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第213話「羨望の無尽灰塵①」

「キミの死因は食い意地による注意力散漫。アホの子にはお似合いの最期だよ」



 目の前の地面にあるのは、血塗られた神殺しの矢。

 それが自分を背中から貫通してそこにあるのだと気が付いた瞬間、悲鳴の代わりに血の塊が穴から噴出した。



「……ごふっ」



 ――、動かない。

 息を吸う肺も、地に立つ足も、穴をふさぐ手も、全部、動かない。


 死。


 首の真下、心臓の真上。

 脳と身体を繋ぐ脊椎ごと破壊された気道と食道から、止めどなく溢れる鮮血を眺める事しか出来ない。

 状況を打開するための魔法こえも、傷を治す魔王も、もう既にリリンサの意識とは切り離されている。

 何もできない、何も。

 ただの一文字、言葉を発することすら出来ない。


 死。


 これは、悪食=イーターによって伸長された、リリンサ・リンサベルのエピローグ。

 唯一動かせる瞳だけで訴える、糾弾。

 友達に向ける初めての……、憤怒。



「――かふ!」

漆罪咎を律する装飾(ゴルゴンティーナ)


「魔神の脊椎尾ッ!!げほっ!!」

「装備者へ及ぼす影響を24時間に一回、完全に無効化する。例えそれが世界を終わらせる攻撃であっても、一回だけ絶対に生き残る。ユニから貰ったプレゼントで生きながらえるとは、なんて面白くない展開だ」



 リリンサが命を落とした瞬間、魔導ローブのボタンとして使用している漆罪咎を律する装飾(ゴルゴンティーナ)が発動。

『使用者が負った致命傷を、あらゆる物理法則を無視して取り消す』

 それは、事象が世界に記録される前に差し込まれる、未来改変能力。



「げほっ、げほっ……」

「どうだい?死んだ感想は?」


「ワル、トナ……!!」

「おーおー、平均的な表情はどこへやら。タヌキじゃないねぇ、負け犬だねぇ」



 魔神の脊椎尾を振り回し、ワルトナから距離を取る。

 そうしたリリンサの傷は完全に消去され、身体的な外傷は一つも付いていない。


 だが、胸が痛い。

 ズキズキと早打つ心臓が、目から零れる涙が、噛みしめる奥歯が、悟ってしまう。

 今、私は、ワルトナに殺されたんだ。



「不思議な事じゃないだろう。僕は君を殺すと言った。何度もね」

「……それでは、何も得られない。もしも仮に、私を殺してユニクを手に入れても、ワルトナが欲しかった未来は来ない」


「だから、殺されないと思ったって?……甘いねぇ、ダルイねぇ。無色の悪意に常識なんて通用しないのに」



 ワルトナの指摘を聞いても、リリンサは態度を変えなかった。

『デメリットを考慮しない』という無色の悪意の特性を失念している訳ではない。

 それ以前の、『ワルトナが思い描く未来に、人殺しが含まれるはずがない』という、絶対的な確信があるからだ。



「無色の悪意は感情のブースター。欲する未来がユニクとの共存である以上、それを侵害する殺人に手を染めるはずがない」

「確かにその通りさ。キミを殺してユニを手に入れたって、受け入れて貰えるはずがない。……そんなことは分かっているんだよ。リリン」


「ぇ?」

「分かっているから、僕は君を殺すんだ。それが、僕とユニとあの子が幸せになる唯一の方法だから」



 真っすぐ見つめてくる、ワルトナの真摯な目。

 そこには嘘が含まれていない。

 ワルトナはつらい本心を語る時、絶対に笑ったりしないとリリンサは知っている。



「ワルトナ、さっきから言っていることが滅茶苦茶だと思う」

「過去を見せたのは、キミが僕の本心を知りたいと望んだからだよね。なら、少し先の未来を伝えても良いかな。サービスさ」


「未来、それが貴女の望み?」

「無色の悪意によって煽られている僕の望みは、『あの子とユニに、もう一度、頭を撫でて貰う』。つまり、あの子を蘇生させた上で、三人での関係を再構築する。どうだい、子供らしくて可愛らしいお願いだろう」


「うん」

「その為にはリリンが無意識下で作っているという、あの子の肉体が必要不可欠。だがね、本当にそんな都合の良いものが有るのかな?」



 人体を丸ごと一つ作り出す。

 回復や時間逆行とは全く系統の違う、生命の誕生。

 それをどれだけ調べても類似現象すら発見できなかったと、ワルトナは肩をすくめた。



「失敗は許されない。さっきのキミがそうであったように、胸に2cmの穴が開いただけで人は死ぬ。あの子の再誕が上手くいっても、苦しみ悶えて死ぬだけの人生なんてあんまりだろう」

「……それは」


「カミナにだって不可能なことはある、魔法が絡む現象だからね。だから僕は確実な方法を選んだ。君の身体というね」

「!!」


「死とは魂と肉体が切り離された状態だ。そして、準備されているというあの子の肉体は『キミそのもの』。だったら、キミを殺して肉体を奪えば不確定な器を使わなくて済む。そうだろう?」



 理屈の上では、理解できる。

 だが、リリンサは頷かなかった。



「そんな事をしたって、ワルトナは頭を撫でて貰えない」

「リリン。僕はキミにも情を抱いている。友達だからね、当前さ」


「ん……」

「ユニを洗脳してキミへの愛着を塗りつぶしたとしても、僕は友達を殺したという罪悪感を抱いている。そんな状態で撫でて貰っても、きっと楽しくない」


「だから、あなたのやっていることは矛盾している!!」



 心無き魔人達の統括者として活動していた時代。

 ワルトナやレジェリクエが苦渋の決断を迫られた時はいつだって、リリンサの一言が核心を突いてきた。


 リリンサが普段はアホの子だと馬鹿にされているのは、信用する友達の言葉を覆す必要性を感じないから。

 だからこそ、好みや主観が混じっていない第三者として状況を整理することで、打開策を見つけてきた。



「さっき私が死んだのも何かの間違い、いや、不慮の事故……、だと……思」

「そんなことは無いよ」


「違う、だって、ワルトナは……」

「あの子を世界から切り離した亡失の魔法。それを今度は、キミに使う」



 リリンサは気が付いた。

 間違っているのは自分だと。

 ワルトナは、もう、答えを出してしまっているのだと。



「あの子を君の身体に宿らせた後、リリンサ・リンサベルを対象に亡失の魔法を発動する。そうするとね、キミが行った過去があの子に置き換わる」

「……ぇ」


「僕や、ユニ。セフィナ、ノウィン様。世界中の全ての人が知る『リリンサ』が『あの子』となり、思い出が再構築される。そして、その後に、リリンサは残らない」

「……待って」


「友達を殺した僕の罪悪感も、恋人を救えなかったユニの後悔も、家族を亡くしたセフィナやノウィン様の悲しみも、そこにはない。みんな薄暗い過去(リリンサ)なんて覚えていない」

「やだ、そんなの」


「誰も困らないし誰も泣かない、ハッピーエンド。これが、僕が望んだ真の『逆行する真実の虚偽(フォールス・トゥルー)』だ」



 ゆっくりと語られた、ワルトナの望み。

 たった一人の犠牲の、いや、犠牲すらなかったことにする真なる幕引き(トゥルーエンド)

 そんなものを、リリンサは受け入れられるはずがない。



「私だけが消えれば、みんな幸せになる……?」

「そうさ。そもそも、キミが生きているのだって、ユニとあの子が庇ったからだ。だったら、別にリリンサが死んでても良いじゃないか」


「良くない」

「ユルドさんやユニと別れた後、僕とあの子は二人で旅を始めた。いろんな国を見て、レジェ達と出会い、そして、心無き魔人達の統括者を作った」


「ダメ、そんなの」

「とてもとても楽しい旅でね。そして、ユニと再会してさ。そしたらユニを取り合って喧嘩なんかしちゃって、でも仲直りして。今度は三人で旅を始めるんだ」


「……やめて」

「英雄になったユニは、ノウィンさんからの依頼で大忙しでさ。だから僕は、家に帰って来るのを楽しみに待ってて。それで、子供たちと出迎えるんだ」


「やめて!!」



 思いっきり叩きつけた魔神の脊椎尾が悲鳴を上げる。

 ガァン……。と木霊する炸裂音が二人の心に溝を穿つ。



「なんで、そんな酷いことを言うの……」

「キミが知りたいと望んだから」


「こんなの、私が望むはずがない」

「じゃあ、言い方を変えよう。僕が望んだ。さっきキミを殺したときに思ったんだ。あんな騙し討ちみたいな方法じゃ、悔いが残るって」



 崩れ落ちるリリンサを眺めるワルトナには、確かな後悔があった。

 親友との別れにしては、寂しすぎる最期だと。



「僕にとってキミは本当に大切な人だ。後で忘れるとしても、今の僕にとっては掛け替えのない親友なんだ。あんな最後は納得できない」

「私だって」


「だからね、リリン。本気で戦おう。どっちがどっちを殺しても文句なし。全部出し切って、勝った方が幸せを手に入れる。それでいいね?」



 これがキミと僕の最後の約束。

 そんな言葉を口に出すことなく、ワルトナはリリンサを見つめた。



「……分かった。それでいい」



 リリンサは、ワルトナの視線をいつだって肯定してきた。

 今までも。そして。


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