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第185話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-滅びの輪廻竜⑦」

「……きゅあっ!?」



 びしょびしょに濡れた体毛を振り乱し、ホロビノが素面に戻った。


 湯立神楽ゆたてかぐらとは、煮えた湯に笹の葉を浸して舞い、弾けた雫を浴びる事で無病息災や五穀豊穣を願う祭事。

 故に、この『笹七舞』は踊り手のサチナのみならず、周囲の観客と環境に効果を及ぼす大規模儀式魔法だ。


 魔法陣から立ち上る湯気は、肉体の新陳代謝促進という温泉郷に相応しい効果を持つ。

 それに頭から突っ込んだホロビノは酩酊状態から脱し、いつの間にか背中の上から居なくなっているサチナの思惑を理解。

 ひっそりと戦線から離脱し、勝利への一手を盤上に打つ。



「木星竜兄様。サチナと勝負するです」

「……お前だけで勝てるとでも?」


「その為に盤上の駒を揃えた、ですっ!!」



 木星竜とホロビノの命の権能を観察していたサチナは、ここから先は一人で戦った方が勝率は高いと判断した。

 様々な方法で繰り出される木星竜の即死攻撃は、ホロビノが無事でいる限り無効化される。

 逆に、木星竜の攻撃、及び、サチナの攻撃にホロビノを巻き込んだ場合は生じた隙に即死攻撃がねじ込まれ、ゲームオーバーへ直結する。



「駒か。どれだけ数を揃えようと、魂を持たぬ幻影に何の意味がある?」



 余裕めいた態度で妹を諫める木星竜、だが、その内心では僅かにも油断していない。

 魔法陣の上に立っているサチナ達、その実態は、時の権能で植え付けた偽りの記憶。

 攻撃をされるどころか、触れられることすらない幻であると見抜いた木星竜は、本物のサチナを探す為に命の権能を活性化。

 魂の在りかを索敵し――、僅かに驚愕する。



「……これは」



 思わず漏れ出てしまった疑問の声。

 時の権能で偽れるのは五感のみ、だからこそ、命の権能を使った索敵でサチナの現在位置を割り出そうした木星竜は、確かに存在する100万個以上の魂に困惑する。



「お前ら、演舞を始めるぞ、ですっ!!」



 しゃらりと笹の葉が擦れ、心地良い風の音が奏でられる。

『10万匹のサチナ』と周囲に舞う光のオーブ。

 渾身一体となって踊る神楽に混じり始めた金管楽器のような美しい演奏、それは、名も無き魂たちの震える鼓動だ。



「……この場で死んだ者を味方に付けたか。狐の癖に器用なことだ」



 神楽とは、神を祀り、生命力を高める儀式である一方、慰霊や祈願にも用いられる儀式だ。

 死する魂の安寧を願い、この世の未練を断ち切り、鎮め奉る。


 人狼狐においてのサチナの役割――、霊媒師。

 その役割は、死した命を導き、仮初の肉体に宿らせ、願いを聞き届けることだ。



「ならば、二度と転生できぬよう、魂ごと荼毘に伏してくれようぞ」



 木星竜が振り上げた二本の大災害が、咆哮と共に叩きつけられる。

 擦れた空気は一瞬で燃え尽くされ、可燃元素は不可燃元素へ化学変化。

 それに付随して発生する、熱波・憤爆・灼光のドームが直径5kmを灰と――。



「「「させねーぞ、ですっ!!」」」



 振りかざした笹の葉の動きに合わせ、周囲一帯に蒸気の渦が吹き上げる。

 穢れを落とす浄化と癒しの霧、それが意思を以て、無錫焼龍包を迎え撃つ。


 じゅわりと弾けた霧は超乾燥地帯に溶け込み、周囲の温度を僅かに下げる。

 即死の炎 VS 廻生の水。

 ここでの優劣が勝敗に直結していることなど、誰の目にも明らかだ。



「万物を司る五行において、水は火の相克だ。互いに同じ力でぶつかれば、勝つのは水であろうよ」

「っ!?」


「だからこそ、私は火を扱うのだ。水は木を育み、この身は無限に再生される。そうしてまた、火は強化される」

「間違った、ですっ!!」


「そうだ。私に勝とうとするのならば、水は絶対に扱ってはならぬ愚行に他ならない」



 木星竜が振るう無錫焼龍包の火力は衰えることなく、サチナが振りかざす霧ばかりが無残に散っていく。

 大気中に飲まれた水蒸気の殆どは木星竜に吸収され、そして、植物の営みに従い焼竜白酒へと変化。

 それを見て奥歯を噛みしめたサチナは残った大気中の水分を必死に搔き集め、ぽたりぽたりと、恵みの雨粒を呼び起こす。



「《雨乞神楽あまごいかぐら命沃豊穣めいようほうじょうっ!!》

「ここまで来ると、失笑すら沸かぬものだな。手の内を悟られぬように隠していたとはいえ、察せる事もあっただろう。愚弟ホープよ」



 木星竜は、希望を戴く天王竜を殺そうと決めたその時から、蓄えた実力を隠すことに心血を注いできた。

 移動できない不自由さと引き換えに、ダルダロシア大冥林という名の能力向上システムを作ったのも、今この瞬間に至る為。

 命の権能で劣る彼が希望を戴く天王竜に勝つには、植物の支配者という強みを生かすしかないと分かっているからだ。



「いや……、なるほど、サチナは捨て駒か。私の力の底を調べ、対抗できる姿へ進化する。散った魂を接収すれば、消耗している魔力の足しくらいにはなるとでも考えたのだろう」

「はぁ、はぁ……」


「だったら、なおのこと失策だ。木に注いだ水がどうなるかなど、小竜ですら知っていることだ」

「……だから、間違えたって教えてやったろ、です」



 無錫焼龍包を叩きつけられたサチナの姿をした仮初の肉体は蒸発し、役目を終えた魔法陣も泡沫となって消えた。

 そのままの意味で全身全霊を賭したサチナの神楽舞いの結果、周囲には小雨が降り注いでいる。

 だが、木星竜は健在――、それ所か、満開の桜が咲き誇っている。



「なに……?」

「時の権能は、世界に刻まれていく記憶を操作する権能、だから、時間経過を促すことは出来ねー、そう思われてるです」


「馬鹿な!?命が、私が蓄えた命が勝手に芽吹いて逝く、だと……」

「だけど、命の権能は望む姿に至る権能。願った未来を手に入れる力」


「読み違えたというのか、私が……!!」

「世界には、意思も理想もねーです。だったら、サチナが望む記憶ときを植え付けて、そこに進化させてやれば、時間加速は起こせる、ですっ!!」



 木星竜の体表に一斉に息吹く、白い命の徒花あだばな

 体内に染みこんだ湯立神楽ゆたてかぐら笹七舞ささなまいの効果によって、活性化した体細胞が超回復暴走を引き起こす。


 身や場を清め、邪気を払い、五穀豊穣を願うそれは、サチナを含む周囲一帯を癒す回復特化のバッファ。

 そして、肉体経過が超加速している現在、たったの1秒で数えきれない数の花弁が一生を終えて。


『千載』

 それは1000載――、100000000000000000000000000000000000000000000000。

 決して無限ではない、限りある命。



「おのれ、まさか……竜にすらなれぬ、半端者ごときに……」



 ボロボロになって崩れて逝く木星竜、そこから撒き散らされる種子は、土塊となったダルダロシア大冥林跡地を本物の森へ変えるだろう。

 多くの生物が住まう新緑の都。

 誰かの思惑の上にあるのではない、本当の意味での自然環境が生まれるのだ。



「サチナの勝ちなのですっっ……!!ホロビ……かふっ」



 命の権能を持つ木星竜であっても、世界によって引き起こされる命の変化を止めることはできない。

 竜の最も正し殺し方、「死ぬまで殺す」。

 そんな物騒なタヌキの教えを全うしたサチナは、ほんの僅かに油断していた。



「何するですかっ!?脇腹をおもっくそぶつけただろ、ですっっ!!」



 重ね掛けしていた認識阻害を解除した瞬間、ホロビノが突っ込んできた。

 かなり乱雑にサチナの身体を抱き上げ、全速力で木星竜から距離を取る。



「《世界最大の物理力(マキシマム・ダイン)》」

「っ!?《とおりゃんせ、です!!》」



 時間経過を世界から切り離す、一時的な絶対防御結界

 サチナが振り返って叩きつけた掌底による拒絶の壁、その程度を破壊できぬ者に、世界最強を名乗る資格はない。



「まさか、竜にすらなれぬ半端者ごときに、この技を見せることになろうとはな」

「……なんだそれは、竜の権能じゃ説明できねーです」



 散り終えた花弁の中から、筋骨隆々な戦士が姿を現す。

 それは世界で唯一の、滅亡の大罪期の”完成系個体”。



「不可思議なこともあるまいよ。他者に寄生する植物など、それこそ、有り触れているのだから」



 希望を戴く天王竜は理解している。

 目の前の光景が、希望を冠する自分でさえ絶望する、最悪の想定シナリオであると。


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