第203話「愛情の戦略破綻②」
「ゼウスか……、いいぜ。確かに、生物同士の戦いならそれが一番だしな」
『原初に統べし雷人王』
魔法十典範とは、世界を構成する十大魔法要素。
そして、この原初に統べし雷人王は、バッファ魔法の根源にして頂点たる存在だ。
レベル10万以上となった英雄、もしくは超越者と呼ばれる存在は、一部の世界の理から解放されている。
この魔法や神殺しを覚醒させている者も同上であり、いくつかの能力を合わせる事で、光速での活動が可能となるのだ。
「ありがとう、外装の方も頼める?」
『おう!と言いたいところだが、まずは今の状態を確かめてからだ。適当に走り回ってくれりゃ、悪食=イーターで最適化されたデータが手に入るからよ』
「なるほど。やってみる!!」
声高らかなリリンサの宣言に合わせ、魔神シリーズが一斉に光り輝く。
疑似的な神経ケーブルである全身の紋様、そこに原初に統べし雷神王が奔ることで、『目で認識』 → 『脳で思考』 → 『体に出力』のタイムラグが限りなくゼロに近づく。
さらにソドムの真理究明の悪食=イーターを重ねる事で、相手の初動を見た瞬間に最も効果が高い対処が自動選出され、有利な選択肢を選び続けることが出来るようになる。
「んっ!すごく走りやすくなった!!」
ワザと過分に足に力を込め、バランスを崩すほど大地を強く蹴り抜く。
通常ならば転倒してしまう尋常ではない脚力、だが、その100%が正しく推進力へ変換。
閃光と見間違う驚異的な加速、だが、走るという動作を悪食=イーターがサポートすることで、リリンサは光速挙動を手に入れた。
「……いた!」
町並みを駆け抜けること、数十秒。
そうして見つけたのは、温泉郷の新規開発区域の広場でくつろぐワルトナの姿だ。
「おや、速かったねぇ。あの位置からだと、あと1分は掛かると思っていたよ」
「随分と余裕がありそう。何を企んでいる?」
「言う訳ないだろ。っと言いたいところだけど、君と僕の仲だからね。特別に教えてあげよう……。ユニの略奪」
広場の椅子に座った暗く深い笑みの中に輝く、二つの瞳孔。
まるで闇の中に潜む獣が獲物を見つめるような、そんな獰猛な笑みなど、リリンサは見慣れている。
「……三本勝負で勝った方がユニクの主導権を握ると決めた」
「僕が嘘つきなのは、キミもよく知る所だろう?」
「ワルトナは大事な所では嘘をつかない。思い返せば、一度たりとも、ユニクやセフィナの居場所を知らないとは言っていないと思う。私が勘違いするように仕向けていただけ」
「よく分かってるじゃないか。三本勝負という約束も、別に投げちゃいない。……ただ、順番を変えた。君との直接対決で僕が勝利、これで1対1」
「理屈は分かる。だけど、大食い勝負で私に勝てるとでも?」
「勝てるさ。いや、キミが負けると言った方が正しいかな」
「どういう……」
「不戦敗だよ。死んだ人間が、どうやってご飯を食べるって言うんだい?」
不敵に笑うワルトナに対し、リリンサは平均を超えた不機嫌顔だ。
親友から付きつけられた言葉のナイフ、『殺すよ』。
アホの子と馬鹿にされるのとは明らかに違う敵愾心に、静かに奥歯を噛みしめる。
「無色の悪意が植え付けられると、理性のタガが外れると聞いた」
「そうだとも。ま、僕のはテトラフィーアやセブンジードとは毛色が違うけどね」
「んっ……」
含みを持たせた言葉に、リリンサは小さく呻く。
それはワルトナが人を騙すときの合図、だが、内情を知らないリリンサに意図が伝わることは無い。
「ワルトナが戦いの舞台にここを選んだというのなら、何かしらの仕掛けがあるはず」
「当然。ここは新規開発区域……、戦争で忙しいレジェや、タヌキボケをかましているカミナに変わり、僕が主導で進めていた場所。表向きは劇場を作る予定だったけど……、出来たのはキミを殺す為の舞台装置って訳さ」
魔導師と弓兵、その共通点は後衛職であること。
敵の目の前に現れ、あろうことか武器すら構えていない隙だらけの無防備を晒す、それが出来ている事実こそがリリンサに強い危機感を抱かせる。
「これが三本勝負だというのなら、私も回避する気はない」
「へぇ、えらく物分かりが良いじゃないか」
「その代わりルールの追加を要求する。⓵ 勝負は二人のみで行うこと。戦闘に他者を巻き込むことは許さない」
「妥当だ。優しいキミじゃ人質を取った僕には絶対に勝てないからね」
「② 戦いが終わったら、全部、話すこと。勝っても負けても」
「誰に。という指定が無いのは意図的かい?」
「ワルトナが本当に私を殺すというのなら、その告白は別の誰かが聞くことになる。ユニクか、もしくはお母さんか。信頼できる人に話して」
「恋人や娘を殺しましたと懺悔しろと?どうせするなら愛の告白の方が良いんだが……、まぁ、いいさ。どっちにしろバレてる訳だし、相手を言いくるめなくちゃ僕の求める未来は手に入らないからね」
「そして最後。……本気を出して」
「へぇ、言うじゃないか」
「ワルトナが英雄だというのなら、ずっと実力を隠されて来たという事になる。私はそれが何よりも……、気に入らない」
リリンサは怒っている。
温泉郷を巻き込み、数万人の命を賭け金に使ったことに対して……、ではない。
親友が、何一つとして本心を語ってくれない。
そんな落胆と失意からくる底なしの怒りは、魔神シリーズの安全装置を外すには十分すぎて。
「ワルトナはいつもそう。自分ばっかり分かっていて、私には全然教えてくれない」
「言った所でねぇ。僕の何かに貢献できるほど、キミの力は強くない。昔も今も、パワーバランスは変わっちゃいないよ」
「その自惚れも無色の悪意を植え付けられたせい?」
「性格というか、思考の変化は起こる。……が、僕のこれは生来のものなんだ。残念なことにね」
「そんなはずは……」
「あるんだよ、リリン。この世には、どうしようもないことってのが」




