第156話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-真・タヌキside④」
「……なんだろうね、それ。少なくとも、魔法十典範のどれでもない」
ローレライの目が捕らえた、不思議な現象。
それは、機械であったはずのエルヴィティスの変貌。
外装の下から次々と隆起してくる生身の肉体と、四つの肩から生え出で育つ、光の木だ。
「っ!!」
知る限りの現象と照らし合わせて、そのどれでも無いと否定。
特に異質なのは、肩から生えている光の木だ。
魔法、物理、そのどちらでもないそれは、見る見る内に幹
を伸ばし、そして、世界へ突き刺さる。
「にゃは、それ、枝じゃなくて根なのね!?」
木の先端がズブリと、空に根を張った。
その姿はまるで、糸で吊られているマリオネット。
地に付いた足ではなく、空に寄生した根で全身を支え、立っている。
「にゃっ……ッ!!ハァッ!?」
それが何なのか分からない、未知の現象。
畏れ半分、期待半分で観察していたローレライ、だからこそ、エルヴィティスからの攻撃への対処が僅かに遅れた。
神経速で行動できるようになったからこそ、相手の動きから察する未来予測の重要度が跳ね上がっている。
互いに同じ速度で動けるのなら、より正確に相手の動きを予測できる方が優位に立つのは当たり前のことだ。
そんな状態でエルヴィティスが放ったのは、ヴァジュラを持つ左腕での殴打。
威力も速度も先ほどと大して変わっていない。
だが事実として、ローレライが差し込んだ左腕を巻き込んだヴァジュラの先端が、脇腹の肉をえぐり取っている。
「いっっ、たいな、もう!!」
何となく嫌な予感がしたから、重心を左に傾けていた。
そんな思い付きによって即死を免れたものの、彼女の破られた腹から血液が容赦なく零れ落ちていく。
激しく痛む脇腹、だが、躊躇している場合ではない。
今この瞬間にも距離を取らなければ、痛みを感じる事すらできなくなってしまうと分かっているから。
「そんなんアリかよ。人の形してるくせにさぁ……」
ローレライが後れを取った理由、それは、エルヴィティスが人間には不可能な挙動で動いたからだ。
彼女が注視していたのは、人間が動き出す際の僅かな揺らぎ。
だからこそ、一切の予備動作なしの爆発的な加速――、腕そのものが火薬にでもなったかのような指突は想定しておらず、自らの左腕を捨てた防御しかできなかった。
「……タヌキ援軍まであと100秒ちょい。やれることはやっとかないと、英雄の名が廃るかな」
相手は人間のような形をしているだけ、生物的な予備動作は存在せず、絶対視束による未来予測もできない。
ゆらりと大地に立ちながら、上等だと、ローレライは思った。
後出しは……、できないな。
今のおねーさんじゃ、神経速で動く相手を視認してからの迎撃だと、不利な体勢で間に合わせるだけでやっと。
体格や武装で負けている以上、そのまま競り負けてゲームーバーだ。
あんましやったことないけど、こっちから仕掛けるしかないね。
攻撃は最大の防御なんて言う日がおねーさんにも来るなんて、にゃはは、人生って面白い。
「《五十重奏魔法連・原則を創りし理戒王!》」
神経速での戦いにおいて、詠唱する魔法行使は遅すぎる。
だが、無意味ではない。
発動までにタイムラグがあるのなら、そのタイミングに重なるように神経速での攻撃を合わせればいい。
音と光を置き去りにして走り出すローレライ、レーヴァティンに魔力を込めて空気に接触させ、セーブポイントを作り置く。
万が一の保険と、後から発動する魔法への誘導、そんな二つの狙いを込めた策へ、エルヴィティスの拳が着弾する。
「そっち狙うんかい、分かってるね、キミぃ!!」
迫り来るローレライの横を素通りしたエルヴィティスは、4本の腕と2本の足を搔き回すように振り乱し、彼女が通って来た軌跡を破壊。
空間そのものを搔きむしるように、いや、実際に空間を『結束と決別』の効果で癒着して吸収。
狙いはレーヴァティンの『疑心と進化』……、二つ目の神殺しの能力。
「満足したかな?……来な」
コイツの能力、その①。
『万物吸収』
パッと見た感じ自我は薄いが、全くない訳じゃない。
高エネルギー体の吸収を優先したって事は、そういう思考か、もしくは、エネルギーが足りていないから。
だけど、原則を創りし理戒王には反応しないって事は、レーヴァティンを警戒したって線が強いかな。
「おねーさんだってね、ユルドさんに鍛えて貰ってるんだよん」
コイツの能力、その②
『思考能力』
神経速での挙動が可能、これ、本気のユルドさんやお師匠と同じ。
神の目を全力で使ってようやく追いつける、いや、防がれてるな?
って事はコイツ、おねーさんの挙動を先読みする理知がある訳ね。
振り返った両者は衝突し、互いが持てる全ての手段を繰り出した。
だが、体勢の維持に足を使わざるを得ないローレライに対し、エルヴィティスの身体は空間に座した根が支えている。
最低限の役割を捨てた6本の四肢は純粋な攻撃手段となり、戦力差2:6という手数の暴力を生み出す。
「くっそ、やるじゃん!!」
レーヴァティンの副武装『進化の鎧』には、受けた攻撃を瞬時に回復し、それに向けた耐性を付与する能力がある。
だからこそローレライは、致命傷にならないと判断した攻撃をあえて受ける事で、レーヴァティンに起った変化を観察。
そこから、エルヴィティスの能力について当たりを付けてゆく。
コイツの能力、その③
『身体能力』
挙動は軟体生物のタコを100倍酷くした感じ。
動きが読めないし、その攻撃力は神殺し準拠、そう何発も受けられるもんじゃない。
肩から生えている4本の木は、姿勢維持の役割だけじゃないね。
そこからエネルギーや物質を取り込んでる。
レーヴァティンで削いだ腕の一部分が瞬時に再生、現在進行形で肉体を更新しているね。
あの接続をどうにかしない限り、コイツは不死身か。
じゃあ……次は。
「……かったいなッ!!エルヴィティスの外装より何倍も硬いじゃん!!」
身を翻して攻撃を避け、急加速。
このタイミングで発動した原則を創りし理戒王による煙幕に隠れ、その勢いのままレーヴァティンの先端を光の木に衝突させるも……、ローレライの腕が痺れただけの結果に終わる。
「原則を創りし理戒王、黒塊竜、両方のアンチバッファの影響なし。魔法は無効で、色による高重力影響は背中の光で打ち消してるのね」
剣を叩きつけた物質が何かは、不明。
とりあえず、普通にレーヴァティンを使ったんじゃ、刃が立たない。
エデンを殺した時みたいに、こっちもこの世界の物質であるって事を懐疑して、半物質にしないとダメだね。
総じて、勝てる可能性があるのは、ユニくん、サチナちゃん、希望を戴く天王竜。
そして……、
「待たせたな」
「……にゃは、11秒の遅刻だよ、タヌキくん?」




