第219話「羨望の無尽灰塵⑦」
「《覚醒せよ、神欲輪廻・ゼーヴァオート》」
重ね合わせた手から零れ出る、暖かな虹色の光。
世界最強・十の神殺しが一つ。
唯一神への対抗、そして、嘆き悲しむ人々の救済の為に建造された切り札が、ワルトナの閉ざす心に楔を打つ。
「ゼーヴァ……、オート……?」
「そう。グラム、シェキナに続く第8の神殺し。ワルトナなら、この指輪の効果も知っているはず」
神殺しは終生に対抗する人類の切り札だ。
そして、それを成すのは大聖母を中心とした英雄であることが多い。
故に、不安定機構・深部に保管されている秘匿文書には、神殺しの性能に関する文献が数多く存在する。
リリンサの真っすぐな瞳に見つめられ、ワルトナは息を飲んだ。
神栄虚空・シェキナを持つ者として……、否、ユニクルフィンと共に世界最強を目指していた彼女は、当然のようにゼーヴァオートの性能を把握している。
だが、それでも、この指輪に秘められた想いをリリンサの口から聞きたかった。
「……教えてくれるかい?リリン」
「ん!神欲輪廻・ゼーヴァオート。別名、ソロモンの指輪ともいう」
「ソロモン王、かつて悪魔を率いし神へ反逆したとされる、亡国の偉人……か」
「この指輪は所持者の魔力を締結させる。魔力とは魂であり、意思。それらを束ねるゼーヴァオートを持つ者は嘘や隠し事が出来なくなる!!」
『神欲輪廻・ゼーヴァオート』
神すら欲する真実と締結を宿す、第8の神殺し。
このゼーヴァオートは、グラムやシェキナのような高い殺傷能力を持たない、完全サポートタイプの神殺しだ。
覚醒時の肉体性能向上こそ備わっているものの、敵に干渉する能力を一つも持っていない。
それでも、このゼーヴァオートを無くして、唯一神殺しは成し得ない。
あらゆる方向に飛び抜けた性能を持つ神殺し、だが、相対するは全知全能を知る唯一神。
『終生には現存する人間の肉体を使用する』という縛りを付与している……、いや、縛りを適用した上で全知全能に近い能力を発揮できる肉体を選んだ唯一神を攻略するには、一つの方向性に特化するだけでは足りない。
『力として観測できる、あらゆる事象にて最強』である全能の蟲量大数や、『二つの世界の理を完全に理解』している全知の那由他ですら、単体では後れを取ることが多いのだ。
だからこそ、神殺しの開発者であるシアン・リィンスウィルは、ゼーヴァオートに『締結』の効果を持たせた。
魔力とは魂であり、意思。そして、魔法次元の扉を開くエネルギーでもある。
総じて、人間という器を動かす動力、それが魔力なのだ。
そして、神欲輪廻・ゼーヴァオートは、所持者の魔力を完全に同調させ、複数の意志を持つ一つの生命体へ締結する。
リリンサが持つ主武装『リング オブ ソロモン』を中継し、副武装『エンゲージ オブ レメゲトン』を持つ者の魔力・意思が共有される。
この際、使用者が受けているバッファ魔法や神殺しによる影響も対象となる。
絶対破壊を宿したシェキナ。
現実を懐疑して取り消すグラム。
世界を創造するレーヴァティン。
それぞれが持つ能力の相互使用を可能にする、それが、神欲輪廻・ゼーヴァオートの『締結』。
そして、もう一つの能力、『真実』。
「そのエンゲージ オブ レメゲトンを付けた人の魔力は、私のリング オブ ソロモンの支配下となる。魔力はもちろん、考えていることまでお見通し!」
「本来は、神経速で行われる神々の戦いでチームプレーを可能にする兵器。……それを、こんな使い方をするなんてね」
「ワルトナが何を考えているのか。確信はしていたけど、まだ憶測でしかなかった。……でも、もう違う」
「……うん」
「ユニクとあの子に対する強い想い、そして、それを手放そうとしてまで守ろうとしてくれた私への想いも、全部受け取ったよ」
「うん」
「私は勝った。約束は守って貰う。もう二度と、ワルトナを一人にしたりしない!!」
重なり合う手から伝わる、熱。
鼓動、吐息、感情……、ワルトナを形作る要素の一つ一つが混ざり合い、リリンサの中に溶けていく。
あぁ、そんな、だって。
僕は騙していたのに。
ずっとずっと、リリンを騙していたのに。
僕は世界に蔓延る悪意の伝達者、諸悪の根源である金鳳花の手先なのに。
「こんなに酷いことをした僕を……、許すの?」
「許す!!」
ワルトナの目に映ったのは、リリンサの平均的な表情だった。
いつもと同じ――、自分を信じてくれる、優しい微笑み。
「……ひっく」
「ワルトナ?」
「ひっく、ヒック……、だって、しょうがないだろ。ホントの僕は泣き虫だって、もう……、バレちゃってる」
止めどなく流れ落ちる大粒の涙が、ワルトナの頬を濡らす。
何度ハンカチで拭っても止まらず、リリンサが少しだけ困っても、解き放たれた感情が渇くことは無い。
*
「……ありがとリリン。もう、だいぶ落ち着いたよ」
「ん、それは良かった!!」
寄り添って思い出のクリスタルを眺めていたワルトナが、照れくさそうにリリンサに視線を向ける。
そこにあるのは、やはり平均的な微笑み。
その事に安堵しながらも、ワルトナは自分自身を許す為のケジメを付けに行く。
「ご存じの通り、僕はここで死ぬつもりだった。リリンに全てを投げ渡した自己満足。それが僕の無色の悪意だ」
「分かってる。でも、納得はしない」
「これでも、精一杯考えた答えだったんだけどねぇ。やっぱりどうかしてたんだろうね」
「今は?」
「ユニに謝りたい。そして、頭を撫でながら叱って欲しい」
「むぅ!」
口に出した言葉と、脳裏に浮かんだ思考は違う。
伝わって来た光景は、ユニクルフィン、リリンサ、レジェリクエ、カミナ、メナファス、セフィナ、テトラフィーア……、親しい友人達の輪の中で弄り回されるワルトナの姿。
一見して屈辱的な結末、だが、それがワルトナの心の底からの願いだ。
「あの子の、そして、僕自身の未来も諦めない。神が驚き、キツネが頭を抱えるような、そんなハッピーエンドを作って見せる」
「当然!私も本気でやる!!」
「そうかいそうかい、頼もしいねぇ、手綱を握らないとねぇ」
「むぅ!?」
「頭脳労働は僕の領分だろ。まずは、温泉郷の復興からだ。実損害は大したことないけど、心理的な問題は山積みだろうし」
「そう言えば、外はどうなっているの?」
神嘘窮劇・シェーキナピアに隔離されて、数時間。
リリンサが持つ腹時計では午後の6時――、夕食の時間が迫っている。
「130の皇の処理がちょうど終わったみたい。最終決戦で勝ったのはサチナとホロビノ。木星竜とダンヴィンゲンを撃破したようだね」
「ダンヴィンゲン!とても強い蟲!!」
「レジェもカミナも近くにいたっぽいし、後で記録映像を見せて貰おうか」
「それが良いと思う!!」
「観賞料は僕持ちでね」
ある意味、今回の最大の被害者はレジェリクエと言える。
金鳳花の狙いのサチナや、ワルトナの狙いのリリンサとユニクルフィン。
主犯であったテトラフィーア、配下のヴェルサラスクとシャトーガンマの姉であるメルテッサ。
ホーライと関係性が深いローレライやメナファスも当事者と言えなくもない。
だが、レジェリクエだけは完全に巻き込まれた純粋な被害者だ。
それを理解しているからこそ、ワルトナは仕方がなさそうに笑った。
「ちゃんと謝らないとね」
「あ、そう言えばなんか、レジェとホロメタシスが結婚したとか言ってた気がする?」
「……ご祝儀も追加かぁ。ちっ、それじゃ相殺になっちゃうじゃないか」
出現した光のドアに手を掛けながら、ワルトナが愚痴を溢した。
そして、速攻で破綻した謝罪方法の代わりを考えながら、ゆっくりと、友達がいる日常へ向かって歩み出す。




