第182話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-滅びの輪廻竜④」
「そして、あの剣の攻略を次の遊びに設定するぞ、ですっ!!」
ホロビノによって根絶された草菌類の残骸を振り落とし、指を時の権能で満たして再生。
そうして掌を完治させたサチナは、相手が持つ権能の効果の考察を始める。
時の権能は世界に刻まれた時間を元に、物質を復元することが出来るです。
ただし、激しい変化が行われている最中は、変化と復元が相殺し合い、良くて現状維持、木星竜兄さまのような手練れの竜が相手だと押し負ける、です。
さっきの攻撃は、キノコ胞子と雑菌類を命の権能で強化し、サチナの指を栄養にして増殖を繰り返していた。
時の権能の特性として、生命の時間逆行を行う場合は、その対象一つ一つに権能を発動する必要があるです。
ざっと見た感じ数億個の命の寄生の対処、これを時の権能だけでやる場合は、とおりゃんせを発動して時間経過を緩やかにしながら、一個一個潰すしかねーです。
「ホロビノ、サチナも命の権能を使いたいです、サポートしろ、です!!」
「きゅあら!」
木星竜が行った反撃の正体は、エンシェント・森・ドラゴンの最終奥義。
接触者の肉体を冬竜夏草という名の数億個の菌糸体へと置き換える事で、治癒や時間逆行を受け付けない完全な死と輪廻転生を押し付ける技だ。
そしてこの技の厄介さを、ホロビノは知っている。
キノコに限らず、植物は風に乗せて胞子を飛ばし、離れた位置で繁殖する。
木星竜が持つ「樹殻」剣とはその名の通り、遺伝子情報が保管されている樹核を剣の形に固めたものだ。
樹木、苔、菌などの胞子を効率よく撒き散らす為の武器であるそれは、周囲一帯の環境をダルダロシア大冥林へ置き換える行いに等しい。
「ホロビノの結界の主導権を、サチナにも頂戴です!」
「きゅありあー!」
風に乗って拡散していく木星竜の胞子環境下では、あらゆる有機物が繁殖エネルギーとして扱われる。
だが、それら菌の命の生殺与奪さえも握るホロビノの竜精界の夢は、菌の生命活動そのものを停止する。
そうして設定された安全地帯、そこにサチナの結界を混ぜ込むことで、効果範囲を一気に拡大。
温泉郷を遥かに超える直系150kmを有効範囲に設定し、久遠竜鬼においての不利な状況を覆す。
「許可ありがとなのです。これで、主様や女王に胞子が届いても死ぬことはなくなったです」
「きゅあら?」
「繁殖活動をトリガーにして、時と命の権能が自動発動するようにしたです。この結界内では、サチナの許可無しの繁殖活動を徹底的に邪魔するようにした、です」
「きゅぐろ!?」
時の権能が混じったことで部分の把握が出来なくなったホロビノは、サチナの言葉を頼りに想像するしかできない。
繁殖活動を行おうとした場合、自動で時間が逆行し、行為前に戻される。
チラ見したサチナの暗黒微笑の理由が、節操のない白銀比と不可思議竜への対抗手段を手に入れた事によるものだと当たりを付けたホロビノは、腰のあたりをきゅっとさせた。
「この技で終わっていれば楽に死ねたものを」
「簡単に勝負を投げる訳ねーだろ、です!!諦めたら試合終了だって、女王や大臣も言ってた、ですっ!!」
「ならば荼毘に伏すが良い。《火龍果極》」
ボボボと弾けた木星竜の口から、放射状に熱線が拡散。
大気中に散らばった胞子を燃料として奔るそれは、数千度を超える生きた竜脈。
燃え逝く菌の意志に付与された無色の悪意――、生きる意志そのものが、有機物の塊であるサチナとホロビノに向かい牙を剥く。
「上に飛べ、です!!」
「きゅあらららー!!」
竜精界の夢で計測した最も胞子の密度が低い上空へ向かい、ホロビノが急旋回。
数万発の命の花火が咲き誇る空を睥睨したサチナ、その手には主のお願いで管理していた魔王の槍が握られている。
「きゅぐろん!?!?」
「我慢しろ、ですッ!!」
未使用時の魔王シリーズは、サチナが管理している結界の中に保管されている。
現在はリリンサが使用中であるものの、性能を熟知しているサチナであれば複製を作る事は容易。
そうして作り出された魔王の右腕と左腕の複合槍『魔王の槍合掌』は、根源的な恐怖をまき散らし、火龍果極の意識を書き換える。
「自爆しろ、ですッ!!」
木星竜の樹殻剣に突き刺さった魔王の槍合掌に向かい、火龍果極が集中する。
超高密度となった胞子の連鎖爆発は数万度にも達し、周囲の命を全滅させる大火葬と化した。
「攻略完了、次は木星竜兄さまをブッ叩く、です!!」
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「白銀比様ぁ、あの戦いに参入して生き残れる自信あるぅ?」
「くっくっく、酷なことを聞くなーんし」
そう、やりようはあるけど、進んではやりたくないって所ねぇ?
ロゥ姉様ですら青ざめて首を横に振ってる辺り、マジでヤバそうな気配しかしないわ。
天窮空母を全速力で後退させながら、映し出されたモニターに視線を向ける。
周囲の帝王騎士団が一目散に逃げ出している状況からも、即死攻撃の応酬であるとレジェリクエは判断した。
「見解を聞かせてくれないかしら?はい、ヴェルモットワインとレーズンサンド」
「ヴェルモット?随分と値段が下がったなんしな?」
「あら、たまには安物を飲まないと、上級ワインの美味しさが分からないでしょぉ」
そう良いつつグラスに注いだワインの値段は、年間生産数が3000本を下回る最高級品種。
製造年月日が若い為に入手しやすいだけで、味は超一級品だ。
そんなレジェリクエとテトラフィーアの貴族接待装備を味わった白銀比が、自分の経験に当て嵌めて目の前の光景を語り始める。
「まず、それぞれの記憶は読めんなんし」
「サチナちゃんが対策できるのは分かるわ、でも、竜がどうやってやるのかしら?」
「木星竜は二つの木製卵を融合させて、大きな三つの格を有しておるでありんす」
「二体が一つになったのに、三つなのぉ?」
「木星竜本体、そして、鎧に行動用と偽装用の二つの魂を宿しておる。シャッフルされれば分からんなんしな」
記憶を読めるはずのサチナがカウンター攻撃を食らった理由を聞き、レジェリクエが苦笑する。
光速の戦いですら付いて行けない。
それなのに、思考予知を駆使するサチナの上を行く存在はレジェリクエの口を乾かせるのに十分すぎる。
「ロゥ姉様、あの木星竜の周囲に広がったもやの正体って分かるかしら?」
「胞子だよ。キノコとかそういうのの」
「どんな感じ、かしら?」
「おねーさんじゃ、なすすべなく即死」
「あはぁ、ちょうやばぁい。魔法じゃ、どうにかできないって事よね?」
「生命に直接作用する魔法は回復とバッファ系統のみって法則があるのは知ってるよね。だから、生命体で満たされた空間内では防御魔法が成立しなくなる」
「なるほど、既に発動している防御魔法も貫通するのね、カビが浸透するみたいに」
「そう。だから、あの空間で生き残れるのは絶対相殺フィールドを持つユルドさん、あと、ユニくんも可能性あるかも」
「ホーライだと厳しいのかしら?」
「お師匠の肉体の魔法化率は100%にはならない。心臓がキノコだらけになってお終いだよ」
「……なるほど、カミナ、天窮空母の空調ってどうなっているのかしら?」
木星竜に近づいただけで死ぬことを理解したレジェリクエは、すでに手遅れの可能性に思い至る。
目に見え無い菌への対策にこの場で最も詳しいのは、医師の資格を持つカミナだ。
「あら、内部循環に決まってるじゃない。気圧の違う高高度よ、ここ」
「セーフって事でいいのかしら?」
「気圧計測器やフィルターが揃って異常値を示しているわ。どう考えてもアウトでしょうね」
「……それ全部燃やしてもダメ?」
「一番の悪手よ、それ。対流した空気で一気に胞子が広がるもの」
タブレットに文字を書きながら計算しているカミナに縋るような視線を送っていたレジェリクエが項垂れる。
花粉症と同じ感覚で突き付けられる死、そんな結末を想像して青ざめる。
「ついでに白状するでなんし。時の権能の時間逆行も効かんでありんしょう」
「……え」
「命を精子と卵子に戻せないのと同じ理屈なんし。そこにあるのは菌、前世の記憶など受け付けはせん」
ようするに、余達は木星竜の気分で全滅する訳ね?
しかも、キノコや菌はその場に残り続ける限り、胞子を放出し続ける。
大陸が滅びるまで、一体何日かかるのかしら。
「カミナ先生ぇ、何か手は無いかしらぁ?」
「殺菌スプレーの製造をムーに依頼したわ。届き次第、空調に混ぜ込むけど」
「けど?」
「ぶっちゃけて言うけど、毒なのよ。これ。体内の微生物を殺すから」
「それって意味ないじゃなぁい?」
「活動してないだけで、既に私達の肺の中に寄生してるでしょうし、免疫低下と引き換えで命が助かるならってことで」
常に自信しか浮かべていないカミナの表情が曇る、それを見たのはいつ以来だろうか。
心無き魔人達の統括者の結成前の、未成年だった頃に何度か。
神童ですら予測不能な事態。
その後遺症の程度によっては、温泉郷の再建どころの話ではなくなる。
「安心するなんしな。サチナとホロビノが結界を張ったなんし」
「結界?」
「竜精界の夢、一定空間内の生殺与奪を握る能力が、150kmほどに適用されたなんし。サチナが勝てば、胞子は綺麗さっぱり根絶されるでありんしょう」
「……それって、やる気になれば余も根絶されるってことじゃなぁい?」
「わっちやタヌキ共が何故、人化するのか。それは不可思議竜の即死対策でありんす」
「詳しくぅ」
「人化状態での致命傷は魔法で作り出した肉体が負うものであり、本物の肉体には影響せんなんし」
「なるほど、アルカディアが生き残ったのもそれね?」
「魂の接収は不可思議竜と、同じ種族であるホロビノしか使えん技でありんす。……が、ホロビノの記憶を読み、理屈を理解したサチナが効果に影響を及ぼすことぐらいはできるんでありんしょう」
「魂の接収?それって、仮初の肉体で受ける意味あるの?」
「基本的には無いでありんす。ただ、魂の接収は肉体との乖離→回収という手順であり、偽りの肉体と切り離しても本体とは繋がっている。つまり、2度手間を踏ませている内にどうにかできれば、助かるなんし」
「どうにかって……、ロゥ姉様ですら困ることを、余にどうしろって言うのよぉ」
強制的に輪廻転生させる即死攻撃 VS 一方的に魂を奪い取る即死攻撃。
あの那由他ですら不安を感じ、ノワルやシアンを不可思議竜にぶつけて実験して確かめたという超難問を、ただの人間に解ける訳がない。
レジェリクエ達は各々に乾いた喉を潤しながら、モニターに映し出された映像を見やる。
そして、満開の花火が彩る美しい光景に、黄色い歓声を上げた。
「た~~まや~~~」
「「魂~~撒や~~~」」




