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第176話「極楽遊妓・とおりゃんせ③」

「裏路地かぇ……。くす、妙な気配がするなーんし」



 適度に露店を回って祭りを楽しみつつ、紫蘭の目撃場情報を探る。

 予想していた通り、愛しい我が子を見た者は、ゼロ。

 記憶を削除された形跡も無い事から、姿を変えた状態で人通りが少ない場所にいると当たりを付けた。



「しーらーん、でっておいでー♪今日のおやつはどら焼きなーーんし♪」



 紫蘭は食欲旺盛な子だ。

 妹には譲るが、兄である紅葉とはおやつを巡って喧嘩する――、そんな微笑ましい日常を思い浮かべつつ、温泉郷で進行している事態の考察も進める。


『人狼狐』

 このゲームは、キツネを捕まえて殺し、得た心臓を奪い合うゲームだという。

 白銀比を捉えようとした冒険者をとおりゃんせに閉じこめ、じっくりと記憶を読んだ結果、チラシを見た生物が認識改変をばらまく存在と化していることにも気が付いた。


 認識とは、他者から得た影響だ。

 そして、チラシに描かれている認識錯誤によって、それを見た人間が口にする言葉の方向性をコントロールすることで、周囲に認識改変が伝播する。

 この仕組みは時の権能を扱う才能というよりも、生物心理学に精通していないとデザインできない代物だ。

 金鳳花が関与しているのは間違いなく、それも、本気で取り組んでいる確固たる証拠となる。



「居たなんしな」



 カラン。と下駄を鳴らして、白銀比が駆ける。

 向けている視線の先は、『世界の記憶』。

 神の特別鑑賞施設に送られる記録情報を盗み見る、それは、空気を丸ごと監視カメラに置き換えるようなものだ。



「可愛らしい尻尾でありんす。でも、この母から逃げるには、一尾や二尾では足りんなんし!」



 一気に距離を詰め、サチナのコスプレをしている少年に接近する。

 紫蘭は物静かな性格で、顔立ちも幼女の様に可愛らしい。


 なるほど、これは良いんなの子なんし。

 我が子でなかったら美味しく召し上がっていたかもしれない、そんな世迷いごとを考えていたら、本当に世界から迷子になった。

 見えない穴を踏み抜いた白銀比が叩き落とされたのは、記憶にない世界。



「落とし穴……?いや、ここはどこでありんす?」

「ここはじぃじの庭だよ、お母さん」



 狐耳フードを外しながら、紫蘭が振り向く。

 何も知らない母親に疑問を抱く――、そんな子供の視線は、白銀比にとって稀有な体験だ。



「じぃじ?誰でありんしょう」



 会話ができるほど接近した今、紫蘭を捕まえるなど1秒以下の些事。

 近くに座った子供の肩に触れる程度の労力しかなく、白銀比は勝ちを確信しているからこそ、その言葉が重くのしかかる。


 じぃじ、それは誰のこと?

 普通に考えた場合、それは、無色の悪意の発生源、カーラレス・リィンスウィル。

 だが……、



「じぃじはじぃじでしょ。お母さんのお父さんのー、金枝玉葉!」

「ありえないでありんしょう。だって父上は蟲量大数に」


「んーん。違うよ。じぃじが戦ったのは那由他だもん」



 紫蘭の脳裏に浮かんでいるのは、植え付けられた記憶。

 誰から託されたものか。

 金鳳花、いや、自分の子らはありえない。

 それが起こったのは白銀比が眷皇種だった頃、子を成す前の10歳の時だ。



「できる可能性があるのは、神、蟲量大数様、那由他様……、」

「だーかーらー、じぃじだって!!」



 丁寧に作られた模造の記憶である可能性を、白銀比は否定した。

 確かに、金鳳花たちは時の権能を持ち、金枝玉葉についての情報も持っている。

 だがそれは、白銀比が知っていることに限る。

 新しい情報を得るには、当時を生きていた者の記憶を探るしかないが……、数千年前の記憶を絶対強者から奪う時間を稼ぐなど、白銀比にすら不可能だ。



「父上の庭……、あそこに見えるのは村なんしな?」

「神隠しってあるでしょ。あれってタヌキが掘った穴に落っこちて、こっち世界に来ちゃうことらしいよ?」


「タヌキ……」



 一気に雲行きが怪しくなり、そして、現実感が爆増した。

 那由他たぬきならば世界の壁を越えてもおかしくはないと、白銀比の喉がゴクリとなる。



「待て待て、仮に父上がわっちを謀っているとするなんしな?だが、世界を作るとはこれ如何に?」

「蛇が作った世界に一緒に住んでるんだって。ルームシェアだって!ハイカラだよ!?お洒落だよ!?」



 白銀比の脳裏に浮かんだ蛇こそ、昼寝を極めた自堕落の化身――、幾億蛇峰・アマタノ。

 世界を作るどころか、自分自身の転移すらできないポンコツ蛇だと思っている存在がこれを作るには、それこそ、白銀比以上の認識阻害の技術がいる。


 ここで、白銀比の脳裏に愛嬌のある蛇が浮かんだ。

 アマタノの側近ということしか分からない――、白銀比の認識すら歪める皮を被っている得体の知れない蛇、ハナちゃん。



「……紫蘭や。ここにはどうやって来たなんしな?」

「だから、タヌキが掘った穴を通ってだよ。お母さん、僕の話をちゃんと聞いてよね!」


「そのタヌキの穴はどうやって見つけたでありんす?」

「金ちゃんに教えて貰った」



 金ちゃん――、金鳳花に教えて貰ったのなら、ありうる話だ。

 白銀比が全く感知できなかったのも納得できる。

 幼い自分を育てた義母である那由他は、白銀比の権能に細工をしている可能性があるからだ。



「おかあさん、鬼ごっこの続きをしようよ。ここでなら負けない自信があるんだ」

「え、あ、ちょっと待つなんし」


「やーだよ!あはははははーー!!」



 尻尾を巻いて一目散に逃げてゆく紫蘭が、唐突に消えた。

 恐らく、タヌキが掘ったという穴に潜り込んだ。

 そんな情報しか得られなかった白銀比は、脱力した笑みを浮かべて、天を仰ぐ。



「何がなんだか、さぁ~~~ぱり分からんなんし。あわ、あわ、あわわわわわわ……」

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