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第194話「希望の竜神楽②」

 

「質が変わったな。戦いを知る強者の眼差しに」

「蟲ごときが、偉そうにしてんじゃねーぞ。です」



 そこに再誕したのは、筋肉が発達した16歳のサチナ。

 温泉郷の幼女将とは程遠い、戦いの中で生き抜いた――、殺伐とした未来のサチナだ。



「……来るです。《供食礼賛・悪知恵=イルミネート》」

「ほう」



 自分の胸に手を翳し、静かな声で願う。

 それは、並行世界のサチナが生み出した奥義。

 師として仰いだタヌキ真帝王・エデンの悪食=イーターと世界改変ツールである『神の情報端末(アカシックレコード)』を模して作った、時の権能による集積記憶適応媒体だ。


 その並行世界で、サチナは『リリンサ』と出会うことは無かった。

 白銀比から親離れしたサチナはダルダロシア大冥林に住み付き、木星竜の支配下となることを受け入れたからだ。

 そして5年の時が過ぎ、青い髪の女魔導師が木星竜を殺した事により、世界大戦を主導する勢力の一つとして、闘いの日々に身を置くことになる。


 初めは、多くの友達を道ずれに死んだ木星竜の敵討ちが目的だった。

 だが、木星竜が唯の被害者で無かったこと、青い髪の女魔導師の目的が『世界の安寧』であったこと。

 その傍らに、金鳳花あねがいること。

 そして、戦禍を増大させる怒り狂ったソドム達と、混蟲姫が率いる王蟲兵。


 そのどれもが身勝手で、己の威信が正しいと猛進する。

 だからこそサチナも、身勝手に振舞った。

 身一つで戦場を渡り歩き、そして、たった一人でありながら4大勢力の一つとして数えられるようになったのだ。



「もう、お前に情報アドバンテージはねーぞ、です」

「キツネがタヌキの技を使う。那由他と同じ高みか。面白い」



 サチナは知っている。

 混蟲姫の近衛兵たる鎧王蟲・ダンヴィンゲンの強さを。

 幾度となく戦い、敗れ、学び蓄えた記憶は全て、5cm四方の立方体『悪知恵=イルミネート』に保存した。

 そんな状態の並行世界の記憶を掘り起こし、適応進化した現在のサチナには、ダンヴィンゲンと同じ『レベル恒河沙』という格を手に入れている。



「《遊戯死編デスマーチ・ファウストの劫罰、です》」



 ダンヴィンゲンの聴覚で感じる歌は、確かにサチナの声色だ。

 だが、サチナ自身が歌っているのではない。

 まるで世界が音楽プレイヤーになったかのように、音だけが彼の脳内に木霊する。


 それは、悪魔と契約した牧師が世界を旅するという題材の交響曲。

 先ほどまでの楽しい神楽舞いとはまるで系統の違う、人の悲劇を謳う歌。


 第一部、日常と焦燥

 第二部、絶望と自決

 第三部、夢想と乖離

 第四部、処刑と破滅

 エピローグ、死と輪廻


 これらに含まれている歌詞こそが、サチナが与える未来の記憶。

 この声が届く限りの者の未来を、時を、望む形に進化させる予言めいた遊び歌。



「なんと不愉快な」



 第一部・認識幻惑の歌であるそれは、聞き手の記憶の中から最も忌避する絶望を連想させる。

 ダルダロシア大冥林に張り巡らされていた隔絶結界と同等の効果を持ち、ダンヴィンゲンに根源的な恐怖――、ヴィクトリアの喪失を体感させるのだ。


 だからこそ、ダンヴィンゲンは抗えない。

 この世界で最も強い愛絡譲渡あいを失う、そんな未来予測を無色の悪意が許す筈がないのだから。



《世界最大の物理力(マキシマム・ダイン)》」



 感情に任せた横殴り。

 触れれば分子結合が崩壊し、原子へと戻る炉心融解が発生する極限の物理破壊エネルギーが、サチナの右手一本で迎え撃たれた。


 牙を食いしばり体重を乗せた、サチナ渾身の平手打ち。

 外見だけで見れば、齢16歳の少女のものと大差ない。

 だが、付与されている特殊効果が、ありえない未来を呼び起こす。



「な……!?」



 亀裂の入った外骨格鎧の腕を睨み、ダンヴィンゲンが疑問を呟く。

 痛みがない。それが異常であるというサインが無い。

 だが、サチナの爪が食い込んだ部位から放射状に走った破壊痕から見て取れる現状は、煽っている恐怖を増大させるには十分だ。


 サチナが掌に宿した魔法は、対象物を世界の時間の流れから隔離する『とおりゃんせ』。

 接触している物質の時間を強制的に進化させる時命じみょうの権能の効果により、数千年後の未来でさえ、1秒後に顕現させることが可能となった。



「ぬ!」

「遅ぇ、です」



 第二部・自己自滅の歌の通り、ダンヴィンゲンは己の腕を自切。

 そして、一本となった上腕を振るい――、サチナが蹴り上げた脛と激突する。


 結果として、ダンヴィンゲンの腕のみが一方的に崩壊した。

 滅び朽ちる未来に向けて進化させられる腕と、健常な未来へ向かい進化する脚。

 互いに出来た傷は違う未来となり、趨勢を一気に傾ける。



「命の権能を持つのは、己だけではない」

「いいや。サチナだけ、です」



 繭で包まれたダンヴィンゲンの腕が、無数に蠢く。

 ボコボコボコと湯が沸騰するような超高速変体を行い――、まるで失敗したかのように、弾けて終わった。



「お前の中から、命の権能の使い方を消した、です」



 第三部・幻覚と幻影の歌に紛れ、想定と虚構が混線。

 扱えたはずの知識が思い出せず、その隙間に、出来るはずもない記憶が入り込む。

 行動すればするほど失敗し、事態が悪化する。

 まさしく悪夢のような状況の中で、ダンヴィンゲンは隠していた第三・第四の腕を組み解く。

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