第188話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-蟲の胎動③」
「チャンスは一度きり。失敗したらルクシィア達は死ぬ、とてもリスクがある、成功出来たら凄いこと」
「……何が言いたい。ルクシィア」
「一か月くらい、馬鹿兄はルクシィアにおやつを献上すべき?」
「じゃあ、次の一か月はお前が寄越せよ。俺も頑張るんだからな」
天王竜と会談した次の日。
軽口を叩き合う兄妹タヌキはそれぞれ、抜身の神殺しを持っている。
例え、鋭い眼光で蟲の軍勢を睨んでいようとも、例え、勝てる見込みがゼロだと分かっていても。
” 生き残って、飯を食う ”
そんな約束は、タヌキにとって絶対に違えぬ目標だ。
「ワイが舷蟲王・センゲンケラを引っ張って来る、ソドムが飛蟲王・ヴィントウクワや。で、ルクシィアが押さえている玉蟲王・カイダンキンと合流、ええよな?」
「おう、相性的にそれがベストだぜ」
「相性『は』、良いともいう。まともに戦って勝ち目があるのはエデンくらい?」
「オカンを呼べへんのは痛いわ。が、しゃーない」
「王蟲兵共より強い奴がいるとドエライことになるからな。後で大暴れさせるためにも、ここは温存の一手だぜ」
「トウゲンキョウとインティマヤに作戦を話しておいた。これで暴走はしない、安心」
う”ぃー太、ルクシィア、エルクレスの三タヌキが立てた作戦を一言で表すのならば、『一網打尽』。
独立して動く三体の王蟲兵を一つの戦場に集め、その場で決着を付けるという、現実から大きく乖離した理想の空論だ。
それぞれのタヌキが視線を交わし合い、頷き、身体を返した。
そして、天・地・海に巣食う王蟲兵のコロニーへ向かい、歩み出す。
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「覚醒させよう、《心神過食・エーデルワイズ》」
悪食イーターを組み込むことで錫杖へ変質させた神域浸食・ルインズワイズを大地に突き刺し、ルクシィアが舞台の幕を上げる。
限界ギリギリまで注ぎ込んだ魔力を一気に放出し、直径120kmもの領域内に居る生物の意識を飢餓状態で塗り潰す。
「うわぁ、自分でやっときながら、ちょっとドン引き」
ルクシィアの役割は120km過食領域を維持し、蟲の共食いを強制すること。
そして、率蟲以下の虫はそのままの意味で一口で食い散らかされ、開始後数十秒の間に残骸へと変わり果てた。
それでも残った数えるのが面倒なほどの軍勢、それは全てレベル99999(カンスト)となっている進化個体。
油断すればルクシィアでも危ない存在、それが弾け合う度に数が半分となっていく。
「これこそまさに蟲毒、というか、蟻地獄?地面に埋まったままくたばればいいのに」
ルクシィアの周囲を飛んでいる蟲の軍勢は、ただの余剰戦力に過ぎない。
カイダンキンを頂点とする本隊は地下コロニー内に生息しており、全数は未知数。
その地上部にエーデルワイズを突き刺した現在、内部は想像を絶する狂乱状態となっている。
そして。
キリキリキリ……ガサガサガサガサ……ズィーズィー……リリリリリ……。
「ルクシィアを見ていっちょ前に腹を鳴らしている蟲ども、安心すると良い。ちゃんと玉蟲王の前に食べてやる」
軍勢の中でも異形の存在。
二足歩行へ進化した正蟲兵×3と、副蟲兵×1が、魔法陣を展開し始めたルクシィアを取り囲む。
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「よぉ、ヴィントウクワ。これは俺のおごりだ、とりあえず食らっとけ。《神喰途絶=エクスイーター》」
『飛蟲王・ヴィントウクワ』
瓶虫・飛蝗・鍬形の特徴を併せ持つ、歴代の中でも屈指の強度を誇る王蟲兵。
そんな虹緑色の外骨格を突き上げるように放ったう”ぃー太の必殺の一撃へ、鋭い爪先が食い込んだ。
「ほぉ?硬いな」
「伊達に絶対防御を謳ってねぇよ。チッ、余裕綽々で受け止めやがって」
ルクシィアの現在地から直線距離にして、おおよそ5000km。
時速100kmで移動して2日かかる場所にあるコロニーこそ、ヴィントウクワの侵略拠点。
その最寄りの森に転移してきたう”ぃー太は、空を飛ぶ要塞を地上から観察し、真理究明の悪食=イーターで最短侵入経路を解明。
すたこらさっさとタヌキ形態で駆け抜けた奇襲は成功し、ヴィントウクワの興味が目の前の餌に切り替わる。
「何の用だ?タヌキ」
「聞いたぜ、蟲量大数を目指してるんだってなぁ?」
「だが?」
「お前らがどれだけ共食いしようが、俺ら知識の足元にも及ばねー。無駄なことしてねーで樹液でもチューチュー吸ってろ、クソ蟲」
「お前の脳みそを吸ってやろうか?あ?」
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「舷蟲王・センゲンケラはん、偉いごきげんそうやな」
海上に蓋をするように広がる、漆黒の絨毯。
それは逆ピラミッドーー、水面下に建造されたセンゲンケラのコロニーだ。
「良いに決まっている。竜を食らったことで他を出し抜き、朕が最も蟲量大数に近い生物となったのだ」
「まさか、ワイの侵入を抵抗するどころか、歓待されるとは思ってへんかったわ」
ルクシィアの位置からソドムとは反対方向に800kmの海上、どう奇襲を掛けたものかと思案するエルクレスは、無防備に開いている出入口の前に降り立った。
相手は竜を食らった強者。
奪った命の権能を使いこなしている可能性は限りなく低い、だが、致死性の毒を生成するヒントになっている可能性がある。
下手な小細工で相手の警戒心を刺激し、それらをばらまかれた場合、二度と修正が出来ない事態に陥ると判断。
エルクレスは道化じみた商人のような顔で、単身、コロニーの最深部に踏み入った。
「思ってたより話せるやんけ。どや、率直に交渉をしたいんやけど?」
「内容によるな」
「センゲンケラはんは他2体の王蟲兵を食らいたいんやろ。ワイらとしても、こんな不毛な争いなんぞさっさと終わらして欲しいねん」
「不毛か。確かにそれは蟲以外から見ればそうだろうとも」
「せやで。このままじゃ、どうあがいても蟲しか生き残らへん」
「それに何の問題があるのだ?」
「迷惑やろ」
「朕は困らぬよ。昆虫といえど、その生態は千差万別。生物という枠組み、蟲、竜、タヌキ……が、昆虫という枠組み、ゲンゴロウ、オケラ、フナムシ、カブトムシ、クワガタ……に変わるだけだ」
センゲンケラは、『哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類……、昆虫類以外は絶滅してよい』と言った。
命の権能を得たことにより、昆虫類は未知の進化を繰り返していくことになる。
そうなれば、昆虫類以外の生物など、全く必要が無くなるのだと。
「生存競争とはそういう物だ。別に、タヌキが蟲を食うことも止めはせぬ。朕には関係ない事だ」
「せやろか?」
エルクレスは、すらり。と腰に付けていた神縛不動・ヴァジュラを抜いた。
明らかな戦闘の意思、だが、それを見定めてなお、センゲンケラは椅子から立とうとしない。
「ここで戦う気か。外は水、朕の配下が身を艇して作ったこのコロニーも、ひとたび穴が開けば脆いものだぞ」
コロニーの形成材料は、蟲。
ここは床、壁、天井、コロニーの全ては蟲同士が粘液を分泌して癒着することで水の侵入を防いでいるという、意志ある要塞だ。
そして、コロニーのボスであるセンゲンケラの命令により、コロニーは姿を変える。
今この瞬間にこの部屋の結合を解除し、エルクレスを深海に放り出すことなど造作も無い。
「穴が開けばの話やろ。ワイの持っとるこれはな、神縛不動・ヴァジュラいうねん。その名の通り、神の拘束を目的として作られた兵器やぞ。蟲の動きくらい、止められへんでどうするんや」
センゲンケラは立ち上がろうという意思すら見せない。
だが、意思を改めた所で、それは決して容易ではないのだ。
「あ、間違ってしもうた。神縛不動・ヴァジュラやのうて、《神縛鳴動・ヴァジュラカタブラ》やったわ」
「何が違うというのか」
「エライ差やで。こいつなら、お前さんをぶっ殺せるんや」
~お知らせ~
ヴィントウクワの蟲の成分を(瓶虫+甲虫+鍬形)から(瓶虫+飛蝗+鍬形)へ変更しました。
う”ぃー太も「……チッ、紛らわしいんだよ、昆虫共。普通に間違えたわ」と申しております。




