第170話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-キツネside⑤」
「《覚醒せよ神壊戦刃・グラム=神器を斬る者》」
「心臓に光を灯せ、《天空を統べし雷人皇》」
「いっ”!?」
いきなりかよ!?という猶予すら、残されていない。
神の目に映る、数秒後の凄惨な未来。
それは、ローレライが知る1%側の最先端という存在が、殺意剥き出しで剣を振るうという抗いがたき現実。
「スピードだけはさぁ!!おねーさんでも対抗できるんだよね!!」
剣を極めたローレライの戦闘スタイルは、魔法を駆使する軽量剣士だ。
神の目という世界で最も優れた見識眼を持ち、レーヴァテインを覚醒させたことで、それに耐えうる肉体に進化している。
そんな前提から繰り出された大跳躍、赤く彩られた天窮空母の指令室に彼女のブーツ痕が刻まれていく。
「じじぃ、どっちが捕まえるか勝負しようぜ」
「ほほほ、よかろう。負けた方が酒を奢りじゃ」
舐め腐りやがって。
そんな感想も、迫ってくる雷爺の拳骨を迎え撃つより優先度は低い。
水平に振り切ったレーヴァティンの刃に添えられたのは、掌。
抜身の刃に向かって、真正面から素手を叩きつける……、そんな暴挙の結果は、光速で走る神経痛。
レーヴァティンを通して流れた魔法・雷人皇の掌がローレライの神経をこじ開けて埋め尽くす。
それが心臓に達した時、二人の魔力が混じり合い、ローレライの肉体の主導権をホーライが握ることになる。
だが、ローレライはそれを知っていた。
幼き頃から何度も何度も食らった雷爺の拳骨にレーヴァテインは適応し、副武装の鎧に自動発動の防衛システムを構築するに至っている。
「にゃは!悪手だってーの!!」
「本当にか?」
一撃必殺を無効化して余裕あるローレライへ、ホーライが老獪な笑みを返す。
並の老爺なら、そのままローレライの剣技に切り裂かれ終わる。
だが、彼女の目の前にいるのは、歴代の英雄を生み、育てて来た激甚の雷霆・ホーライ。
「掴ん……!」
「《覚醒せよ、犯神懐疑・レーヴァテイン=”黎明の悪夢を息止める者”》」
ホーライが持つランク3の世絶の神の因子『神香比例』は、匂いの習得――、物質の融合に特化した能力だ。
そして、レーヴァティンは、かつてのホーライが愛弟子から託された神剣。
彼女の世絶の神の因子による細工により、レーヴァティンには『過去の覚醒形態を復元する』という、特殊な機能が備わっている。
一本の剣を互いに握り、惜しげもなく魔力を注ぐ。
主導権を握った方が勝者、そして、力が拮抗している現在の主導権は、ローレライのままだ。
「《可逆肯定》!」
「まったく、ひねくれた女に手を焼かれるのは、いつになっても慣れんのぅ」
互いに攻撃前の位置に戻されるも、動き出しには差が出る。
どういう状態に戻るのかを把握しているローレライは、確認する間もなく攻撃モーションに入れるからだ。
ホーライの手首、肘、肩、に刃を通し、切断した部位を個別にレーヴァテインに封印。
魔法人間の弱点である堅実なエネルギーの削除を実行し、急激に重くなった身体で思いっきり踏み込む。
「《G・G・F》」
ローレライとは何もかもが違う、技巧を駆使する超重量剣士、それがユルドルードの戦闘スタイルだ。
惑星重力制御を能力の主軸に設定し、自分と世界の両方にバッファ・アンチバッファを重ね掛けして戦う戦士である彼は、奇しくも、タヌキ帝王ソドムの魔帝王機・エゼキエルリリーズと同じ戦闘理念を行使する。
それは、世界に働きかける事で、相手に自然影響を付与して能力の無効化し、自分より下位の性能へ引きずり落とすというアンチバッファ戦術が基本となっている。
「いくら、お腹のお肉をユニくんに掻っ捌かれた後って言ってもさぁ……!」
「2000倍の加重で動けるのか。やっぱ成長してるじゃねぇか」
ユルドルードが作る高加重戦闘フィールドの影響は、自身にも及ぶものだ。
だが、移動時にそれを『絶対破壊』を使って相殺することで、本来の動きが発揮される。
さらに、剣が着弾する瞬間に相殺を解除することで、刀身に2000倍のエネルギーが付与されるのだ。
「抜けるか?俺の《G・G・O》」
「たぶんね。だってそれ、おねーさんは見たことがあるからにゃぁ!!」
ユルドルードが纏う、薄暗い闇のオーラ。
それは、あらゆる外部からの影響を自動で相殺破壊する、蟲量大数の攻撃にすら耐えた絶対防御。
受ければ即死、回避に失敗しても即死、なんなら、近づきすぎて相殺に巻き込まれれば即死する。
そんな状態のユルドルードの突進に向けて、ローレライはレーヴァテインを刺突の形で向けた。
「そうかよ、じゃ、行くぜ。「《臨界星加速》」
相対する獲物を知覚し、ユルドルードはバッファの魔法を自分と世界に掛けた。
通常とはあまりにも違う規模のバッファ魔法。
世界はこれを受け入れ、空間に光の紋様が広がっていく。
生物の頂点に立たんとする者のみが扱う事を許された、この『創世魔法』は世界の理を簡単に超越する。
今回発動された臨界星加速も例外ではない。
唯の移動速度上昇として、ユルドルードはこの魔法を使用した。
そして、彼の速さは、光速を超え。
「《重力場暴走》」
動き出したユルドルードという閃光は、次の魔法を唱えた。
対象として選ばれたローレライの一切を掌握し、自身に向け無理やり引き寄せる。
光速と光速の衝突。それは、この天窮空母ごと消滅させる程のエネルギー。
そして、その瞬間が訪れる。
ユルドルードは、グラムを両手持ちに変え、雄叫びすらないままに軽々と振いながら、神が使うとされた神撃を唱えた。
「《物質崩壊・”お前はもう、いらない”》」
「《虚実撤廃》ッ!」
ローレライの瞳に宿った、二つの魔法。
瞳孔で写し取った『臨界星加速』と『重力場暴走』を駆使してタイミングを合わせ、打ち抜かれたグラムにレーヴァテインの切っ先を合わせる。
面で迫るグラムと、点で突くレーヴァテイン。
互いに秘めるエネルギーが同じならば、集約されている点の方が強いのは当然だ。
そして、ローレライが放ったのは、現実と虚実の両方を取り除く、偽りの剣技。
バッファ・アンチバッファの両方を取り除かれたユルドルードの胸板へ、レーヴァティン先端が突き刺さる。
「致命傷じゃなくてもさ……、はぁ、攻撃を通せば、おねーさんの勝ちなんだよ……っ!!」
ユルドルード、そしてホーライの姿は消えている。
両者ともにレーヴァテインへ封印されるも、純粋な魔力であり、魂という概念を持たないが故に崩壊。
レーヴァテインの稼働エネルギーとして補充され、それによって、ローレライの肉体も癒えていく。
「何度出しても無駄だよ。さっきの二人はおねーさんの記憶から作り出した過去の産物、全ての行動が既視である以上、優位性は覆せない」
「くっくっく、愉快なんしな」
「なにが、かなー?」
「あの白き害獣エデンが隠していた本気の実力が、こうも簡単に手に入る。これほどの愉悦が他にあるなんし?」
白き騎士を従えた、七源の皇・白銀比。
彼女もまた、数千年の時を生きる狡猾な皇。
それも、那由他が直接仕込んだ弱者の戦略――、それは、ローレライの想定の上を行くものだった。
「あらあらあら、先ほどはどうも。こんな素敵な初体験を戴けるなんて、胸が高鳴ってしまいますね!」
「……エデン」
「エルは不貞腐れても可愛い我が子ですよ。本気で殺しにかかる訳ないじゃないですか。でも、《覚醒せよ、神蟲召上・グラム=エンド=ゼロ》」
それは、武器であり、防具であり、攻撃。
自身の肉体と、纏っている武装、そして攻撃という概念、それらを破戒して解き放つ、究極の絶対破壊。
純白の全身鎧に身を包んだエデン、その姿に見覚えが無い。
そんな事実にローレライは戦慄する。
「ちょっと待って。おねーさん、それ知らないんだけど?」
使い掛けたとはいえ、成立する前に殺した技だ。
概要を知っている訳がない、そうなる前に殺す事が勝利条件だったのだから。
「サービスでありんす。わっちの記憶を混ぜておいたなーんし」
「にゃははー。キツネって、タヌキよりアレじゃない?」
こんなの相手に勝ちに行こうとか、もう立派に英雄してるよ、レジェ。
おねーさんの最後の役割も達成したことだし、ちょっとここからは、演技を止めた本気でやろうかな。
「そういえば約束していましたね。お腹が減ったら食べに来ますと」
「にゃは。私に食われるのは、お前だよ。食材」




