第155話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-真・タヌキside③」
「にゃは、不完全燃焼だったし丁度いい。おねーさんの実力がどこまで通用するか、試してやろうじゃん!」
久しく忘れていた敗北を突き付けられたエデンへの逆襲。
だがそれは、ローレライにとって満足できるものではなかった。
ホーライ、ユルドルード、そして、まだ見ぬ世界最強、蟲量大数ヴィクティム。
それらがいる世界……、1%側のさらなる上澄みへ踏み入る為に、ローレライは自分自身の実力を懐疑する。
「多層魔法連・原初に統べし雷人王-原審を下せし戦陣王-原典に宿りし魔精王』」
エルヴィティスとエデンの戦いは、ローレライの眼を持ってしても捉えられない超光速で行われていた。
正確には、両者の動きが速すぎるせいで、視覚で認識した時には既に、その場所から離れているというタイムラグが発生していたのだ。
だからこそ、彼女が最初に欲したのは、戦いを観察して得た考察の答え合わせ。
三つの魔法十典範――、光、強化、創星魔法を掛け合わせ、周囲の環境を戦いに耐えうるものへと変化させる。
「行ってくるね、エグラ」
「人は死んだらそれきりだ。気を付けよ」
「にゃは!」
ローレライが持つ神聖幾何学魔導はランク3、世界対象へと神化している。
そんな眼を持ってしてもエデンの動きを捉えられなかった理由、それは、彼女ではなく世界の方に問題があるからだ。
世界は無機物であり、神経速は発揮できない。
情報の伝達速度の上限値は光速。
だからこそ、光速を超えているエデンの動きが世界に映し出されるまで、どうしてもタイムラグが発生するのだ。
だが、そこには矛盾が存在する。
エデンもエルヴィティスも、互いの動きを認識し、迎撃や回避をしているからだ。
『情報を神経速で伝える為の条件は、生物の体内であること』
抱いた違和感を、懐疑し、否定し、ローレライは答えに辿り着いた。
それは神童と呼ばれる前から……、レジェリクエの手を取った瞬間から続く、彼女の強さ。
そしていつものように、賢い妹へ、導べを残す。
「一部の神殺しが特殊フィールドを形成するのに長けているのは、世界を一つの生命体として扱うことで、情報伝達速度を神経速にするためだ」
「その方式はそれぞれ異なり、グラムは世界と自分の境界を壊すことで、ヴァジュラは世界と自分を結束させることで、周囲の環境を生命体と認識させ、その上で、自分自身を神経内を移動する情報という扱いにしている」
「当然、レーヴァテインだけでもできるけど……、それじゃあ、おねーさんの利点が生かせない。せっかくの神様の目があるんだし、ライブで見たいに決まってるじゃん!」
ローレライが唱えた魔法の対象は、周囲一帯の空気。
原典に宿りし魔精王で疑似的に生命体として扱い、原初に統べし雷人王と原審を下せし戦陣王で神経回路を形成。
これで物質が神経速で動いたとしても、タイムラグなしで世界に姿を映し出される。
そして、ローレライのもう一つの世絶の神の因子『絶対視束』がそれを感知。
あとは、覚醒レーヴァテインの副次効果でブーストされた肉体で神経速を出せばいい。
「にゃははははー!」
踏み込みの一回目から発揮された、超光速の初動。
流星の如く閃いたローレライの剣戟が、エルヴィティスの超光速迎撃と衝突する。
「……まさか、ホープの奥義を模倣できる人間がいるとはな。長生きはしてみるものだ」
『竜精界の夢』。
生み出した空間生命体の中に自分と相手の魂を内蔵することで生殺与奪の権利を握る、希望を戴く天王竜の奥義が一つ。
ローレライの答えがそれに酷似しているのは偶然……、ではない。
解き放たれた始原の皇種の子サチナが発動した、遊びという名の絶対的な暴力行使。
それを神の目で読み解いたからこそ、自分用にアレンジできたのだ。
「にゃるほどね、おねーさんが神の器に選ばれた理由が分かったよ」
「人間種の権能は『音声による魔法行使』、だけど、それじゃあ神経速の戦いでは遅すぎる」
「その問題点を、神聖幾何学魔導はクリアしている。神経速で考えるだけで、魔法が成立するからね!」
重なり合う剣戟の合間に、紫電と黒炎が迸る。
装填できる魔法は両方の瞳で一つずつ、されどそれは、腕を4本にするよりも利便性が高い。
紫電や黒炎としか表現できないその魔法は、魔法十典範を中心に、瞬間的な破壊力が特出するように瞳の中でブレンドされたオリジナル魔法。
見抜いたエルヴィティスの強度を遥かに上回る威力のそれが直撃するたびに、濃紫色の外装が蒸発して弾き飛ぶ。
「案外やれんじゃん!こりゃ、エデンと真正面からやり合う資格くらいはあるかもね、っとぉ!!」
互いに神経速で動ける。
そんな中でローレライが先手を取り続けられるのは、黒塊竜のアンチバッファが効いているから。
ほんの僅かな弱体化でも、体感時間が何千倍にも引き延ばされる神経速の世界では、途方もない差が生まれる。
黒塊竜と天王竜が一緒に行動するのも、この組み合わせならタヌキから逃げ出せると知っているからだ。
「残り110秒。このまま、おねーさんのターンでもいいけれど……!」
レーヴァテインの攻撃取り消しを巧みに使いながら、ローレライが空を翔ける。
目的は時間稼ぎと情報収集、レジェリクエの視点では理解しえない攻防も、タヌキの悪食=イーターでは解析できているはず。
逆に、エルヴィティスを破壊するのはタヌキとの関係悪化という、致命的な損害が出かねない。
そんな理由から積極的な破壊を狙っていないローレライ。
だが――。
「……加速した?」
黒塊竜のアンチバッファを織り込んで計算した挙動よりも、明らかに速い。
剥ぎ取った外装の分だけ軽量化したから?
そんな推測はある意味で正しいものだった。
「違うな。これは意図的な変化だ」
真っすぐに伸びて来たエルヴィティスの掌が、ローレライを掴もうと迫る。
レーヴァテインで受け流して距離を取る。
大振りに薙いで掌を弾き飛ばし、開けた視界の先で。
「ん!」
そこに居たのは、異形の巨人。
人とほぼ変わらない肉体と、癒着したエルヴィティスの外装。
そして、4本の肩から吹き出す光が、樹木のように広がり、翼と成る。
「……なんだろうね、それ。少なくとも、魔法十典範のどれでもない」




