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第177話「極楽遊妓・とおりゃんせ④」

「もし、そこの人?この村について聞きたいなーんし」



 5分ほど呆けた白銀比は、とりあえず、目の前の村を訪れてみることにした。

 紫蘭が消えたであろうタヌキの抜け穴も認識できない以上、危険を避けて手掛かりを失うのは愚策と判断したのだ。



「こんにちは。もしかして迷子でしょうか?」

「まぁ、そうなんしな?置いてけぼりにされたのは間違いないでありんしょう」



 紫蘭が言っていた「金枝玉葉を戦った相手は那由他」、その言葉が真実であった場合、身の毛もよだつ事実が浮かび上がる。


 白銀比の認識では、自分を守る為に蟲量大数と戦った金枝玉葉は惜しくも敗北し、胸を貫かれて死んだ。

 父の亡骸の前で呆然とする自分に近づく蟲量大数、その巨腕が振りかざされたその瞬間、隙を伺がっていた那由他が奇襲を仕掛け……、とてつもなく色々あった結果、白銀比は食事番をするという条件の下、那由他の庇護下に入った。


 何度思い出しても鮮明な記憶。

 だが、もしも、金枝玉葉と戦ったのが那由他なのだとしたら?


 金枝玉葉は恒河沙蛇ごうがしゃじゃと結託して、この世界からの逃亡を計画。

 権能を継承する前の無防備な白銀比を洗脳して後継者に仕立て上げつつ、敗北したフリをして死を偽装。

 色々察している那由他が飯の支度をする小間使い欲しさに話を合わせ、十数年の間、炊事洗濯掃除に追われる日々を過ごすことになった。



「まぁ、それはお可哀そうに。ウチの村はどんな方でも暖かくお迎えしますよ。さぁさ、お入りください」



 白銀比が声を掛けたのは、20代半ばの年齢――、自身と同じような外見の女性だ。

 それこそ本当にそっくりな、狐耳と尻尾が生えている。



「ちょいといいなんし、その耳は本物かえ?」

「耳?あぁ、これはぎょくよーちゃんに認められた役職の印ですよ」


「役職なんし?」

「それぞれの村には役割があるんですけど、やっぱり、リーダーって必要になるじゃないですか?なので村長とか工場長とか、責任者は耳と尻尾を生やすんです」



 温泉郷で何度か襲撃された白銀比は、耳と尻尾を隠して人間に擬態している。

 普段からする事であり、特に困ることもない些事。

 だが、その心臓は早打ち、じっとりした汗が背中に滲んでいる。



「村が複数あるのかえ?」

「いっぱいありますよ。東に行くと大きな港街があって、そこから船で30分くらいの所に工業都市があるんです」


「……随分と栄えているなんしな?」

「神隠しに遭う人って、いろんな分野の凄い人が多いらしいですよ。貴女も頑張りすぎて疲れちゃったから来られたのでは?」



 神隠し、そんな言葉が平然と出てきたことに白銀比は戦慄した。

 神と名の付く言葉は、直接的に神が関与した事象のみという、世界に設定されたルールがある。

 そしてこの場合は、神から隠す――、つまり、神の理からの完全脱却を意味している。



「……読めんなんし」

「はい?」



 皇種が持つ権能は、もともと神から与えられた力だ。

 だからこそ、神の理が存在しない世界では容易に発動することが出来ない。



「話を聞かせて欲しいでありんす。じっくりと、丁寧に」

「えぇもちろん。特産品の味見もした方が良いでしょうしね」



 **********



「ここは酒蔵なんし?」

「うちの村はお祭り用の酒造がお務めなんです。それこそ、浴びるほどお酒がありますよ」



 村の中に漂っている甘い香りを嗅げば、多種多様な酒が造られていることが理解できる。

 だからこそ、怒涛のように押し寄せてくる急展開に呑まれ、白銀比は目を回しそうになっている。



「はいどーぞ。こちらはウチの特上ラベルでハナちゃんお気に入りの、『ウワバミ印の、ウロボロしゅ』です」

「ウロボロ酒?……虚芒棲ウロボロスぅ、洒落た名前なんしな~」



 神が直接作り出した始原の皇、恒河沙蛇。

 その種族はとっても珍しい虹色の蛇、虚芒棲ウロボロスだ。



「米酒なんしな?だが、角度によって色を変えるとは……、味も絶品でありんす」

「もしよろしければ、ウチの村に住みませんか?お酒を造るお手伝いをしてくださるなら、あとは好きな事をしていて大丈夫ですよ」


「急いては事を仕損じるとは、よく言うでありんしょう。いくつか質問をいいかや?」

「えぇ、もちろん」


「神隠しとは、なんぞや?」



 白銀比の認識では、ここに来るには那由他が掘った穴に落ちる必要がある。

 考えるだけで腸が煮えくり返りそうな事態、だが、どうにも認識がずれているような気がしてならない。

 数千年ぶりに感じる記憶を読めない不便さ、こんな状態で数億人の頂点に立っている大聖母ノウィンの評価を上げつつ、美しい米酒に舌鼓を打つ。



「人生に疲れちゃう瞬間ってあるじゃないですか。飢饉で両親を亡くし、働けど働けど豊かにならず、子供どころか恋人すらできず、ずっと必死で働いて――、あれ?なんで生きてるだろ。って」

「あるなんしな?」


「そういう時って、色んなものが一気にどうでも良くなっちゃって。心の底から遊びたいって思っちゃって。そうすると、歌が聞こえてくるんです」

「歌?」


「とぉーりゃんせ、とぉりゃんせ。こーこはどーこの細道じゃ?天狐尋てんじんさまと細道蛇ほそみちじゃ

「……。ちっと通してくだしゃんせ?」


「御用のあるもの通しゃせぬー。ね、歌の通り、あっちの世界でやることがある人は通れないんですよ」



 なるほど、タヌキの落とし穴は裏ルートでありんすか。

 で、あっちの世界で食事を堪能している那由他様は御用があるもののはずなんし?

 別世界に気軽に出入りするとか、ホント、意味わからん存在でありんすなぁ。



「で、気が付くとこっちの世界にいると」

「理屈は分かったなんしな。それで、お前さんみたいなのが集まって村や都市を作っているなんし?」


「飲んだり歌ったりしていると、不思議と、創作意欲が湧いてくるんですよ。それで、遊びの延長線上みたいな感じで仕事を始めるんですけど、意外と楽しくて」

「どの時代でも、仕事が趣味の奴は一定数いるなんし」


「私はブドウ園に務めてたんですけど、ちゃんとしたお酒を飲んだことが無かったんです。あ、このワイン樽は私が作った物なんですよ」

「勧められたら、断るのは礼に反するなんしな?」


「おいしーですよ。ちょっとスパイシーですけど」



 グラスに注がれたワインの色は、明るい緑という不思議な色合い。

 外見的には白ワイン、だが、口に含んだ瞬間、香辛料の深い味わいが喉の奥に広がった。



「これは……、いいものなんしな」

「ありがとうございます。あそうそう、あっちの世界に帰る事も出来ますよ」


「ほう?」

「この第8空間次元層(ウロボロスオフィス)は時間の経過が特殊で、生物種毎に時間経過サイクルが違います。人間の場合は24時間回帰です」


「それは、24時間ごとに肉体の状態がリセットされるという事なんし?」

「そうです。果樹とかは1年、畑は作物の収穫ごととか、そんな感じです」


「その理屈だと、子は成せんでありんしょう?」

「そうなんです。なので、そういう幸せを強く望めば、あっちの世界に帰れます」



 とおりゃんせの歌詞の続き。


 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも

 通りゃんせ 通りゃんせ


 怖いながらも、それはつまり、絶望した世界に帰るという暗喩だ。

 だが、ここで得た知識が生きる糧になったのだとしたら、きっと上向きな人生を送れるだろう。



「どうしましょうか。とりあえず、私と一緒に住んでみます?」

「気持ちだけ貰っておくなんし」


「あら、それまたどうして?」

「わっちは、かくれんぼの途中でありんした。……絶対に捕まえてやらねば、気が済まんなーんし」


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