第193話「希望の竜神楽①」
「ぶっ殺してやる、ですっっ!!」
猛り怒るサチナを見つめ、ダンヴィンゲンは確信する。
目の前に居る ”竜” は、まさしく希望を継ぐ存在であると。
三体の王蟲兵と、無数の有象無象を天王竜が束ねたことで、私はこの世界に生を受けた。
そして、奴の目的の一つに、私の討伐が加わったのだ。
この世界最強の『原生生物』。
そう謳われる私の評価に、何ら疑問は無い。
蟲量大数、不可思議竜、那由他。
始原の皇種は神から力を賜り、そして、エデンなどのタヌキ帝王は神殺しで武装している。
故に、力なき頃に抱いた憧れ『進化の果て』は、現時点で達成してしまっている。
神などという、埒外の力で果たす進化に何の価値があろうか。
「殺す、か。出来ると良いが」
目標を失った我にとって、天王竜は希望だった。
生存競争という蟲の習性すら忘れ、孤立する私を殺す為に、永遠の進化を続ける。
奴との戦いは暇つぶしの類ではある。まだ、私の方が強いからだ。
時を重ねるごとに、希望は私に近づいた。
そして先日。数度の脱皮をせねば完全体に戻れぬほどの傷を負った。
あと1000年、いや、100年もあれば、あるいは。
……そう思っていた矢先に、これだ。
「《竜神楽・漆木の舞》」
低い声で唱えられたそれは、エンシェント・森・ドラゴンに受け継がれている竜魔法。
目に見えない小さな胞子ですら大樹に成長させるそれ、だが、サチナがイメージする希望は遥か先の未来の姿。
木星竜によってバラまかれている胞子の一つを指に付け、優しく息を吹き込む。
瞬く間に芽吹き、育ち、巨木となった瞬間、無駄な枝が削ぎ落され、新たな生として生まれ変わった。
サチナの手の中に残ったのは、持ち手が竜の首になっている長さ120cm程の木刀。
その意匠は託された命が知る最も強大な木の力。
「木星竜の剣――!」
「手加減なんて、しねーぞ、です」
瞬間転移。
突如として目の前に出現したサチナが降り抜いた樹核剣が、ダンヴィンゲンの顔面に直撃する。
ダンヴィンゲンには油断は無かった。
後手をとっても対応できるように、四肢に物理破壊力を宿し、瞬時に光速以上で動き出せるように準備すらしていた。
だがそれは、無防備でしかない。
後出しで間に合う、それはつまり、現時点では呆けている。
敵の動きを認識できなければ、対応など、出来ようはずもない。
「ーーッ!?」
「《芽吹け、です!!》」
ダンヴィンゲンは物理法則の頂点に立つ存在だ。
攻撃されれば、傷つくのは相手の方。
ましてや、サチナの振り抜きは武の神髄など全く理解していない、怒りに任せたものでしかない。
砕け散った樹核剣の木片が、ダンヴィンゲンの外骨格鎧の隙間に付着する。
関節の役割を果たすその部位は比較的柔らかく、皮膚も薄い。
そうして、時に鉱石すらも砕く植物の根の力が、絡まり、締め――。
「《世界最大の振動数》」
ヴン。っと2枚の翅を羽ばたかせ、ダンヴィンゲンが跳躍。
全身に叩きつけた風で摩擦熱をあえて発生させ、芽吹く種子を炭化させる。
「《竜滅咆哮!》」
ぼぼぼと唸るサチナの口から、閃光が迸る。
竜の命が覚醒したことにより、可愛らしい犬歯は、強靭な竜歯へ進化。
ファイナル・炎・ドラゴンの得意技である摂氏2000度を超える竜滅咆哮、それが引火したのは、焼却された種子から発生した理想気体。
月希光を覆う黒海竜が纏う青炎の再現、原子を焼き尽くす核熱の炎の連続誘爆に押し出された大気が、波打つ。
「……この野郎、です」
熱を帯びた呼気で吐く、苦言。
忌々しそうに目を細めるサチナは、冷静に、現状の打破を立案する。
ホロビノから託された命と権能の中に、長きに渡る進化の記憶があるです。
それは、ホロビノ自身と、ホロビノが知る竜の進化の軌跡。
サチナが欲していた『竜』を知る為の『時』が詰まった、希望の宝箱。
サチナは理解した竜の記憶を参考に、肉体の再構築を行ったです。
得た竜魔法を瞬時に発動できるように、牙、爪、翼、に魔法紋を宿し、瞳と尾に時の権能を集約。
妖毛と化した尻尾を媒介に認識改変をまき散らしつつ、竜の攻撃方法で攻めることが出来るようになったです。
……傷一つ付けられねーとは、思わなかった、です。
「良い攻撃だったぞ。防御に専念するくらいには」
風雲が張れた空に輝く、全長2mの蒼白球。
次元の裂け目が露出する暴虐の渦中においても、その球体は傷一つ付くことが無かった。
ダンヴィンゲン、完全硬化球態『世界最大の硬度』。
脆い関節部を収納したその姿は、この世界で最も硬いダークマターと同じ強度だ。
「ホロビノが嫌がるのも納得、です」
「何物にも捕食されぬ身体。進化の過程で望み得た能力を誇らせて貰おう」
一連の猛攻が成功したのは、サチナがダンヴィンゲンに認識妨害を仕掛けたからだ。
滅亡の大罪期を経たダンヴィンゲンは、あらゆる生物のDNAを捕食・吸収している。
故に、生物の構造的特性――、動きの癖を熟知。
サチナが作り出す偽物など目晦ましにすらならず、最短手順で本物のサチナに辿り着くことができる。
そして、サチナはそれを予知していた。
託された希望の中には、数千体の希望を戴く天王竜の中から、本物が叩き落とされる記憶があるからだ。
だからこそ、サチナが仕掛けた認識妨害は、過去のダンヴィンゲンに効いた攻撃の記憶植え付け。
サチナの一挙手一投足が、致命傷であると錯覚させたのだ。
「後手に回るのは不利か。こちらから攻めさせて貰うぞ」
「……きやがれ、です」
メキメキメキ。と軋みを上げる拳が、鼻の頭に触れた。
それが攻撃であるとサチナが理解した瞬間には既に、頭蓋骨にヒビが入っている。
相手がイメージする攻撃を読めるサチナは、カウンターが得意だ。
わんぱく触れ合いコーナーで負け無しなのも、冒険者がどんな奇抜な武器を使おうとも、目の前に立った瞬間には『知っている』からである。
確実に後の先を取るサチナの基本戦術、だが、極めつくした純粋な暴力には屈するのだと、この時、初めて理解した。
圧倒的に、何もかも、戦いの経験が足りていないのだと。
「ほう、避けるか」
「うっ、せっ、で……すっ!」
反射的に顔を背けたことにより、脳漿の破壊という結末は回避した。
だが、鼻から頬に掛けて出来た裂傷は痛々しく、頬と顎の骨が砕けたことにより発音もままならない。
そこでようやく、ダンヴィンゲンが降り抜いた拳に追従する衝撃波が全身を襲う。
巨大な壁を叩きつけられたかのような派手な打撃、それを引き裂くように、サチナの雄叫びと爪が弧を描く。
「あ”あ”あ”あ”ーーっ!!」
「無駄だ」
幾ら鋭い斬撃であろうとも、ダンヴィンゲンの外骨格鎧を引き裂くのは容易ではない。
ましてや、今のサチナの攻撃は苦し紛れに放った悪手。
それで成せる結果など、細く柔らかい自分の首を切り落とすくらいしかできない。
「!!」
「《りゅ、か……ぐら・八岐の巫女命》」
それは、八つの輪廻を往来する、長大ならざる命の伝説。
溶け合い進化を続けるサチナの権能は変容し、やがて、多次元世界に住む自分へと至る。
「質が変わったな。戦いを知る強者の眼差しに」
「蟲ごときが、偉そうにしてんじゃねーぞ。です」
そこに再誕したのは、筋肉が発達した16歳のサチナ。
温泉郷の幼女将とは程遠い、戦いの中で生き抜いた――、殺伐とした未来のサチナだ。




