第166話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-キツネside①」
「ラグナガルムと紅葉を鎧袖一触ぅ。流石は魔王の伴侶、少しだけ評価を上げようかしらぁ」
くすくすくすと声を漏らして笑みを浮かべるのは、ローレライから報告を受けたレジェリクエだ。
その声に含まれているのは、安堵。
紅葉は最も取りやすい狐だったとはいえ、認識錯誤+光速という、レジェリクエではどうしようもない相手に一方的に勝利できる戦力が手札にあることに胸を撫で下している。
「レジィちゃん、状況が動いたでありますか?」
「えぇ、ようやくあなたの出番よ、ナインアリア」
レジェリクエが着いているテーブルで給仕をしていたナインアリアが、少しだけ心配そうに眉を顰める。
目の前にいる者たちは、自分では想像しえない王ばかり。
国王・レジェリクエ、人形兎の皇・アルミラユエト、ジャフリート国剣皇・シーライン。
残りの2名、アストロズとエアリフェードも、国王に引けを取らない権力の持ち主だ。
「キツネっ子はともかく、あのラグナガルムをやっただぁ?うさんくせーナ」
「あらぁ、うさ皇はラグナガルムに勝てない感じなのねぇ」
「ばっきゃろー。アイツはあの那由他様に鍛えられてんだぞ。ズルしてんだから当然だっつーの。くぴくぴくぴぃ、ぷはー!!」
うさ耳バニーガール少女――、アルミラユエトは椅子に胡坐をかいて座り、レジェリクエに貰った酒瓶を煽る。
特性の人参ブランデーに度肝を抜かれた彼女は、もはや、従順なペットと化している。
「ロゥ姉様が視覚で捉えた以上、揺るぎない事実である訳だけどぉ……。エアリフェード様的にどう思うかしら?」
「彼の実力を殆ど知りませんからね。ヴィクティムを探していた時も、私の役割は”それ以外”でしたので」
「世界最強が動いている以上、その影響も世界規模。その調査を疎かには出来ないものねぇ?」
「まぁ、ユルドさんの息子がグラムを持っているってだけで規格外、そして、彼は蟲量大数と戦って生き残っている。木星竜とも戦えるのでは?」
現在の状況は、レジェリクエ側が圧倒的に優勢だ。
130の皇種の大多数は、帝王騎士団、ユニクルフィン、ローレライに各個撃破され、ほぼ壊滅状態。
七源の皇種の内、タヌキ、キツネ、魚、鳥を倒し、竜はサチナと交戦中。
残り2匹の懸念――、蛇と蟲の捜索が行われている最中だ。
「ソドムが語った最悪のシナリオ……、鎧王蟲ダンヴィンゲンの参戦、それと、ユルドルードの関与。いまだに姿を現さない金鳳花と蛇……か。ナインアリア」
「絶対って言い切れないでありますが、自分が見た中には、変な魔力が混じっている奴はいないであります」
レジェリクエが恐れているのは、天窮空母への強襲。
戦力的な意味で帝王枢機一機に劣る弱小な存在であるのにも関わらず、この前線基地は絶対に落とせない。
それは、司令塔であるレジェリクエが乗っているからに他ならない。
「流石に疲れるわ。テトラとワルトナに裏切られた今、白竜狐軍の三大戦力のコントロールは余にしかできないとはいえ、ねぇ?」
「ローレライさん、ユニクルフィンさん、帝王騎士団であります?」
「ロゥ姉様にこんなことを言いたくないけどぉ……、三方向に突き抜けすぎぃ。ほら見てぇ、アホの子の師匠が間抜け面で呆然としてるわぁ」
目覚めたアストロズとシーラインは、エアリフェードと共に司令官室に招かれた。
最上級の品々を自分で給仕して飲み食いするという微妙な扱いも、映し出されている映像の前には霞む。
全長500m規模の生物が帝王騎士団に蹂躙される光景、白い騎士と紫のロボの一騎打ち、光の獣と少年の戦い、そのどれもが信じがたき光景だった。
「でも、ひと山超えたわね」
「全部終わったら一週間くらいバカンスに行くであります?自分で良ければ、どこでもお供するでありますよ」
「あら魅力的なお誘いねぇ。じゃ、空中ランデブーでもしましょうか」
ナインアリアの役割は二つ。
一つは、無色の悪意――、他者の魔力が混じった人物への警戒。
そしてもう一つは、『魔導感知』を用いた、天窮空母の超高速移動だ。
「空気中に漂っている皇種達の魔力ブレンドには慣れたかしら?」
「ぼちぼちであります。取り込んで流すだけなら問題ないと思うであります!!」
魔導感知は、タヌキ帝王ムーの前身、ホロボサターリャの魔導皆既の進化前の能力だ。
彼女の肌が震えるのは、魔力が体に吸収される際に刺激を感じるから。
それに時間を掛けて慣れた現在のナインアリアは、人間とは思えない魔力を有している。
「カミナ先生。動力に魔力を流すには、これを触ればいいでありますか?」
「急造の電源供給ユニットだから、いきなり全力で流しちゃダメよ。そうね、120秒かけてじっくり流していくイメージでお願い」
「自分的にはありったけを込める方が好きでありますが、徐々に徐々に、少しずつ……」
壁際に設置された球体の供給ユニットの前に立ち、両手を窪みにかざす。
魔道具に魔力を注ぐのと同じ要領で力を込め、30秒。
管制官が注視するエネルギー容量のカウントを頼りに、ナインアリアが慎重に注いでいく。
「クリスタル化した紅葉とラグナガルムの回収は必須。エアリフェード様、それをあなたにお願いしたいのだけれど、どうかしら?」
「えぇ、適任でしょう。五十一音秘匿内に格納したものに触れるのは困難です。私が死ねば消えてなくなりますからね」
完全な英雄であるユニクルフィンやローレライに劣るとはいえ、エアリフェードはレベル10万の超越者だ。
その実力はレジェリクエが集めた真っ当な戦力の中で最高峰。
メナファス+カミナ+自分の三人掛かりでやっと対等であると、レジェリクエは認識している。
「報告します。魔力供給率、80%を超えました」
「あらそぉ、それじゃ、紅葉を迎え……、」
「ほう?親に内緒で子の略取とは、随分と愉快な遊びでありんすなぁ」
首が、飛んだ。
今、確かに、この場にいる全員の首が飛んでいた。
そして、繋げられた首に掛かる血液の輪が、とろりと溶け。
「白銀比、様……。」
「レジェリクエよ。これは何かえ?」
カロン。となる下駄。
それが死の足音であることは、世絶の神の因子を持っていなくとも分かる事だ。
「遊びよ。サチナと金鳳花の、いいえ、狐たちの氷鬼」
「ならば、わっちにも参加の資格はありんしょうな?」




