第11話「魔女子会・作戦の履行」
「今、ユニクは揺れ動いている?そしてそれは好機だと?」
「ええ、そうよ。心理学用語で”吊り橋効果”っていうものがあってね。危険な体験などを一緒に経験することで、通常よりも多く好意を抱いてしまうという現象があるのよ」
「へぇ……。つまりユニクとホロビノを戦わせて恐怖を刻み込んだ後、第三勢力として戦いに参加すればいい?」
「色々間違っているし、数々の大失敗が起こりそうな気がするわね。却下で!」
むぅ。と小さく息を漏らしながら、真剣に思案を開始したリリンサ。
その向かい側に座るカミナも、どういう風に軌道修正するべきか考えを巡らせていた。
そもそも、状況はあまり良くないとカミナは判断をしている。
なにせ、リリンサから聞いた昔話や一緒に旅をした経験などからユニクルフィンとリリンサの関係性では、どうしても懸念が生じてしまうのだ。
それは、ユニクルフィンのレベルがリリンサと比べて余りにも低かったという事。
リリンサはずっと上を見続け、憧れを絶やす事の無い人生だったという。
幼き日は父や母に憧れた。
家族を亡くしてからは、身を寄せた師匠達の技量に憧れた。
心無き魔人達の統括者時代は、仲間たちと対等の関係にありながらも、各々が持つ特殊な技術を追い求め、憧れた。
そして、その長き時代は、英雄という存在や息子ユニクルフィンへの憧れがリリンサを支え続けたのだ。
憧れを続け、振りかえることも、下をかえりみる事もなかったリリンサ。
事実、リリンサは格下相手への加減を間違えて、ユニクルフィンに負担を強いている。
カミナは、なかなか厄介ね。と心の中で呟き、気分を変えようと机の端に用意していたティーカップに手を掛けた。
「あ、お茶すら出してなかったわね。リリンは何が良い?インスタントだけど結構種類があるわよ?」
「……ココアがいい。ある?」
「あるわ。ミルクと砂糖多めで淹れるわね」
「ありがと。いただきます」
「……ふぅ。なんとか気分が落ち着いてきたかな。さて、具体的な計画を立てるとしましょうか」
カミナはリラックス効果が高いとされる特製の茶葉の紅茶を口に含み、その香りと味を堪能している。
その、ほのかな甘みに美味を感じつつリリンサの出方を窺った。
「そういえば、試した事があった」
「うん?何をしたの?」
「レジェ考案の『パジャマ作戦』」
「げほっ!けほけほっ!リリン、アレ試したの!?」
「試した。そして、まったく効果がなかった」
「え、ホントに!?」
カミナはリリンサの行ったであろうパジャマ作戦について思い出をさぐり、たしかレジェ考案の『パジャマ作戦』の全容はこうだったはずだとリリンサに言って聞かせた。
① 仲良くなりたい相手と寝衣を選びに行き、相手の好みをふんだんに取り入れたパジャマを選んでもらう。
② お披露目の目的で部屋に誘い込む。そのまま着替えるのも野暮だと言って、自然な流れでお風呂に入る事が出来ればなおよし。
③ 湿り気の有る肌を見せびらかしながら、相手を誘う。
④ あとは野となれ山となれ。
「こんな感じだったわよね!?それでどこまでやったのよっ!?」
「ちゃんと最後までやった。でもユニクは動揺を見せたものの、襲いかかってくる事はついになかった……」
「うっそ!?こんなに可愛いリリンが、そこまでしてダメだったの!?」
「きっと、私に魅力がないせい……。私は、体も小さいし、全然大人っぽくないから……」
いや、問題はそこじゃないような気がするんだけど!?とカミナは内心でツッコミを入れ、少しだけ値踏みする様な目線でリリンサを見やり、心の中で呟く。
うん。魅力は十分よね。確かに大人の色気は少ないけれど、それに余りあるほど保護欲を刺激されるわ。あぁ、甘やかしたい!!
どうみてもリリンサの外見に問題があるとは思えないカミナ。
こんな風に、胸に手を当ててションボリしているリリンサの仕草でさえ、同性のカミナの心を存分に刺激しているのだ。
こんなに可愛いのに何も反応しないのは、彼側に問題がありそうね。と、原因を探る為にリリンサへと質問をする。
これは今後の方針を考えるのにとても重要な事だった。
カミナが疑っていたのは、彼、ユニクルフィンの性癖。
医師であるカミナは当然のように心理学にも精通し、その中でも、とても繊細な事象に思い当たっている。
……もしかしたら、ユニクルフィンは同性愛者なのかもしれないと疑惑が育っているのだ。
「ちなみに、どんな寝衣をユニクルフィンくんは選んだのかな?」
「……タヌキパジャマ」
「へ?」
「だから、タヌキパジャマと言った。ユニクが選んでくれたのは、なりきりアニマルシリーズの、タヌキパジャマ」
「……え?待って。なりきりアニマルシリーズって児童用のパジャマよね?うちの小児病棟でも絶大な人気を誇る、あの……」
「そう。それで間違いないと思う」
「…………。」
絶句。
そう、カミナが示した反応は絶句だった。
それくらいの衝撃がカミナを襲っているのだ。
彼は同性愛者ではなく、小児性愛だったのか……と。
医師として、突然の出来事にはかなりの耐性があるはずのカミナでさえ、その言葉に対する返答には困ってしまった。
そして、これは、まずいかもしれない。とカミナの危機感が一段階引き上げられたのだ。
人の恋愛感情の矯正は、思いのほか難しい。
それが同性愛者だと言うのであれば、異性の魅力を教えることで、どうにか矯正が出来るかもしれない。
だが、小児性愛の場合はそうはいかない。
事態は一刻を争う。なにせ時間を掛ければ掛けるほど、ユニクルフィンの性癖からリリンサが離れていってしまうという事になるのだから。
「タヌキパジャマか……これは良くないわね」
「確かにレジェのオススメの『スケスケ・ネグリジェ』ではないけれど……」
「いや、そこは問題じゃないわ。彼はリリンに子供服を着せようとした訳でしょう?性癖が特殊なのよ」
「まぁ、確かに彼は並みならぬ情熱を注いでいる。タヌキに関しては」
「……は?タヌキ?」
「そう、ユニクはタヌキが大好き。ここ最近は毎日夢に出ると言っていた」
「それじゃぁ、なに。ユニクルフィンくんはリリンにタヌキの恰好をさせて喜んでるわけ!?」
「たぶん。」
「ケモナーとか特殊すぎるわっ!!どうしたらいいのよ、もう!!」
着々とカミナの中でユニクルフィンの変態性が上がっていく。
医師としてある程度の理解があるカミナでさえ、これは別れさせた方がいいのではないかと、別の意味で心配になった。
内心的にも、現実的にも頭を抱え考えこむカミナの前で、リリンサはココアを飲みながら一息つき、今頃ユニクは何の検査をしているのだろうかと想いを馳せていた。
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「――――以上で検査は終了となります。お疲れさまでした」
「……俺は助かったのか?」
「はい?」
「もうこれ以上、危険にさらされる事は無いのかって聞いたんだ」
「あ、まだシたいんですかぁ?しょうがないですね……ここじゃ人目につくのでもっと地下に行きましょ?地下8階の、解・剖・室!」
「行かねぇよッ!?そんな所で何するつもりだよ!?怖ぇぇぇんだけど!」
俺は無事、生還した。
内視鏡検査が終わった後、心電図やら脳波やら、よく分からない検査を数々とこなし最後に身長・体重・視力を測定したら終了。
現在結果を急ピッチで検査中だそうで、後30分もしないうちに全ての結果が出揃うらしい。
思えば屈辱的な事も有ったが、おおまかには普通の検査だったと言っていい。
俺はどうやら必要以上に警戒をしていたみたいだな。
なるほど、もしかしたらカミナさんは俺が思っていたほど心無き魔人達の統括者じゃないのかもしれない。
「結果が出るまであと少しですね。……その間、お喋りでもしませんか?」
「ん?いいけど……」
俺の緊張がほぐれた頃、ミナちーさんが俺の横に座り、お喋りをしようと言い出した。
……まだ何か仕掛けてくるのだろうか。
もう検査は終わったはず。これ以上は俺に指一本触れさせないぜ!
俺は再び身構え、ミナちーさんの声に耳を傾けた。
「あは。私って昔から大事な所で失敗してばっかりで、この間なんかは患者さんと殴り合いのケンカしちゃいましたよ」
「あぁ、カミナさんから聞いたよ。相手は格闘家だったんだろ?」
「ん?あぁ格闘家もそうですけど、この間のは剣士でしたね」
「何回も殴り合いしてるのかよッ!!よくクビにならなかったな!?」
「えへへ、その代わりカミナ先生にはすっごく怒られますけどね。こんなガサツな私がお医者様を目指したのって何でだと思います?」
「なんでって、そうだな……。給料が良いから?」
「そうです、豊かな人生にはお給料は大事、ってそれもありますけど、他にもあるんですよ!」
ん?ミナちーさんは何が言いたいのだろうか?
いきなりそんな事を聞かれても困るんだが。
まぁ、さっきまであんなに楽しそうだったし、患者さんで遊びたいからとか?
……いくら大悪魔とは言えそれは無いか。
流石にノーヒントじゃ分からん。降参だ。
「他か。まったく分からん!」
「……ですよねー。全然思い出してくれないですもんね」
「え?なんのことだ?」
「……私ね、すっごく昔に英雄に会った事があるんです」
「英雄? まさか、俺の親父……か?」
なんだか、雲行きが怪しくなってきたぞ?
第一、いきなり全裸親父に出会ったことがあるとか言い出されても反応に困る。
というか、俺の中で親父にまつわる情報が”全裸”しかないせいで、光景を想像すると必ず全裸で再生されるんだが。
……ヤバいな。後でリリンから全裸以外の情報を仕入れて中和しておこう。
親父の事は特に嫌いじゃなかったはずなのに嫌いになりそうだなと思いつつ、ミナちーさんの話を促す。
英雄全裸親父の動向に関する重要そうな事をミナちーさんが知っているのなら、ぜひ教えて欲しい。
イメージを払拭するには会ってみるのが一番だからな。
だが、ミナちーさんから親父に関する情報は何一つとして得られなかった。
「違いますよ。ユルドルード様が近くにいるのは知っていましたが、とうとう会わずじまいでしたね」
「ん?じゃあ誰だ?もしかして別の英雄がいたのか?」
「いや、もしかしたら英雄じゃなかったのかも知れません。その男の子は私よりも一個年下でしたし。でもカッコよくて、凄くて、優しくて。……そして命の恩人です」
「命の恩人?」
「はい。毒虫に刺されて死にそうだった私を、彼は助けてくれましたから。その過程で裸に向かれましたけれども」
「極悪じゃねえか!」
「あはは……自分で言うんですね」
「は?」
「そうですよね。忘れてますよね。私だってさっき夢に見るまで、忘れてたんですから」
「いや、ちょっと待ってくれ、一体何を……」
「待ちませんよ。これ以上、待ちませんし待てません。ずっと会いたいって思ってたんです。これ以上待てなんて酷いじゃないですか」
「え、ちょ、なんか話が……」
「ミナチル。私の名前は『ミナチル・デーウィル」だよ。本当に忘れちゃったの?『ゆにふぃー』?」
彼女は、ミナちーさんは俺の目を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと言葉を吐く。
『ゆにふぃー』
なぜか妙に懐かしく思える名前で、俺の事を呼んだ。




