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第189話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-蟲の胎動④」

~お知らせ~


ヴィントウクワの蟲の成分を(瓶虫+甲虫かぶとむし+鍬形)から(瓶虫+飛蝗バッタ+鍬形)へ変更しました。


う”ぃー太も「……チッ、紛らわしいんだよ、昆虫共。普通に間違えたわ」と申しております。



「……もう三日。こんなにルクシィアを待たせるとか、ご飯抜き一週間の刑に処すしかない」

「何の話だ?貴殿と戦い始めて、まだ二日しか経っておらぬ」



 三体の分身と一緒にフォーメーションを組んで取り囲む。

 そんなルクシィアの得意戦術を万全の状態で仕掛けてなお、彼の王蟲兵に付けることが出来た傷はたったの12か所。

 そしてその全ては、ただのかすり傷でしかない。



「カイダンキン、本当に硬いね。嫌になる」

「拙者は強靭な外骨格を持つ蟲の果て。それだけの男よ」



『玉蟲王・カイダンキン』

 甲虫かぶとむし団子虫だんごむし金蚉かなぶんの特徴を持つ、歴代の王蟲兵の中で最も硬い外骨格を持つ王蟲兵。

 ありとあらゆる者を倒し、死肉を食らい糧とすることを是とする彼の思想は、発生した滅亡の大罪期に大きな影響を与えた。

 地底という限られた食物しか存在しない極限空間で繰り返された食物連鎖により、代替わりしてゆく蟲の遺伝子に飢餓状態が刻み込まれたのだ。


 そして現在。

 増殖臨界に達したカイダンキンの軍勢は、豊富な餌場を求め、地上、海中、天下へと進出。

 地下コロニーにて、自分が食らうにふさわしい強者が現れるのを待っていた彼は、ルクシィアによって引き起こされた強い飢餓に身を捩じらせることとなった。


 手当たり次第に配下を口に運び、僅かに腹が満たされた頃、手元に置いておいた『正蟲兵エサ』がタヌキに食い散らかされたことを察知。

 惜しいなどという感情は沸かなかった。

 ただそこにあるのは、純粋な、歓喜。



「食っても食っても沸いて出てくるとは、タヌキとは愛い奴だ。貴殿が引き起こしている飢餓が薄れてしまう程に」

「蟲に求愛されても嬉しくない。なお、同族ですらお断り」



 エーデルワイズの予兆と自滅の効果により、直径120km以内に存在する蟲は掻き立てられる本能のままに捕食活動を最優先させる。

 外敵を葬り安全を確保するよりも先に、目の前の獲物に食らいつく。

 食事中という名の無防備の強制。

 弱者が強者に勝つ為の仕組みが整えられた事で、勝つはずの上位者があっけなく食い潰されるという、逆・生命進化デフレーションスパイラルシステムだ。



「なお、お前と交尾できそうなメスはいない。コロニーの中に残っている蟲も全部オスだし。ざまぁ」

「子孫とはつまり、拙者とは別個体。それを欲する感情は抱いてはおらぬ」


「そうなんだ?ふーん」

「あるのは貴殿を食らいたいという本能のみ。この世のどこかに居るのだろう?薄まっていない濃厚な貴殿が」



 常に数百体に分裂しているルクシィアには、本体が存在する。

 一人称が「私」であるその個体以外は「ルクシィア」と名乗り、発揮できる性能も3%~80%程とバラツキがある。

 万物創造の悪食=イーターを持つ彼女はタヌキで2番目の食いしん坊を自負しており、体重以上の食物を平らげるのも珍しくない。

 そして、余剰となった栄養で新陳代謝を使い、魔法次元にてスペア肉体を作成。

 その時の完成度によって、性能に差が付いているのだ。



「ルクシィアも子孫を残さない。だって、お母さんを知らないから、できっこない」



 知識の眷属であるタヌキにとって、『知らない』は耐えがたい屈辱だ。

 ルクシィアとう”ぃー太の両親、白い毛並みの『エーデルワイス』と黒い毛並みの『シュバルツワルト』。

 2匹の代わりにシアンからたっぷりと愛情を注がれている、されど、それは肉親のそれとは違うものでしかない。


 もう二度と手に入らない知識、特に、同性である母親の愛情を知らない事をルクシィアはとても気にしていて。

 だからこそルクシィアは、ルインズワイズの真なる覚醒体を『高貴な知識(エーデルワイズ)』と名付け、その手に握り続けている。



「うーん、やっぱりルクシィアでは決定打に欠ける。そもそも前線はルクシィアの仕事じゃない」

「《握壊クラッシャー》」


「……ダンゴムシって、そういうこと?」



 カイダンキンの全長は約4m、鎧武者のように数百枚のプレートで全身を覆っている。

 だが、最も筆舌すべきは、2m近い椀状の掌。

 極端に手を大きくした力士のような姿は、自分のみならず、餌を丸くすることに秀でた進化だ。



「むしゃり。味が濃いな?魔力も豊富で美味だ」



 魔法の発動で消費される魔力は、発声した肉体から支払われる。

 特別な神の因子を持たない限り、魔法の遠隔発動は成立しないのだ。


 だからこそ、戦闘方法が魔法主体のルクシィアは豊富な魔力を持つ分身を戦場に投入するしかない。

 たとえ握り潰して食われ、栄養にされると分かっていても。



「それは5年もの。魔力代替率25%以下」



 ルクシィアの分身体は、新陳代謝の行く先を変更して作られる。

 故に、再生サイクルの速い爪や毛、血液や筋肉などは短期間で生成され、足りない部分を魔力で補うことで、一応は活動可能となる。

 だが、臓器や神経などは生成スピードが遅く、そういった臓器を持つ強個体は時間を掛けて作るしかないのだ。



「ほう?」

「蟲に食わせるには勿体ない個体。()はとても悲しい」



 地面に落ちていたエーデルワイズを拾い上げながら、ルクシィアが呟く。

 今まで張りつめていた不安の解消――、唯一の肉親である兄と、乳母兄弟であるエルクレスの無事が確定し、安堵する。



「という事で、蟲は蟲同士、共食いでもしてろ」

「……帰って来たか。ヴィントウクワ、センゲンケラ!!」



 離れた位置で群れを形成していた2匹の王蟲兵の誘導。

 戦いながら煽りまくって激怒させるという、ルインズワイズを使わない古典誘導を成功させた兄達から到着の連絡が来たのは、ほぼ同時。

 両タヌキ共に満身創痍、だが、身代わりを持たない彼らはたった一度も、殺されていない。



「余裕だったぜ、なぁ、エル?」

「せやな。本気で神殺しを振るえる程度には力が残ってんで」

「ん、ご褒美として、食事抜き撤回を与えてあげよう!!」


「ブっ殺して脳みそカピカピになるまで吸い尽くしてやるぞ、クソタヌキィィー ……!?」

「タヌキを見れば腹は減るものだと思っていたのだがな。腹が立つとはこれいかに ……!?」



 ヴォォとをけたたましい音を立てて飛翔する2体の王蟲兵と群れ。

 それがエーデルワイズの影響下に入った瞬間、怒りが飢餓で塗り潰される。



「カイダンキンッ!!」

「ヴィントウクワッ!!」

「センゲンケラッ!!」



 ルクシィアの本体が戦場に立ったのは、エーデルワイズの精神浸食を全開にするため。

 今まで稼いでいたタヌキへ向けたヘイトを食欲に変換し、本来の目的であった共食い進化へすり替える。



「チャンス到来!!合わせて!!」

「おう、任せろ」

「普通のタヌキができる事をしくじったら、帝王として立つ瀬ないで!!」



 三体の王蟲兵とその取り巻きが混戦する中、三匹の満身創痍タヌキが奮い立つ。

 それは、今後のことを考えていない、全身全霊を掛けた本気の攻撃――、ではない。

 これは、歴史に名を残す、『カツテナイお膳立て』。



「《神縛鳴動・ヴァジュラカタブラ》」

「《神喰途絶・エクスイーター》」

「《心神過食・エーデルワイズ》」


「「「連結覚醒ッ!!《神誅鋳器じんちゅうちゅうき文武駆茶釜ぶんぶくちゃがまァ!!》」」」



 大地に仕込んだ精神浸食を縛り上げて形成した茶釜に、絶対防御を付与。

 王蟲兵に引っ張られる形で追従してきた滅亡の大罪期を余すことなく取り込むそれは、タヌキに伝わる伝統奥義。


 全長20kmもの超巨大な茶釜が付近の蟲を吸い込み、捕らえる。

 まるで、捕虫器に吸い込まれる蟲――、そんな終わりを眺め、う”ぃー太達は力尽きた。



「よ!上手くやったじゃねぇか。クソタヌキーズ」

「……。んなことより食いもん寄越せバビロン。食いもんだよ、食いもん」


「お前だけは飯食う元気が残っていんのか、ほれ、赤肉メロン(カンタロープ)



 ルクシィア、エルクレス、う”ぃー太は、タヌキ軍・副官、バビロンに回収された。

 ひとまとめに籠に突っ込まれているという扱いの悪さも、悪友同士なら問題にならない。



「……出番だぜ、希望ホープ



 カンタロープの皮を頭にかぶりながら、う”ぃー太が空を見上げる。

 神誅鋳器・文武駆茶釜の上に降り立った、幼き命の支配者を。



「《解脱転命きゅあん雲蒸竜変きゅありお!!》」



 希望を戴く天王竜が提案したのは、命の権能を使った強制進化。

 生殖活動――、命の営みとは、他者と共に同じ願いを叶える行為。


 王蟲兵は、偉大なる世界最強を目指し、奪い合い、進化する。

 それこそが未来、それこそが希望。

 希望を戴く天王竜がしたのは、彼らの願いを叶えるほんの少しの後押しに過ぎない。



「――!!きゅあっっ!!」



 成功した。

 死ぬ。


 二つの思考で塗り潰された希望を戴く天王竜は、全身全霊を賭して逃げ出した。

 これで滅亡の大罪期を引き起こす、王蟲兵・正蟲兵・副蟲兵は消滅。

 残るは、たった一体の、されど途方もない、蟲量大数と同じ埒外の化物。



「……これが、力か」



 文武駆茶釜が炸裂した光景は、さながら孵化だった。

 ウ”ウ”ウ“と鳴る、二対の羽根音。

 全長5m。

 隆起した筋肉を蒼白鎧骨格が覆い隠すも、その”力”は微塵も隠れていない。



「あらあらあら!美味しそうな虫が出てきましたよ!!」

「アレを見て美味そうなどというのは、古今東西、お前だけだぞい。エデン」



 東に立つ、白い騎士・エデン。

 西に立つ、老獪な拳闘師・トウゲンキョウ。



「うぅー、こっちには寄越さないでくださいよ、エデン」

「では、手に余る様でしたら、私の方に。インティマヤ様が困ってしまいますので」



 南に立つ、ビビりな魔導師・インティマヤ。

 そして、紳士に振舞う従者・ゲヘナ。


地獄ゲヘナ

 そう名乗るこのタヌキは、う”ぃー太やルクシィア、エルクレスよりほんの僅かに年下な、第二世代タヌキ帝王。

 だが、その言葉遣いの中には、親世代タヌキに対する尊敬や畏怖は含まれていない。



「またそうやって美味しい所を持っていくつもりですよね?神殿でお肉を持ってかれたの、まだ忘れてないですからね??」

「ははは、この私は地獄帰りの若輩者ゲヘナ。エデン様の食い意地の汚さなど知る由もありません」


「分かってて言っていますよね!?もー、あなた達は!!」



 最後の最期に子を産み、シアンに託した。

 そうして満足した2匹のタヌキの魂は世界に還り、そして、ただの名も無きウマミ・タヌキの子として生まれ変わった。


 このタヌキーー、ゲヘナは、シュバルツワルトやエーデルワイスそのものではない。

 血筋的には全く関係なく、魂も別物。

 世界に還った魂の操作など神ならざる所業、それゆえに、数多の意識の断片が混ざり合っている。

 だが、その中に少しだけ、エデンやインティマヤ、トウゲンキョウを友と呼ぶ知識があるだけだ。



「さて、お名前を伺いましょうか。可愛い我が子が用意してくれた極上の料理を素材名で呼ぶのは、あまりにも不躾ですから」

「鎧王蟲・ダンヴィンゲン、そう名乗るとしよう」



『鎧王蟲・ダンヴィンゲン』

 団子蟲ダンゴムシ瓶蟲カメムシ竜蝨ゲンゴロウの特性を持つ、陸・海・空を統べし者。

 精錬淘汰された混蟲を更に超えた存在であるこの蟲は、ありとあらゆる環境に適応して君臨する、あまねく生物の憧れ。

 世界で最も純粋な力の最果て、『世界最強の物理力(マキシマム・ダイン)』を持つ最強の王蟲兵が、今ここに誕生した。



 **********



「……マジかよ、やっべーです」



 サチナと共有した記憶はそこで途切れた。

 全身全霊を掛けて逃げ出したホロビノが見た光景はそこまでだからだ。



「ホロビノ。あのダンヴィンゲンは、エデンやゲヘナでも殺し切れなかった。そういう事でいい……です?」

「きゅあん……」



 聞きたくなかった、肯定。

 世界第4位の格を持つエデンと、その仲間のタヌキ達。

 両陣営ともに生き残っている、それが意味する事実にサチナは震えあがる。


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