第183話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-滅びの輪廻竜⑤」
「攻略完了、次は木星竜兄さまをブッ叩く、です!!」
動悸がする、胸が高鳴る。
全力を叩きつけても死なぬ相手、そんな存在との出会いは、サチナにとって初めての遊び。
「……生者必衰。貴様らには無縁の言葉だと思うか?」
炎上する樹殻剣をポイ捨てしながら、木星竜が目を細める。
才能あふれる弟妹達を殺す為に、業炎の中から覗き見て。
……命の権能の取り扱いにおいて、我はホープに劣る。
出力、範囲、同時処理数、どれをとってもホープの方が上だ。
才能という一点において、その差が覆ることは無いだろう。
だからこそ、我は貴様らの上に立てる。
強者であり続ける者には、小さな種が抱く大輪の夢を見ることは出来ないのだから。
「きゅあっ!!」
「どうしたっです!?」
小さく悲鳴を上げたホロビノに浮かぶ苦悶、その発生源は全身の痛み。
美しい毛並みの下の皮膚が軋み、至る所から滲んだ血が瞬く間に蒸発し、消え去ってゆく。
「これは、木星竜兄さまの攻撃……、です!?」
「きゅ~~あ~~!!」
森ドラゴンの通常技『万果乾葬』
水を、命を、吸い上げ、芽吹く。
その直撃を受けた者は瞬時に乾燥し、塵芥となって崩壊する深緑魔法だ。
そして、今回指定された対象は、周囲2kmもの空間そのもの。
そこに存在する水分を吸い上げて作り出した湿度0%の超乾燥空間によって、様々な自然異常現象が同時に発生する。
「喉が渇きやがる、ですっ……!!」
「きゅあっ……、」
サチナもホロビノも、並の攻撃を受け付けない絶対強者だ。
致命傷程度では回復されることなど分かり切っている、だからこそ木星竜は、無効化できない環境による消耗を強いた。
小さな肉体しか持たないホロビノ達と、全長100kmの肉体エネルギーを凝縮させている木星竜。
内部に居るだけで全身が乾燥し、皮膚が張り裂ける極厳環境において、どちらが有利であるかなど語るまでも無い。
「貴様が白天竜の強さを持つのなら、私は森ドラゴンとしての強さで対抗するまで」
「きゅっ、あ……」
「命の権能による輪廻転生は、死した時点のエネルギーを転換させる奥義だ。総量が増える訳ではない、違うか?」
命と時の権能、その両方には共通するルールがある。
それは、どちらもエネルギー保存の法則に従うという点。
その場にある物質やエネルギーを組み替えているだけであり、失われた物質を作り出している訳ではないのだ。
『竜の最も手っ取り早い殺し方は、転生できなくなるまで殺し続ける事じゃの!』
そんな暴論過ぎるタヌキの悪知恵も、エネルギーのロスが発生しない完全総転換ができるホロビノには通用しない。
だが、そもそもの体力を削られてしまえば、転生を行う最低限のエネルギーすらも失ってしまう。
「ゆっくり、ゆっくり、攻撃だと認識できねーギリギリのラインで削られる、ですっ……」
「ただ漠然と森を宿していたのではない。命が生きる為に必要な糧の、一日の最低摂取量。飢餓とはどういう状態なのか、私はそれを良く知っている」
サチナの攻撃を受け続けたのも、ホロビノに無効化されると分かっていながら命の権能による即死攻撃をばらまき続けたのも、体力を削るのに有効であるからだ。
輪廻の中の有りふれた終わり、衰弱死。
それが脳裏によぎった時には既に、臓器の殆どが異常をきたしている。
「きゅっあらぁっ!!」
「分かった、ですっ!!」
このままでは5分と保たずに、死ぬ。
それを理解したホロビノは苦肉の策を叫び、サチナがそれを実行する。
彼女が突っ込んだ空間の裂け目の先にあるのは、極鈴の湯の厨房・生鮮食品保管室。
そこから栄養価の高いイチゴを取り出し、自分とホロビノの口の中に放り込む。
「《解脱転命・枯木竜吟!》」
噛みしめた果汁の中に含まれる種子へ、命の権能を注ぎ込む。
そうしてホロビノの口の中から湧き出したイチゴ蔓の濁流は、サチナの手元の空間の割れ目に侵入。
そこにあった食品に根付き、栄養素を奪い取る。
「愚かな。私の前で植物を扱うとは」
植物を媒介にしている場合、命の権能の優先権は木星竜にある。
そのままホロビノの体内に侵入し、栄養を奪い尽くしてやろう。
そう思った木星竜の顔面に、サチナの蹴りが突き刺さった。
「がっ……!!」
「根性っ……、ですっ!!」
決定的な隙を突く際に生じる、致命的な隙をサチナは見逃さなかった。
それは、天性の勝負勘。
勝機を見つけ、盤面を覆す一手を打つ、それが遊びの醍醐味だ。
ひしゃげる眼窩に写ったのは、ホロビノの周囲に舞った朽ちた蔓。
新緑は役目を終え、二粒の輝く黒い果実を育んだ。
「きゅあ!」
「んっ、美味しい、ですっっ!!」
サチナとホロビノの口に含まれたそれは、死者すら癒す果実・エルダーベリー。
一粒のブドウのようなそれは、食糧庫にあった全ての食品のエネルギーを凝縮させた完全栄養食だ。




