第162話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-ユニクルフィンside③」
「くそぉ、また痩せてしまうではないか」
「じゃあ帰れ!!わんぱく触れ合いコーナーで昼寝してるタヌキみてぇな腹しやがってッ!!」
何だこのメタボ虎。
手足顔は屈強な絶対王者みてぇに逞しいのに、腹がプルンプルンしてやがるッ!?
そんでもって、断然隙が見当たらねぇ!?!?
「よっし、とりあえずよく分からんからぶった斬る!《単位系破壊・重量》」
光速を発揮できないとはいえ、逃げるラグナ相手に立ち止まっている余裕はない。
さっさとこのメタボ虎を処理し、一定の距離まで詰めないと……、そんな俺の目論見は、グラムを真上から叩き伏せられたことで停止した。
「なんっ……」
「やれやれ、全く面倒なことだ。ユルドルードの息子とは」
親父を知っている……?
いや、俺が知る限りだと、親父は虎の皇種とは協定を結んでいないはず。
村に預けられた後に戦ったのか、それとも、一方的に知っているだけか。
とりあえず、分かっていることは……、ニセタヌキにこいつを押し付けられたったことだけだッ!!
「面倒?はっ、タヌキの群れを相手にするよりもか?」
「ゴモラはクソしぶといだけで、大した脅威ではない。ソドムまでいると厄介極まりないがな」
「……つーことは、クソタヌキーズと同時に戦って生き残ったって事か?」
「すごく大変だぞ。ゴモラは増えるし、ソドムはクソだし、帝王枢機は固い」
完全に同意な感想だが……、クソタヌキーズ、帝王枢機まで出してるじゃねぇか。
アップルルーンが群れてた時点でヤな予感がしていたが、もしかしてコイツ、ゴモラですら倒し切れないマジの強者?
「ちなみにお前とラグナガルム、どっちが強いんだ?」
「まぁ、我であろう。歴代の狼の皇種で我に勝てた者はいないからな」
悠長に話している時間は無い、が、雑に処理できる相手じゃないのは理解した。
タヌキを抜きにしても、肉体の破壊値数が今までの皇種と比べて圧倒的に高すぎる。
コイツの毛皮の強度は帝王枢機並。
いや、柔軟性があると衝撃が伝わりにくい、事実上、帝王枢機よりも強靭な肉体を持つのは間違いねぇ。
「片手間で処理できると思っちまったあたり、俺はまだまだだな」
「別に無視してくれてもいいのだぞ。ラグナガルムを追っていたのだろう?」
「いや、お前がどこかの戦いに介入するのは不味い。アップルルーンの群れで殺し切れないのなら、空の騎士団じゃ太刀打ちできねぇだろ」
ゴモラの操縦テクニックがどんなもんか知らないが、ソドムと似たり寄ったりな実力のはず、双子だし。
となると、上で戦っている騎士団や天窮空母なら良くて敗走、悪けりゃ瞬殺だ。
俺ができる事をコイツもできると仮定すれば……、優先順はラグナよりも高くなる。
「《単位系破壊・速度》」
「《百京器量》」
全力で行く。
奇しくも、そう判断したのは俺だけじゃなかったらしい。
速度の概念を破壊し、一定の範囲内で光速急加速・急停止が出来るよう世界を調整。
ついでに惑星重力制御を併用し、メタボ虎の腹肉へグラムの先端を突き立てる。
弾かれた。
感触から察するに、グラムが接触した場所が爪や牙と同じ象牙質になっている。
並の竜鱗とは比べものにならない強度、そして、その下にある脂肪層が破壊のエネルギーを吸収。
衝撃で波打つ肉はまるで、よくしなる鞭のように――!
「《与牙》」
俺の腕が伸び切ってなお、メタボ虎の肉体の波及は収まらなかった。
むしろ、後ろに引っ張られたゴムのように伸び、そして、槍の様に毛羽だった体毛が、その反動で前に押し出される。
「《超重力軌道ッ》」
背中側に重力場を作り出し、無理やりに後退。
だが遅い、迫って来る槍毛の肉体は余裕で光速以上、ちっ、受け止めるしかねぇな!
「ほぉ?グラムは防御には向かない剣だと思ったがな」
「そりゃ、親父を知らないって事だな」
親父、英雄ユルドルードは圧倒的な防御力を軸にした、重戦士タイプだ。
鍛えた肉体+惑星重力制御を使ったアンチバッファ+絶対破壊の相殺。
この三要素を組み合わせる事で、一切傷つかない無敵の肉体を誇った戦い方をする。
子供であり、肉体強度が足りない俺はその戦い方に向いていなかったが、基礎的な技術は習っている。
温泉郷で再会した時に肉体を鍛えさせられたのも、記憶を取り戻した時の組み合わせを考えてのことだった訳だ。
近接剣士タンク、はっ、ピッタリだぜ。
遠距離魔王アタッカーのリリン、遠距離支援魔王のワルトと組むってことを考えりゃ、これ以上の役割はねぇ!!
「やっと出会えたシガラミのない敵だ。存分に試させて貰うぜ」
「死出の旅路を試すのか?よかろう」
虎らしくもない膝蹴りを、ガントレットで受け止めて横に流す。
俺達の攻撃の応酬は、そんな小技から始まった。
刀身に纏わせた破壊のエネルギーをさらに薄く、切っ先だけに集中するように研ぎ澄ます。
余計な力は剣をブレさせるだけ、先んじて破壊した剣が通る道からはみ出てしまえば、対応が間に合わなくなって即死する。
一秒の間に、果てなく続く攻防が繰り広げられた。
音も閃光も、俺達から離れた位置で発生。
攻撃しながら移動していく俺達より遅れて、森を抉り取る球形の衝撃波が無数に生み出される。
「グラムの使い手とは何度か戦ったことがあるが……、エデンに劣らぬやもしれんな!」
「そうかよ。そりゃ、嬉しくねぇ褒め方だな!!」
上から振り下ろされたメタボ虎の右腕が、グラムの先端に突き刺された。
急激に重くなる剣筋、動かすには、かなりの力を入れなくちゃならない。
そしてそれは、『足を止める』という致命傷。
「この顎を閉じれば、お前の胴は断裂する」
「……あぁ」
メタボ虎の牙が、俺の脇腹に食い込んでいる。
心臓からは遠いが、いくつかの臓器がある場所だ。
「……が、先に腹を破られてはな。まったく、タヌキの目を盗んで蓄えた贅肉だったのに」
右腕を犠牲に俺の腹を潰し、機動力を奪ってからじっくり狩り殺す。
コイツの狙いはそんな所だったんだろうが、俺の方が一枚上手だったな。
グラムは良くも悪くも、有名な剣だ。
絶対破壊がまともに成立すれば死ぬしかない。
だからこそ、相手の対処は剣を優先する。
絶対破壊を纏わせたガントレットの掌底への対処が疎かになったとしても。
「勝った方の狐に伝えてくれ。『我を、二度と、巻き込むな』と」
「おう」
「あと、クソタヌキ共に『死ね』と」
「気持ちわかるが、俺を巻き込むな《無物質への回帰》」
攻撃しながら観察してみたが、このメタボ虎は外的要因に対しては、ほぼ、不死身に近い再生能力を持っていた。
グラムの絶対破壊を完全な形で食らわせれば消し飛ばせるかもしれないが、コイツの防御技術が高すぎて難しい。
だが、絶対破壊の塊であるガントレットを体内に埋め込まれ、そして、肉体との境界を破壊されたら?
後はもう、破壊の理に則って、崩壊するしかない。
「間違っても、わんぱく触れ合いコーナーに出てくるなよ。意味不明な強者枠はハナちゃんだけで十分だ」
メタボ虎の全身に亀裂が入った瞬間、頭から尾の先までがクリスタルに覆われた。
どうやら、サチナの理を破戒しようとさえしなければ、俺が全力で戦ってもクリスタル化のルールは適用されるらしい。
「親父のようにはいかねぇな。ちっ、無理やりにでも走るしかねぇか」
長距離走をする前に脇腹が痛いとか、我ながら不甲斐ない。
そういう時は……、気合いと根性で補填でもするか。




