第169話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-キツネside④」
「次は何して遊ぶなーんし?」
「にゃは!」
白銀比の背後に出現した切っ先が、柔肌を貫いた。
鮮血に塗れて輝くは、漆黒の刃レーヴァテイン。
数千年を生きし気高き皇の魂を食らおうと、心臓を食い破り――。
「触れても意味やなし。開始時に居なかった者には遊びのルールは適用されん、誠に残念でありんすなぁ」
白銀比がレジェリクエと交わした、「30秒以内に触れられたら負け」という遊びも、その場に居なかったローレライには関係ない。
そんなことは、彼女は百も承知だ。
圧倒的格上である白銀比を手中に収める為に、ローレライは奇襲による一撃必殺を狙った。
殺害した者の魂を刀身に封印するレーヴァティンであれば、瞬時に勝負を決せることもエデンで実証済みだ。
だからこそ、ローレライの頬から汗が伝って落ちる。
くるりと振り返った白銀比、そのしなやかな指には血液が付いていないレーヴァテインが挟み込まれている。
「しくじった……?にゃは」
「納得がいかぬでありんすかえ?なぁに、簡単な事なんし、来ると分かっている奇襲ほど、対策が容易なものはありんせん」
時とは世界に刻まれていく記憶。
その支配者たる白銀比によって、他者の記憶を読むのは他愛ないこと。
たった30秒程度の戯れでレジェリクエの表層意識を読みつくした彼女は、現在に至るまでの過程と、これからの為に起こした行動のレジェリクエ視点を理解。
その中にあった『対キツネ作戦会議』を読み解き、ローレライの奇襲へ万全に備えていた。
「中々に興味深い内容でありんした。まさかサチナがテトラフィーアに負けるなど、奇妙なことが起こるもんなんしなぁ」
「勝負ってのは、やってみないと分かんない事も多いからねー」
「同感でありんすなぁ。事実、か弱いわっちが神殺しを受けても、この通りピンピンしておるなんし」
ローレライの進化した神の眼は、あらゆる認識阻害を見破ることができる。
偽りの記憶を植え付けられようとも、絶対視束で観測した視覚情報が優先されるからだ。
故に、レーヴァテインによる攻撃は、偽りなく白銀比へ行われていた。
それが防がれている以上、実力で上回られたことを意味する。
「か弱いねぇー。おねーさん的には、エデンと似たり寄ったりって評価だけど?」
「ほぉ、これはこれは……、わっちと害獣を同列に語るとは大きく出たなんしな?」
「クリスタルに閉じ込められているレジィさ、意識あるでしょ。まったくそれじゃ、カッコ悪い所なんて見せらんないにゃぁ!!」
奇襲に失敗した時点で、ローレライの役割は終わっている。
戦闘を継続する意味は薄く、対話して降伏する方が賢いと作戦会議で結論づいているのだ。
だが、そんな意見を、ローレライは否定した。
白銀比の表情に宿った、僅かな笑み。
それが自身へ向けた好奇心であることを見抜いたのだ。
「自分で言うのもなんだけど、覗き見って無粋だと思わない?」
「神が見物している世界で何をいまさら、見られていると分かっていながら致すのも、程よいスパイスになりんしょう?」
交差した二人の影へ、遅れた複数の斬撃が襲い掛かる。
事象を取り消すレーヴァテインと、世界の記憶をまき戻す白銀比の爪。
二人の攻撃は残像を切り裂くばかりで、互いに無傷のまま膠着状態が続いていく。
「にゃは、流石じゃん」
「お前さんもだと褒めてやるなーんし」
「じゃあ引き分けかな?あ、でも、それだと、おねーさんの方が優位に立っちゃうかも?なにせ、あのエデンを倒した後の連戦だから」
「!これは愉快な、まさか人間の分際でエデンを屠るとは」
ローレライの記憶を読み解き、白銀比は隠されていたエデンのレベルを知った。
『レベル9999阿僧祇』……、自身よりも上であったことが確定し、そして、それを攻略しているローレライへ、さらなる興味が湧いていく。
「レーヴァテインを覚醒させ、世絶の神の因子を二つ持ち、今代の神の器に選ばれ、エデンすら攻略する。くく、面白い。興が乗ったでありんす」
「すると、どうなるのかなー?」
「さぁて?一つ言えるのは、遊びとは本気でやるから面白いなんしな。《極楽遊妓・枕草子》」
白銀比の3本の尾が、ふぁさりと舞い上がる。
きらきらと輝く白銀の毛、それが見る見る内に人型へと――。
「レラちゃんか、おっきくなったなぁ」
「ほっほっほ、どこがじゃ?儂の期待と同様、萎んだままだわい(笑)」
「……3対1はズルじゃないかなー?」
「あえて言うなら悪夢でありんしょう」
白銀比の横に立ったのは、初代と今代の英雄。
レラの記憶を元に復元されたユルドルードとホーライ、両者ともに、抜身の神殺しを持っている。
~お知らせ~ 次話は3/22 (土曜日)になります!




