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第207話「愛情の戦略破綻⑥」

「じゃあ、私とワルトナの出会いは馬車の中ではなく……、お母さんとセフィナがいなくなった、あの日」



 金鳳花が取り出したのは、大陸各地で営業している『転送屋』の制服。

 深いフードと黒を基調とした丈の長い魔導服、これは、着替えたワルトナの身長が低い為ではない。


 転移魔法は最低でもランク4の魔法であり、それを実用できる者は最上位冒険者でもごく僅かだ。

 故に、転送屋を利用する客には各国の要人や貴人も多く、その利用履歴には一定以上の価値がある。

 だからこそ転送屋の安全を守る為、強力な認識阻害の魔道具を身に纏う必要があるのだ。



「ふむ、なかなか様になっている」

「あの……、僕、お仕事なんてやったこと……」


「人の善意を踏みにじることに無関心になった私でさえ、最初の商談は不安で仕方がなかったものだ。君のその感情は正常だよ」

「そう、なの……?」



 ワルトナが着た魔導服のボタンを直しながら、金鳳花が微笑みかける。

 そこだけ見れば仲の良い姉妹のよう。

 だからこそリリンサは、むぅ。と小さく鳴いた。



「背筋を伸ばして、胸を張れ。そして、手をよく動かすんだ」

「手を?」


「そうだ。人は動いている物を目で追う習性がある。特に意味のない動きですら集中力を奪い、意味を持たせた動きなら、口ほどに饒舌に語る。キミと右腕と左腕、常に3対1で会話をするように心掛けるんだ」



 指導聖母・悪才アンジニアスは僕の経済学の師匠だよ。基本的にはどんな質問でも偽りなく答えてくれる。

 ものすっごい金額の質問料を請求されるけど。


 心無き魔人達の統括者時代にリリンサが聞いた言葉の通り、金鳳花の指導は至極真っ当なものだ。

 ビジネスマナーから契約を取るコツまで知り尽くしている彼女は、ワルトナの身長、年齢、声色などを分析し、最も効果が高い手法を教えていく。



 **********


「はいはい~いらっしゃいませ~、おや、〇〇の旦那様じゃ……、ございませんか!うーん、もうちょっと元気っぽく?」



 小さな部屋に一人きりなワルトナは、何度か経験した転送屋の仕事の振り返りをしている。

 ノウィンから支給されたノートに一回一回の体感を書き溜め、サービス精神の向上を図っているのだ。


 転送屋スタッフは、縦横高さ2mの魔道具の部屋に常駐しているのではない。

 通常時は別の場所にある待機室で自由時間を過ごし、利用客の呼び出しでスタッフが魔道具の中に転移してきて業務を行う仕組みだ。



「アンジュは『沈黙は武器だ。故に、安易に使用してはならない』なんて言ってたけど……、僕は、お喋り、苦手だなぁ」



 ワルトナのノートをリリンサがのぞき込むと、そこには二人の人間が寄り添って座っている絵が描かれていた。

 赤い髪と白い髪の子供っぽい何か。

 それがユニクルフィンとワルトナであることを見抜いたリリンサは、そこに青い髪の女の子を追加しようかと本気で思った。



「……こうなったら練習しよう。あーあー、えーえー、こほん!いらっしゃま~~しぇっ!?」



 唐突に鳴ったベル、それは転送屋に利用客が訪れた合図だ。

 思いっきり不意を突かれたワルトナだが、仕事自体は既に何回も経験している。

 そして、大きく深呼吸をすると、指定された場所へ向けて転移魔法を起動した。



「おい!転送屋、早く開けろ!」

「はいはい~いらっしゃいませ~おや、ウリカウの旦那ではないですか」



 ひぃ、なんでそんなにドアを叩くの!?こわいぃぃ~~。


 転送してすぐに打撃音に出迎えられたワルトナは怯えながら、扉の内側に表示されているパネルから情報を読み取った。

 それは、顔と名前と過去の利用履歴が表示される魔道具だと、金鳳花から説明されている。

 そしてそれは嘘ではない――、ただし、時の権能をシステムに組み込んだ記憶読解システムであることは伏せられていた。



「ワタシ達二人を、『都市エデュミオ』まで頼む」

「はいな、お一人様35万エドロ、お二人で70万エドロになります」


「な!高すぎではないか!?」

「時は金なりですよ、旦那。私共は、どの組織、国家、言うなれば一介の商人とて贔屓したりは致しません。すべて平等にて一律。払うか、払わないか。それだけが切符なのです」



 怯えた態度の代わりに営業スマイルで取り繕い、金鳳花から教えて貰った決め台詞を一字一句間違えずに唱えながら胸を張って笑顔。

 認識阻害がある以上、素顔がバレることは無い。

 だが、喜怒哀楽の状態は相手に伝わるように魔法の効果が調整されている。



「くっ!仕方あるまいて!リリンサ殿。ここからはワタシは行けません。幸にしてワタシの宿には転移ゲートが有りました。自宅はすぐそこです」



 ウリカウに押し出されるように転移小屋に入ってきた少女、それを見たワルトナが静かに息を飲んだ。

 自分と同じくらいの年齢の少女、もちろん、初めて出会った子だ。

 だが、その子の不安そうな表情を、なぜか、知っているような気がして。



「さぁ、転送屋。早くリリンサ殿を送ってやってくれ!」

「ほい。承りました。こちらへどうぞ」



 少女を椅子に座らせつつ、ワルトナは魔法陣に魔力を注ぐ。

『都市・エデュミオ』は大規模都市の一つであり、対して珍しくもない行先。

 だが、少女一人きりというのは、ワルトナにとって初めての経験だ。



「リリンサ殿、今は緊急時です。ワタシの事など忘れてくださいませ」

「……うん。ありがとう」



 閉まるドア越しに交わされた激励とお礼、それを見たワルトナは少女の名前と性格を把握した。

 名前はリリンサ。ぶっきら棒な口調だけど、礼儀正しい子。


 はは、まるっきり正反対じゃないか。

 何故そう思ったのか、そんな疑問をワルトナは抱くことは無かった。



「安全性確保の為、転移に5分くらい掛かるんだ。満たした魔力が安定する時間だから、ご了承いただきたく」

「……。」



 これは本当でもあり、嘘でもある。

 転移魔法は送る元と先の両方に魔力を満たして初めて動作する仕組みであり、不慣れな者が使えば、数時間以上も掛かることがある。

 だがそれが、虚無魔法が得意なワルトナには当てはまらない。

 5分という待ち時間を設定したのは金鳳花。

 客と会話してワルトナに場数を踏ませる為ともう一つ、記憶読解システムで情報を得やすくする為だ。



「随分と慌てていたけど、急用かい?」



 金鳳花の教えに従い、ワルトナは陽気な振りをして話題を振る。

 その脳裏には悲劇や訃報という言葉を浮かばせつつも、知らぬ振りして話しかけたのだ。



「……。お母さんとセフィナが」



 そして、リリンサが返せたのは家族の名前だけだった。

 続く言葉がなんなのか、それを完全に理解することは幼いワルトナには出来ない。

 ただ、不安そうな表情が昔の自分と重なって見えたから。

 ユニクルフィンと同じように、極めてバカみたいな陽気さで微笑みを向けた。



「よーし!!とりあえず、顔を上げな」

「んっ……」


「おおーーきく息を吸って、そう、限界まで、いっぱいいっぱいーー、もう無理?いや、もうちょっと行けるでしょ?」

「ももふぅ!」


「今度は、ゆっくり吐いて、ゆっくりゆっくり、限界まで。お腹がぺったんこになっちゃてもいい」

「……ふぅ」



 それは、泣きべそをかいている自分を宥めようとする、ユニクルフィンの真似。

 乱れた呼吸を整える、それが効果抜群であることをワルトナは知っている。



「詳しい事情は分からないけど、キミは今、頑張らなくちゃいけないんだと思うよ」

「……うん」


「だからこそ、普段と違うことはしちゃダメだ。知っている道を、知っているルールで、知っている様に走る。いいね?」

「……分かった」


「よし!それでは目的地にご案内いたします。ドアが完全に開かれるまではご退出なさいませんよう、お気を付け下さいませ」



 転移魔法を起動し、室内ごとエデュミオへ転移。

 そして、魔法陣発光などの意図された演出が収まると、ゆっくりとドアが開く。



「着いたよ」

「ん、ありがとう」


「仕事だからね!」

「そういう話じゃない、あなたのおかげで少しだけ冷静になれた。そのお礼」



『少なくとも、家族の誰かが亡くなりました』

 そうウリカウに告げられたリリンサの足はすくみ、まともに歩くことすらままならない状態だった。

 だが今は、自分の足で立っている。

 やせ我慢をしても苦悶の表情が滲み出ている、それでも、自分の足で前に進むことが出来るようになっている。



「そうかい、それは良かった。……いってらっしゃい」

「いってきます」



 完全に開いたドア越しに見る、青い髪の小さな後ろ姿。

 本当は、「またのご利用をお待ちしております」と言うべき所だった。

 金鳳花に見つかったのならば注意されるかもしれない。

 それでも、この言葉を贈ったことに後悔は無くて。


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