第231話「第13章余談、それぞれのお祭り(魔王)」
「《虚実反生・テトラフィーア・Q・フランベルジュ!》」
大地に突き刺したレーヴァテインの周囲に出現した、生死すら偽り否定する魔法陣。
その光を眺める3人の眼は、それぞれ違う笑みを浮かべている。
「……ここは。いえ、私は」
「えー、ただいまよりぃ、極悪女狐テトラフィーア・Q・フランベルジュのぉ、異端審問裁判を始めるわぁ」
「ですわよね!?どう考えても魔女狩りですわーー!!」
死亡した瞬間の状態から急転し、見知らぬ場所で無防備を晒す。
レーヴァティンによって死を偽られた者の殆どが状況を飲み込めずに呆ける……、だが、声から感情を聞き取れるテトラフィーアはその条件には当てはまらない。
目の前で愉快そうに笑う三人の女。
レジェリクエ、ローレライ、メルテッサ。
その極悪な笑顔、そして、愉悦と歓喜を伝えてくる心音がテトラフィーアに真実を伝える。
「ご機嫌いかがかしら?テトラフィーア」
「宜しいように見えまして?」
「元気いっぱいでしょぉ?絞められる直前のゲロ鳥そっくりだものぉ」
隠す気すらない鼻で笑う嘲笑にイラっとしつつも、どうにか平静を装う。
一対一で負けたレジェリクエに加え、それを上回る戦闘力のメルテッサとローレライが後ろに控えている。
武力で勝てる見込みがない以上、テトラフィーアの武器は知力だけだ。
「それで、敗者である私に何をお求めになりまして?」
「言っているでしょぉ、異端審問だってぇ。まずは話を聞かないとねぇ」
異端審問。
通称・魔女狩りは、結果ありきの尋問を行う歴史の闇。
世界に巡る『悪』に魂を売った者へ、死の制裁を。
そんな建前の下で行われる施政者による詰問と処罰、総じて拷問後の生存率が著しく低いこと、そして、レジェリクエがそれを口にしている意味をテトラフィーアは理解している。
「改めて言わなくても分かると思うけどぉ、貴女を含めた狐一派は金鳳花を除いて全滅。まぁ、そもそもワルトナに貶められていた時点で、助けが期待できないのも分かっているでしょうけど」
「腑に落ちない点がございますわ。ワルトナさんの目的はリリンサ様……ではなく、この私だったと?」
「正解。あのスーパーデバフ女の手口には心当たりがあるものねぇ?」
ワルトナの『戦略破綻』、そのプロセスは非常に簡素。
相手の懐に忍び込んで内情を探り、中核の根元を爆破する。
他ならぬ母国フランベルジュを落とした手法、それを知っていてなお警戒すらできなかった完全敗北を悟り、テトラフィーアの唇がきつく締まる。
「貴女の目的は余の椅子、世界の頂点。……ワルトナの願いはね、こーんな中途半端なものではなく、とてもシンプル」
「ユニフィン様の独占ですか」
「いいえ、理想の実現よ。その為にあらゆるもの、自分の命でさえ犠牲にする究極の自己満足」
ワルトナが語った出自と、『ユニクルフィンとリリンサとあの子の幸せの実現』。
そこに彼女自身が含まれない事、他の誰にもその席を譲りたくないこと。
そして、そんな破滅願望に巻き込まれた己の愚かさに、テトラフィーアは自嘲する。
「あまりにもお粗末な結果ですわね。ワルトナさんも、私も」
「そうねぇ、でも、現時点では雲泥の差があると思うのだけどぉ?」
「どういうことですの?」
「くすくすくす……、リリンにブチ転がされて泣きべそを掻いたワルトナだけどぉ、結局、ユニクルフィンの側室ポジションに収まってぇ、今は仲良く三人で夜祭りデート中。望むものを何一つとして手に入れていない貴女じゃぁ、比べるのもおこがましいわねぇ」
何がどうしてそうなった?
これがテトラフィーアの本心だ。
聞こえてくるレジェリクエの声は本当に楽しそう。
自分だけが敗者だと野次を飛ばされているのは、神の耳を持っていなくとも分かる事だった。
「くっ」
「違うでしょぉ。鳴くならちゃんとやらないと。ほら、ぐるぐるげっげー」
「絶対にお断りですわっ!!」
「そうよねぇ、挽回のチャンスがあるのに屈服するなんて、プライドの高い貴女には似合わないものぉ」
テトラフィーアの耳は、その言葉が真実であると聞き取った。
だが、相手は支配声域を持つレジェリクエ。
耳当たりの良い声を鵜呑みにする訳にはいかない、されど、これが最後のチャンスであることも理解している。
「陛下の望み……、先ほどの言葉は嘘ではなかったと?」
「えぇ、レジェンダリア玉座への執着はないわ。むしろ、ロゥ姉様との活動の足枷になりえるとすら思っている」
「では、権力を保持したままの王位継承、傀儡政治の表舞台に立たせるお人形が欲しいと?」
「そういうことぉ。せっかく育てた国だものぉ、味わい尽くすのは当然じゃなぁい?」
ローレライと再会し、彼女が王位を望まないと確定した時点で、レジェリクエの興味は玉座から離れた。
今後の英雄活動を効率的に行うための権力を保持しつつも、面倒な政治経済の主導権を放棄する。
その傀儡第一候補――、テトラフィーアは翳された真意を吟味して答えを出す。
「ブルファム王と指導聖母。成立しているシステムの生き証人を侍らせられては、閉口するしかございませんわ」
「指導聖母としての経験は、ぼくが持っている数少ないアドバンテージだ。有効に使わないとね」
静観していたメルテッサは、一応の礼儀として相槌と笑みだけを返した。
オールドディーンすら警戒せざるを得ない経済屋として仰ぎ見ていたテトラフィーア、それが、出荷前のゲロ鳥のようにショボンでいる。
この光景が楽しくて仕方がない。
「……皆様、随分と我儘でいらっしゃいますこと」
「無色の悪意なんてなくとも人間は身勝手なのよ。狐だろうが神だろうが、完全上位存在なんて作り出せない。それを分かっているからこそ、人は騙し、切磋し、人生を磨き上げる」
「私にも、その資格は残されておりまして?」
「余が嘘を言っているように聞こえるかしら?」
疑わしい。
信じられない。
だからこそ、人は考えを巡らせる。
幾つも計画を練り、その中から優れたものを選び、何度も修正を繰り返す。
実現するまで諦めない、貪欲さ。
それが私に足りなかったものですわね。
テトラフィーアは自戒し、一度だけ涙をぬぐった。
そんな事をしている時間があるのなら、一歩でも早く前に進まなければならないと。
「陛下とワルトナさんには、随分と差を付けられてしまったようですわ」
「あ、そうそう。リリンからこれを預かっているのぉ」
急に切り替わった声のトーンに愉悦が混じる。
早速、仕掛けてきましたわね……!
露骨に警戒するテトラフィーアを横目で流しつつ、レジェリクエは空間から小さな箱を取り出した。
「ちゃんと謝るのなら、ユニクの側室に加えてあげても良い!!だそうよ。はいこれ、エンゲージリングぅ」
「……。……。……こんな雑に渡しますのッ!?」
「あはぁ、ユニクルフィンも同じ顔をしていたわぁ」
想定を超えるアホの子爆撃を食らい、テトラフィーアはタヌキに馬鹿にされたゲロ鳥のような顔になった。
婚約指輪の贈呈は人生の一大イベント。
それを他人を介して雑に送り付けるなど、一応は乙女であるテトラフィーアには許しがたい暴挙だ。
「あまりにも酷い……、ですが、拒否をするメリットはございませんわ。謹んでお請け――」
ぱたん。
指ではじいたデコピンで閉じられた指輪ケース。
そして、それを横に退けたレジェリクエは、満面の笑みで別の箱を開けた。
「エンゲージリングなんてぇ、今の貴女には贅沢だわぁ。ということで、はいこれ」
「……あえて聞きますわね。こちらは?」
「ゲロ鳥の首輪ぁ。9等級奴隷である貴女には、お似合いのアクセサリーよねぇ?」




