第9話「魔女子会・博愛のブローチ」
「まずは、私がどれほどユニクに愛されているかを示したいと思う。これを見て」
「ん?そうね、ちょっと気になってたんだよね、そのブローチ」
ついに始まった心無き魔人達による秘密の魔女子会。
先行を取ったのは幼い顔立ちの少女、リリンサだった。
リリンサは胸に付けていたブローチを取り外し、とても大切そうに差し出した。
カミナもその雰囲気に合わせ、貴重品を扱う時のように両手を添えてブローチを受け取る。
見た目よりも随分と重く感じるそのブローチは、カミナの掌の中できらりと輝いた。
「へぇー。すっごく綺麗ね」
「うん、世界中のどんなブローチよりも綺麗だと思う!」
「というかぱっと見ただけでも分かるんだけど、このブローチはそこら辺のありふれた物とは比べ物にならないわね。こんな凄いものをユニクルフィンくんから貰ったの?」
「そう。ユニクはそのブローチをプレゼントとして私に贈ってくれた。カミナならそのブローチ、いや、魔道具としての本当の価値が分かると思う」
リリンサは満面に微笑んで、カミナにブローチを鑑定するように勧めた。
カミナは促されるまま空間から高倍率のルーペを取り出し左目に装着して、視線をブローチに落とす。
「魔道具……ね。確かにこの中心に魔法陣が刻まれているわ。リリンにはこの魔法陣が何の効果があるか分かる?」
「実は、複雑すぎてさっぱり分からない。二重に魔法陣が刻まれているのは何となく理解はしている」
リリンサはこのブローチが英雄ホーライ由来だという事をあえて伏せている。
確かな鑑定眼を持つカミナの力量を試してみたいと思っていたからだ。
そして、思っていた通りであるならば、自分には分らなかった魔法陣の効果を読み解いてくれるかもしれないと、注ぐ視線に存分に期待を込めている。
カミナは「拝見するね……」と一応の言葉を言い残し、手元に意識を集中させた。
暫く沈黙が続く。
そして、視線をブローチから上げながら、カミナはうめいた。
「これ、凄いなんてもんじゃないわね。間違いなく至宝クラスよ。レジェの所有している国宝と同等ね」
「うん、合ってると思う。それで?」
「使われている宝石も凄く貴重なものよ。この宝石は『グラデーション・ダイヤ』と呼ばれるもので、赤系統の色は特に人気があるの。しかもこの大きさ……54mmか。うん、この宝石だけでも20億エドロは余裕で超えるわね」
「……え?20億?」
「でも、そんな事はどうでもいいわ。本当に凄いのは宝石の中に刻まれた魔法陣の方。リリンは二重だと思っているみたいだけど、違うの。これはたぶん、七重の魔導規律陣……ね」
「七重で魔導規律陣?魔法陣とは違う?そんなの聞いたことない」
「魔導規律陣というのは、至高の法具や伝説の武器などに使われる魔法陣の上位版よ。現代ではこれを書ける人は不安定機構の深部に所属する人だけと言われているわ。ついでに言うと、魔導規律陣は複雑すぎて普通なら二重、どんなに凄くても四重が限度だと言われているわ。でも、このブローチは、目に見えるだけでも七層に分かれている」
「そんなにすごいの!?それほどまでとは……」
「こんなブローチを所有しているなんてユニクルフィンくんはさすがに、英雄の息子ということね」
「あ、違う。このブローチはユニクが買ってきたもの」
「え?ちょっと何言ってるか分からないわ。もう少し詳しく教えてくれるかな?」
「このブローチはユニクがそこら辺で購入してきた。お値段、脅威の10万エドロ!」
「ごめん!詳しく聞いても分からなかったわ!?」
くすくすと声を漏らしながら笑うリリンサと、訳も分からず困惑するカミナ。
リリンサはひとしきり状況を楽しんだ後、実は、と英雄ホーライ所縁の品だと打ち明けた。
なぜ、このブローチがここまで凄まじい性能を秘めているかの理由を聞き、胸のつかえが一つ取れたカミナ。
ほぅ。とため息をひとつ吐き出し、よくよく考えてみれば他にもリリンがおかしい事を言っていた事に気づく。
「英雄ホーライねぇ……。で、10万エドロっておかしくない?」
「ユニクは偶然、あの『ライコウ古道具店』を見つけてそこで購入してきた」
「あぁ。小説に出てくる、あの胡散臭い店ね。本当にあったんだ……」
「あった。そして、私自身も連れていってもらった!」
「あら?良かったじゃない。行ってみたいと言ってたものね」
「そう、まるで夢みたいだった!じゃなくて、このブローチは英雄ホーライ所縁の品。カミナにはこの魔導陣の効果が分かる?」
リリンサは、気になっていた本題についての質問をした。
彼女自身、ライコウ古道具店に足を踏み入れ、英雄ローレライに出会っているというのに、ブローチの効果を聞くのをすっかり忘れていた。
気が付いたのは翌日の朝で、完全にタイミングを逃してしまったリリンサは、別の手段としてカミナに期待を寄せていたのだ。
そして、見事に通常の魔法陣ではないと見破ったカミナはもう一度ブローチに視線を落とし、ぽつりぽつりと呟いた。
「そうね……上層部五層に存在するのは防御魔法系統の魔導規律陣ね。四層の陣は第九守護天使に良く似ているし」
「ふむ」
「だけど、下の二つは良く分からないわ。虚無魔法の陣に見えなくもないけど、確証はないし」
「カミナですら分からないとは……さすが英雄ホーライの所有物」
「うーん、悔しいけど正確な効果は分からないわ。だけど、このブローチを破壊する事は不可能だと思う」
「壊せない?なんで?」
「魔導規律陣を重ねる時は同系統の魔法でなければならず、効果の強いものが下になるようにして積み上げていくの。防御魔法最高クラスの第九守護天使が四層である以上、それより効果の強い魔法があと3つ仕込まれている事になるわ」
「それってつまり、この世には第九守護天使以上の防御魔法が3つ以上存在するということ?」
「そういうことね。うわー。このブローチ研究したい!」
「ダメ。このブローチは私の宝物」
つかさすブローチに手を伸ばし、返却を求めるリリンサ。
カミナは少しだけ名残惜しそうにしながらも返却に応じ、ブローチはリリンサの手の中に戻った。
そしてリリンサは、ほんの少し思考を巡らせ、もう一つの魔道具の入った箱を取り出した。
「実はもう一つ、ユニクからプレゼントされたものがある。こちらが本命と言ってもいい」
「まだあるの?しかもそっちが本命?」
「そう、何を隠そう、その本命のプレゼントとは……この指輪!」
「えっ!?指輪!!?」
カミナは取り出された一対のペアリングを見て、目を白黒させている。
なにせカミナは、先ほどのブローチをもし購入するのであれば、同じ値段で病棟が一軒建つだろうなと見積もりをしていた。
しかし、今まさに提示された指輪はどうみてもその価値を上回っている。
その輝きは、たとえ確かな見識を持たない人でも本能的に理解してしまうほどに圧倒的だったのだ。
「リリン。これ……なに?」
「ユニクからのプレゼント。これはもう、エンゲージリングと言ってもいい!」
「もう、価値を考えるのもバカバカしくなるくらいに神々しいわね。でもね、リリン」
「ん?どうしたの」
「結婚指輪は男女で一個ずつ持つものよ。なんで2個揃っちゃっているのかな?」
「……。」
リリンサは痛いところをカミナに指摘され、俯いて黙秘権を主張するしかなかった。
**********
「はい、ユニクルフィンさん、両手を前に出して下さいね」
「両手?なんでだ?」
「採血の量が多いので、二本同時に行こうかと」
「そんなの聞いたことないんだけどッ!?」
カミナさん監修の人体実……人間ドック、初めての検査は採血だった。
ミナちーさん曰く、血液は体中の状態に深く関係しており、詳しく検査をすると大体の事が分かるのだそう。
だが、どうも量がおかしい気がする。
普通、試験管2、3本のはずだが、俺の目の前には12本入りの試験管が入っている箱が2つも並べられている。
どんだけ取るんだよ!貧血になるわっ!!
「ミナちーさん。その試験管全部使うのか!?」
「あー違いますね。試験管15本と、こっちの輸血パック一つです」
「……。そのパック何に使うんだ?」
「保存しておくらしいですよ?次の研究材料にするとか」
……おい。
誰が俺の血で研究していいと言ったんだ?
そんな事、誰も言うはずが……。
……リリン?
「あの、そのパック、無しで―――」
「あーもー!うだうだうるさいですね。男でしょう?度胸を見せてくださいよ。それとも、女の子になっちゃいます?」
「すみませんでしたぁ!」
ちくしょう!ここには人権とかないのかよッ!?
カミナ研究室+小悪魔ミナちーさんのコンボは俺が思っているよりも凶悪そうだ。
そして、その予感は見事に的中する事になった。
「はーい、ユニクルフィンさん。よーく見ててくださいねーほら太い針が刺さって痛いですからね―。はい、ぶすん!」
「うぉぉ……。」
あのさぁ、普通患者の意識を反らしながら針を刺すもんだろ。
バッチリ視線誘導されて、針が刺さる瞬間をはっきり見ちゃったんだけど。
……やっぱり、ミナちーさん怒ってるんじゃないの?
「あ!血の出が良いですねードバドバ出てます。……うん。もう2、3パックいっときましょうか」
「行かねえよッ!?死んじゃうだろ!!」
「あはは、冗談ですってぇ」
コイツ、完全に小悪魔と化してやがる!
つーか、血管を浮き上がらせるために腕を縛られているんだが、さりげなく採血台ごと縛ってやがる。
台も机に固定されているから、立ち上がる事も出来きやしねぇ。
ナチュラルに逃亡防止を図ってくるとか、手慣れてる感が半端じゃない。
「……終わりましたね。お疲れ様です」
「終わったか。とりあえず生存、と」
「このまま、お薬注射しますねー」
「あぁ、わかっ……いまなんて!?」
「はい?次の検査の為のお薬ですよ」
「……2本も、だと。何の薬?」
「最初のは造影剤ですね。CTを取る時に必要になるお薬です」
「……今、入れ終った奴は?」
「これは、超速攻で劇的に効果を及ぼし、短時間でピタリと効果が収まるタイプの……」
「……タイプの?」
「下剤です」
「うぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」
は、腹がァァァァァァァァ!!!!
なんてことしやがるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!
「うぐぅ!!ミナちーさん、なん、で……」
「はい?何って内視鏡スコープ検査の準備ですよ。大腸内に内容物があると検査が出来ませんので」
先に言えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
俺は必死になって辺りを見渡し、あるものを探す。
「トイレは扉を出て右のつきあたりです。ほら、早くしないと暴発しちゃいますよ?」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺は魂を燃やして原動力とし、精一杯ゴールを目指した。
結果的には間に合った。
本当に飛行脚を覚えていてよかったと、心からそう思う。




