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第209話「愛情の戦略破綻⑧」

「大聖母・ノウィン様からのお呼び出し……かぁ。僕、ちょっと、苦手……」



 不安定機構・最深部・虚構礼拝堂ダウトチャペルへ向かう廊下に、二人分の足音と幼い声が響く。

 ワルトナが指導聖母・悪才アンジニアスの秘書官になって、約三年が経過した。

 訪れた国は世界国家の半分を超え、手に入れた財貨も数えきれないほどに膨らんでいる。

 そうして、齢11歳という幼さで世界経済の中枢に食い込んだワルトナは……、自分が置かれている状況を憂いて、深く長い溜息を吐いた。



「この世には『知らぬが仏』という言葉があるよね。というか、僕が仕掛けた詐欺の被害者がまさにそんな感じだった訳だけど……、はぁ」

「身の程すら弁えられぬ者は、真の施政者にはなれない。これもユニクルフィンを手に入れる為の試練だ」


「そうは言っても……、ねぇ……」



『大聖母・ノウィンの養子』

 それがどれ程の恩恵で、そして、自分にどれ程の債務が圧し掛かっているかをワルトナが理解したのは、各国で仕掛けた経済戦争のシナリオを自分で考えるようになった頃。

 街で見かける日雇い労働者の賃金、そして、大領地の脅迫に使う数十億~数百億という巨大な資金。

 その価値を正しく理解しているからこそ、大聖母・ノウィンが持つ個人資産に気が付いた時、「あ、これ、絶対、勝てないやつ……。」と心の底から絶望した。



「アンジェはさ、ノウィン様の資産を調べるために、僕の教育費として総資産の4分の1を提示したんでしょ?」

「無論だ。手っ取り早いからな」


「ぶっちゃけ聞くけど、額面、ヤバくない?」

「あぁ、驚いたぞ。大国の年度国家予算1.5年分とはな」



 人の弱みに付け込むのが得意な金鳳花は、法外な金銭を要求することで、相手に安心感を与えるという手法をよく使う。

『これだけのお金を払ったのだから、上手くいかない方がおかしい』

 そう思わせる事で、全幅の信頼を獲得しつつ、潤沢な資産運用を行うのだ。


 だが、今回のケースは金鳳花の想定を超えていた。

 ノウィンからワルトナと一緒に渡されたのは、この世界に存在する国家がそれぞれ運営している国営銀行の預金限度額まで積まれた通帳の束。

『わざわざ送金するのは面倒でしょう。名義を変更して使ってください』

 そんな滅茶苦茶な方法で現金を叩きつけられ、流石の金鳳花ですらドン引きした。



「今この瞬間だけ、無知だった頃に戻りたい。そうすれば、ノウィン様の前でも硬くならなくて済むのに」

「怖いか?」


「だってさ、拾った子供に使う金額じゃないでしょ、どう考えても!!」

「逆に、あの金額を支払っても惜しくない仕事が何かを考えてみるといい」


「……世界征服?」



 ぽつりと呟かれたのは、可愛らしい考察。

 子供の夢のトップ5に入るであろうソレ、だが……、それが現実味を帯びていることに、ワルトナは恐怖している。



「失礼します。指導聖母・悪才アンジニアス、並びに、従者ワルトナ。招集に応じ参じました」

「お入りください」



 虚構礼拝堂の扉に前で傅き、名乗りを上げる。

 閉ざされている扉の内側から聞こえてくる、静謐・荘厳な声は、まごうことなき支配者の風格。

 そして、音もなく開く扉。

 隙間から零れる光が自分の身体を照らしても、ワルトナは顔を上げることが出来なかった。



「指導聖母・悪才アンジニアス、そちらのソファーにお掛けになってください。さぁ、ワルトナも」



 ワルトナは気づいた。

 初手から礼節をガン無視し、椅子に座るように促された意味に。

 座れと命令したのは、『逃がす気はない』と脅しているのだと。



「本日は、お二人に……、いえ、ワルトナにお願いがあって、お招きさせて頂きました」

「ひぅっ、ひゃい!!」


「ふふっ、最近は、随分と活動的になったと伺っておりますが、こうして見るとまだまだ可愛らしさの方が勝りますね」



 こ、こ、こわぃぃ~~!!

 どんな国のどんな貴族相手でも互角以上の戦いを繰り広げたワルトナは、すでに涙目。

 彼女が3年間で成形できた資産は、小国家年度予算程度……、ノウィンが支払った教育費の10分の1だ。

 だからこそ、30倍以上の戦力差を前に出来る抵抗など、フードを深くかぶって視線を合わせないようにするだけ。



「何からお話しするのが良いでしょう……。どう思いますか?大教主・ディストロメア」

「未婚の私に子供の教育方針を聞かないでください。まぁ、一般的には興味を引くのが優先でしょうね」


「なるほど、では」



 大きめのソファーに座っている自分と金鳳花。

 そして、ここで、テーブルの向かいに座っているのが大聖母ノウィンだけではないと気が付く。

 二人の女性のブーツ、これには見覚えがある。

 大聖母と大教主が揃って出席した式典の小間使いをやっていた時だ。


 そして、残り一組は、男性のブーツ。

 最低限、泥は落としてあるようだが、至る所が擦り切れている年代物。

 荘厳な部屋にはふさわしく無い冒険者のソレ……、だが、その持ち主を察した時、ワルトナは思いっきり顔を上げた。



「おじさんっっ!?」

「おう!元気にしてたか、ワルト!!」



 反動でまくられたフード。

 見開いた目には涙が溜まり、そして、くしゃくしゃになった顔でテーブルに向かって突撃。

 ガラステーブルを踏み台にして抱き着くという超極大の非礼も、感情が高ぶったのなら仕方が無い事だ。



「おーよしよし、悪かったな。寂しい思いをさせてよ」

「ほんと、だよっ!!ずっとずっと、待っでだのに”ぃーっっ!!」



 次から次へと号泣するワルトナの膝に乗せ、ノウィンが用意したハンカチを手に取る。

 そのまま顔を乱雑に拭い、ゴシゴシと頭を撫でつけた。



「……よし、ワルト。本題に入るから自分の席に戻ってくれ」

「やだ。ここがいい」


「話づれぇだろ、横だとよ」



 30分間のご機嫌取りの結果、ワルトナは駄々っ子程度に落ち着いた。

 ユルドルードにしがみつき、ノウィンに背を向けている。

 そんな状態を維持しているのは、やらかした大失態をしっかりと理解しているから。



「今、離れたら、もう一回泣く。絶対、泣く」

「どーするよ、これ?」

「では、私が移動いたしましょう。悪才、横に失礼しますね」



 金鳳花の英才教育によって、ワルトナのマナーは完璧だ。

 だからこそ、この場で最も身分が高い大聖母を下座に座らせてしまった意味に戦慄した。



「本日、お招きさせて頂いたのは、あくまでも個人的なお願いがあってのこと。この場では、身分の優劣など存在しませんよ」

「ひ、ひう……!」


「ワルトナ、指導聖母・悪才アンジニアスから教育を受けた貴女には……、私の娘、リリンサの友達になって頂きたいのです」



 ウチの子と友達になってくれる?

 母親が友人の子に尋ねる――、これは、そんな光景。



「……え”?」



 この3年間のワルトナの目標、それは、10人いるユニクラブカードメンバーの攻略だ。

 ミナチル、パレット、カタルーナ、ソウ。

 4名の人生掌握は完了し、アカムの算段も終えている。

 次はゴールドの4名……、そう思っていた矢先の暫定ラスボス(リリンサ)と友達になって欲しいというお願いに、ワルトナの瞳と喉がカラカラに乾く。



「えっと……?」

「とある事情から、リリンサは、エアリフェード、アストロズ、シーラインという有名な冒険者チームに預けています」


「!!すごいメンバーですね」

「そして、武力的な意味で十分に成長しております。並の特殊個別脅威を相手にしても、一方的に勝つでしょう」


「うわぁ」

「ですが、少々、常識に疎い所がございまして。ユニクルフィン探しの旅を始めるに辺り、頼りになるパートナーとして貴女を推薦したいのです。ワルトナ」



 優し気な声で語られた、願い。

 だがそれは、数年前から巧妙に準備されていた計画であることを見抜けない程、ワルトナは盲目になってはいない。



「娘の、教育費……。なるほど、分かりました」



 拾っただけの赤の他人の教育費として総資産の4分の1を支払うことに、ワルトナは疑問を抱いていた。

 だからこそ、実の娘の教育へ向けた先行投資だったと理解することで、ストン。と腑に落ちる。



「なんつうか……、悪いな、ワルト。ユニクの方から迎えに行くって約束したのによ」

「んーん、良いんだ。事情は理解してるし、仕方がないのも分かってる。だから、僕の方からユニを迎えに行こうと思っていた。もちろん、万全の準備をしてね!!」


「お、おぅ」

「それに、リリンサは僕にとって最大のライバルになる……、なんかね、そんな気がするんだ。不思議だよね、持っている権力じゃテトラフィーアがぶっちぎりで一番なのにさ」


「あー、テトラフィーアな。確かにアレはかなりの手練れだ」

「でしょ?でも、リリンサの方が手強い、そんな予感がするんだ」



 む”ぅ!!

 幼いワルトナから警戒されまくっている光景を見たリリンサは、今日一番の鳴き声を上げた。



「それでノウィン様、具体的に僕へ求めるものは何でしょうか。どんな事でも誠心誠意、努めます」

「どんな事でも?」


「努めます。……そう、出来る範囲で、困らない程度に、一生懸命に頑張ります」

「なるほど。それでは、リリンサの旅に同行し、生活面での補強をお願いします。その為の資金はこちらで」


「いえ!!自分で稼いだお金で何とかします!!というか、リリンサにも手伝って貰います!!」

「親としては申しにくいのですが……、現時点でのリリンサにビジネスは無謀かと」



 ワルトナとしては、『これ以上、国家予算を叩きつけられてなるものか』という一心から出た言葉だ。

 だが、無策ではない。

 戦闘力的な意味で、小石に付着した微生物の欠片以下の期待すら抱けない金鳳花と比べれば、特殊個別脅威を倒せる武力というのは非常に価値のある。



「ユニやユルドおじさんは、不安定機構で任務を受けてお金を稼いでいました。実は、ちょっと憧れてて」

「えぇ、分かります。冒険者の皆さんは心の底からの笑顔をこぼしていらっしゃいますので」


「……?それに、ユニと結婚するには冒険者のスキルは必要不可欠。だったら、花嫁修業みたいなものかなって!」



 大聖母の地位で冒険者の笑顔を見る事があるのか?という疑問を抱きつつ、ノウィンの腹を探る。

 あえて結婚という言葉を出しつつ、微笑ましいものを見るようなノウィンの笑顔を鑑みて――、この方向性で問題ないと判断した。



「ふふっ、素晴らしい向上心ですね。では、やる気を出してくれたワルトナに、ささやかなプレゼントをあげましょう」

「え!?そんな、プレゼントなんて……」


「こちらは私が懇意にしている不安定機構支部の登録証です。冒険者用とスタッフ用、用途は分かりますか?」

「あの……、こっちのスタッフ用、不安定機構エデュミオ支部・支部長ワルトナ・バレンシアって……?」


「そのままの意味です。いろいろと融通が利く支部ですので、経験を積むのに適しています。もちろん、その肩書は正式な物です。他支部の脅迫に使えますよ」



 借金も困るけど、価値が分からないものはもっと困るっ!!

 助けて、ユルドおじさーーん!!



「おじさん、これ、どうやって使うの?」

「あー、大聖母・ノウィンの命により派遣されました、ワルトナですって自己紹介して、大聖母の権力を使い倒していけ」


「ッ!?」

「くれるってんだから便利に使っとけ。アプリだってそうしてたしな」



 ワルトナの実力を知らないユルドルードとしては、『色々と足りない子供に大人の力を添えてやる』程度の認識だ。

 だが、カードを握りしめて震えているワルトナは、『一体、何個、国を落とせばいいんだろう』と思っている。



「それともう一つ」

「まだあるの!?あ、いえ……つい」


「時々で良いのでセフィナ……、リリンサの妹の面倒も見て頂けませんか?基本的にそちらのディストロメアが従者サヴァンとしてついていますので、大した面倒は掛からないかと思います」



 セフィナはユニクラブカード・ブラックを持つ、ライバルの一人。

 遅かれ早かれ接触しなければならない相手であり、支部長という立場でマウントを取ることは悪くないと判断した。



「承りました。善処いたします」

「では、共有するべき事情をお伝えしましょう」



 ここからノウィンが語るのは、ワルトナが転移屋としてリリンサを見送った前後の話。

 なぜ、そうする必要があったのか。

 そして、どういう結果になったのか。


 運命のあの日。

 それを語るノウィンの表情を見たリリンサは、小さく息を飲んだ。

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