第214話「羨望の無尽灰塵②」
「……分かった。それでいい」
リリンサは、ワルトナの視線をいつだって肯定してきた。
今までも。そして。
「何でもありの一本勝負だ。準備は良いかい?」
「いい。今回も負かしてあげるから、覚悟して」
思い出の中の情景を思い浮かべながら、リリンサは静かに目を細める。
ワルトナと戦ったのは、心無き魔人達の統括者と闘技場で遊んでいた時のこと。
『なぁ、オレ達の中で誰が一番強いんだ?』
メナファスの疑問にレジェリクエが悪ノリし、カミナと私も賛同。
多数決で負けたワルトナも渋々参戦を表明し、全員で出場して大会を荒らしまくった。
そんなことを考えていたら、ふと、リリンサの目にその時の光景が映った。
ワルトナと自分の周囲に浮遊している無数のクリスタルの一つが、当時の場面を映している。
影像の中で視線を交わし合う彼女達、だが、その表情は今と違う楽しそうなもので。
「《供食礼賛=悪食=イーター=二重奏」
「タヌキの球を二つもぶら下げるとはね、ははっ、ユニが見たら卒倒しそうだ!」
神栄虚空・シェキナを知らないリリンサの悪食=イーターには、能力に関する文献は存在しない。
ましてや、ワルトナは金鳳花から、シェキナを覚醒させた英雄の記憶を譲渡されている。
神殺しの熟練度で言えば、ローレライやユルドルードどころか、ホーライであっても追い付けない知識アドバンテージ。
その中には、ホロビノ――、全盛期の希望を戴く天王竜をハメ殺して叩き堕とした英雄すらいるのだ。
故に、ワルトナより優れた戦闘経験を持つ人間は存在しない。
だが……、同等の熟練度を持つ神殺しの使用者は存在している。
「さっきの矢も貫かれるまで認識できなかった。だけど!!」
二人がいる空間は、神嘘窮劇・シェーキナピアで作り出した空想舞台劇場。
世界の広がりに制限はなく、永遠と木製の床が続き、至る所にカーテンで包まれたクリスタルが浮遊する。
そんな、ワルトナの思い出のみが存在する世界を踏み抜きかねない勢いで疾走したリリンサが、ワルトナの5mも前で魔神の右腕を振り抜く。
完全な空振り。
傍観している神にそう思わせる攻撃の後に、裂かれた矢が散らばった。
「やるね。ローレライよりよっぽど手強いよ」
「シェキナのことは分からなくても、神殺しについては知っている!!」
グラム、エクスカリバー、ルインズワイス……、リリンサが知る神殺しならば、悪食=イーターで知識閲覧が可能。
そうして調べた共通能力から、シェキナの性能の一部を推察しているのだ。
『神殺し』とは、世界を終生させようとする唯一神を殺害する神滅兵器。
故に、神によって生み出された能力――、世絶の神の因子と権能に絶大な優位性を持っている。
だからこそ、脆弱な肉体しか持たない人間が神や皇種に対抗できるようになる。
そして、リリンサはワルトナが得意とする戦術を知っている。
嘘、偽り、虚飾。
あらゆる方法で人を欺き勝つワルトナが、過去の英雄が使った膨大な手札を持った状態で、目の前に立っている。
取れる手段が豊富であるからこそ得意な戦術でくる、そんなリリンサの読みは当たっていた。
「貴女が使う戦術だって、お見通し!!」
悪食=イーターの知識庫は、ソドムとゴモラがリンサベル家用に開発した能力であり、あくまでもサブ能力でしかない。
メインは、万物破壊、分解吸収、真理究明、形態変化、万物創造の5つに分けられた能力。
そして、神殺しに対応できるようにアップデートされているのが、ソドムの真理究明の悪食=イーターだ。
リリンサは、魔神シリーズによって収集した状況の変化を悪食=イーターで分析し、不可視の矢の軌道を演算。
さらに、自分が見ている脳内影像に結果を投影するという荒技を使い、見えない奇襲を攻略したのだ。
「見えてるっぽいし、認識阻害にリソースを使うのは勿体ないか。威力向上だねぇ、意気揚々だねぇ」
今までリリンサと会話していたワルトナの姿がボヤけ、別の場所に出現する。
ワルトナの得意戦術、『三位一体』。
魔法で作り出した分身に戦わせて、自分は安全圏で高みの見物をする――、そんな使い古した手段をワルトナは改めた。
「《火車軸の雨奏》」
姿を現したワルトナの左手には、巨大なハープのような形状の機械弓が握られている。
『開創造のライアー』
ワルトナが片腕で抱いていた小型のハープのような弓が変形し、大きな機械弓へ。
そして、中央に張られた8本の弦を爪弾いて音色を奏で、求めた魔法結果を持つ矢を生成する。
ドレミファソラシド……、8本の弦が対応する音階は、この世界の構成要素を揺らがせ、物質を直接的に創造する。
さらに、音を用いる事で魔法次元の扉を開き、複数の効果を混ぜたオリジナル魔法を付与。
それを弓に番え、引き、離す。
「ん!」
空を切る矢の先端に点いた灯がゆらりと、リリンサを照らす。
大した熱量を感じない刺激、ほんの僅かに暖かい程度。
既に防御魔法を抜かれている!
最大級の危機を感じたリリンサは、目の前に魔神の脊椎尾を差し込ませ、備わっている残像魔法陣を起動。
発動までの時間が短い、第九守護天使を幾重にも積層させ――、吸収しきれずに誘爆していく魔法陣の中を駆け抜ける。
「ワルトナァ!!」
「そう言えば、この舞台のジャンルが何なのか説明していなかったねぇ」
リリンサは分かっている。
近接戦闘こそが、勝利に必要なピースであると。
今のワルトナも防御を捨てている。
いつもと同じく攻撃を食らう前提の装備ビルドじゃないから、一回でも攻撃が通れば私の勝ち。
だけど……!
リリンサが良く知るワルトナは魔導師であり、完全な後衛職だ。
前衛の動きに合わせる為に、移動速度重視の装備を好んでいる。
だからこそ、リリンサの特攻を回避する事自体は想定内。
だが――、その時の身体の機動が人間離れしていた。
「なっ……!」
「人形劇。僕はシェキナを操り、シェキナが僕を操る。弓は糸を扱う武器だ、こういう戦い方があっても良いだろう?」
至近距離まで近づいたリリンサの目に、乱反射する光の筋が映った。
朝日に照らされた蜘蛛の巣の如く、シェキナの弦がワルトナの全身に絡みついている。
そして、人体にあるべき動きの予兆が無いままに、糸による全身操作でリリンサに肉薄した。
「全部を見せると約束したからね。さぁ、楽しみたまえよ。これがこの僕、英雄ワルトナ・バレンシアの全力だ」