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第225話「お祭り幸七・後夜祭⑥」

 

「なぁ、どうなっちまうと思う、この温泉郷」

「自然災害とはいえなぁ。くつろげねぇ温泉に価値はねぇだろ……」



 街中に響く喧噪に、溜め息が混じる。

 温泉郷から出られないという交通制限に対する不満は、滞在料金無料という保証で相殺されている。

 だがそれは、温泉郷が魅力ある観光地であるからこそ成り立つものだ。


 木星竜の鳴動によって発生した大激震は温泉郷を破壊するのみならず、観光客の命に甚大な被害を与えた。

 崩落する家屋に押しつぶされた者、大気を揺るがす衝撃波に蹂躙された者。

 そして、ダンヴィンゲンの攻撃の余波によって、ほぼすべての人間が絶命、もしくは昏倒したのだ。



「運よく命は助かったが、風呂は濁ってるし、飯は提供されねぇし。寝ようにもあんな揺れがあった後じゃ安心出来ねぇし」

「せっかく高い金払ったってのによ。がっかりーー、ん?」



 名の知れた二人組冒険者『ボケーニッツ・コミィ』。

 レベル4万を超える彼らは、不安定機構支部で最強クラスの実力を持つも成すすべなく絶命した冒険者。

 だが、時間回帰のプロセスで絶命した記憶を取り除かれているからこそ、『命の危機』とは無縁の『損得』という次元でしか会話できない。



「ヴィーギルゥー!」

「……タヌキもいるしよ」

「どうしたタヌ公。ま~た飯をねだりに来たのか?」



 わんぱく触れ合いコーナーでハナちゃんにぷちっされた二人は、己の未熟さを痛感。

 そして、新人冒険者試験で狩った獲物『ウマミ・タヌキ』を攻略することで初心を見直そうとするも……、ウマミなき強敵と激戦を繰り広げる事となった。

 非番のタヌキ奉行が飯代節約の為に紛れ込んでいるという特大の地雷を踏み抜き、文字通りの意味で九死に一勝を体験。

 冒険者の初心どころか、人としての自尊心すら破壊されそうになるも、どうにか仲良くなることで生き延びた。



「ん、なんだそのチラシ」

「サチナの2ndライブ?へー、こんな状況でもやるんだな」



 タヌキ奉行が背負っているトートバックに詰め込まれたチラシを一枚取り、二人とも視線を走らせる。

 そこに書かれていたのは、サチナの感謝&復興ライブ。

 ライブに花火、くじ引き。

 そして、昨夜から行われていた人狼狐の表彰式など、いくつかのイベントの告知だ。



「このチラシにくじ番号が付いてるって……、これか」

「T組88145100?お一人様、A~Zのチラシを一枚ずつ獲得可能です?じゃあ、持てるくじは24枚までか」



『温泉郷に隠されたチラシを探し、豪華賞品をゲットしよう!!』

 そんな見出しの下には、武器や魔道具、宝石に衣服、領地に現金、様々なお宝が列挙されている。

 買えば数百万エドロは下らない、そんな品々のバラまきは、見通しが立たない冒険者の意識を一時的に引き付けるには十分な魅力だ。



「どっちにしろ、何も出来ねぇしな。見に行くか?」

「だな。魔剣でも当たれば儲けもんだ」



 そうして、温泉郷に滞在している殆どの観光客の手に、魔王のチラシが握られていく。

 それは準備に1時間しか掛けていない、破綻しまくっている魔王の所業。

 失われた温泉郷の名声を富と現金で塗り潰す、経済系魔王ワルトナ・バレンシアの雑で本気な策謀だ。



 **********



「おー、だいぶ人が集まって来たな」

「僕の伝手を全力で使って搔き集めさせた豪華景品だからね、釣られてくれなきゃ困るよ」



 矢倉台ステージの上から見下ろす広場は満員御礼。

 優先して復興させた屋台の活気も相まって、サチナのファーストライブの時よりも人が集まっている気がするほどだ。


 ワルトが提案したサチナの2ndライブ、その撒き餌として私財を投入した豪華景品を用意した。

 ウリカウさんの店を始めとする、ワルト、レジィ、テトラフィーア傘下の商人から選りすぐりの高級品を買い漁り、景品引換所で展示。

 ワザと値札を張ったままにして射幸心を煽り、参加しなければ損というイメージを押し付けた。

 なお、配っているチラシそのものに、認識改変の魔法が刻まれている。



「開催まであと10分しかない、セフィナ、リズムの再確認をしよう!!」

「うん!!」



 そして、俺の後ろでカスタネットを装備した魔王姉妹が、必死に楽譜を見つめている。

「せっかくだし、みんなで参加しないかい?」

 そんなワルトの優しさ――、の皮を被った無茶ぶりの結果、サチナの歌唱に合わせる音楽を俺達で演奏することになった。


 もう一度言おう。

 何故か演奏をすることになった。俺も。



「いや、無理だろ。楽器なんて弾くどころか、持ったことすらない」

「へーきへーき。打楽器系は副旋律、メロディラインを引き立てる役割のシンプルな音の繰り返しだから」


「どういうことだ?」

「たんたった……、たんたった……、って感じで8秒に6回リリン達がカスタネットを鳴らす、ユニはその間にドラムを差し込む。これだけさ!!」



 俺に渡されたのは首から下げるタイプのミニドラム。

 演奏隊が持っているような洒落たデザイン……、あっ、よく見たら意匠がゲロ鳥。

 ちょっとやる気がUPしたぜ!!



「いや、自信無いが?本当に大丈夫なんだろうな?」

「問題ないでしょ、主旋律を僕のハープ、レジェのフルート、そして」



 ……メルテッサのヴァイオリン、か。

 ワルトの方針が決まった後、俺達はカミナさん率いる医療団と合流。

 そこで手伝っていたメルテッサに交渉を持ち掛けた結果、相当な報酬と引き換えに、快く演奏を引き受けてくれた。



「よう、メルテッサ。悪いな、色んな意味で巻き込んじまって」

「本当に君らといると飽きなくて良いね。ただ、今までの人生が勿体なく思えて仕方がない」


「そりゃ良かったな!!」

「それにしても、悪辣あいつがぼくに頭を下げるなんて、くく、なんて面白い経験だ」



 隠す気もなく笑っているメルテッサは本当に楽しそう。

 どうやら、今回の戦いを無傷で乗り切ったらしく、被害どころか利益が出て嬉しいらしい。



「ところで、ヴェルサラスクとシャトーガンマは大丈夫だったか?」

救命救急救世クロノクロンを使ったし、カミナ先生にも見て貰った。肉体的な損傷はもうないよ」


「そうか」

「メナファスはまだ寝かせておいた方が良いって言ったんだけどね、ぼくの一存で起こした。今は二人とも衣装合わせをしてるよ。サチナと一緒にね」



 **********



「ヴェル……」

「シャトー……」


「「行かなくちゃ」」



 ヴェルサラスクとシャトーガンマが目覚めたのは、数十分前のこと。

 優しく肩を揺さぶられた彼女達の目の前には、死んだと聞かされた姉メルテッサがいた。


 ここは天国で、私達も死んじゃったんだ。


 自分と同じ思い込みをする光景にひと笑いしたメルテッサ、だが、魔王のようなからかいをすることなく事情説明。

 そして、半ば強引に矢倉台ステージに連れて来て、二人を衣装室に放り込んだ。



「あの、サチナちゃん……」

「……その、サチナちゃん」


「なんだ?です」



 テトラフィーアの手引きとはいえ、サチナに決定的な敗北を与えたのはヴェルサラスクとシャトーガンマだ。

 首謀者と実行犯の罪が同じであるように、彼女達はテトラフィーアと同等の立場に置かれることになる。



「謝って済むことじゃないけど……」

「過ちで済ましていい事じゃないけど……」


「「ごめんなさい」」



 アイドル衣装に身を包んだサチナに向かい、二人は頭を下げた。

 目には大粒の涙、だが、その声は少しも掠れることなく。



「頭なんか下げられたって、許さねーぞ、です」



 年齢で言えば、サチナの方が二人より年下だ。

 だが、あらゆる意味でサチナの方が格上。

 血筋、戦闘力、社会人としての経験に至るまで、何一つとして、彼女達が勝てる所はない。



「だから、手を貸せ、です」

『「……ぇ」』」


「お前らの演奏は見事で、とても感動したです。だから、この後の失敗できないライブに協力しろ。そうしたら、サチナの友達のままにしてやる、です!!」



 思わず顔を上げた二人に、サチナの強い視線が突き刺さる。

 殆どの皇種が震えあがり、腰を砕き、首を垂れる……、そんな恫喝めいたお願いも、戦いを知らぬ二人には関係ない。



「やる、やりたい!!」

「やらせて、絶対に成功させるから!!」



 指で涙をぬぐい、拳を握り、決意を固める。

 そんなヴェルサラスクとシャトーガンマに向かい、サチナが手を差し出した。



「指切りげんまん、嘘ついたら、ハリセンボンのーます、です」

「「指切った!!」」

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