第165話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-ユニクルフィンside⑥」
「……全力を出せ。ここから一気にクライマックスだぜ」
「戯れるな、小僧」
……戯れるな、か。
その言葉はお前なりのケジメか、ラグナガルム。
冗談ではない本気の殺し合いだと示す、なら、俺の問いかけに同意したって事で良いんだよな?
「紅葉よ、鬼ごっこの解釈を広げておけ」
「ラグナ?」
「これより行うは生存競争。己が持つあらゆる才を用いて相手を殺し、生き残る。そんな遊びだ」
生き残るって点だけなら、生存競争と鬼ごっこは似ている。
だが、ただ逃げるだけの鬼ごっこと、相手を害する生存競争は違う。
騙し、騙され、欺き、殺す。
トランプのババ抜きの時のような薄ら笑いを浮かべたラグナガルム、その姿がゆらりとぼやけて。
「分裂か。ニセタヌキの時ほどの絶望感は無いな」
「ならばその傲り、存分に味わうがいい」
光速で生み出されたラグナガルムの数、120匹。
その全ての背中に紅葉が乗っており、一見しただけじゃ、どれが本物か分からない。
ラグナの能力はその名の通りシンプルな『光の権能』。
肉体を小分けにした光で構築した分身に実体はない、だが、純粋なエネルギー体である以上、強烈な殺傷能力を持つ。
だからこそ、この技は強い。
それが光そのものであるからこそ、余計な加速時間のない最短最速の攻撃となる。
「行くぞ、紅葉」
「分かったよ、ラグナ!」
一筋の光が俺を穿とうと、口開く。
20mも先からの跳躍は寸分の狂いなく真っすぐに進み、俺の首筋へ。
――こりゃ、グラムを使うまでもねぇな。
「ッ!?」
「足りねぇぞ。呆けてねぇで、まとめて掛かってこい」
何も持っていない左腕で放った掌底で、一匹目のラグナガルムは霧散した。
『ラグナガルム』という概念を破壊されたことで、ただの光にグレードダウン。
日光を浴びた程度の刺激を俺に肌に与え、そのまま役割を終える。
右足、左足、肩、腰、膝、肘、背中、脇腹、みぞおち。
どこを狙おうが無駄だ。
今の俺は全身をグラムで作った鎧で覆っている。
肉体と鎧の境界が破壊されたそれらは生物扱いとなり、『無機物は神経速を発揮できない』という神の理が破損。
制約の無くなった身体は、動けば動くほど、無限に加速する。
「ばk――」
「遅ぇよ。動きも、言葉も」
お前達の戦略は分かってる。
光速での戦いでは、一瞬の判断遅延が勝敗を分ける。
光という視覚を欺きやすい能力に加え、俺の脳に直接的に植え付ける誤認情報。
思考停止、見間違いによる攻撃の空振り、そのどちらを誘発されても致命傷だ。
だが、今の俺は5つの神の理を同時に破壊できる。
破壊値数を調べて相手の動きを看破しつつ、周囲の空気を破壊。
自然影響を取り除くことで互いの動きを短絡化、お前の上限は光速のままだが、俺は自分自身の概念を壊すことで瞬間的に神経速で動くことが出来る。
光で出来たラグナがどんな挙動で攻撃しようが、紅葉が認識阻害を混ぜ込もうが、無意味。
神壊因子と融合させて覚醒したオルガノグラムは、あらゆる未来を後出しで破壊する。
「118、119、120、121……ん?」
瞬きの間に繰り返される、ラグナガルムの群れ強襲。
その殆どを左手一本で裁きつつカウントし……、数が減らねぇな!?
あぁ、お前の仕業か、紅葉。
「おしくらまんじゅう、押されてっ、なくなっっ!!」
光速戦闘が持つデメリットの一つに、光速を発揮できない生物の声が遅延するという現象がある。
当たり前なんだが、光の速度は音よりも速い。
その速度で動く俺達は問題なく行動できる感覚を持ち、意思の疎通ができる――、理屈は知らないが、どうやらそういうものであるらしい。
だが、戦闘訓練を積んでいない紅葉は特例適応外、そして、声が俺に届く前に、紅葉の遊びに世界が答える。
「懐かしいな。レラさん以外とはよくやったっけ」
おしくらまんじゅうは、地面に描いた丸線の中で背中や尻をぶつけ合い、相手を外に追い出す遊びだ。
何だこのじじぃ、岩かな?って思うくらいに揺るぎない村長をブッ倒すべく、日々、研鑽を……って、思い出話はどうでもいい。
紅葉が指定した新たな遊び『おしくらまんじゅう』。
円の外に出るか、倒れて尻を地面に付くと負け。
逆説的に、それ以外では敗北しない……。なるほど、だから120匹から減らねぇのか。
「もうちょっとだよ!押し込んで、ラグナー!!」
俺のブーツのすぐ後ろに出現した光の線、ここから少しでもはみ出せば敗北、即クリスタル化って所か?
紅葉はともかく、ラグナは俺の強さを知っている。
真っ当に戦っても勝てない以上、何らかの搦手を用意しているとは思ったが……、こんなんで良いのか?手ぬるいぞ。
「《単位系破壊・熱光』」
一歩も後ろに下がれない。
目の前には、無限に湧いてくるラグナガルム。
そんな背水の陣へ叩きつけるように、オルガノグラムを地面へ振り下ろす。
「ーーっ!?」
「走るぞ紅葉ッ!!」
後ろに控えていた1匹以外のラグナが、網目状に走った破壊のエネルギーに絡め取られて、崩壊。
あぶり出されて焦るラグナが慌てて走り――。
「悪いが、同じ手は二度も食らわねぇよ」
それはフェイク。
俺と会話していたラグナは最初から偽物、本体は不可視化した状態で奇襲するタイミングを見計らっている。
それが俺にバレてなきゃ、ワンチャンあったかもな。
「我慢しろ紅葉。男だろ?」
「ぴぎっ!」
おしくらまんじゅうの性質上、プレイヤーは円の内側にいなくちゃいけない。
俺に勝つにはルールで縛るしかないだろうが……、速度自慢の相棒のメリットを殺しちまうのは良くないぜ。
ざっと見た感じの範囲は50mって所だろうが、俺にとっちゃ無いに等しい。
隠れていた紅葉の頭を真正面から掴み、そしてそのまま、線の外に叩きつける。
「《天照見皇狼ッ!!》」
「それも二度目だ。負け犬の遠吠えはあるか?ラグナ」
不可視から反転、光と化したラグナが牙を剥く。
逃げの選択肢を失っている以上、特攻するしかねぇよな。
「では一つ頼もう。ワルトナにすまぬと伝えてくれ」
「分かった。またな、ラグナ」
オルガノグラムに付いた血を振るって落とす。
そして俺は、二本のクリスタルを背景にして走り出した。




