ない……」
「あぁ!?あんた医者だろ!出来ないってのはどういうことだ!ミナチルは、まだ9歳なんだぞ!?9歳だ!それなのに死んでいいはずがあるかっ!妻は何か所も刺されちまってる。あれじゃもう助からない……だけど、ミナチルは一か所だけなんだよ!おいどうしたよヤブ医者!何も言わなくてもいいから治療だけは、ミナチルだけは、助けて、くれよぉ……」
「すまない……すまない……。刺された数の問題じゃなく、毒の種類が多過ぎてわからない。きっとあんたの妻と娘さんの受けた毒も違うものだろう」
「俺は毒の種類が知りてえんじゃねえんだよ!ミナチルを、ミナチルを助けてやってくれないかって……俺の命と、つ、妻の命をくれてやるから、どうか、お願いだ、先生ぇ……」
パパ。
そんな悲しい声と顔をしないで。
私は大丈夫だよ。
身体は動かないけれど、痛くもないし、苦しくもないよ。
だから、大丈夫。
もし、死んじゃったとしても、ママも一緒だと思うから、さみしくないよ。
たくさんの人が死んじゃったから、もしかしたら賑やかで楽しいかもしれないよ。
だからね、そんなに泣かないで。
……私の大好きな、ぱぱ。
「おじさん、ちょっと話を聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
だれ?
聞いた事の無い声。子供の声だね。
掛けられた声の方向に勢いよく振り向くパパ。そんなに急に振り向いたら振り落とされちゃうよ。
ぎゅっと私の肩を握り締めながら、パパはその子を怒鳴りつけた。
「誰だお前ぇ!どこんちのガキだ!?」
「どこんちって……ここに俺の家族はいないよ」
「はぁ?何言ってやがる!?ここにいるのは村から避難してきた奴らしかいねぇはずだ!親を亡くしておかしくなったかっ!?」
「おかしくなりそうなのは、おじさんの方だろ?というか、あんまり時間がないから俺の話だけでも先に聞いてくれない?」
「今はそれどころじゃねぇ!ミナチルが虫に刺されちまったんだよ。直ぐに薬を飲ませないと、大変なことに……」
「薬?その毒を消せる薬なんてないと思うよ。そんな方法じゃ直ぐにその子は死ぬ。あと2時間も保たない」
「死ぬなんて、簡単に言うんじゃねぇ!ミナチルは死なさん。俺の何もかもを犠牲にしてでも、ミナチルは、最愛の娘だけは……」
あぁ、やっぱり私、死んじゃうんだ。
まだ、してみたいこといっぱいあったのになぁ。
それにしても、パパをいじめないで欲しい。
視線が向けられないから出来ないけれど、出来るなら睨んじゃってると思う。
「はぁ……話を聞けっての。おじさん。その子が助かる方法が、あるんだけど」
「なんだとっ!?本当か?本当なのかっ!?」
「うん本当。助けられるよ。しかも、その子だけじゃなく、今、地面で伏せている人、全員ね」
「「あ”あ”?」」
「いや、睨まないでよ。ホントだってば」
「いくらなんでもこんな時に嘘をつく事の意味が分かってんのか?殺すぞ?ガキ」
「だから睨むなっての。殺すぞ?大人」
やめてよぉ。
私の事で喧嘩しないでよぉ。
パパは今、すっごく困っているんだからいじめないでよ。
「っつ!なんつー殺気だ!お前ホントにガキか?」
「一応ガキだよ。8歳だし。だけど、今消えそうな全ての命は救えるし、状況だって打破できる。この言葉は、神に誓ってもいいぜ?」
「神に誓う?なんつー恐ろしい事を言いやがるんだ……」
「失礼。私は村で医者をやっているもんだが、この毒に犯された人を救うなんてホントに出来るのですか?」
「できるさ。というか、避難民を救って来いって親父に言われたし、やらないとめっちゃ怒られるから無理にでもやる」
「ははは、コイツは愉快な事になってきた。知らずに私も毒に犯されて、幻覚を見ている?傑作だ。ははは……ははは……」
今度は、なんか笑い声が聞こえる。
何がそんなに面白いの?私も混ぜて欲しいな。
「じゃあ、私を治療してみて下さいよ。出来るんでしょ?」
「いや、毒を受けていない人に、毒抜きは出来ないだろ……」
「ははは、それもそうですね。それではこれでどうですか?ふんっ!」
「ちょ! 虫の死骸で何を!あぁ!腕に刺さっちまった……」
「これで、私は死にます。直ぐに意識も失うでしょう。さぁ、多くの命を失わせてしまったせめてもの償いです。私の身体で実験してみてください」
「まったく、命を無下に扱うんじゃねぇよ!《生命樹の技法・停滞淘汰の胚胞》」
なにそれ?
さっきから何しているの?
みんな黙ってどうしちゃったの?
「な、な、なんと……意識が遠のきません。脱力もしません!痛くもかゆくも!つらくも有りません!!むしろ、疲れすら感じませんよ!!!!」
「な?だから出来るって言っただろ?」
「おい。じゃあ、助かるのか?、ミナチルはもちろんのこと、諦めた妻も、助かるっていうのか?」
「助かるさ。そのために俺がいるんだから」
「やった!やったぞ!!助かるっ!!助かるんだってよっ!!!!!おいヤブ医者聞いたか?助かるってよ!」
「……自分で体験していながら、まったく信じられません……キミは一体……?」
「そういえば自己紹介すらしてなかったな」
自己紹介?
じゃやっぱり村の人じゃないんだ。
聞いたことない声だもんね。
「俺の名前は、『ユニクルフィン』。そんでもって、一応は"英雄"みたいな事をやってる。まぁ、英雄見習いってところだな!」