第195話「希望の竜神楽③」
「お前の中から、命の権能の使い方を消した、です」
第三部・幻覚と幻影の歌に紛れ、想定と虚構が混線。
扱えたはずの知識が思い出せず、その隙間に、出来るはずもない記憶が入り込む。
行動すればするほど失敗し、事態が悪化する。
まさしく悪夢のような状況の中で、ダンヴィンゲンは隠していた第三・第四の腕を組み解く。
「……木星竜の、だな」
「!!」
「消えたのは木星竜の権能だけだ。天王竜の権能は、生来よりこの身に根付いている。それこそ、私の記憶を全て封印できるのなら話は別だがな」
組み解いた第三・第四の腕は、通常時は腰の前で組み、外骨格鎧の一部に擬態させている。
膂力の代わりに防御力に重点を置いているその腕は、首から胴の急所を守る可動式盾の役割を果たしているのだ。
そしてダンヴィンゲンは、解いた腕に天王竜から奪い取っていた命の権能を適応。
先ほどのような植物の高い再生能力ではなく、至る未来の進化する力を使い、剛腕と呼ぶべき姿へと変貌させる。
「……そう思うなら、やってみろ、です!!」
咆哮と共に走り出すサチナ、その指には金属製のカギヅメが装着されている。
『悪知恵=イルミネート』
エデンと戦い、圧倒的な戦闘力に痺れたサチナは、時の権能の知識と引き換えに従属を申し出た。
将来の下剋上を果たす為、一時的な恭順を選んだのだ。
そして、ローレライという名の好敵手を失っていたエデンは、そこに新たな娯楽を見出す。
素手で戦うサチナに武器の有用性を教え、物質の再生に長けた時命の権能で疑似的な悪食=イーターを作る方法も開発。
悪知恵=イルミネートと名付けたそれの効果は、大きく分けて3つの能力を持っている。
① サチナが経験、及び、敵から奪った記憶を完全記憶し整理する、情報管理ツール
② 所持している記憶から新たな記憶を作り出し、自分・敵に適用する、改変進化ツール
③ 武器や道具の経歴を読み取り、時間回帰・時間経過を促す、そして、神の情報端末に酷似した、物質精製ツール
総じて、時命の権能を軸にした物質進化・改変を強化する能力。
様々な敵と戦い、奪った記憶を元に能力の再現を行うサチナは、全知の皇・那由他に一撃を入れる事が出来るほどの多彩な力を手に入れている。
「《世界最大の――!》」
「遅ぇぞ、です」
ダンヴィンゲンの戦略はいたってシンプル、頭蓋を殴り、脳を簒奪する。
そこからサチナの記憶を奪い、転生時の情報を習得。
そして、生まれた直後を襲撃する――、それを命が尽きるまで繰り返すだけ。
だが、腕を振り抜いた先に、サチナの頭は無い。
髪に触れる事すらできなかった、完全な空振り。
読んだダンヴィンゲンの記憶に対応できる経験を得たことにより、サチナは回避→迎撃の成功率が格段に上がっている。
「がふっ……!」
「自壊しろ、です」
第三碗の付け根に五本の指を食いこませ、囲った部位の時間をとおりゃんせで隔離。
そこには強烈な時間経過による、自壊悪化が発生。
そのまま捩じり切るように腕を抱き、曲げた足をダンヴィンゲンの腹に添え、蹴り離す。
「残り一本、です」
「……だが、一撃だ。手でも足でも、攻撃が当たれば私の勝ちだ」
ダンヴィンゲンの外骨格を真っ当に破壊する攻撃力をサチナは持っていない。
だからこそ、時命の権能で時間を加速させ、世界最強の硬度を減退させてから壊している。
防御力の面で見ても、サチナはダンヴィンゲンの攻撃には耐えられない。
彼が権能の習得よりも殺害を優先した今、一撃=死であるのは、避けようがない事実だ。
「行くぞ」
「一匹で逝け、です」
ダンヴィンゲンは両足に世界最大の物理力を注ぎ、爆発的な推進力を発揮。
光速を軽々と超えた全身タックル。
体を丸め生きる砲弾と化した彼を、 サチナが作った樹核剣が迎え撃つ。
「《育て、です!!》」
粉微塵に撒き散らせた種子に時命の権能を注ぎ、空に森を作る。
それが根付くダンヴィンゲンの栄養素を吸い上げ――、誘爆する。
「強化したのに、です……!?」
「この身には、世界の3分の1を食ったエネルギーが詰まっている。ただの植物に耐えられるはずも無い」
ダンヴィンゲンはワザと植物にエネルギーを注ぎ、成長を促進させた。
売れたトマトが破裂してしまうように、飽和した森は自重に耐え切れなくなり、崩壊。
拘束から解放されたダンヴィンゲンが一瞬の隙を突き、サチナに肉薄する。
「終わりだ《世界最強の物理力》」
「っ!!」
迫る拳に対し、サチナが行った迎撃手段は――、頭突き。
自ら急所を差し出すという愚行。
それに違和感を感じたダンヴィンゲンは、振り抜くか身を引くかの二択を迫られる。
ピシリ。
軋んだ指、走る亀裂、崩壊する腕。
額から血を流し、歯を食いしばりながらも、サチナの頭は健在だ。
この結果は、サチナの仕込みによるもの。
第三部・幻覚と幻影の歌の効果により、ダンヴィンゲンは進化させた腕が世界最大の性能を発揮できると誤認。
著しく耐久力が低く進化していた腕は、世界最大の物理力に耐え切れず、崩壊。
サチナの頭を砕くに至らず、そうして、ダンヴィンゲンは手段を失った。
「終わりはてめーだ、です」
第四部・破壊と終局の歌を奏で、サチナが腕を振りかぶる。
カギヅメの先に灯したのは、一点集中させた5本の時間操作針。
それぞれ、加速が3本、逆行が2本に分かれたそれが発揮するのは、時間の流れが違う物質は強制的に分断されるという世界の仕組みを利用した、絶対切断だ。
五等分に裂けたダンヴィンゲン、その内、意志ある中央部の頭部がニヤリと笑う。
そして、サチナを称えた。
「見事だ」
「……!!クリスタル化、しない、ですっ!?!?」
「《最大超過成体》」
サチナの唯一にして、最大の誤算。
並行世界のサチナはダンヴィンゲンと戦い、性能を理解していた。
だが、それは『底』ではない。
『最大超過成体』
それは、王蟲兵の最終進化形態にして、未知の代名詞。
現時点での世界最強を超える力、それは、知っている者が誰もいないという、予知不可能な極限の暴力。
この形態の出現=取り返しの付かない崩壊であり、那由他や不可思議竜が世界を再構築する事態へ陥っている。
それには記憶の回帰も含まれる――、だからこそ、最大超過成体という最終形態があることを、サチナは知ることが出来なかった。
「……バカじゃねーのか、です」
「おぉ、ヲヲヲヲヲヲヲヲ……」
「木星竜兄様よりも、でけー、です」
戦闘形態になった木星竜の大きさ、全長500m。
それを優に超える1000mの巨大な球形建造物。
空中に浮かぶ要塞としか思えぬ風貌、だが、それが一つの意志で動いていることをサチナは理解してしまっている。
「攻撃の記憶が無い、で――!!」
「《世界超越の物理力》」
黒い砲弾で埋め尽くされた視界に、サチナは恐怖する。
30cmも無い球体を真っすぐに発射するという、シンプルを通り越して地味とすら言える攻撃。
ただそれは、速く、重く、硬い。
世界最速・世界最重量・世界最硬度。
速度×重さ×硬度によって求められる、究極の物理破壊エネルギー。
その砲弾が回避のしようがないほど視覚を埋め尽くし、そして、サチナは。
「ひ……」
左右の腕と右足、翼と尾の大部分を失う。
考えうる最悪の結果、死ねなかった――、転生できなかったという事実が、サチナの勝ちの目を完全に潰していて。
最大超過成体となったダンヴィンゲンの攻撃は、自分自身すら知らぬ未知だ。
サチナは思考を読めずに対策が出来ず、次の攻撃で転生するエネルギーが残らない程に消し飛ばされるだろう。
転生は、死んでいなければ行うことが出来ない。
四肢を失ったサチナでは自害をするにも時間が掛かりすぎる。
次の攻撃は、もう、目の前に迫っているのだから。
「サチナじゃ勝ちきれなかったです。ごめんです、ホロビノ」
遺言とは、死する者が生者に向ける言葉。
それは、次代へ希望を繋ぐ、意思。
「あとは任せる……、です!!」
転生は、死んでいれば行うことが出来る。
そして、現在。
希望を戴く天王竜は死亡し、即時、蘇生可能なクリスタルと化している。
牙を噛み鳴らし転移門を作り出したサチナは、目の前に出現した偉大なる王竜に身を預けた。
頬の温もりが、血の熱さが、命の輝きが、新たなる命に息を吹き込み。
「きゅあ!!」
それは、もう一つの未知だった。
可能性を呼び起こす命の権能と、それを実現させる時の権能が起こした想定外の奇跡。
サチナとホロビノ、互いに託し合った命は、やがて、竜でも狐でもない別種の命へと至る。
新たなる種族、そして、その身には不可思議竜と白銀比より受け継いだ、皇の資格が備わっていて。
「《解脱転命・狐龍皇姿》」
狐と竜の皇種。
それは、どの世界線にも存在しない、132番目の新たなる皇の誕生。
 




